覚醒
―――西の森にある遺跡が大きく振動する。
まるで、何かに呼応するかのように。
森に棲む精霊たちの反応し、次々にその姿を現す。
そして、遺跡の中央に立つカオスの石像に罅が入る。
次の瞬間、石像が音を立てて崩れ落ちた。
その崩れた場所から紅い光が解き放たれ、遺跡を飛び出す。
紅い光は森を抜け、戦艦へと直撃する。
その直後、光は紅い炎に変わっていった。
その炎は、他の兵士たちには目もくれず、ただ一人だけを優しく包み込んでいく。
「な・・・何だ!?」
「一体何が・・・!」
兵士たちは驚き慌てふためく。
その状況を、仮面の男だけが冷静に見ていた。
爆炎により、クゥを捕らえていた檻も破壊される。
「のわっ!」
いきなり宙に放り出されたクゥは、慌てて空中で体勢を立て直す。
そして、集まった紅い炎をじっと見つめた。
まるで生き物かのように蠢く炎。
いや、それは確かに意志を持っていた。
ある一つの意志を持って、一人の少年を包み込んでいた。
✤
凄まじい炎の中、アレンはその渦の中心にいた。
(この炎・・・熱くない・・・)
周りに放たれた炎に触れるが、焼けるように伝わってこなかった。
むしろ、それはとても暖かかった。
『―――少年よ』
再びあの声が聞こえる。すると、炎がアレンの前に集結し形を作った。
「お前は・・・」
目の前に現れた姿に目を見開く。紅い装甲に、獣人のような姿、背中に二枚の炎の翼―――。
そこにいたのは、遺跡の中央に立っていた石像そのものだった。
「炎の闘士・・・カオス・・・!」
アレンがつぶやくと、カオスは静かに瞳を開けた。
とても鋭く、でもどこかに優しい光を秘めた青い瞳だった。
『―――そうだ。我は〈灼熱と混沌〉を司る、炎の闘士・カオス』
カオスの言葉に、目を見開かせる。目の前に、かつて世界を救った英雄が立っているのだ。
『思い出したか?二人の言葉を・・・』
その言葉に、アレンは再び驚きの表情を浮かべるが、すぐに真剣な瞳でしっかりと頷いた。
「俺は・・・父さんと約束した。本当の意味で、優しい心を持てって。
それに、母さんにも言われた。憎しみから何も生まれないって。
俺にはどうか・・・人の痛みや憎しみを、受け入れられるようになってほしいって」
右手に握られた、母のペンダントを見つめる。
アレンの言葉を、カオスは静かに聞いていた。
「正直、まだ母さんの言葉はぴんと来ない。それに、あのネオって奴も許せない。
けど、こんな気持ちのまま、あんな黒い力を手にしても、それは何の解決にはならない。たとえあの力で、あいつを殺せたとしても・・・」
アレンは拳を握りながら、それを見つめる。
「だけど、あいつらをこのままにしてはおけない。
だって・・・このままじゃ、俺と同じ想いをする人が増え続ける・・・」
『・・・ならば、どうする?』
「え?」
カオスの言葉に、アレンは目を見開く。
だが青い瞳は、それに反応することなく、こちらを見つめた。
『奴らは、只の人間の力で止まるほど、生易しいものではない』
「それは・・・」
『―――力が必要か?』
「え?」
『―――もし必要と言うならば、我が手を貸そう。
だが、その前にはっきりさせなければならないことがある』
「はっきりさせること?」
『―――お前は何のために、力を求める?』
「え?」
スッとカオスは右腕をアレンの右肩に置いた。
『我は汝に問う。汝は力を持って、何をしたい?』
「―――っ」
カオスの言葉が、一つ一つ胸に広がる。
力を、求める理由―――。
力を持って、自分が何をしたいか。
アレンは息を呑むと、カオスの瞳を見つめた。
「―――俺は、あいつらに傷つけられる人たちを見たくない。村のみんなや、父さんみたいな人たちを、これ以上増やしたくない。そして・・・俺と同じ想いをする人たちを作りたくない!
