第十五話 最狂の奴原
荒縄によって囚われた私の財産の一員『シメミユ』は、少し離れた位置に着地したケツァルコアトルスの足元に、ぽいと雑に投げ捨てられる。
そして降り立つ幾つかの影は、青・黄・緑・黒の、4色。
4匹のリザードマンだ。
「…………何か、ヤバいっぽくないか」
「…………ふん」
「あれだよな……何て言うか、アイツらは今までと格が違う感じがする」
……敏感だな。
初心者を脱したばかりの身で、生意気ながらソレに気づくか。とことん癪な小僧だ。
確かに、奴らは "何かが違う" と思わせて来る物がある。
何が違うか? と問われれば、それは言葉にし難い物ではあるが…………何となく、ぼんやりと感じる強者の気配。
例えるならば――――【正義】のソレ。【天球】のソレ。【死灰】のソレ。
我々で言う【竜殺しの七人】のような、自信と経験に裏打ちされた……常勝無敗の者が見せつける、堂々とした立ち姿。
…………恐らく、ではあるが。
とても、強い。
◇◇◇
「……なぁ、金ピカ」
「……何だ、小銭」
「あれは、何をしているんだと思う?」
「いやぁっ!!」
ギリギリ矢が届く、と言った程の距離にその身を置いたリザードマンと、その下に転がされたシメミユ……という構図。
そんな彼女にリザードマンが手を伸ばし、始めた行いは……『陵辱』だ。
「や、やめ……っ! ひぃっ! きゃぁっ!!」
「…………な……っ! あんにゃろう共……!」
「うわわ……酷い……っ! どういうつもりなのさっ、あのリザードマンっ!」
陵辱、と言っても、それは性的なものでなく。
あくまで真っ直ぐな暴力で、言わば拷問のような……処刑のような。
肉体を破壊し、辱める行為だ。
……彼女の悲鳴が、耳につく。
「……リザードマンからなる外来種は、極めて残忍と聞いていたけど……こういう事なのか」
「劣等種のする事は、理解が出来んな。したいとも思わんが」
「…………」
腕を折り曲げ、足を砕いて――――……
髪を引きちぎり、服を剥ぎ――――……
目にゆっくりと刃を近づけ――――……
指先の炎を口内にねじ込み――――……
ありとあらゆる方法で、尊厳ばかりを破壊し尽くす…………弄び。
彼女の体をおもちゃにし、プラモデルのように壊したりくっつけたりする邪な遊び。
…………痛覚が薄いRe:behindだ。
シメミユの悲鳴は、怪我の痛みによるものではないだろう。
…………しかし、それでも尚、聞くに耐えない悲痛な声が、繰り返し繰り返しこだまする。
「た、たすけっ! やぁっ! やめてぇっ!!」
「どッ! どうすんでぃ! あれは、流石に……ッ!!」
「……リザードマン。これほどの物ですか。なんという狂気か」
「どうしようっ!? ねぇっ!! どうにかしなくっちゃ……あの子がっ!!」
「…………なぁ、金ピカ。俺は知ってる」
「…………」
「あれはそこまで、痛くはない。だけれど、体の痛みは無くたって…………心はきちんと傷がつく。怖い物は怖くって、涙が出るほど恐ろしいんだ」
「…………」
「マジで怖いんだって。仮想とは言え、自分の体が、四肢が、一部分が……それらがどうにかなっていくのを、その目でじっくり見続けるってのはさ。リスドラゴンに食われるビジョンは、こうまで時が経ったというのに、俺の頭に未だに残ってる。一生忘れられないとすら思えるほどだ」
「…………」
「……あれは、『人質』だろ。手練のリザードマン共は、お前の魔法を封じるために――――『肉壁』っていう、そういう外道をしてるんだろ」
「……ああ」
「そんでもって、誘ってる。来いよ、と……丸見えの罠で、待ち構えてる」
「……そうだろうな」
「嬲って、壊して、痛めつけるその様を、挑発スキルみたいにして……システムではなく俺たちの精神に、リアルの心に敵視上昇効果をぶつけてるんだ」
だから何だ、サクリファクト。
