第十一話 ジャスティス・ミス采配
――――『侵攻』。正義さんはそう表現した。
それは "作戦" のような一つの大号令に従う物ではなく、散発的な無秩序の遊撃である、と。
しかし、数多くのリザードマンが俺たちの――――プレイヤーの『首都』へと同時に向かって来ている事には違いない、と。
一個の隊としての行動ではなく、それぞれが望むがままに、首都へと攻め寄る動きを見せている…………それが今の、Re:behindの状況らしい。
突発イベントなのかな。
『リザードマン襲来!!』的な感じのさ。
「そういう訳で、首都にいたプレイヤーたちに声をかけ、有志を募って迎撃に出ているのだ。一つだけ離れていたここのリザードマンは、我がクランの者が "移動阻害の魔法" をかけて逃げてきたと言っていたので、私がソロで対応に来たという訳なのだ」
「なるほど、だからここのリザードマンは茂みに隠れていたのですね」
「銀色トカゲに周囲を調べさせてたのかもね~。それでたまたま見つけた好物のインゴットを盗み食いして――――Metuberは見た! って展開だったのかも」
「食い意地が張ってるやつぁ、どっかで手酷い失敗をするもんよ」
「…………それをお前が言うのか、リュウ」
天地に名を轟かす! とか言いながら、大体のパーティ活動において『これで美味い物を腹いっぱい食えるな』とか『こんな時は美味いモンを食おうぜ』なんてほざくくせに。
そんなリュウがそれを言うと、自虐のジョークにしか聞こえない。
そして尚且、事もあろうに。
トカゲの死体を前にしたあの時だって『トカゲの肉ってのぁ、食った事がねぇな』とか言いながら齧ろうとしてたしな。そんなのもう野蛮人だろ。
火を吐いて加熱してから食べようとした金色トカゲのほうが、ずっとマシ。よっぽどお上品だ。
「それでは私は他の場所へ――――…………いや……そうか…………そうだな。ねぇ、キミたち。ちょっといいかな」
「はいっ! 何でしょうかっ!!」
「これは提案なのだが…………出来る事ならキミたちも、私と共に来ては貰えないだろうか?」
「……私たちが、ですか?」
「ああ。リザードマンと対峙し、勝利を収めたキミたちならば、きっと戦力に足りうるはずなのだ」
「しかし姉御、あっしらは1匹相手に9人でしたぜ?」
リュウの言う通り、俺たちは5人で1匹にギリギリ均衡、と言った所だった。
あのやかましい『真なる勇者パーティ』がいなければ、負けの目も十分にあっただろう。
そんな初心者上がりのひ弱な俺たちが…………そんな大規模戦闘において、役に立てるものなのか。
「このRe:behindには、"硬い" や "鋭い" はある物の、攻撃力や防御力と言った概念は無いのだ。鱗が硬く、牙が鋭い事はあろうとも、剣で胸を抉られて平気な生き物など存在しない。どんな強大な敵であろうとも、刺してはならぬ所を刺せば、必ず血が流れる。それはあの『竜型ドラゴン』ですら、例外はなかった事なのだ」
「へぇ、てっきりなまくらじゃ斬れねぇのかと」
「目も腔内も……そして『逆鱗』も、果物ナイフですら傷をつけられたはずだ。ただそこを守る力とタフネスが、尋常ならざると言うだけで」
「…………なるほど、興味深い話です」
「どんな強大な力を持つモノであろうとも、刺せば刺さるし傷がつく。どんな鈍い刃であろうとも、その切っ先には致命が宿る。万夫不当の力はなくていい。とにかく、手数が増やす事がこの世界では重要視されるのだ。そしてそれは、相手による物ではない。
つまるところ、このリザードマンの大侵攻において重要なのは…………少数の精鋭ではなく、それなりに戦えるプレイヤーの数こそが必要なのだ。いくら個が強かろうとも、10に囲まれたら手も足も出ない。一つの名刀ではなく、統一された意思を持つ剣先をより多く並べた陣営にこそ、勝利の風が吹くのがRe:behindの多人数戦だ。とにかくひたすら数を揃え、数的優位に立つ事が肝要なのだ」
「なるほど! 流石正義さ――」
「――――と、我がクランの参謀は言っていた」
「…………あ、参謀が……ですか。正義さんの考えではないんです?」
「うん。参謀が言っていた。だから、きっとそれが正しいのだ。私はよくわかんなかった」
腕を組んで凛とした立ち姿、竜殺しの貫禄をまざまざと見せつけながら戦いについて語るクリムゾンさんは、流石のカリスマ性だと感心していた所だったのに。
