手合わせ
夜が明けて、眩しい太陽が村を照らす。
「―――父さん、俺ちょっと出かけてくる!」
アレンは軽い荷物を持ちながら、玄関で声をあげる。
「どこ行くんだ?」
「遺跡だよ。今日は仕事も休みだからな」
「お前、あそこ好きだよな昔っから」
「いいだろー別にー」
「まぁな。けどその前に、ちょっと付き合え」
「え?」
家を出ようとしたアレンに、ランディは何かを投げる。
うっわっ、と声を漏らしながら、アレンは何とかそれを受け取る。
見るとそれは、一本の短剣だった。
「ちょ、今やるのかよ?」
「久しぶりだし、いいだろ」
「・・・ったく」
ランディの言葉に渋々頷く。
家の裏側に二人で出る。そこには、ちょっとしたスペースができている。
二人は慣れているかのように距離を取り、短剣を構える。
「いつも通りだ。お前から来い」
「んじゃ、遠慮なく!」
アレンはそう言って、勢いよく前に飛び出す。
構えていた短剣を横に振る。
その剣を、ランディはあっさりと剣で防ぐ。
そのまま剣で押し戻し、懐に拳をめり込んでくる。
うっ、と声を漏らすが、アレンは即座に体勢を立て直して剣裁きを防ぐ。
金属音が響き渡り、火花が散る。
すると今度は、アレンがランディを押し戻し、弾いた。
そして即座に短剣を足で蹴り落とす。
弾かれた右手を押さえる暇もなく、アレンはすぐさまランディの首に短剣突きつけた。
一陣の風が吹き、二人の間に沈黙が走る。
―――すると、フッと口角をあげたランディが両腕をあげた。
「・・・参った。俺の負けだ」
「―――よっしゃ!」
短剣を下ろしたアレンは、満面の笑顔でガッツポーズをする。
「初めて父さんに勝った!」
「そうだな。俺も初めて負けた」
ランディは少し悔しそうな顔を浮かべるが、すぐに笑みを浮かべながらアレンの頭に手を置いた。
「強くなったな、アレン」
「父さんがいない間も、練習してたし。
―――いつか旅に出るようなことがあったら、こういうのも必要になるんだろ?」
「・・・ああ、外は危険な事がいっぱいある。
それに、剣での戦いは人の心を見抜く力も必要になる。だから―――」
「〝相手を知り、己を知れ。さすれば身も心も強くなる″―――だろ?」
にぃっと生意気な笑みを浮かべながら、アレンはその言葉を口にする。
少し面食らった顔を浮かべるランディだったが、すぐに「ああ」と言って笑みをこぼした。
幼少の頃から、アレンは短剣での戦い方を教わってきた。ただ剣を奮ったり、投げたりするためだけではない。それこそ先程の言葉が、その大半の理由を占めていた。
―――〝相手を知り、己を知れ。さすれば身も心も強くなる″。
それは、剣と共に父から教わってきた言葉だった。
最初の頃は、意味がよく分からなかったが、今ならなんとなく分かる。
小さい頃、母が別の言葉で同じような事を言っていた。
『本当に優しい人とはね、人の痛みを感じ、その痛みを受け止めることのできる人のことを言うのよ』
ランディが短剣を教えてくれたのは、母がいなくなってからだ。
きっと母の言葉の意味を、父なりのやり方で教えようとしてくれていたのだと、最近になって考えるようになった。
おかげで、アレンは大人に負けないくらいの力と剣技を身につくことが出来た。
しかし、それでも今まで一度も父に勝ったことがなかったが、今日初めて勝つことが出来た。
「にしても、本当に強くなったな」
「あったりまえだろ?これで、万が一村で何かあっても、俺は戦えるし、村のみんなだって守れるよ!」
短剣を投げてキャッチしながら言うアレン。
だが、その隣でランディはまじめな表情を浮かべていた。
「守れる、か・・・」
「?父さん?」
一瞬、見たこともないような表情を浮かべていた。
だが、すぐに元の表情に戻ると、ランディは腰に差していた二本の短剣を鞘ごと引き抜いた。
そしてそれを、アレンに向けて差し出す。
「受け取れ」
「え?」
ぐいっと差し出され、反射的に手を出す。
そしてその両手に、二本の短剣が乗せられた。
それは、シンプルな装飾が施された、銀色の短剣だった。
