第十二話 マジですか
色とりどりの花が開いた天然素材の雅な絨毯。
おとぎ話のようなファンシーな世界のこの場所で、二つの視線が火花を散らし交錯する。
対峙するのは二つの陣営。プレイヤーvsプレイヤー。
俺たちと、【金王】――人間同士だ。
……おもむろに抜いた剣を逆手に持ち、反吐が出る気取った面に殺意をぶつける。
リザードマンより、よっぽど痛い目見せてやりたい、大嫌いな奴だから。
「……ここで会ったが――ってヤツだ、成金野郎」
「……言葉が過ぎるぞ小銭。格の違いが過ぎるが余り、目をくらませた下民めが」
「やい! 金ピカァッ! ロラロニーに謝れこんにゃろう!!」
「はぁ~? 何この赤いの? うるっさいんだけどぉ」
「嫌ですわね。財も無ければ品もない…………きちんと教育を受けたのかしら?」
ああ、気に入らない。あの面、あのポーズ、そのナリに……言葉一つすらをとっても、すこぶる腹が立つ。
金に汚く、金を無駄にし、金で女を侍らせる、悪いタイプの小金持ち。
【金王】アレクサンドロス。
Re:behindで一番、気に入らない男。
「ちょ、ちょっと男衆っ! 気持ちはわかるけど、今はそんな場合じゃあ――――」
「いけませんよ、サクリファクトくん。落ち着いて下さい」
「そうだよっ! キキョウ! どうにかして!」
「冷静になって、ちゃんとして下さい。誰から殺すか、どのようにぶっ殺すか、きちんと組み立ててから始めなくてはなりませんよ」
「――――って、あれれぇ!? キキョウも!? キキョウもキレてるの!?」
確かにそうだな。
ただ怒りに任せて突っ込むだけでは、竜殺し殺しは不成となるだろう。俺たちのような格下がそれをするには、綿密な策略と確かな謀略が必要だ。
…………魔法師殺しの俺が金王の野郎に睨みを効かせ、その間に周囲のハーレム共をキキョウとリュウで蹴散らすか。
金銭で繋がる浅ましい関係だ、恐らく連携は――――いや、しかしリュウは女を殴れない可能性が――――キキョウなら平気でやれるはず。良いも悪いも含めた男女平等精神を持つから、それを頼りに磁力のスペルで――――
――――ヒュボッ!
「うおっ!?」
「火星人くんっ!!」
「あ、危なっ! 何今の!? 矢!?」
金王を睨めつけながら思考に耽っていた俺の側頭部に、軽い衝撃。そして張り付く、ねっとりした柔らかい物体。
ロラロニーの、タコ。
体がよろめいてしまうほど勢いづいて俺に体当たりをかましたタコは、ぼてっと地面に着地をし、その身に食い込んだ骨製の矢を落とす。その間にも絶え間なく、じとっと見つめてくる生意気な目。
…………守られたな。遠くに見える、弓を構えたリザードマンによる……恐ろしいほど精巧で、当たれば死ねるヘッドショットから。
そうしてその目で語るのは……『今はそんな時じゃないだろ』って感じの、至極真っ当な冷やしの言。
タコのくせに。現状を知ったかぶりやがる。
「サクリファクトくん……」
「…………」
そんなペットの飼い主、ロラロニー。
……お前もそういう目をするか。
いや、タコのそれとは少し違う色合いか。
嗜めるのではなく……懇願するような、苦しむような顔つき。
言葉には出さずとも、しっかり伝わる。『喧嘩はやめて』って言う、ベタなセリフでテンプレートな優しい思いの篭った表情。
……わかってるんだよ。俺もリュウも。
お前がこういう事を望まないってのは、わかってるんだ。
だけど、だからこそ……それゆえに、我慢ならないって物なんだよ。
そんな優しさを持つロラロニーを悪く言ったコイツらを……許す訳には行かないんだ。仲間として。男としてさ。
…………ただまぁ、今はそれが正しくはないのも確か。
しょうがないから、辛抱しよう。今は憤怒を押し留め、来たる開放の日へと先送りだ。
一度我慢した身であるから、いよいよ今日こそどうにか出来ると思ったんだけどな。
「……チッ。確かにこの局面じゃ、これは良くないか…………仕方ない、一時休戦だ」
「ふん、怖気づいたか? 小銭めが」
「……うっざ。口だけは達者な所も、成金魔法師らしくて反吐が出るぜ」
「ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ! アレク様に生意気言って……許さないわよ!!」
