第十四話 最恐の魔法
「 "我は持つ。是が非もにべもを言い成らす、絢爛豪華な輝きを。余が名はアレクサンドロス" 」
そうだ、私はアレクサンドロス。水色髪に黒目の美丈夫。
まるで『元橋 殻斗』とは似つかない姿であるし、であるから……だからこそ、社畜でもなければ奴隷でもない。
こと、此処においては――――金で全てを言い成りにする、絶対的な真の大王。それが今の、この私なのだ。
「 "黙せ、従え、頭を垂れよ。王を認めて地に満ちよ。金の草鞋で覇道を歩む、余が名はアレクサンドロス" 」
アレクサンドロス。アレキサンダー大王とも呼ばれる、覇道を往った男の名だ。
ファラオ、神の子、イスカンダル。様々な名と功績を残し、後世に大英雄として歴史に名を刻んだ男。
多くの場合は逝去ののち、どれほどの偉人も往々にして叩かれる事が殆どであるという物なのに、彼に関して言うならば……好意的な意見ばかりが目立つ。
よっぽど良い奴だったのか、と思う。そうなりたかったな、とも思っていた。
「 "ペルセポリスを炎で燃やせ。ミレトス、イッソス、ハリカルナッソス。金輪奈落の果てまでも、全てに君臨せし余輩こそ――――アレクサンドロス・フィリシィ・ホーラ" 」
大声でささやき、叱りつけるように祈る。
念じる物は――――地中を這い廻る、無数のトロッコ。
見えない所で徘徊し続け、鐘を鳴らして地を揺らす。
他の誰でもない、私の足元を…………すくうため。
「 "賛えよ! 讃えよ! その名を叫べ!! 余こそがアレクサンドロス! 金剛輪際の王であるッ!!" 」
強がりを言いながら、恐怖に耐える。
気丈に振る舞い、人生は上々だと叫ぶのだ。
『その名を叫べ』という声は、誰に言っているのか…………そんなのは決まっている。
他の誰でもない、自分だ。王を動かす中の人、元橋 殻斗に言っているのだ。
自分で自分の名を叫べ。そうであると思い込め。
『お前は奴隷なんかじゃない。心ある歴とした人間で、今ここにあっては【金王】であるぞ』と、自分で自分を怒鳴りつけるのだ。
私の足元をすくおうとする、何より恐ろしいトロッコの鐘の音を、かき消すように。
「 "ひれ伏せぃっ!!" 」
その決め台詞には……少しだけ言葉が足りない。
『Re:behindでは、ひれ伏せ』。それで完璧。私の願いだ。
頼むから、この世界では――――そういう事にしておいて欲しい。
この世界でだけは、王で居させてくれよ。
◇◇◇
恐らく、ではあるけれど。
魔法という物は、その者の『恐怖』が如実に表されるのかな、と思う。
何せ、自分が怖いものだ。それが最もいけないと考えるものだ。
ならばきっと、それが一番強いと信じられるのも、道理だろう。
これは私が望んだ物ではない。むしろ真逆で、嫌いな物だ。
見えない所で蠢いて、カンカン喚いて要らぬ警鐘を鳴らし。
汗水垂らして遮二無二動き……一生懸命、私の立場を危うくする事に余念が無い。
四六時中休む事無く、微に入り細を穿って小石のような難癖を拾い上げ、それを持ち上げ高々と掲げる。そんな微細なミスを見つけて、とにかく私を躓かせようとする…………神経質で無機質で悪質な、地の底を轟音靡かせ走り狂う『トロッコ』。
居るのは、地の底。見えぬ場所。
そこから必死に声を出し、私のココロを脅かす。
声だけ大きなノイジーマイノリティー。悪口ばかりの不心得者共。
貧乏暇無し。ならば、生活保障のあるこの現代では…………誰も彼もが暇をする。
暇をするから、見つけ出す。昼夜も問わずに四六時中、叩いて遊べる存在を。
…………私はそれらが……とにかく、怖い。
だからそのまま、一番『強い』と思ってしまう。
