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 地面や天井はコンクリートにおおわれ、等間隔に柱も並んでいる。日の明かりは見えない。あるのは天井についた薄暗い蛍光灯。

 そこには、私以外にも人がいた。向かい合っている、知らない人。

 私は手に持っているものをその人へ向けて――



 晴れ渡る空を高校の校舎の窓から眺める。なんでもない、いつも通りの退屈な日常。

 そのはずだけど、明るい太陽や爽やかな空とは対照的に、私の心はここ最近ずっと暗雲が立ち込め晴れることはなかった。

「はあ」

 何度目かわからない溜め息が漏れる。日が少し経って溜め息がつけるようになっただけ、少しは落ち着いたのかもしれない。

 誰にも相談できない悩み。両親には言ってない。これ以上心配をかけたくない。ただでさえ今まで心配や手間をかけさせたのだ。こんなことを話せば失神してしまうかもれない。

 別に親が過保護なわけでもヒステリックというわけでもない。問題は私にあるのだ。

 そんなことを考えていると、ふとクラスの女子の会話が耳に入った。

「魔女がいるの知ってる? あそこって本物の魔女がいるんだって」

「それ本当?」

「本当だって。魔女が相談に乗ってくれるらしいよ」

 魔女、か。

 本当に魔女が存在するはずがない。そんなの誰もがわかりきっている。

 でもみんな信じてしまいたくなるのだ。そういうオカルトやファンタジーが好きな人なら尚のこと。

 もしも本当に魔女がいて、私の悩みを魔法で解決してくれるならそうして欲しい。きっと魔法でもない限り解決しないだろうから。悩みすぎて途方にくれて、そんな詮無いことまで考えてしまう。魔女なんて魔法なんて、あるはずないのに。

 このことを解決してくれるなら何でもいい。今なら悪魔とも契約してしまいそうだ。それほどに追い詰められている。

「はあ」

 また溜め息が漏れてしまった。

 ため息つくと幸せが逃げるとかいう話を聞いたこともあるけど、ため息でもついていないとやっていけない。

「そこなんだけど」

 さっきの女子の会話はまだ続行中だった。なんだか気になってしまい、無意識に耳をそばだててしまっていた。

「『魔女の屋舎』っていうらしいよ。場所はね――」

 魔女の屋舎。

 場所もこの学校からそんなに離れているわけじゃない。何より私の帰り道の近くの通りにある。あんまり行ったことはないとこだけど。そんなとこにそんなものがあるなんて知らなかった。

 魔女なんているはずがない。ただの店の名前だ。もしかしたら魔女みたいに化粧の濃い人がいるのかも。魔女みたいな長い鍔の広い帽子を被って、真っ黒い服を着た人がいるのかもしれない。そんなとこだろう。

 でも、なんだか気になる。それにこっちは藁にもすがる思いなのだ。ダメ元でも行ってみてもいいかもしれない。

 話題に上がるということは、学生でも払える金額なのかもしれない。

『魔女の屋舎』

 大通りの裏路地にあるアパートの三階。


 魔女なんていないと思いながらも、その相談所があるというところに来てしまった。

 アパートはというと、最近出来た感じでもないし新しくもない。どちらかというと古い建物だった。前からあったとしても全然気づかなかった。

 三階まで階段で上がると、扉の横には看板とおぼしき木の板がそのまま壁に立て掛けて下に置いてあった。木の板には手書きの文字で『魔女の屋舎』と書かれていた。その店名の下には小さな文字で相談所と書かれている。

 文字は手書きだけど、綺麗な文字だったし、丁寧に書かれていた。

 営業日や営業時間はどこにもかかれていない。何の相談所かも書かれていないし、不安になってくる。それが魔女らしいといえばそうかもしれないが。

 扉にはこちらも木製の小さな看板がかけてあり、何か文字が書いてあるが読めなかった。外国語なんだろうか。その下には同じサイズの文字で『Welcome』と書いてある。営業中ではあるようだ。


 入って見えたのは、図書室などにありそうな木製の執務机に、向かい合ったおしゃれなソファーが2台と膝丈のローテーブルだった。

 なんとなく西洋の雰囲気を感じたのは何故だろう。外の無機質さと違い木製のもので揃えてある家具やおしゃれなソファーやテーブルからなのか。それとも看板に書かれていた「魔女」という名前から自分がそういう先入観を持って入ったのも一因だろうか。

