第十話 ジャスティス・あわあわ
□■□ 首都北 花畑エリア □■□
「――――正義、参上ッ!!」
「…………」
「…………」
「……えっと」
「大丈夫かっ! キミたちっ! この【正義】のクリムゾンが来たからには、もう――――……あれっ?」
一度目は鬼角牛。二度目はリスドラゴン。
俺たちパーティにピンチが訪れるたび、必ず現れた彼女。
【竜殺しの七人】で、真っ赤な【正義】のクリムゾンさん。
しかし、今この場には…………脅威は無い。
荒事は終わって、のんびりしながらジュースを飲んで小休止の最中だったんだ。
…………助けに来てくれる事と、助けに来てくれた事には感謝するけどさ。
もうちょい地面を確認してから降りてきて欲しいな。
「サクリファクトくん、べちょべちょだね。火星人くんに水かけてもらう?」
「……いや、大丈夫」
「あ! 全身をくまなく舐め取るっていうのも――――」
「……それはもっと大丈夫」
「リザードマンは? あれあれ? いないのだ? せっかく正義が来たと言うのに?」
着地の衝撃で、俺の手に持つジュースが暴れ、頭からガッツリと濡れ鼠だ。
べたべたして気持ち悪い。
◇◇◇
リザードマンは死んだ。俺がこの手でとどめを刺した。
臨時でパーティを組んだあの4人組――――『真なる勇者パーティ』という名前で活動しているらしい彼らが、それなりの活躍を見せたから、それはそれはちょろいもんだった。
そう、彼らは英雄じみた活躍をした訳ではない。あくまでも、それなりだ。
決して特別な事をする訳でもなく、格別な二つ名を持つ訳でもない、普通のプレイヤーの力量だった。
ただちょっと俺たちより装備とレベルが良いくらいで、決して『勇者』って感じではなかったけれど…………それは俺たちも同じこと。
彼らも、俺たちも、とことん一般プレイヤー。まさしく有象無象の一人でしかない活躍。
そしてついでを言うのなら、あの緑色のリザードマンも……『一般プレイヤーより少し強い』程度の存在だったのだと思う。
だから、勝てた。普通に倒せた。
対峙するそれぞれが『常識の範囲内』の力でしか無かったから、1vs9の対人戦のような具合で…………数の暴力によって、難なく押し切った。
いくらトカゲが大きかろうと、所詮モンスターはモンスター。壁役の敵視スキルに引っ張られ、盾でいなされ隙を晒して、危なげもなく処理されて。
リザードマンには俺が張り付き、"同じ轍など踏まいでか" と気合を入れれば、そちらも作業のように突き殺せた。
魔法師とタイマンで負けたとあっちゃあ、ならず者の名折れだしな。
……処理、作業。そう表現してしまうほどに、簡単だったんだ。驚くくらいにさ。
リザードマンたちには何もさせず、こちらがやりたい事をやりたいようにやる。
それはまるで、格下モンスターの乱獲のような、弱い者いじめをしているような気さえ覚えるほどに、とことんまで楽勝だった。
…………だからこそ疑問が残る。『リザードマンとは、何なのだろう』と。
普通のモンスターであれば、あの状況下では、逃げの一手だ。勝ち目の無い相手に牙を向くほど、野生のモンスターは愚かじゃない。
……だと言うのにも関わらず、ヤツは地に足をどっしりと着け、俺たち9人を正面から迎え撃った。
どれだけ負け筋しかなかろうと、どれほど満身創痍の劣勢となろうとも、背を向けてなるものかという強い意思をその両足に込め、大地を堂々と踏みしめたんだ。
……まるで、【金王】に抗った時の俺たちだよな。
退けぬ想いを心に持って、最後の一瞬まで強い眼差しを隠さずに。
勝つとか負けるとかそんな事じゃない……ただの "プライド" だけで立ち向かっているような、そんな姿。
『生に執着していない』『死んでも譲れぬ物がある』という事が、はっきりとわかるその戦いざまを見れば…………とてもじゃないが、この世界に生きるもの…… "リビハの生物" とは、呼べるはずも無いんだ。
…………本当に、何なんだ? リザードマンって。
モンスターなんかじゃ持ち合わせる事のない、複雑な思考のような、瞳に宿す感情のような……そんな物を、確かに感じた。
理屈じゃ語れない、他者には理解出来ない、その者の経験や信念から来る生き方…………ああ、それらはきっと――――『人間性』と呼ばれるのだろう。
◇◇◇
まぁ、そんな探りはともかくとして。
リザードマンに勝利した俺たちは、臨時で共闘してくれた彼らに報酬を渡す場所と日付をおおまかに指定して、笑顔で手を振り見送った。
『花畑の奥で、薬草を摘む』と言いながら北へと歩みを進める彼らは、最後の最後までギャーギャーとやかましくって。
仲が悪そうに見えながら、一度戦いとなれば以心伝心の動きを見せたあのパーティは……そうして口汚く言い合う事が、何よりのコミュニケーションなのかな、と思わされた。
