大鬼戦
ハヤトたちは静かに冷酷大鬼がいる広場を離れ、分かれ道の所まで戻る。
「大分進んだと思うけど、あんなのと遭遇するとわな」
「あれ、やばいっすよ」
「ごめん、俺が右っていっちゃたから……」
ハヤトは自分のせいだと思い下を向いて呟く。
「ハヤトせいじゃなねぇよ、気にすんな!」
「そうっすよ!」
「うん」
「……ありがとうみんな。よし、別の道を行こう。とりあえず真ん中――」
その時冷酷大鬼がいる通路から雄叫びが聞こえる。ハヤトたちに緊張が走る。
「今のって冷酷大鬼?」
クシュが三人に尋ねる。ハヤト、ヴェスナー、セゾンはそれぞれ顔を見た後頷く。
「気づかれたか?」
「その可能性は少ないと思う」
「じゃ、何かあったってことすか?」
「多分……そうだ、セゾン。スキルを使ってみて」
「わかったっす」
セゾンはスキル【反響】を使う。しばらくするとセゾンが言う。
「数が増えているっす。冷酷大鬼を含めて……五体?すかね」
「他の冒険者が戦ってるかもな?」
状況を冷静に考えていると足元にいるリルがハヤトズボンを引っ張る。ハヤトはしゃがみ撫でながら念話を使う。
『どうしたの?』
『ハヤト、さっきの雄叫びは冷酷大鬼が激怒した時に発する声だ。かなり危険だ』
「え!?」
リルの言葉で念話を忘れて驚く。ヴェスナーたちは突然驚くハヤトをみて尋ねる。
「急にどうした?」
「びっくりしたっすよハヤト!」
「ご、ごめん。実は――」
ハヤトはリルから聞いたことをヴェスナーたちに話す。
「戦っている冒険者たちが危ないってことなんだな……」
助けに行くか見捨てるか。彼らは冒険者だ。死は常に隣り合わせ。苦渋の選択を強いられ皆口を閉ざす。その時また雄叫びが鳴り響く。
「俺は……助けに行きたい」
最初に沈黙を破ったのはハヤト。真剣な顔で意見を言う。
「本気か?」
ヴェスナーの問いに真剣な眼差しで頷くハヤト。
「ハヤトが行くなら私も行く」
「仕方ないっすね! 俺っちも行くっすよ!」
「ありがとう二人とも」
ハヤトは二人に深々と頭を下げる。
「はぁ……リーダーとしては止めないといけないんだけど……はぁ……」
最後に大きいため息をついて両手で頬を叩き気合いを入れるヴェスナーは言う。
「よし、助けに行こう!」
笑顔で言うヴェスナー。
「そうと決まれば、急ぐっすよ!」
全員が全速力で走る。
一番早く到着したハヤトは絶句する。地面に倒れ血を流している人、剣が突き刺さっている人、壁にめり込んでいる人。そして腰を抜かし動けないでいる人に冷酷大鬼が剣を振り上げている。
「やばい! 氷獄と化せ、フィンブルリル!」
神獣武器と共鳴をし、更に加速し冷酷大鬼の前に出る。氷の盾を作りギリギリで冷酷大鬼の攻撃を受け止める。
「だ、大丈夫?」
後ろにいる人に声を掛けると糸が切れたように倒れた。
「があああああああああ!」
突如現れたハヤトに受け止められ冷酷大鬼は更に激怒し攻撃が激しくなる。だんだんと押され始めるハヤト。
「ハヤトから離れろ!」
クシュの強化魔法で筋力が強化されたヴェスナーが、冷酷大鬼の横っ腹に槍で一撃入れ、壁まで吹き飛ばす。
「遅いよヴェスナー。だけど助かった」
氷の盾を解除して冷酷大鬼が吹き飛ばされた方を全員が見据える。するとむくりと冷酷大鬼が起き上がる。
「結構タフだな」
ヴェスナーは武器を構え直した。