お前が言うべきなのは、そういう事ではないだろう。
この世界で本気で生きる、良い格好しいのお前なら。
彼女を救う手立てを見つける事が、お前のすべき事ではないのか。
…………頼むから、お願いだから、そうしてくれよ。
いくら金の繋がりだろうと……私の知人が恐怖にまみれた悲鳴をあげるのは、とても耐え難いのだから。
助けてやってくれ。何とかする方法をこの場に仕立て上げてくれよ。
「…………お前だろ、金ピカ」
「……何が言いたい?」
「決めるのは、お前だ。お前が決めろ。行くのか、退くのか、まとめてヤるのか……お前が決めろ、【金王】さんよ」
「…………」
「どうでもいいよ、俺は。毒を食らわば……って言葉もあるし、お前の選択がどれであろうと、付き合ってやる」
「…………」
「だから、決めろ。お前が決めろ。アレクサンドロス」
……ふざけるなよ。糞ガキが。
何て意地の悪い奴。どこまでも優しくない、酷い奴。
ならず者とは何たる物か、はっきり知るぞ……ならず者めが。
これは私の、試金石。
この世界で私がどう生きるかを推し量る、正解のない難試験。
『真剣であるのか』『何を大事にするのか』『どういう者になりたいのか』、それらを此処に…………スペルなどよりはっきりと曝け出す、自己の生き方の弁になる。
――――助けるか? この【金王】が?
金でしか繋がりのない、替えの効く一人の女を、必死になって?
――――まとめて吹き飛ばす? この【金王】は、そんな程度の器であるのか?
そんな解決策しか見つけられない…………それが英雄・アレクサンドロスの名を持つ男の所業と言えるのか?
――――退くか? 尻尾を巻いて、この【金王】が。
『こんなのやってらんないな』なんて捨て台詞を残して、おめおめ引き下がるのか?
…………どうする、どうする、余よ……私よ。
どれが正しい。どうすればいい。
どれなら一歩引いていて、本気になっていない男の選択なんだ。
私が、【金王】アレクサンドロスとして選ぶ道は…………どれが正解なのだ。
「……た、たすけ…………うぇ、うぇええ~ん……ひっく、うぇぇえ~…………」
「…………答えろ、アレクサンドロス。お前は今から、何をするんだ。俺はお前に従うぞ」
「…………」
「……もう、いや…………いやだぁぁ……」
「――――答えろよ」
何故だ、お前は……何故そうなんだ。
…………非道いぞ。何という優しさの無さだ、サクリファクト。
幾度もこちらを悪く言い、余計な事ばかりを言う男のくせに。
どうしてこういう時は…………余計な事を、言わないんだ。
『逃げるのか?』と、言ってくれ。
ならば私は答えられる。金王たるまま、『余に逃走は無い』と、言えるのに。
『女一人も守れないのか?』と、言ってくれ。
ならば私は答えられる。金王たるまま、『余に不可能は無い』と、そう言えるのに。
『助けるぞ』と。
『一旦退くぞ』と。
『彼女諸共、滅ぼすぞ』と。
どれでもいいんだ、言ってくれ。
――――生意気を、言ってくれ。そうしてくれれば……それに反発する事で、【金王】らしく居られるのに。
どうして今、この時だけは、黙して私の言葉を……待つばかりなんだ。
…………そうか、お前は、引きずり出すか。
『真剣に考え、責任を持って行動しなければならない場』という、本気のプレイの鉄火場に、この私を引きずり出すのか。
時間に猶予もなく、切羽詰まったこの瀬戸際で……私に答えを出せと言うのか。
……非道い。非道いぞ、サクリファクト。
黒い男、【七色策謀】、【新しい蜂】……サクリファクト。
私は、お前が――――ああ、心底嫌いだ。大嫌いだ。畜生が。
◇◇◇
「言え。決めろ。従ってやる。決断しろ。答えろ。お前の言葉で語ってみせろよ、アレクサンドロス」
「…………」
「『決めない』事を選ぶのか? それならそうしろよ。『ああ、そうか』とだけ言ってやる」
