勧誘
「ん…………朝?」
目を覚ましたハヤトは外が明るいことに気づき、部屋に備えている壁時計の針は六時を指していた。身体を起こし伸びをすることで眠気を消し飛ばす。
隣でぐっすり寝ているリルを撫でた後、起こさないようにそっとベットから下りセゾンの様子を見に行く。
「顔色も良くなっているな、よかった」
ハヤトが一安心しているとセゾンに抱かれているディックの瞼が開き目線が合う。
『おはようハヤト』
『おはよう』
ディックを撫でると嬉しそうな表情をする。
『もうセゾンは大丈夫なの?』
『うん、とりあえずは大丈夫かな』
『よかった……』
セゾンの顔を見ながら微笑むディック。するとハヤトから盛大な腹の音が部屋に鳴り響く。昨日から食べてないことを思い出すハヤトは食堂に向かうことにした。
『我も行くぞ』
いつの間にか起きていたリルはハヤトの足元に駆け寄る。
『ディックも行くか?』
『うーん、行く、かな』
そう言うとディックは身体を霧状にして抜け出し、ぷかぷかと浮きながら移動するとハヤトの頭に乗る。もはや定位置になってきている。
扉を閉めると同時に隣の部屋が開き中からヴェスナーが出てくる。
「よっす! やっと起きたか。部屋に戻ったらハヤトも寝てるし、身体揺すっても起きねぇしで」
「そ、そうだったんだ、なんかごめん」
すると腹の音が廊下に鳴り響き若干恥ずかしくなるハヤト。
「昨日からなんも食ってないのかよ。俺もお腹減ったし食堂行こうぜ」
「おう」
食堂に着くと冒険者らしき人達がバラバラに座って食事をしている。ハヤトとヴェスナーは日替わり定食とリルとディックの分も受け取り席に着く。
頭の上にいるディックにじーっと見られていることに気づきヴェスナーはハヤトに尋ねる。
「なぁ、なんでディックは俺も見ているんだ?」
「多分、昨日のセゾンにデコピンしたことで警戒してるんじゃない?」
「え……そうなの」
ディックに笑顔で手を振るヴェスナーだが、それでもじーっと見続けている。ヴェスナーは諦め食事を始める。
リルは珍しく足元で食べ始め、ディックは頭から下りテーブルに置いてあるスープを飲み始めた。
「そ、それでセゾンの様子は?」
「顔色も良くなっているし大丈夫だと思う」
「了解。とりあえず一安心だな。今後の予定なんだがセゾンが起きてから決めるとして。ハヤトには大事な話がある」
真剣な雰囲気にハヤトは黙って頷く。
「ハヤト……俺たちのパーティーに入らないか?」
ハヤトはこれまでの事を思い出す。これまでって言っても一週間ほどしかヴェスナーたちとは過ごしていないが、それでもハヤトはヴェスナーたちと居て楽しいと思っている。故に答えは決まっていた。
「今すぐじゃなくて――」
「俺、入るよ」
ヴェスナーが言いきる前にハヤトが答える。
「もいい……えっ、いいのか!?」
「おう。これからもよろしくな」
ハヤトが右手を差し出すとヴェスナーはその右手を見た後熱く握手を交わす。
「ありがとうハヤト! 手続きとかは冒険者ギルドに行かないとだけど、ありがとな!」
そしてハヤトたちは食べ終わる前にこちらに近づく足音に気づき振り向くとセゾンとクシュだ。
「二人ともおはよっす!」
「おはよう」
いつもの調子に戻ったセゾンを見れてハヤトとヴェスナーは安堵する。ディックはセゾンの周りを嬉しそうにぐるぐると回る。
「わっ! どうしたんすか!?」
「セゾンが元気になって嬉しんだよ」
「え、そうなんすか?」
「きゅ!」
「サンキュっす!」
浮いているディックの頭を撫でるセゾン。そんな光景を微笑ましく見守るハヤト。
「撫でてないでほら並ぶ」
「わ、わかったから押さないでほしいっすよ!」
そしてセゾンとクシュも一緒に食事をとる。隣に座ったセゾンが小声で話しかける。
「ハヤト、昨日はサンキュっす」
「俺は特にしてないよ。昨日寝ているセゾンにずっと付き添っていたディックにお礼言ってあげて」
「そうなんすね……覚えてないっす」
セゾンは立ち上がり未だにスープを飲んでいるディックの所に向かう。
「ハヤトから聞いたっす。ずっと付き添ってくれてたんすね、サンキュっす」
「きゅ!」
そして食事も終わり、食堂は人が増えてきたためハヤトたちは部屋に戻る。途中で大事な話があるとヴェスナーが伝えると流れでハヤトとセゾンの部屋にそのまま行くことになった。
各々がベットの上に座る。リルとディックはベットの上で大人しくしている。
「それで大事な話なんだけど……この度、ハヤトがうちのパーティーに加入することになったぜ!」
「マジっすか! 嬉しいっす!」
「本当なの?」
確認のためにクシュは尋ねる。
「うん、本当だよ。まだ冒険者ギルドで手続きしてないけど、加入するよ」
ハヤトの言葉を聞いて目を輝かすクシュは、嬉しさのあまりハヤトに抱き着く。
「これから一緒だね!」
「そ、そうだね。……あのさクシュ?」
「うん?」
「離れて、くれると……」
「え……あ! ごめん、なさい!」
顔を赤くさせて慌てて離れるクシュ。遠くではヴェスナーとセゾンがまたにやにやとしていた。ハヤトが睨むと視線を逸らす二人。
「ごほん。えーこれから冒険者ギルドに行って申請してくるけど、セゾンは病み上がりだから留守番な」
「了解っす」
ベットの上で大人しくしているディックは浮き上がりセゾンの膝の上に乗る。するとディックは念話を使いハヤトに話しかける。
『ハヤト、俺も残っててもいい?』
『わかった』
ディックの言葉をセゾンに伝える。
「ディックも残ってくれるって」
「わーありがとうっす!」
「きゅ!」
膝の上にいるディックを抱きかかえ頬をすりすりするセゾン。そしてディックも初めは驚いていたが楽しくなり頬をすりすりし始める。
すると、後ろからリルが近づき前足でハヤトの背中を叩く。
「どうした?」
『……何でもない』
尋ねると顔を逸らすリル。なんとなくリルが言いたいことが分かってきたハヤトは、リルを抱き上げこっちも頬をすりすりをする。
『な、何をする!』
「え……すりすりしてほしそうな目で見ていたから……違った?」
『……』
リルは答えなかったが尻尾が激しく揺れていた。相当やってほしかったんだと内心で思うハヤトだった。
「ハヤトもセゾンもずるい!」
「そうだ、そうだ! 俺たちにも触らせてくれ!」
ヴェスナーとクシュが物凄い形相で頼んでくる。念話で一応尋ねるがリルとディックは機嫌が良いため快く触らせてくれる。
そう伝えるとヴェスナーとクシュはリルとディックを交互に触る。
「はぁ……気持ちよかった。リルの毛並み。ディックの触り心地……最高だ」
「うん……最高……」
ヴェスナーとクシュの触りタイムが一段落し壁時計を見るともうすぐ昼時になりかけていた。
「やっべぇ! 早く行かないと!」
準備をしに慌てて部屋に戻るヴェスナーとクシュ。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
「きゅ!」
セゾンとディックに見送られ扉を出ると隣からヴェスナーとクシュが出てくる。ちゃんと防具も装備をしている。
「よし、行くぞ」
急いで階段を駆け下り、大勢の人々が行きかうおお大通りを抜け、冒険者ギルドに向かう三人と一匹だった。