「ちょ、これ父さんのじゃないか!」
「そうだ。父さんの愛刀だ。ある鍛冶屋に造ってもらった、由緒正しき品だ。結構値も張ったんだぞ」
「でもこれ、すごく大事にしてたものじゃ・・・」
何度も丁寧に手入れをしていた場面が脳裏に過る。
詳しく聞いたことはないが、大事なものであることはアレンも分かっていた。
だが、ランディは気にするな、と頭に手を置いてきた。
「お前が俺に勝ったら、渡そうと決めてたんだ。だから、受け取ってくれるとありがたい」
悪まで真面目な顔でそう言われる。
そこまで言われてしまえば、こちらも断るわけにはいかなかった。
「・・・分かった。大事にするよ」
しっかりと短剣を握り、力強く答える。
すると、ランディは急にアレンの両肩に手を置いた。
「父さん?」
「いいかアレン。たとえこの先、どれだけ苦しいことが起こっても、それを糧に力を振るってはだめだ」
「え?」
「怒りを糧として力を振るえば、それはただの凶器となる。
そしてその凶器は、自分を、そして周りを巻き込み、やがては世界を巻き込む。
そして、いつかお前にできる大切な人も、お前自身の手で傷つけることになる。
だから、例え何があっても、怒りや憎しみに捕らわれたまま、力を振るうな」
「え、えっと・・・」
「いいな」
「わ、分かった・・・」
何とも言えない威圧感に、アレンはおずおずと頷いた。
それに満足したのか、ランディは「よし」と言ってそのまま頭を撫でた。
一体何が言いたいのか、アレンにはさっぱり分からなかった。
こんな辺鄙な村で、怒りとか憎しみとか湧き上がるわけもないのだが。
「でも父さんに勝ったのはうれしいけど・・・どこか調子悪いとかないのか?何かいつもより動きが鈍かったような・・・」
少し心配するようにアレンは言う。
父に勝てたのはうれしいが、逆に心配になる。どこか不調だったのだろうか。
その言葉に、ランディは少し口を結んだ。
「父さん?」
難しい顔をしているランディに、アレンは首をかしげる。
「・・・いや。俺もそろそろ歳なのかもしれないな。最近、身体が訛っちまってよ」
「そりゃあ父さんもいい歳だけどさ。村の人達に比べたらそうでも―――」
「おい、誰がいい歳だこら!」
そう言って、ランディはアレンの首に腕を回してギリギリと締上げる。
「うえ、ちょ、と、父さんギブ!」
「うるせー!俺に勝ったくらいで調子乗んな!」
抵抗するアレンを、ランディは更に締上げた。
✤
「ったく・・・容赦なく絞めやがって・・・」
キリキリと痛む首を押さえながら、アレンはさらに広がる深い森の中に入る。
この一帯の森は、普段食料などを探しに入るので、村人なら迷わず帰ってくることが出来る。
ふと左右の木々を見ると、ポツポツと小さな光の珠が浮いていた。
それは、清らかな生命体である〈精霊〉だった。
こうした自然豊かな森や山に住み着き、本来の姿を見せず、こうして光の珠として人間の前に現れる。
時より森に入った旅人を惑わし、わざと迷わせるなどの悪戯をする精霊もいる。
そして精霊は、かの〈聖魔大戦〉でも活躍し、世界のために戦ってくれた存在でもある。
しかし、精霊は本来凶暴な生き物で、一度怒らせたら手を付けられないほどのものでもあった。
しかもとても知能が高いので、口に出さなくても人間の心が分かるという。
どこかの国では、強大な精霊が守護精霊となっていて、そこに住む人間が毎年供物を捧げているという。
アレンの村でも、この森の精霊たちに畑で採れた供物を捧げていた。
それはあるものを守り続けていてくれているからである。
太陽の光が、木の合間を縫って差し込んでいる。
その光を浴びながら、森の奥をさらに進んでいった。
すると、前方に古びた建物が聳え立っていた。壁にはいくつもの蔦が纏わりつき、罅が入っていた。
「カオスの遺跡・・・」
アレンはそっとつぶやくと、いつもの足取りで近づいて行く。
―――それは〈古代の十二闘士〉の一人、〈灼熱と混沌〉を司る炎の闘士・カオスを祀った遺跡だった。