「許さなくていいよ。一生憎んでろ。俺もそうするつもりだからさ」
「く……っ! むっかつくぅ!!」
「……サクの字が言うなら、ここは引いてやらぁ」
「ふふん、どうせアレク様の威光におののいただけなのだ。強がりを言うばっかりなのだ」
「身の程を知らない方というのは、どうしてこうも滑稽なのかしら」
「…………おや? この場で皆殺しにしないんですか? 残念です」
「この金髪ぅ、冷静ぶってるけどぉ…………一番ヤバくなぁい?」
◇◇◇
頭を冷やそう。無理やりに。
とにもかくにも、今はリザードマンだ。
それは【正義】さんの要望でもあるし、俺たちがここに来た目的でもあって…………そして何より大切な、『Re:behindの首都を守るため』というイカした使命でもあるからな。
どれだけ目前のハーレム野郎が気に入らなくたって、一先ずやるべき事をやらないと。
コイツらをどうこうするのは、Re:behindがある限り、いつだって出来る訳だし。
そして改めて遠くを見れば、6匹のリザードマンの群れがこちらを睨めつけているのがわかる。
黒色が3匹と、緑と赤と黄色の3匹。どいつもこいつもトカゲ面に防具をつけて、一人前でございって雰囲気だ。
端から順に……杖・盾・弓弓弓弓…………随分弓が多いな。そういうパーティって事なのだろうか。プレイヤーの真似事も、いよいよ本格的になってきた。
「……で? 今はどういう状態なんだよ」
「……ふん、貴様らのような矮小な存在如きが、余のサポートを務められるとは思えんがな」
「いや、そういうの良いから答えろって。弓で射られて参ってるって事でいいのか?」
「…………向こうは弓が多くあり、更には忌まわしき "ならず者" のスキルのような術も使う。矢は我が財産の魔法で弾けるものの、余の驕奢なる詠唱は、野蛮なトカゲの汚らわしい呻きでかき消されるのだ」
「黒い口の悪い貴方……貴方もローグかしら? 嫌ですわね。下劣な生き物はみなそれを選ぶ」
「なるほどな……つーかうるせーよブス」
「な……ッ!? ブ、ブスですって……ッ!?」
別に顔付きは不細工な訳ではないが、性格は間違いなくブスだ。だからブスでいいだろ。
そんなブスはさておいて、相手側に妨害役……CCがいるのか。面倒だな。
「……で、その厄介者は……ええと、どのリザードマンだ?」
「知らぬ」
「……はぁ?」
「かくも劣等な悪銭共の違いなど、余の高貴な目には区別がつかぬわ。有象無象を選り分ける雑務は下民の仕事だろう」
「…………じゃあ、ハーレム共は? どのリザードマンが妨害役だかわかるか?」
「そんなの知らないのだ。例え知ってても、お前なんかには教えてあげないのだ」
「……はぁ? ……はぁ」
何なんだコイツら。
形だけでも協力しようって気すら皆無の、このふざけた態度はどうだよ。
今の状況の何が悪いのかを知っていて、それを解決するつもりのない馬鹿さ加減。
楽観的というよりは……不真面目とでも言うべきか。
『なんとかなる』っていうお気楽さでもなく、『どうにかなる』っていう希望を抱く訳でもない、この気の抜けるような心構えは、何なんだ。
こんなのサポートしなきゃいけないのかよ。恨むぜ、クリムゾンさん。
「……とりあえず、杖と盾持ちは俺が見る。お前らは弓トカゲ共に当たってくれ」
「あいあいさー!」
「ちょっとぉ、偉ぶってリエレラに指示出さないで欲しいんだけどぉ?」
「うっせえよ、お前には言ってない。…………ロラロニーは不本意だが――――非常に不本意だが。金王をタコで守ってやってくれ。とても遺憾な事だけど」
「ううん、平気だよ。頑張ろうね、火星人くん」
「何よ、その白いタコ。キモっ!」
…………本当にうるせーなコイツら。どうしてそこまで小馬鹿にする姿勢なんだ。
このRe:behindにおいて、ここまで周りを攻撃する存在も中々いないぞ。男女平等パンチをお見舞いしてやりたいぜ。
「…………そういう訳で、金ピカ。場は俺たちが整えるから、お前は詠唱でも何でも好きにしろ。ご自慢の魔法が出せれば、なんとでもなるんだろ?」
「ふん、貴様如きの指示に従うのは、高貴な身に宿した自尊心が許さぬと言う物だが――――余のスペルに羨望の意思を持つのであれば、渋々見せてやらん事もない。まぁ、小銭に我が金碧輝煌な魔の法が理解出来るとは思えんが」