もし俺に力があるのだとしたら・・・俺は、そのために戦いたい!」
アレンは力を込めて、そう言い切った。
紛れもない、自分の意志を。
するとカオスはフッと笑みを浮かべた。
『―――それが、お前の意志か・・・。少年、名は何という?』
「・・・アレン・アビリオン」
緊張気味に、だがはっきりとアレンは言った。
すると、カオスの身体が再び炎の塊に変わっていった。
『アレン・・・お前は優しい少年だ。その想いを忘れるな。そうすれば・・・我が炎が、お前の背中を押すだろう』
瞬間、大量の炎が一つの紅い結晶へと変化した。
「結晶・・・?」
現れたそれに目を見張る。
よく見ると、その結晶の中に、小さな炎が宿っていた。
『〈聖核〉―――我が魂と力を封印した聖なる結晶。さぁ、受け取れ―――』
そう声が響くと、聖核はアレンの右手に移動する。
瞬間、とてつもない熱量が身体を襲った。
「ぐわああ!」
意識が飛びそうになるのを気力で抑える。気が付くと、アレンの右手の甲に聖核と、それを囲むような不思議な模様が刻まれていた。
更に、その結晶から、新たな炎が現れる。
「何だ・・・!?」
その炎はアレンの右手に集まり、一つの大剣となった。
きれいな装飾が施された、刀身が紅い結晶でできた一本の大剣―――。
それは、カオスの唯一の武器である〈紅蓮を纏う剣〉だった。
『さぁ行け。己の信じる道を―――』
カオスの言葉は、そこで途切れた。だがいなくなった訳ではなかった。
カオスの魂は右手の結晶に秘められている。
アレンは〈紅蓮を纏う剣〉を握りしめた。
そして、母のペンダントを、そっと首から下げ、握りしめる大剣を見つめる。
その刃の中では、炎が激しく燃えていた。
✤
「アレン・・・!」
凄まじい炎がアレンを包む中、魔導器から解放されたクゥは、その炎を見つめていた。
だが、その炎は狭い戦艦の中を縦横無尽に駆け巡り、辺りの物に燃え移り始めていた。
その影響で、どこからか爆発音が響き、戦艦が大きく傾き始めた。
「ネオ様!コントールが利きません!」
「・・・脱出する。総員、退避!」
兵士が狼狽える中、ネオは冷静に指示を出す。
その間にも、アレンを包む炎が膨れ上がる。
「やべっ!」
クゥも、慌てて割れた窓から外に出る。
外から見ると、〈黒き薔薇の剣〉の大きな戦艦は、紅き炎により包まれながら、降下していた。
そして、そのまま地面へと不時着する。
クゥは近くまで行き、炎に包まれた戦艦を見つめる。
すると、戦艦の紅き炎が凄まじい勢いで消え始めた。
否。消えているのではなく、吸い寄せられていた。
そしてあっという間に、炎は一か所に集まり跡形もなく消えていく。
そこには・・・。
「アレン・・・!」
紅き大剣を持った、アレンが静かに立っていた。
凛としたその瞳には、先ほどまでの怒りや憎しみなどの感情はなかった。
あるのは、何かを決めた強い覚悟。
そして、その手に握る大剣は、紛れもなく〈紅蓮を纏う剣〉だった。
かつて、この世界を救った炎の闘士・カオスの魔装。
「カオス・・・認めたんだな、アレンを・・・」
凛とした瞳をしたアレンを見て、クゥは呟いた。
「これが・・・〈紅蓮を纏う剣〉・・・」
炎の中から姿を現したアレンは、大剣を見つめながら呟く。
「炎の闘士・カオス・・・目覚めたのか」
すると、何処からともなく声が響く。
それと同時に目の前に、光が現れた。
そこには、〈黒き薔薇の剣〉の兵士と、ネオがいた。
「お前・・・!」
アレンはその姿を確認すると、剣を構える。
「この状況で覚醒するとは・・・だがこれは反って好都合だ。兵士よ、あの者を捕らえよ!
彼の者の聖核を、我らの手に!」
男がそう命令すると、兵士たちが武器を取って襲い掛かってきた。
「聖核を・・・!?」
自分の聖核を一瞥しながら大剣を握りしめる。
すると、すぐ目の前で兵士が剣を振り上げていた。
「この!」
アレンは大剣で兵士たちの武器を叩き折った。
そしてすかさず敵の腹に蹴りを入れ込んだ。
「何!?」
「はああ!」
アレンはそのまま、次々と兵たちの武器を斬っていく。
もちろん、誰一人として殺してはいなかった。
不思議なことに、こんな業火の中にいるというのに全くその熱を感じなかった。
息も苦しくなく、むしろ力が湧いてくるような気がした。
しかも身体機能が上がっているのか、身体全体がとても軽かった。
「はぁ、はぁ・・・」
気が付くと、周りにもう兵士はいなかった。
正確には、殴り飛ばされて倒されていた。
息を整えながらネオの方に構える。あちらもまた、剣をこちらに構えていた。
「まさか覚醒したばかりでここまでやるとは・・・。―――少年、名は何という?」
男は先程のカオスと同じ質問を繰り出す。
「・・・アレン・アビリオン」
「そうか・・・覚えておこう。しかし、君には我ら〈黒き薔薇の剣〉の世界統制のために・・・共に来てもらう」
すると、ネオは凄い速さでアレンの間合いに詰めてくる。
(っ・・・速い!)