そういう形もあるのかな、と。
そうして彼らと別れた後の俺たちが、トカゲの死体やリザードマンのドロップアイテムを眺めながら談笑していた所に……正義さんが現れた。
いつも通りに空から舞い降り、カッコ良いポーズで名乗りを上げた彼女は――――辺りを見渡し、首を傾げて。
今まではこれ以上ないくらいのグッドタイミングで登場していた正義さんは、今日に限っては大遅刻だな。俺のジュースも零すしさ。
「……ふむ、なるほど。キミたちが倒したのだな! 素晴らしい! めでたい事だ!」
「手伝ってくれたパーティも一緒だったんです! なので、私たちというか、みんなでと言うか…………えへへ」
「そうかそうか! それはことさらに素晴らしい! 動画は撮ったのかな? 後で私も拝見させていただこう」
「ええっ!? せ、正義さんが……私の動画をっ!?」
「勿論、チャンネル登録はしてあるのだぞ?」
「えええっ!? そ、そんな事って…………嬉しすぎますっ!! ああ! まるでお花畑が見えるようですぅ~」
「まめしばさん、『見えるよう』じゃなくって、本当にお花が咲いてるよ?」
そう言いながらタコと一緒に花を摘むロラロニーは、器用に指で花をこねくりまわし、色とりどりの花輪を作っている。
その隣ではリュウとキキョウが戦利品の『特大の魔宝石』と『数々のドロップアイテム』を品定めしながら、ああだこうだと言葉を交わす。
憧れの正義さんとの会話に夢中なまめしばは、それでもしっかりカメラを握ってプロ根性だ。
「…………ところで……キキョウくん、だったかな?」
「はい? それはまさしく私の名ですが」
「その緑色の魔宝石は、やはりリザードマンから出てきた物なのかな?」
「ええ、そうですね。我がパーティメンバーのサクリファクトくんが、最後の一撃を胸に突き入れ――――しばらくもがいた後に、光の粒子となって立ち消え、跡に残された物です」
「…………そうか」
「何か気になる事でもございましたか?」
「……いや、やはり消えるのだな、と」
確かに、そこも異質と言えば異質だ。
『燃えるライオン』に『伸びるカエル』、そして今ここにある『金色のトカゲ』も、死体はきっちり残っていて、だからこそ様々な物の素材となって金になると言うのに…………リザードマンの死体は、ここに無い。
何故ならば――――俺が【死灰の片腕】効果でリザードマンの目を欺き、背後に周って剣を突き刺した後、ヤツは何事かを呟きながら……弾けるようにしてその身を消してしまったからだ。
そうして残された、見たことも無いような大きなサイズの魔宝石や、杖やらポーションやらの10数個は今ここにあるから、金銭的な意味ではトントンか……むしろ死体が残るより儲けがずっと良い、くらいだけれど。
しかし、そうした儲けの不便は無いにしても……どうしたって疑問は残る。
何故消えるのか。どういう理由があっての事なのか。
『それは、そういう仕組みのゲームだからです』とか言われたらそれまでの話だけどさ。
「……死体は残さず、装備を落として消え去るなど……まるでプレイヤーのようなのだ」
「確かに赤い姉御の言う通りでさぁ! 流石の慧眼、お見逸れしやした!!」
「ああ、クリムゾンさん…………そんな思考に耽る姿もカッコ良い…………っ」
「言われてみれば不思議ですねぇ」
そんな事を呟く正義さんを、リュウがヨイショしまめしばが褒め称える。
リュウは単純にその力に惚れ込んでいて、まめしばはその知名度に惚れ込んでいるのだろう。それほどまでの強さと勇名とファンを持つ人だからな。
…………ただ、まぁ、俺からすると……。
確かな強さとカッコ良さを持っている物の、むしろそれらが高い水準にあるせいで、どうしたってドジな部分が際立って見えて。
有名人って言うよりは、もっと身近な存在だと感じる人だ。
それに、俺的な『竜殺しの強いプレイヤー』と言ったら、他の追随を許さぬほどにとびきり贔屓してるのが【死灰】のマグリョウさんだからな。
彼と比べたら、どうしたって見劣りするぜ。強さも、カッコ良さもさ。
ああ、マグリョウさんが一番に決まってる。
◇◇◇
「……サクリファクトくん、だったかな?」
「あ、はい」
「キミにはずっと……謝罪をしなければ、と思っていたのだ。聞いてくれ。…………あの時は、本当にすまなかった。私の責任だ」
あのリスドラゴンの日。なんやかんやで最終的に、最悪に酷い事が起こったあの時。
俺を抱えていたのはクリムゾンさんで、きっとその事を言っているのだろう。
「私がもっときちんとキミを掴んでいれば、ストーカーに拐われる事もなかった。私の油断が招いた、大きな過失だった。この【正義】のクリムゾンは、キミに……本当に申し訳ない事をした」
「……やめてくださいよ。アンタは何も悪くないでしょう」