「俺とハヤトで冷酷大鬼をやる。セゾンは倒れている人たちを回収。クシュはサポートを」
一瞬でそれぞれに指示を出すヴェスナー。
「了解っす」
「わかった」
ハヤトもリルとディックに指示をする。
「リルはクシュに、ディックはセゾンに付いていて」
「わふ!」
「きゅ!」
リルは大型犬並みの大きさになりクシュを背に乗せる。ディックはセゾンの肩に乗る。
ハヤトは【無限収納】から黄色の液体が入っている瓶を取り出し、それぞれに渡した後、セゾンに倒れている人たちの分も渡す。
「ハヤトこれは?」
「ラストエレクサー。やばかったら絶対に使って」
しれっとすごいことを言うハヤト。
ラストエレクサー――あらゆる怪我、傷、欠損部分、不治の病などを一瞬で治す。また体力と魔力も全快にする。ダンジョン内でしか取れないとても希少な薬。これもクレアから貰った物だ。
「まじかよ……」
「これ一本で一生過ごせるのに、八本もあるっすよ……」
「来るよ」
冷酷大鬼が叫びながら突進してくる。それに合わせてクシュは全員に強化魔法を掛ける。
振り上げた剣を重力に任せて振り下ろす冷酷大鬼に氷の盾を作りまた止める。
セゾンは気絶している人を抱きかかえ回避。リルとクシュはその場から離れる。
ヴェスナーはがら空きの腹に一撃を入れる。しかし、冷酷大鬼はギリギリで躱し今度は剣をヴェスナーに投げる。
「やらせない!」
「わふ!」
クシュはリルに乗りながら魔法を唱え、土の壁を生み出し防ぐ。追撃にリルは鋭い氷の塊作り放つ。だけど冷酷大鬼はギリギリで躱す。
「くらえ!」
冷酷大鬼が躱した先にはハヤトが先回りして重たい一撃を腹に打ち込む。さすがに躱せなかった冷酷大鬼は何度も地面に当たりながらも吹き飛んでいく。
全身から血を吹き出しながらも冷酷大鬼は立ち上がる。目は更に真っ赤になった。
「うそ……」
「あいつ、タフすぎるだろ!」
「ぐ、ぐらあああああああああ!!!」
ハヤトたちは冷酷大鬼の叫び声で思わず耳を塞ぐ。すると冷酷大鬼の身体から黒いもやもやぐした霧が溢れ包み込む。
そして、霧が晴れると冷酷大鬼の姿が変わっていた。
薄い水色の身体はどす黒い色になり、体格は二倍以上。強靭な腕が四本になり、それぞれ手には剣が握られている。そして折れたはずの角が元通りになっている。
前にいるヴェスナーにハヤトは言う。
「ヴェスナー、あいつは危険だ。俺が気を引くから皆を連れて逃げて」
「はぁ! お前ひとりだけで戦わせれるか――」
「っ! ヴェスナー!」
冷酷大鬼は一瞬でヴェスナーの前に移動し二本の剣を振り下ろす。ハヤトはヴェスナーを庇い攻撃を受け壁に激突する。
さらに残った二本の剣でヴェスナーに振り下ろす。
「だめ!」
「わふ!」
いつの間にか元の大きさに戻ったリルが体当たりし吹き飛ばす。ヴェスナーはハヤトに駆け寄る。
「ハヤト、無事か!」
ハヤトは頭から血を流し意識を失う。ヴェスナーはラストエレクサーをハヤトに飲ませる。
「うぅ…………ヴェス、ナー?」
「よかった気が付いて……」
その時リルに乗ったクシュもハヤトに駆け寄る。
「無事?」
「どうにか、立てるか?」
「うん」
「お待たせっす!」
四人を安全な所まで避難させ終わったセゾンが合流する。
「ぐらあああああああああああ!!」
起き上がった冷酷大鬼は叫びだすと額から目が現れハヤトたちを見据えた。