〈紅蓮を纏う剣〉で何とか剣を受け止める。「ほぉ」とつぶやきながら、ネオは再び剣を振ってくる。
「っ・・・こいつ・・!」
(強い・・・!)
アレンは何とか防ぐと、ひとまず距離を取った。
カオスの力を手にし、それなりに戦いの訓練をしていたとしても、相手は紛れもない兵士。
しかも、先程まで相手にしていた兵士よりも、数段上の実力者。
戦いのスキルは、明らかにネオの方が上だった。
「くそっ・・・!」
「やはり、覚醒したばかりでは奴らほどではないな」
「奴ら・・・?」
ネオの言葉に首を傾げる。するとネオは、再び剣を構えた。
―――バチィ!
だがその時、ネオの背後から凄まじい電撃が現れた。
その一筋がネオの肩を掠る。
「くっ・・・!」
「雷・・・?」
電撃が放たれた方を見る。そこにいたのは、右腕を翳しているクゥだった。
「クゥ!」
「手伝うぜ、アレン!」
「星天精霊か・・・」
面倒だと言いながら、ネオは手にしていた剣を収めた。
他の兵士たちも、それを合図に立ち上がる。
「今日の所は退こう、アレン・アビリオン、そしてクゥ・・・。
だが、次に会ったとき貴様たちが死ぬ時だと思いたまえ」
「待て!逃げる気か!?」
アレンは剣を構えながら、ネオに向かって叫ぶ。
「私のしたことを、許してもらおうとは思わない。逆らいたければ、そうすればいい。我々〈黒き薔薇の剣〉は、全力で君たちの相手をしよう。・・・そして、必ず君たちの聖核を奪って見せる」
すると、倒れていた兵士たちがネオの周りに集まる。
その瞬間、ネオたちの周りが不思議な光に満ちていく。
「ではまた会おう・・・カオスの〈継承者〉よ」
「ま、待て―――!」
アレンが駆け寄ろうとするが、ネオを含むすべての兵士は不思議な光に包まれて消えてしまった。
「今のも・・・魔法なのか・・・」
息を整えながら、小さく呟く。
その時、激しい轟音が辺りに響いた。
「あれは・・!」
後ろを振り向くと、村から凄まじい炎と煙が立ち込めていた。
それを確認すると、二人は慌てて村の方へと駆けて行く。
距離はあまりなかったため、二人はすぐに村へとたどり着いた。
辿り着くと、村は激しい音を立てて、炎が勢いを増していた。
「くそ・・・どうすれば・・・!」
「アレン、〈紅蓮を纏う剣〉を掲げろ!」
「え?でも・・・」
「早くしろ!」
クゥの言葉に、アレンは渋々〈紅蓮を纏う剣〉を天高く掲げる。
瞬間、刀身となっている紅い結晶が光り出した。
すると、村の炎が紅き刀身に吸い込まれ始めた。
数秒も経たないうちに、村を襲った炎は消えていった。
「炎を吸い込んだ・・・」
信じられない現象に呆然とする。だがクゥは自慢げに空を飛びまわった。
「すげーだろ。カオスの剣は、炎だったら吸収できるんだ」
「ああ・・・本当にすごいんだな・・・」
アレンはそう言って手にしている剣を見つめる。
すると〈紅蓮を纏う剣〉が紅い光に変わり、アレンの聖核の中に吸い込まれた。
「消えた・・・」
「ちげーよ。聖核の中に戻ったんだ」
クゥの言葉に納得する。確かに自分の中に還って行く感覚がしたのだ。
するとクゥは、アレンの首に巻き付いた。
そして、苦虫をつぶしたような表情を浮かべた。
「アレン、大丈夫・・・なわけないよな」
その言葉に、アレンは辺りを見回す。確かに炎は消えたが、村は跡形もなく焼き払われてしまった。
生き残っている人ももちろんいなかった。
「・・・そうだな・・・正直きつい・・・な」
いつも通りの朝を迎え、いつも通りの日々を今日も過ごすはずだった。
今まで多くの人に囲まれていた少年が、一瞬のうちに独りぼっちになってしまったのだ。
「・・・少なくとも、もうここにはいられない」
「・・・そう、だな」
アレンはもうただの少年ではない。経緯は分からないが、十二闘士の力を手に入れたことは事実だし、何より世界を支配しようとしている組織を敵に回したのだ。
すると、焼け残った残骸の中に、何かが横たわっていた。
「あれは・・・」
慌てて駆け寄ると、そこには、静かに眠る父・ランディの亡骸があった。