そんな気持ちを具現化するのが、鐘を鳴らして地を揺らし、足場を崩す大魔法の『前半部』なのだと、そう思うのだ。
深層心理から来る恐怖の写し鏡、と言った所だろうか。全く笑えない事だが。
「…………」
石が浮き、岩が飛ぶ。
空を埋めるは黒い点々。それらは次第に色づいて、黄金の輝きできらりと光る。
私の魔法の『後半部』。先程までのはただの準備で、ここからが火力、と言った所か。
……地の底から逃げ出すように、自由な世界で飛び立つ石ころ。
…………地下を駆けるものがクレーマーであるのなら。
あれが、私だ。あれこそが。
鐘の音に怯え、トロッコに追われ…………ようやく底から這い出た先で、金のメッキで己を飾る、偽物のゴールド・インゴット。
得てしてそういう魔法なのだ。
私の人生を白日の下へと晒しだす、不条理劇を演ずる私の自虐。
悲劇の前半・喜劇の後半。くだらぬ日々で胃を痛めながら生き続ける、浅ましくも馬鹿な男の皮肉なショーだ。
…………黒くて生意気な初心者、サクリファクト。
お前は言ったな。私に聞いたな。
『――――この世界で本気になるのは馬鹿らしい事だと、下らない事だと、そう考えているのか』と、いたく真剣な表情で…………自分はそうではないと高々主張するように、うそぶいたな。
「振る舞いである。我が黄金の一端を、その身を伏して浴び、跪拝して賜るが良い」
…………ふざけるな。ふざけるなよ、馬鹿にして! 年若き身の分際で!
経験に乏しい世間知らずが! 世の理を知らぬ無垢な輩が! 知った風な口を聞きやがって!!
お前に何がわかるんだ! 私の思いが、必死が、苦難が!!
崖際でよろめきながら、決死の覚悟でこの世界に縋り付く、この私の……懸命さなんて! 知らないくせに!!
私だって、そうしたいんだ! 全てをなげうつ覚悟でもって、Re:behindの世界で生きたいんだっ!!
現実のしがらみも責任もかなぐり捨てて、この場所でだけで全てをまかない……至極普通のリビハプレイヤーとして、生きたかったんだっ!!
そうに決まっているだろう! そうしたいに、決まっているだろうが……っ!!
…………でも、もう駄目だ。
始めの一歩を間違えた。キャラクター作りで、重大な事故を起こしてしまった。
そうして今ではこんな有様…………仕事もリビハも、辞めるに辞めれぬ袋小路に陥ってしまったから。
なれるものかよ、本気になんて。
それは【金王】らしからぬ事で、社会人としても選べぬ事なんだから。
金で全てを解決し、何もかもを小馬鹿にするのが私だろう。
お前ら全員、そう思ってるんだろ。だったら『アレクサンドロス』は、そうでなくっちゃ……いけないだろう。
そして本気になったとて……結局の所、私は社会人なんだ。
夜が明ければ会社へ行くし、急な呼び出しには答えなくてはならない。それが大人の責務であって、最も優先されるべき事なんだ。
金王としても、社会人としても。
一歩引いていなければ、立ち行かないのが現状なんだ。
だから…………だから。
本当は本気で、一生懸命ゲームをしたいと思っていても。
そうしてはいけないから、堪えているのに。
偉そうに言うなよ、サクリファクト。
本当はお前みたいにやりたいんだよ。だけど、それが出来ないんだよ。
自慢をするなよ、糞ガキが。
楽しく毎日過ごしやがって。羨ましくって、恨めしい。クソ。ずるいぞ。
私だって……そうやって……気の合う仲間と、優しい少女と一緒になって……本気で毎日…………ああ、もう。泣けてくる。畜生。
嫌だ。もう嫌だ。どうすればいいんだよ。胃が痛いし抜け毛も増えたし、心も体もボロボロだ。
何なんだよ、やってられるか。全部をおしまいにしてしまいたい。仕事も、リビハも、何もかも。