「聞いた所によれば、その時の1件が原因で、心に…………その、大きな……アレを負ってしまったそうじゃないか」
「……まぁ、それはそうでしたけど」
「……何か、私に出来る事は無いだろうか? 出来る事なら何でもするぞ。私がその手を取りこぼしたのだ。それを望む権利が、キミにはある」
そう言ってこっちをおずおずと見る正義さんは、二つ名効果の赤いオーラをヘナヘナにさせて、背中を丸める。
なにもかもを救いたがる精神と、その心にある憧れへと突っ走る信念を持つ人だから、自分が取りこぼした責任を、人一倍感じているんだろう。
だけれど、そういう人間の扱いに慣れていないから……こうして及び腰になってしまうし、解決策もわからないんだ。
…………やっぱり、身近な存在……普通の人間で、女の子だと思う。
「気にしないで下さいよ。俺はもう、平気なんで」
「しかし、あの時を思い返すだけで……それはもう大変な思いをすると…………」
「『聖女』も『ヒール』も、それにまつわるトラウマも。全部まるごと解決済みで、今となってはいい思い出ですから。いい人たちと、馬鹿なコイツらの……おかげ様で」
「そう……なのか?」
「だから、【正義】のクリムゾンさん。俺はアンタに感謝こそあれど、責めるつもりは毛頭ないし――――そうして頭を下げられるのだって、ひたすら居心地が悪いだけですよ」
「……う、うむ。わかったのだ」
「アンタは間違いをしていない。いつも正しく義を成す、完璧な正義だ。俺に望みがあるとしたら、これからもそうであって欲しいと願うばかりっすね」
「そ、そうか…………そうか。わかった! 心得たのだ! ありがとうっ!!」
ぶわり、と赤いオーラが広がる。
曲線を描いていた背中はピンと伸び、瞳には強い力が戻る。
……リスドラゴンの時もそうだったけど、どこまでも単純で素直な人だと思う。
コミックにあるような完全無欠の無敵なヒーローではなく、あくまで人の身を持つなりきりヒーロー。
悩んで堪えて、躓いても立ち上がって。
たまに弱音も吐きながら、それでも何度もその身を奮い立たせる……どこまでも人間らしい泥臭さの、絶対に諦めない事ばかりを持つ、等身大のヒーローだ。
だからこその、大人気。
その足掻きと不屈で理想であろうとするからこその、声援の贈り甲斐。
頑張る少女、一生懸命な夢想家、粉骨砕身で夢見る英雄。
『赤いオーラで感情を語る』という要素も、そんな彼女の心を映し出す鏡のような、ぴたりとハマる個性だと思わされる。
友達のようなヒーロー。それが正義さん。
少し抜けてるドジな所も、彼女の魅力の一つと言う事なのかもしれないな。
「あ、でもジュースは零しちゃったから、何か代わりの飲み物……」
「うむ! 私は完璧な正義なのだ! 我が魂の導くがまま、信ずる道を歩む事を約束しようではないか!! 出来る限りに救えるものを、取り零さずに!!」
「うん、そんでジュースを……」
「ずっと引っかかっていたのだ! あの時の事が! だから今は、心に太陽が昇ったような感覚だ!! ああ、今なら何だって出来る気がするぞ!!」
「わかったから、俺のジュー……」
「剣の届く位置の悪を全て打ち払い、手の届く所の全てを救う! 私が求める正義の志は――――――…………あれっ?…………ああっ!! いけない!!」
「…………ん? なんすか急に」
「違う、違うのだ! まずいのだ! ああ! こうしてはいられないのだっ!!」
「……いきなり何を」
「思い出したのだ! ここだけじゃなかったのだ!」
「一体何の話でしょうか?」
「――――――リザードマンの発見報告は、全部で13あったのだ! 大変だっ!」
えぇ……マジかよ。
そんな一度に湧く物なのか? まるで何かのイベントのようだ。
「そのうち1つがこの場所で、私は最初にここに来ただけ…………早く、別の場所へ行かなくては!!」
「で、でも正義さん。いくらリザードマンがいっぱい出て来たとしても、私たちくらいでも結構戦えたくらいのモンスターだし…………そこまで焦らなくてもいいんじゃ?」
「違うのだ! 奴らは個体差がとても激しい! 初心者プレイヤーでもなんとかなる程度のものから、私との一騎打ちで拮抗する存在まで、それはもう個性豊かに様々なのだ!
そして奴らは、首都を……『ゲート』を狙っている! それをどうにかしようとしているっ! 早くしないと――――『ゲート』が危ないのだっ!!」
何がどうして "ダイブインする時に使われる石造りの装置 "――――通称『ゲート』が危ないのかはわからない。
けれど、それを言う正義さんの表情からして…………それなりに切羽詰まった状況であるのは間違い無いのだろう。
……どうしてそんなヤバい事を忘れるんだよ。随分のんびりしてたじゃないか。
…………少し抜けてるっていうか、まぁまぁのレベルでドジだよな。




