3 あの王子、お嬢様はやめてください。
レジェス殿下をどうにか説得していると、騎士団に所属している兄たちがやってきてしっちゃかめっちゃか。殿下がいたことにやっと気がついて謝っていたが、不敬罪で問われることはなかった。兄が帰り、でも殿下はそこにまだ残る。
「あの、殿下。そろそろお戻りになったほうが」
「貴女が本当に大丈夫か見届けるまでは、ここにいます」
「殿下!大丈夫ですから。たんに頭を少し打ったくらいです。ほらピンピンしてますから。私は王女様を守るための従者なんですよ。鍛えてますから」
ものすごく心配されるので、私は思わずベッドから立ち上がって、力こぶを作って見せた。
なにか、ものすごい悲しそうな顔をされたのは、なぜだろう。
「お嬢様はこんな風に」
ぼそっとそんなつぶやきを聞いた気がしたけど、気にしないわ。
それより、レジェス殿下、殿下っていうよりすっかりアダンなんだけど、どういうことなんだろう。まあ、兄たちと話す時はさすが王子様だったけど。
気になることは聞いてしまった方がいいので、聞いてしまおう。
「あの、レジェス殿下。殿下はいつから前世の記憶をお持ちだったのですか?」
「さあ、いつだったでしょうか。気がついた時には、私は自分がアダン・フロレスであったことを知っていました」
殿下はアダンであった時と同じ口調で答える。
その様子はどうみてもアダンだった。
こうすると時が戻ってきたような気分になるのが不思議だ。
でも私はもうあのか弱い少女ではない。
「それで、なぜ私を避けていたんですか?お嫌いでしたか?男のように剣を振るう私を」
「そんなことはありません。ただ、貴女が前世の記憶をお持ちかどうかわからなかったので、どう接していいか戸惑ってました。でも今は、記憶を取り戻したと知っておりますので安心して貴女に仕えることができます」
「つ、仕えるって。殿下……」
力強く頷かれて、私は引くしかない。
どこの誰が王子様に仕えてもらうんだ。
しかも今は私のほうが一歳年上で、世話なんて必要ないなのに。
そうだ、なんで一歳しか年がかわらないの?
アダンはまだ18歳だったはず。病弱でもなかったし、なんで?
「あの、レジェス殿下。レジェス殿下は私より1歳年下の16歳とうかがっております。私、ヘッサニアは13歳で病死し、貴方、いえアダンは確かまだ18歳だったはずです。なのに、どうして私たちは1歳しか年が離れていないのですか?」
「ああ、お嬢様。私はお嬢様が亡くなった翌年に暴走した馬車にひかれて死んでしまったのです」
事故!
いや、なんていうか。
「おかげでこうしてお嬢様のそばにすぐに転生できて、よかったです」
「よ、よかったって」
心の中の声がおもわず漏れてしまう。しかも裏返った変な声だ。
「お嬢様。今後ともよろしくお願いします。あの時のようにただ貴女の死を見守ることなど、もうしませんから」
「レジェス殿下」
「私のことはレジェスとお呼びください」
「殿下、それは無理、無理です。あの、お嬢様っていうのもやめてください。殿下は、この国の王子なんですから」
「その前に、私は貴女の従者です。本当に、貴女が姉上の従者になる前に、こうすべきでした。今日、石に足をひっかけて転ばれた貴女を見たら、私はもういてもたってもいられなかったです」
「あの、それは、私の間抜けな失敗で、しかも頭を少し打っただけで」
「それでもです。姉上に言って従者を変えてもらいます!」
「それはやめてください。せっかくやっと女でも剣を振るえる場所に来れたのに」
「姉上の従者でなくてもいいのですか?剣が振るえる場所であれば?」
「え?」
殿下は、ぽろりと出てしまった私の本音を繰り返す。
なぜかしてやったりという顔をしているの気がする。
「それであれば姉上にお願いして、僕の従者にしてもらいますから」
え?そこでなぜ「王子」に戻る。
あの、年相応の可愛い笑顔、違う違う。そうじゃなくて。
「お嬢、いえ、サリタ。そういうことで姉上に話しておきます。今日はゆっくり養生されてくださいね」
王子様は、軽い足取りで、呆然とする私を置いて部屋を出ていってしまった。
「えっと、どういうこと?」
私の知っていたアダンはどこに?
レジェス殿下って?
その日、もやもやして食欲がないなどということはなく、運ばれてきた夕食をしっかり平らげ、眠れない、こともなく、いつも通り眠りに入った。