――――『退職試験』。『スイッチを押すだけの仕事』を辞める者に義務付けられた、今までの行いの総決算。それは恐らく…………通るまい。
務めた3年8ヶ月の間、幾度『ご意見』を頂戴した事か。幾度道徳心の疑いをかけられた事か。
それに加えて、銀行口座の呼吸も検閲されて…………『無駄遣いとは、正に非道徳』と言われる事は、想像に難くない。
辞められない。止められない。
断頭台からは逃れられない。そこで見つけた拠り所からは、離れられない。
「これこそ余が魔の金飽かし。――――存分に味わえ……『黄金時代』」
もう飽きた。散々になるまで、金に飽かせた。もういいんだ。
終われ、終われ、何もかも。
空から降り注ぐ金貨の雨で、見える全てを終わらせろ。
断罪の爆雷。終焉の金撃。私の魔力吸い付くし、時代を破壊し消えてなくなれ。
上から下へと落ち行く『終わり』。
ああ、これこそが私の魔法。恐怖の具現化、最悪の危害。
断頭台。空から落ちる金色のギロチンが……私の恐怖、そのものなのだ。
…………ああ、畜生。降り注げよ。何もかもを一緒くたにして、滅ぼしてしまえ。
◇◇◇
――――――静寂。
辺り一面、土の色。可憐な花も、瑞々しい草も、隆々とした大木すらも、全てが消えた。
残る存在は、私と私の財産と…………仕方がないから爆風が避けるようにしてやった、サクリファクトとその仲間たちだけだ。
「…………信じられねぇ。こんなん、反則だろぃ……」
「……感情を抜きにして語るのならば、確かな魔法師の完成形とも言えるでしょうね。感情を抜きにして語るなら、ですよ」
「すごいね~。お花畑がじゃがいも畑みたいになっちゃったね、火星人くん」
「……爆風が激しすぎて、全然撮れてない気がする……。引きで撮らないと、何だかわからないタイプの画だったかも……トホホ~」
……そうだろう。凄いだろう。
【金王】の持つ力によって、私の魔力を喰らいつくしたこのスペルの威力は、驚くほどだろう。
誰も彼もがそれを言う。『凄い力だ』と褒め称える。恐れ慄き、頭を垂れる。
そうだ、それでいいんだ、何の不安もなく日々を過ごす、ただの一般プレイヤー共よ。
逃れられぬなら、せめて讃えろ。称賛し、私の心を癒やしてくれ。
明日の地獄を生きるため、せめて今この時だけは……少しばかりの安らぎを。
「…………」
「……どうだ、小銭。余の頂点にして極点を、その矮小な瞳に映した気分は」
剣をだらりと下げ、脱力の姿勢で呆気に取られる黒い男――――サクリファクト。
認めろ。私の力を。例え本気になれずとも、こうまでの隔絶した存在である私に、ひれ伏せ。
貴様のような憂いなくプレイする者がそうする事で、私の心は癒やされる。
『本気になっているプレイヤー』に競り勝つ事で、それが出来ない自分を満たすのだ。
「……ああ、すげぇ。流石、と言う他ない。魔法師のトップを名乗るお前の力がどういったモンだか、はっきりとこの目に覚えたぜ」
「ふん! そうだろう! そうであろうとも!! 当然だっ!! 身の程を知るがいい、程度の低い悪銭よ。余が名は【金王】アレクサンドロス。余の本域を目にしたならば、如何にさかしい貴様とて――――」
「……それとついでに、俺の問いかけの、答えもな」
「…………何?」
「金王、お前ってさ――――」
「ちょっと待ちなさい、黒い貴方。黙って聞いていれば……『お前』『お前』と、誰に向かって口をきいているのか、わかっているのですか」
そうして相変わらず生意気な目をしたサクリファクトが、気になる事を口にした瞬間。
いよいよ我慢ならぬと言った表情のシメミユが、丁寧な口調で責め立てる。
