妹のちょっとえっちな Trick or Treat?
ハロウィンの夜。
ふと思いついて書いてみました。
「ねーねー、お兄ちゃん! えへへ、トリックオア……あれ、なんだっけ!?」
妹の葵は突然そんなことを口走った。
あぁ、ハロウィンか。
俺は小さくため息を漏らす。
「葵、見てみろ。庭の秋桜が綺麗だぞ」
「トリックオア、トリックオア……」
両親が残してくれた一軒家。
縁側に腰掛け、文庫本に手を伸ばす。
俺と葵は、この家で二人暮しをしている。もうずいぶんなボロ屋だが、仕方ない。家賃を払い続けなくていいだけ、ありがたいと思わなければ。家計に余裕があるわけでもないしな。
視界の端でツインテールが跳ねる。
俺の肩がちょんちょんと突つかれる。
「ねーねーお兄ちゃん!」
「……トリートだ」
「ほぇ?」
「Trick or Treat。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ。外国の文化だが、そもそも日本でやるようになったのは──」
「お菓子ちょーだいっ!!!」
「少しは聞けよっ!」
十も歳下の葵には、少しボケたところがある。
忘れ物ばかりするし、散歩に出ては迷子になることも多い。料理の腕は壊滅的で、砂糖と塩を間違えるどころかスープに絵の具で色を付けようとするほどだ。
裁縫の腕だけはピカイチだが、それ以外の家事は全て俺が行っていた。
「お・か・し! お・か・しー!!」
「はぁ……ったく。たしか饅頭が戸棚に──」
「えぇー! もっとさぁ、アメとかチョコとかマシュマロとか、可愛いお菓子がいいよー!!!」
「我儘言うんじゃない。お茶淹れてきてやるから、ちょっと待ってろ」
いつものように騒がしい葵。
だから、その時俺は気がついていなかった。
少し頬を赤らめた彼女が、その小さな胸の中に、大きな決意を秘めていたことを。
すっかり日も落ちて、外は暗くなっていた。
風呂も食事も終わり、リビングでのんびりしながら「そろそろ寝るか」と大あくびをした瞬間。
俺の背中に、なにかがもたれかかった。
「葵?」
「……お兄ちゃん」
様子がおかしい。
そう思いながら、ゆっくり振り返る。
──純白のドレスだった。
穢れのない白に身を包んだ葵が、やや下を向き、緊張したように肩を震わせている。
困惑したまま何も言えない俺。
彼女の顔は薔薇のように真っ赤で、握った両手が落ち着きなく左右に揺れている。
「お兄ちゃん……あのね」
「あ、あぁ……」
「ハロウィンは、仮装をする日なの。普段、なりたくてもなれないモノに……今日だけは、なることができるの」
なるほど。
お姫様にでもなったつもりなのか。
俺が納得しかけると……。
「違うよ」
葵は俺をまっすぐ見る。
その真剣な目に、心臓がトクンと跳ねる。
きっとこれを問いかけたら、もう俺たちは元の関係には戻れない。ただの仲良し兄妹ではいられなくなる。そんな予感を強く自覚しながら。
それでも俺は、口を開く。
「何の……仮装なんだ……?」
混じり合う視線。
葵は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
瞳を潤ませながら──。
「お兄ちゃんの、お嫁さん」
そう言った。
全く予感がなかったといえば、嘘になる。長らく一緒に暮らしてきたから。互いの表情を少し見れば、どんな気持ちを抱いているのかなど、すぐに分かってしまうから。
でも、俺たちは血のつながった兄妹なんだ。
例えもう長くは生きられないと分かっていても、これまでは、一線を越えることのないよう自制心を働かせてきた。
俺は葵の気持ちに気づいているし、葵もまた俺の気持ちに気づいていた。お互いに知りながら、見ないふりをして、今日まで二人で過ごしてきたのだ。
「……トリックオア、トリート」
葵は扇情的な笑みを浮かべる。
ドレスの肩紐をずらし、胸を少し露出させる。男の本能を刺激するような、こんな仕草、いつの間に覚えたのだろう。
立ち尽くす俺のシャツの胸あたりをキュッと摘み、葵は俺の顔を見上げた。
「ねぇ、お兄ちゃんを、ちょうだい。じゃなきゃ……イタズラしちゃうから」
葵の甘いセリフ。
──もう、いいか。
そんな思考が頭を支配する。
どうせ老い先短いのだ。
葵も八十五歳だし、俺も九十五歳。血のつながりなどを気にするより、最期に後悔しないよう、素直になるのも良いのかもしれない。
俺は皺だらけの震える腕で、葵をそっと抱きしめた。
本当にごめんなさい。