「そういうのはどうでもいいけど、やる事はやれよ。ここでリザードマンをなんとかしなきゃ、首都がピンチになるらしいんだから」
「……だっるぅ。リエレラ的には、そんなのどうでもいいってぇ」
「ばっかじゃない? 首都とかピンチとか、何マジになってんの?」
「楽しみがゲームしか無い奴はこれだから嫌なのだ。ゲームで本気になるとか、見てて恥ずかしいのだ」
――――ああ、わかった。理解した。
コイツらは、そういう奴らなのか。
いわゆる一つの――――『ゲームで全力を出すとか、馬鹿らしい』と言ったタイプの、そういうプレイヤー。
だから不真面目で、楽観や諦めではなく…………心底どうでもいいと、そう思っている態度なんだ。
Re:behind――――それは仮想現実で、どこまで行っても結局は『ゲーム』だ。
作られた世界で、一つの遊戯。あくまで趣味で、生き方にもなりうるけれど……直接的に生死がかかる事はない、疑似のやりとりの集合体。
それゆえに、それに対する意識の差ってのは大きくなる。
時間と金と精神疲労をとことん費やし、全心身を賭けてこの世界へ没入する者。
それなりに楽しんで、そこそこに力を持って、なあなあで日々を過ごす者。
そしてそれよりもっとライトな――――『ゲームだから、どうでもいい』という考えを、全ての状況下で、用いる者。
そういう意識って部分は、それこそ個人の自由だし、押し付けがましく言う物じゃない。
人のプレイスタイルは様々だし、だからこそ楽しいのがネットゲームなのだから。
こうして今はマジの本気な俺だって…………鬼角牛の一件までは、『本気になるのが恥ずかしい』って思い込んでた訳だしさ。
…………だから、こういうのも仕方が無いんだ。
この女共はきっと、毎日金を自由に使えて、ゲームの中で贅を尽くす時間を楽しんでいるのだろう。
それさえあれば良いってだけだから、金づるのアレクサンドロス以外はどうでもよくて…………むしろ、女である自分を売った事で得られた『金に困っていない自分』という存在で、無遠慮に見下せる俺たちのような一般プレイヤーに、こうして悪態をつくのだろう。
『お前らは必死に周囲に気を使っているみたいだけど、私たちはこうして上手に立ち回って、自由に生きているんだぞ。どうだ、羨ましいだろ?』って感じで、とにかく優位に立つ事に夢中なんだ。
…………ある意味、そういうプレイスタイル。
『こんな げーむに まじになっちゃって どうするの』という名言を馬鹿みたいに繰り返す事だけが楽しみの…………そういう遊び方をする奴らなのか。
「…………そうか。そうだよな。そういうのも、いるよな」
「何です? 一人でブツブツと……。気味の悪い方ですわね」
「いや、ただ合点が行っただけだ。お前らは、そういうものかと」
「何言ってるのぉ? イミフすぎなんだけどぉ」
「…………金王、アレクサンドロス。お前もそうなのか?」
「……何の事だ、小銭」
「【竜殺しの七人】であるお前も――――この世界で本気になるのは馬鹿らしい事だと、下らない事だと、そう考えているのか」
「…………」
竜殺し。認められたトップ。その中でも、火力という面では抜群な知名度を誇る…………【金王】。
お前の知名度は、確かに悪名だらけだけれど。
費やした多くの金――その課金と、圧倒的な魔法師としての極みぶり――――そのお前に向けられる "凄さ" を認める声を聞いてもなお、『自分はマジじゃないぜ』と言うのだろうか。
「…………」
答えは無い。片眉を上げただけで、無駄にお喋りな口はぴたりと結んだままだ。
…………何か、アレだよな。
そんなに強くて有名なのに、不誠実だ! とか、
不真面目にやったのに評価されてて、むかつく! とか、
本気じゃないのに強くて、不公平だ! とか。
そういう気持ちが無いとはとても言えないけれど。
それより何より俺の頭に浮かぶのは――――――
――――――折角ここまで本気になれる世界なのに、それが出来ないプレイヤーへの、同情心。
かわいそうだと思うんだよな。
通貨が現実の金と同じ価値を持ったり、必死になれるほど不条理な場所だったり、努力すればしただけ結果が得られたり……そうして様々な理由が用意された『全力を出しても変じゃない世界』で。
『本気でプレイ出来るダイブ式MMO』で…………本気になれないって言うのはさ。