参謀が言った話かよ。何でああまでドヤ顔で話せるんだよ。
…………流石のまめしばも、何とも言えずに複雑な表情をしているぞ。
「そういう訳で、手を貸して欲しいのだ。文字通り『手が足りないから貸してくれ』という事だな!」
「そういう事なら私は構いませんが……サクリファクトくん、どうしましょう?」
「赤い姉御にそうまで言われちゃあ、湧き上がるってモンよ! 行こうぜ、サクの字ぃ!」
「またリザードマンと戦うっていうのは、ちょっと怖いけど…………首都のプレイヤーが襲われるのは、もっと嫌だもんね。私は行けるよ、サクちゃん」
そうして再び、俺に最終判断を任せる仲間たち。
……きっと正義さんの事だから、俺たちを危険の過ぎる目に合わせる事は良しとしないだろう。
ならば、安全の保証もきちんとあって…………それに……ああ、何だか胸に来る物があるぞ。
誰かに『お前の力が必要だ』と言われる事って、こうまでむず痒く、それでいて激しく高揚する物だったのか。
しかもそれを言うのがあの【竜殺しの七人】の【正義】さんだと言うのだから――――それはもう、たまらない程に高まるな。
頼りにされるって、存外気分が良い物だ。すげえ嬉しい。やってやるぞって気持ちになれる。
『全く、面倒な事だぜ』って感じの表情を保つのが、大変なくらいだぜ。
「まぁ、問題は無いし、せっかくだから行ってみるか。調子づいてるであろうリザードマン共も気に入らないしさ」
「うむ! とっても助かる! ありがとうっ!」
「ロラロニーはどうだ? 行けるか? 留守番するか?」
「ううん! 大丈夫だよ!」
「…………何か、やけに元気だな」
「えへへ。火星人くんが必要なんだもんね。それが嬉しいんだ」
「……必要?」
「だって、"手が足りない" んでしょ? 火星人くんは手がいっぱいあるから、沢山役に立てるよ」
…………手が足りないとは、そういう意味ではない。
……更に補足をするなら、タコの8本のそれはきっと――――――足だろ。
◇◇◇
「ふむ、ふむ。なるほど! わかったぞっ! 鳥よ!!」
「……何だぁ? ありゃあ」
「人の言葉を話す鳥……『歌う小鳥』ですね。ペットとして飼いならし、数十秒の言葉を記憶し繰り返す事の出来る特性を利用して、伝書鳩ならぬ『伝言鳩』として扱っているのでしょう」
「通信端末通りの音声データレターの送信みたいな物って事? 鳥を使ってそれをするなんて、『正義の旗』の伝達手段はテクニカルだね~。流石正義さんっ!」
別に何も流石では無いが、あれは便利そうだ。
『歌う小鳥』。名付けに色気の無い事で有名なRe:behindプレイヤーによって付けられたその呼称通り、森の木陰でぴいちく歌う鳥。
その歌声は『周囲の音を記憶し、それを使って鳴き奏でる』という習性がある。
小川の側ならさわさわと、山の高い所ならびゅうびゅうと言った音を出す、生きるバックグラウンドミュージシャンだ。
そんな『覚える周囲の音』に選り好みはしないらしく、彼らが何かと何かがぶつかりあう音で歌っていると、遠くない過去にその辺りで戦闘があった事を示している、とか言われていたりもするらしい。
そんな『歌う小鳥』は、そのオレンジ色の体をクリムゾンさんの肩にとめ、何事かを囁いている。くちばしが耳の中に入り込みそうなほどに近いのは、自身が足を着ける彼女がガシャガシャと鎧の音を立てて走っているからだろう。
クリムゾンさんの要請を受けた俺たちは、東の方向――――リザードマンが複数確認されたエリアへと、駆け足で向かっている。
首都から見れば北から北東……主に東に位置する海岸沿いから侵攻するトカゲ共を、なんとかするために。
◇◇◇
「――――どうやらあちらに、キミたちにぴったりの場があるようだ」
「……って言うと?」
「後衛を中心とした魔法師部隊が、詠唱時間のために撹乱や妨害を求めているらしい。キミたちこそ、そこで必要とされるだろう!」
「そりゃあ、確かにお誂え向きっすね」
「流石正義さんっ!」
「赤い姉御の采配には、あっしも脱帽でさぁ!」
走るのがやたらと早い正義さんに必死で食らいつきながら、元気いっぱいにヨイショする馬鹿二人が、非常にうるさくて困ってしまう。
リュウはまだしも、まめしばは……どうしてそこまで活力に満ち溢れているんだ?