今、この男は……すごく大事な事を言おうとしてたのだぞ。正直な話、邪魔をしないで欲しい。
「……チッ、うっせーなブス」
「まっ! また言いましたわね!! わたくしのどこがブスだと言うのですかっ!!」
「…………性格は、ブスだろ」
「なんですってぇ……っ!? ――――ん? あら?『性格は』? …………つまり、わたくしの見目は悪くはないと、そう言うのかしら?」
「…………」
「あらあら、まぁまぁ。口が悪いあけすけなままに、正直な所もあるではないですか。そうですか、わたくしの美貌を認めるのですね」
「……うっぜぇ。馬鹿じゃねーの。ポジティブかよ」
「財はなくとも、美醜を見極める目は持っているようです。うふふ、悪くないですわ――――――ひゃっ!?」
――――会話を続ける二人の間に、びゅう、と、一陣の風が吹いた。
サクリファクトと話すシメミユの体が、中空にふわりと浮き上がる。
体に絡んだ、草の根のような縄によって、引き上げられたのだ。
「何事だッ!!」
「ビィィヤァァッ!!」
「はぁ? 何だよ、あれ」
鳥。巨大な、怪鳥だ。
頭にトサカのような物を持ち、羽根というよりは――――翼。
皮膜を広げた、空に浮かべて遊ぶ『凧』のような物を羽ばたき、空を飛ぶ。
遠さと高さでわかりにくいが、そのサイズは相当な物だ。広げた翼は……20メートルはあるのでは、と思わされるほど。
そしてその上に騎乗するのは――――青い鱗のリザードマン。
その手にシメミユに絡む縄の先が握られており、今この瞬間にも引き上げ攫って行っている。
「何だぁ!? ありゃあ、馬鹿デケぇ鳥だぜ!!」
「あんな鳥……リビハだけじゃなく、リアルでも見たこと無いんだけど! しかもリザードマンまで乗ってるし! 3匹……ううん、4匹もっ!!」
「…………鳥ではないですね……アレは一体……?」
私も知らない。あんな鳥は、どこでだって見たことがない。
種類も名も知らないし、どんな生き物なのかもわからない。
だけれど、感じる物がある。
その顔、嘴、トサカに翼。小さい足と、細めの体。
そこからビシビシ伝わって来る――――その、力強さ。
あの鳥は――――大変な生き物だ。
【竜殺しの七人】として生きた経験から来る強者の勘が……はっきりとそう告げている。
「まぁ、俺たちと同じって事なんだろうな」
「……どういう意味だ、小銭」
「『援軍』だろ、リザードマン側の。救う対象は……お前のスペルで木っ端微塵だけど」
「…………ふん、小賢しい事だ。鳥に乗って現れるなど、頭が高いにも程がある」
「ねぇねぇ、金王さん」
「……何だ」
この子は確か…………ロラロニー、だっただろうか。
白いタコをその胸に抱いて、ぼんやりとぼけた顔付きながら――――意外な活躍を見せてくれた、可愛らしい少女だ。
ほんわかした笑顔で私の裾を引く動作は、ひたすら無害な小動物のよう。
何だか心が温まる気がするぞ。可愛らしい子だ。優しそうでもあるし。
「私は知っているよ。あれは翼竜、ケツァルコアトルスだよ」
「……ケ、ケツァ……?」
「ケツァルコアトルス。空飛ぶ恐竜。誕生日は白亜紀で、プテラノドンのお友達だよ。とっても大きいんだ」
プテラノドン。それは知っている。
空飛ぶトカゲで、ずっと昔の地球に存在した、絶滅種だ。
それの仲間の生き物なのか。ケツァルなんとかという名の、恐竜。
……だから何だ、という話ではある。
だけど、なんとなく…………頭を撫でて、褒めてやりたい心持ちだ。
『よく知っていたね』『教えてくれてありがとう』と言った言葉を、かけながら。
…………娘を持つ父親というのは、こういう気持ちになるのだろうか。