業火の中放置していたというのに、損傷は胸に空いた穴以外、何もなかった。
「父さん・・・どうして・・・」
「俺が魔法で結界を張ってたんだ」
すると、肩に乗ったクゥが言った。
「クゥが・・・?」
「ああ。亡くなった瞬間、炎から守るためにな」
「そう、だったのか・・・ありがとう・・・」
アレンは父の手を胸の辺りに揃えて、静かに目を閉じた。
しばらくそうすると、決意したかのように立ち上がった。
「・・・とりあえず荷物をまとめて遺跡に行くか。あそこなら落ち着いて話ができるし。ちょっと待っててくれ」
「ああ、分かった・・・っては!?」
アレンの言葉に、クゥは目を見開く。
「何だよ?」
「何だよってお前!・・・言いにくいが、こんな状態の村で何をどう準備するんだよ?」
クゥの言うことは最もだ。こんな黒焦げの村では何も準備はできない。
だがアレンは、少しだけ笑みを浮かべた。
「ああ、そのことか。それなら大丈夫だ」
アレンはそう言うと、ゆっくり歩き出した。
「お、おい!」
クゥも慌ててその後を追う。
向かった先は、自分の家があった場所。
いくつも瓦礫を慎重に退かせていく。しばらくすると、一つの鉄製の扉が見つかった。
アレンは力を込めてその扉を開く。
「地下への階段か」
「ああ。でも明かりが・・・」
アレンが困った顔を浮かべると、隣でボォッという音がした。
見ると、クゥの小さな指の上に小さな炎が灯っていた。
「それも魔法か?」
「ああ。俺たち精霊は魔法を使うからな」
「へぇ~すげーな!これなら地下にも行ける」
「・・・しかしお前、背中大丈夫か?」
「背中?」
「ひでー火傷になってる」
クゥの言葉にアレンはちらりと見る。瓦礫が背中に当たったせいで、背中には大きな酷い火傷が残っていた。恐らく一生消えないだろう。
「大丈夫だよ。それに、これなら一生忘れないからな。・・・この日のことを」
「・・・そうか。ま、お前がそう言うならいいけどな」
「ありがとな。気にかけてくれて」
礼を言いながら、アレンたちは地下へと降りていく。
少しすると、一つの扉が見えてきた。
慣れた手つきで扉を開ける。中を入ると、クゥは「ほぉ~!」と声を上げた。
そこには、服や食料、地図や護身用の短剣など、旅に欠かせない物がしっかりと揃っていた。
「こりゃすげーな!旅に必要なもんばかりじゃねーか!」
「父さんがしょっちゅう旅に出てからな。地下に部屋を作って、いろんな荷物を保管してたんだよ」
「なるほどな・・・。ていうか、父ちゃんが旅に出てた理由、本当に知らないのか?」
「だから言ったろ。"世界を見てみたい"って言ってたって」
「まぁ、そうだけど。―――けど、それだけじゃないだろ、絶対」
「・・・そうだな。うすうす感づいてたけど、父さんには、何か他に明確な目的があったはずだ。
じゃなかったらお前の事、知っているはずないもんな」
「ああ」
アレンの言葉に、クゥは真剣な表情で頷く。
ランディはいろいろなことを知っていた。〈黒き薔薇の剣〉のこと、クゥのこと。
更に、〈黒き薔薇の剣〉の狙いが、遺跡だということも知っていた。
否、正確には「遺跡にあるもの」と言及していた。
あの口ぶりからすると、ランディも聖核の存在を知っていたのだろう。
それらはすべて、旅により得た情報なのかもしれない。
だが、一人で旅をしている者が得るには、あまりにも一つ一つが大きすぎる情報な気がする。
それに、例えそれらを旅の間で得た情報だったとしたら―――ランディは一体何を目的として旅をしていたのだろう。
アレンの中で、次々に疑問が浮かんでは消えていく。
だがそんな疑問を投げかけても応えてくれる者はいない。父を含め、村人は全員死んでしまったのだから。
アレンは込み上げてくる涙をこらえながら荷物をまとめる。涙を流しても、何の解決にもならない。
それに、いつまでも泣いていたら、父が心配する。
(泣くのはだめだ・・・俺がこんなでどうするんだ!)
改めて決意を固めたアレンは、荷物をまとめる手を速めた。
その様子を、クゥが後ろから静かに見つめていた。