これも、正義さんへの愛が為せるワザなのだろうか。信者の熱狂とか、そういう感じのさ。
…………信者、信者か。
それを認めれば、常々思っていた事が頭に浮かぶ。
【竜殺しの七人】の、トッププレイヤーたちの…………その、孤独。
あの【天球】スピカは、従者と呼ばれる者に囲われ、
この【正義】クリムゾンさんは、憧憬の目で見られるばかり。
そして【金王】の金ピカ野郎は…………金だけが目当ての女に擦り寄られ、勘違いして高笑いだ。
誰も彼もが集いの中心にいるように見えて、その実とても孤独である気がしてしまう。
誰一人として、側に立つ――――真の理解者が、いないような。
【死灰】のマグリョウさんや【殺界】のジサツシマスは言わずもがなの独り身だしさ。
だからこそ、尚の事……マグリョウさんとは、友人でいたい。
それは彼のためでもあるし、それにそういう存在である自分が……誇らしく思えるから。
そして何より、気も合うし。
マグリョウさんって、今何やってんのかな。また虫をぶっ殺してるのだろうか。
「――――この先だ。そこで戦っているパーティと合流し、共に悪を退けてくれっ!」
「はぁ~い。頑張ろうね、火星人くん」
「ふふふ、承知しました」
「私は別の、些か厳しい戦局の場へ向かう! そっちは頼んだぞ! キミたちの正義に、幸あらん事を!!」
「合点承知の助ぇ!」
「わっかりましたぁ! 正義さんも、お気をつけて!」
「うむ! では、さらばだっ! とうっ!!」
そして飛び去る正義さん。あれは恐らく『レビテーション』の魔法だ。
地表15mもの高さでの飛行を可能とし、地形を無視して猛スピードで移動出来る大変有用なスペル。欠点は燃費が馬鹿みたいに悪い事だけど、メインは近接戦闘の正義さんにとって、魔力は移動用で浪費しても問題ないんだろう。
「……あの辺かぁ? 戦場のにおいがしてきたぜぇ」
「魔法師の集団、でしたか? ふふふ……【天球】さんだったら良いですね、サクリファクトくん?」
「……何でだよ。一番嫌だわ」
「魔法師の援護ってなると、狙いの優先順位が大切だよね? サクちゃん、どれを狙えばいいか指示してくれる?」
「ああ、わかった」
「火星人くん、お水飲んでね」
…………頼られ、願われ、増援として―――― 一人のプレイヤーとして、誰かと共に立ち向かう。
それは今までの俺たちには出来なかった事で、遂に出来るようになった事だ。
義憤に駆られてだとか、有名になりたいだとか、金になりそうだとか…………そういう事も十分あるけど、それよりずっと大きな事。
俺も、みんなも、きっと『助け合い』がしたかった。
今まで色んな人に助けられてばかりだったから、少しは手に入れる事が出来た力を発揮して、誰かの助けとなりたい。
それをして初めて『初心者』ではなくなり、一人前のリビハプレイヤーとなれる気がするから。
この世界で明日も生きて行くために、みんなで力を合わせてこの場所を守る。
同じゲームをする同士で、同じゲームを嗜む同志の仲間入りだ。
『名も知らぬ魔法師パーティよ! 今俺たちが、助けに行くぞ!』――――なんて、柄にも無いけど考えてしまうぜ。
俺だって男の子だ。好きな色は黒だし、ひねくれ者のならず者だけど…………戦隊モノとかも、案外嫌いじゃないしさ。
仲間のピンチに颯爽と現れるとか、そんなのもう、テンションも上がるって物だよな。
「――――見えてきたねっ! お~い! 援軍Metuberが来ましたよ~!」
「満を持してのリュウジロウ、今ここに推参でぃ!」
「俺たち5人、【正義】さんの要請を受けて援護に来た。微力ながら手を貸すぜ」
「…………何よ、あんたら」
「先日の、貧相な初心者ではありませんか。何をしにやって来たのですか?」
「まさかぁ、そんな貧乏くさい装備でぇ、リエレラたちを助けに来たとでも言うつもりぃ? ばっかじゃなぁい?」
「雑魚がイキがってて恥ずかしいのだ。イキリファクトなのだ。ぷぷぷ」
「……うわ」
「……おやおや、これは……」
「なんでぃ……コイツらかよぉ……」
「ひぇ~……」
「…………貴様らのような小銭共が、余の助力だと? 片腹痛いわ!!」
マジかよ。
髪は水色、瞳は黒色。服はとにかく真っ金金。
成金趣味の腐れ金ピカと、それを取り囲むクソッタレのハーレム女共。
次に会った時は、その首を刈り取る時だと決めていた……俺たちの怨敵。
【竜殺しの七人】、【金王】。
アレクサンドロス・フィリシィ・ホーラ。
お前かよ。マジかよ。
高揚しまくった気持ちが、スゥーっと冷めて行くのがわかる。
…………『天球のスピカだったら一番嫌だ』って言ったけど。
こんなのよりはそっちのほうが、ずっとマシだったな。
最悪だ。テンション下がる。