「…………小銭、がぁ……っ」
仮想現実、そんな物は、下らない。
結局趣味で、偽物だ。ストレス解消くらいにしか使えない、仮初めの物だ。
だってこんなに、どうにかなるんだ。金さえあればどうにでもなるんだ。
だったら当然、『下らない』って……そう思うだろうよ。
…………そう、思っていたというのに。
お前だ、サクリファクト。
お前が全部を、おかしくさせた。
金で掴んだ威光に慄かず、金で培われた怪力に怯まず、金で言い成りに出来る物にも傅かず。
その上私が欲しい物を、そのまま全て持つ男。
私は、余は、俺は。
お前が、嫌いだ。
社会人でも、奴隷でも、大人でも社畜でも老害でも先達でも目上でもなく。
一人の人間として、男として、リビハプレイヤーとして…………お前が嫌いで、お前にだけは――――負けたくない。
ああ、そうだ。負けるか。負けるものかよ。畜生、ふざけるな。
「……もう、良い。黙れ、小銭めが。余が名はアレクサンドロス。【金王】の称号を持つ、竜殺しだ」
「…………だから何だよ。どうすんだよ」
「この金王が、たかが一人の取り巻きに――――特別な想いを抱く訳が、ないだろう。『女の救出』などという金にもならぬ下らぬ事に、尽力するはずもないだろう」
「…………あっそ」
「替わりは幾らでもいる。それこそ一山幾らの女共が、余に侍る事を願ってやまぬのだからな」
「そうかよ。わかった。じゃあ、問答はこれで終わりだな」
「――――だが」
「…………?」
「余の『財産』に手を付けたというこの場の出来事は、また別の話である」
「……へぇ?」
「『女』ではない、『財産』だ。それは余が持つ金字塔、積み上げられた金貨の山だ。それは僅かな一片であるが、その全ては王たる余の資産…………かけがえのない、財産である」
「ははは、そうか。そう言うか」
「使う。支払う。浪費する。
ばら撒き散財をする事はあれど…………トカゲ風情が掠め取り、好きにして良い物では無い。
…………ああ、断じてそうでは無いっ!! 余の金だ!! 余の財産だっ!!
薄汚い手で余の財産を自由にする等…………他の誰でもない、この金王が許してなるものかっ!!」
どうだ、サクリファクト。
私だって、ちゃんと出来るぞ。金王らしく、男らしく、リビハに生きる者らしく。
こうして男のプライドを賭けて、【金王】の役割をきちんと果たし、ゲームの一つの『出来事』内で、自分の矜持に生きられるんだ。
お前に負けてられるかよ。
「ははは! いいじゃん。じゃあ――――どうするんだよ?」
「王命である! 可及的速やかに、やつばらめの債務を精算せよ!! これは徴収である! 収用である! 余の財産の、取り立てを行う!!」
「借り物に傷がつけられてるぜ? 利息はどうする? 金王さんよ」
クソ、こいつめ。調子に乗って。
その勢いのまま、私も引っ張りこんで来て。
金じゃどうにもならないし、色んな意味でリスクだらけの行いで。
未だかつて経験の無い、きちんと真剣になる必要がある事だって言うのに。
サクリファクトに乗せられて、無性にわくわくしてしまう。
『ゲームで遊ぶ』というものを、真剣に味わっている気がしてしまう。
「無論、奴らの命を貰う。それでは到底足りぬ額だが…………なに、余はどこまでも金持ちよ。いくらばかりかは、多目に見てやろうではないか」
「……ははは! しつこいまでに、とことん【金王】ぶる奴だぜ。俺はお前が嫌いだよ」
「そうか。余も貴様が――――大ッ嫌いである」
「……ははは!!」
「ぬははは!!」
楽しいな。本気でムカつけるやつと、罵り合えると言う物は。
楽しいな。自分の望んだ役割のままに、全力を振るうと言う物は。
――――さぁ、本気で演ずるぞ。楽しい楽しい、ストレス解消の時間だ。
金の力で全てを手にする、Re:behindに生きる【金王】らしく。
財産と名声を、我が手の内に。




