水の神獣
頭の上にいるディックはぺちぺちとヒレで叩く中、ハヤトは時間を確認するために部屋を見渡したが時計が見当たらない。仕方なく部屋の外で待機しているフロストに尋ねることにした。
「あの、フロストさん」
扉を開けるとフロストは壁側に姿勢正しく立っている。フロストは頭の上にいるディックに視線が行くがすぐハヤトの方に視線を向ける。
「何か御用でしょうか?」
「今何時か分かりますか?」
フロストは内ポケットにしまってある懐中時計を取り出し確認をする。
「もうすぐで十一時なります」
「ありがとうございます」
宿を出てから三時間経っていることを知り流石にヴェスナーたちを待たせてはと思うハヤト。
「じゃ俺たちそろそろ帰ろうと思います」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
「あ、氷帝様に挨拶したいんですが……」
「氷帝様は公務中為お会いできないかと。私が代わりにお伝えいたしましょう」
「わかりました」
来た時と同じ氷結晶の通路を進むハヤト。ディックを頭に乗せ、リルを抱き上げてる。
『なぁディック。なんで人の姿だったんだ? それに初代って』
『ああ、それはね。ハヤトと会う前にお菓子屋に寄っていたからだよ! 美味しかったなー』
幸せそうな表情になるディック。呆れたリルが代わりに答える。
『我らは初代としか契約していないから、なれるのは初代の姿のみだ』
『そ、そうなんだ。あ、今契約しているのは俺だから、俺の姿はなれるってこと?』
ふと疑問に思ったことをリルに尋ねる。
『なれる。けど同じ顔の奴が何人もいたら不気味だろ?』
『……そうだね。ちなみにリルの場合はどんな感じになるの?』
『我の人の姿か? うーん』
リルは思い出そうとするとディックが会話に割り込み先に言う。
『リルはね。銀色の髪で腰まで長くて、ちょっと褐色肌のきれいな女性だよ!』
『ディック先に喋るな!』
リルはディックに威嚇をするが全く効いていない
『リル威嚇ダメ』
リルを注意したあと頭を撫で宥めるハヤト。
『あ、ずるい! 俺も撫でて!』
ヒレでぴちぴちと叩くディック。
「わ、わかったから叩くのやめて」
意外と痛かったのか念話を使い忘れるハヤト。前で歩いているフロストが振り向く。
「どうかされましたでしょうか?」
「あ、いえ……なんでもないです」
「そうですか」
再び前を向き歩き始めるフロストに離れないようにハヤトもついて行く。
『早く撫でてよハヤトー』
『わかったよ……』
リルを撫でいた右手でディックを渋々と撫でるハヤト。ディックは鼻歌を歌い始めた。
抱き上げているリルがハヤトを見上げる。
『リルも後で撫でるよ』
『別に撫でてほしくないぞ……』
リルは顔を逸らすが尻尾を振っている。そんな話をしていると入り口の近くまで来ていた。
「では、馬車をお呼びいたしますでお待ちください」
フロストは馬車を呼びに行く。すると聞き覚えのある声が聞こえる。
「おーい、ハヤト!」
ハヤトは呼ばれた方に振り向くとヴェスナーが大きく手を振り、後ろからセゾンとクシュが続いてくる。
「ハヤトが遅いから迎えに来た」
「そうっす!」
「ごめんごめん。宿見つかったの?」
「うん! 雪原の安らぎってとこの宿だよ」
ヴェスナーが頭の上に視線を向けているのを気づくハヤト。リルを一旦地面に置き、ディックの両脇を持ち三人に見せる
「こいつはディック。新しく契約した相棒だよ」
「きゅー」
ディックは頭部を縦に振り挨拶する。
「わーかわいい! よろしくね」
「きゅー!」
クシュは微笑みながらディックの頭を撫でる。
「ディックは魚……なんすか? ってうわ!」
突然セゾンの頭上に水が集まり落ちる。おかげでセゾンはびしょ濡れになる。
「うへ……寒いっす……」
「なんで……」
ハヤトは確信を得てディックを見ると気まずそうに目を逸らした。
「ディック! 何やってるんだ!」
『だって、だってそいつ魚って言ったんだもん!』
「それでもだめ! ここは氷の階層世界なんだよ! ディックがいた水の階層世界じゃないんだ、こんなことしたら風邪引くでしょ!」
『だって、だって』
「言い訳はしない!」
ハヤトはディックを叱る。怒ったハヤトの迫力にディックは泣きそうになる。ヴェスナーたちもハヤトが怒る姿に目を大きく開け驚く。
『ごめんなさい……』
「俺じゃなくてセゾンに謝る!」
『うぅ……』
ディックを連れてセゾンに近寄るハヤト。ディックを地面に置き、鞄から毛布を取り出しセゾンに掛ける。
「セゾン大丈夫?」
「平気っすけど……」
「ディックが水掛けてごめんな。ほらディックも」
「きゅ……」
目を瞑り頭部を下に降ろし謝るディック。
「なんでディックは水掛けたんすか?」
「それは、セゾンが魚って言ったからだって」
「そうなんすね……」
セゾンはディックに身体を向き直し言う。
「魚って言って怒ったんすね……ごめんなさいっす。はい」
セゾンは謝ったあと右手を出す。ディックは不思議そうに右手を見る。
「仲直りの拍手しないっすか?」
満面の笑みでセゾンは言う。ディックはハヤトを見る。ハヤトは優し眼差しで頷く。
「きゅ!」
ディックはヒレの代わりに頭をセゾンの右手に乗せる。セゾンはディックを優しく撫でる。
「これで仲直りっすね!」
「きゅ!」
「はっ……はっくしゅん!うへー」
ディックは心配してハヤトの手から離れ、ぷかぷかと浮きセゾンの近づく。
「え! ディック浮けるんすか!?
「きゅー」
嘴でセゾンの頬を突っつくディック。
「心配してくれるんすか? ありがとうっす」
そんな二人を見て安堵するハヤト。
「色々と言いたいことがあるが、一旦宿に戻ろってセゾンを着替えさせないとな」
「そうだね」
その時馬車を連れてフロストが戻ってくる。
「フロストさん、雪原の安らぎって宿知ってます?」
「ええ、存じ上げています」
「そこまで馬車で送ってもらえますか?」
「かしこまりました」
フロストは御者に指示を出す間にハヤトたちは馬車に乗り込む。震えが止まらないセゾンにもう一枚毛布を渡すハヤト。
「大丈夫?」
「へ、平気っすよ」
「こらやせ我慢するな!」
呆れてセゾンにデコピンをするヴェスナー。
「痛いすよ……」
「きゅ!」
セゾンがいじめられたと思いヴェスナーの周りに水を集め始める。
「わああ、ディックストップっす!」
「ディック、ストップ!」
「きゅ……」
どうにかディックを止めることが出来たハヤトとセゾンはため息を溢す。
「ヴェスナー空気読んで」
「ええぇ……俺なの?」
「デコピンしなかったらディックは怒らない」
「うぅ……すいませんでした」
何故かクシュに説教をされるヴェスナー。そんなハヤトたちを乗せた馬車は速度を速め宿に向かうのだった。