 そして執務机に座っていたのは、黒に見えそうな濃い赤茶色の長い髪を妖艶に垂らす、20代ぐらいに見えるとびっきりの美女だった。

 もしかして魔女って、美魔女のことだったのかな。

 あまりの美しさに驚きはしたものの、少し肩透かしをくらってしまった気分だった。

 がっかりするなんて、自分は何に期待していたのだろうか。本物の魔女がいるとでも思っていたのだろうか。いるわけないのはわかりきったことなのに。この部屋の雰囲気に当てられてしまっていたのか。

 そして空想の世界の魔女ならば、ずっと治らなかった自分の体質が、そして今一番恐れている悩みを解決できるとでも思ったのだろうか。

 しかしここまで来たのなら信じてもらえるかどうかより、解決するかどうかより、とりあえず話してみようと思った。ここはいろいろな悩みを聞いてくれる事務所みたいだし。

 少なからず落胆は表れていただろうに、目の前の女性は気にした様子はなく、美しくも優しさをたたえた微笑みを向けてくれていた。

 そして私が口を開くよりも先に、その美しい女性は見た目通りの美しい声で迎え入れてくれた。

「ようこそ。魔女の屋舎へ。何かお悩み事?」


「どうぞ。ソファーに座って。今、飲み物を入れるわね。紅茶は飲める?」

「はい。ありがとうございます」

 彼女は紅茶を入れるために椅子から立つと、扉を開けて隣の部屋へと消えていった。

 ここには彼女しか見えない。一人で経営しているのだろうか。

 女性一人だけになら、話しやすいかもしれない。とても優しそうな人だったし、初対面でも不思議と気後れや恐怖は感じなかった。


「相談事は何かしら? なんでも相談に乗るわ」

 女性は紅茶を入れたカップを持ってきて私の前に置くと、向かいのソファーに腰かけてから話し出した。

 私はそこで逡巡してしまった。

 この人には話せる気がする。何故だかなんとなくそう思った。思ったものの、どう切り出すべきなのか。

「ゆっくりでいいわ。紅茶を飲みながらでも」

 女性の優しさに安堵した。やっぱり優しい人だった。

 女性の言葉に甘えて、私は紅茶に一口、口を付けた。あたたかくて、おいしい。

 そして少し考えてから切り出した。

「あの、予知夢って信じますか?」

「予知夢というと、予測もしてない未来に起こる出来事を夢に見るということ? ええ。信じるわ」

「私、その予知夢を見るんです」

「別段不思議なことじゃないわ。予知夢を見たことがある人は、他にもいるでしょうから」

「その、その予知夢を、何回も見たことがあるっていうのはおかしいですか?」

「いいえ。何回も予知夢を見たことがある人だって他にもいるわ」

「じゃあ、もしも、ですよ。もしも、見る夢全てが予知夢っていう人がいたら、信じますか?」

「見る夢全てが予知夢ね。聞いたことはないけど、もしもあなたがそうだと言うのなら、もちろん信じるわ」

 彼女は何の躊躇いもなくそう言った。


「あなたの表情からすると、まだ続きがあるみたいね」

 私は今どんな表情をしているのだろう。自分ではわからない。でも彼女の言う通り、本当の悩みはその先にあった。

「実は、その夢で私……」

 私はそこで言い淀んでしまう。相手にこのことを話す決意をしたとはいえ、たとえ聞こうとしてくれているとはいえ、それでも打ち明けるには尻込みしてしまう。

 たとえ相談所だったとしても、こんなこと話されても困るだろうし、起きてもいないことを言われてもどうしようもない。それに今までの話だって本当に信じてくれているかもわからないし。

 ここまで話したにも拘わらず、私の決意は揺らぎ始めていた。なんのためにここに来たのか。なんのためにここまで話したのか。それを無駄にするつもりか。私は必死に自分に言い聞かせた。また今までのように話せずに終わってしまうのだろうか。

「大丈夫。どんなことでも話してみて」

 私の心の葛藤を察したのか、女性は背中を押すように語りかけてくれた。

 今の私にはそれがとても嬉しくて、今までのどから出ることができなかった言葉を、声にして出すことができた。

「その夢で、予知夢で私は」

 今まで誰にも話したことのない事。私にとって最大の不安。悩みなんて言葉じゃ足りないほどの迫りくるであろう恐怖。 それは――

「私は、人を殺しているんです」

 そう話すと、女性は少しだけ険しい顔をした。

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