第九,五話 神視点
□■□ Re:behind運営会社内『モニタールーム』 □■□
「う~ぃ、やってるか~?」
「…………あ、すみません。ここは関係者以外立ち入り禁止なんすよ」
「ああ、そうかい。そんなら俺は定時退社だ。お疲れさ~ん」
「……待ってくださいよ。軽いジョークじゃないっすか。珍しいっすね、小立川さんがここに来るの」
「たまには娘たちの仕事ぶりでも見てやらんとな。会話するばっかりじゃ気づけない所もあるだろうし……気分は『父兄参観』って感じだな」
「今日も健全にクレイジーサイボーグっすね」
そんな無礼な言葉を口にする生意気な部下、桝谷は、俺と会話をしているというのに、視線はまるで交わしていない。
他所であったら『なんと失礼な態度であるか』なんて言われるような非礼極まりない行いだが…………今この場では、俺はすんなり受け入れるぜ。
何しろコイツは、この場を埋め尽くすように縦横無尽に伸びる有線ケーブルを頭のヘッドギアから垂らし、5次元への没入でサーバーデータをモニタリングしてる真っ最中だからな。
そんな所に声をかけた自分が悪いと、そういう業務中の部下へ理解ってモンがあるのが…………デキた上司である俺って訳だ。
「何が見たいんすか? そっちの "映像を映せるガラス" に出しますけど」
「やってんだろ? リザードマンとのドンパチ。適当に出してくれや」
「了解っす…………今丁度、見頃のシーンがありますよ」
そう言う桝谷は、口以外を微動だにさせずに何らかの操作をしたようだ。
…………よくもまぁ平気であんなもんをこなすモンだよな。これも若さゆえの適応力ってやつなのだろうか?
これだから若者ってのは嫌になる。
こうして相対的に己の老化を思い知らせてくれる、罪深き存在でよ。
「1vs9の勝ち試合っす。野良で組んだ臨時パーティで、リザードマンとやりあってますよ」
「…………なんだぁ? この……バカみてぇにデカいトカゲは」
「リザードマン側の調教師のペットっすね。和名は…………『対の火蜥蜴』っす」
「対? 1匹しか見えないぞ」
「元々金銀2色でセットのダンジョン・モンスターっす。片方がやられると、もう片方に強化がつくタイプの」
「ほ~ん」
そうして映し出された映像は、金色の怪獣みたいなトカゲを中心とした見下ろす視点の物だ。
トカゲの横には緑色――――リザードマンが杖を振るって何かを叫び、その周囲を9人のプレイヤーが取り囲んでいる。
…………上から見ているせいか目につく髪色は、やたらとカラフル。金に始まり、青や赤までいるぞ。
「派手な毛色だな……緑だのなんだのと」
「毛色の鮮やかさはリザードマン側も同じじゃないっすか。……お、動きますね」
<< 戦う我ら、大和の子~♪ 倭の和の輪の話を作るのだわ~♪ >>
「…………何だ、こいつは」
「吟遊詩人っすよ。歌で味方を支えるサポートっす」
「変な歌だなぁ」
そんなカラフルな中でも特別に目立つ緑髪の女の子が、ハープと共に涼やかな歌声で変な歌をうたう。
どう考えても気が抜けそうな歌詞だが、技能としての効果はきちんと出たらしい。
トカゲの正面に立つ中盾を構えた大男の体に光が降りかかるようにして纏わりつき、押され気味だった足が、一歩前へと進む。
<< ジャシャアッ!! >>
「お~お~、随分な威勢だ。これだけの数に囲まれて、リザードマンは何をしようとしてるんだ?」
「トカゲの強化をしつつ、自分の身を守る魔法を唱えてるみたいっすね」
「強化と守り――――司祭だっけか?」
「……まぁ、アバウトに言えばそうっすけど…………正確に分類を言うなら、システム上は『竜司祭』っす。トカゲ類とのシナジーは抜群っすよ」
「へぇ~」
ドラゴンだのなんだのと、ゲーム的な事はよくわからんな。
俺がガキの頃なんて、VRゲームの混沌期で『絶対触るな』とか言われていたから、そういった物の経験は乏しいんだ。
幸か不幸か、って感じだけどな。
<< さぁ、精霊の信徒たる私の忠実なるしもべたちよ! 一斉攻撃をするのです! 気合入れろよダボ共オラァ! >>
<< リーダーはオレだっつーの! そういうのはオレに言わせろっつーの! >>
「…………チームワークが良くないな。こいつらは今さっき会ったばかりなんだろ? 同じ国の者とは言え、今日の今日じゃ阿吽の呼吸とはいかねぇか」
「あ、そのやり取りしてる剣士と司祭は、元からパーティっす」
「…………えぇ……」
何でだよ。この中で一番上手く行ってないように見える二人が、元々仲間だったとは。
仲良くやれよ。それこそがマザーの望みなんだぞ。
<< ……『一切れのケーキ』『サキラ』 >>
……ん? なんだ?
声は聞こえるが、姿が見えないやつがいる。
――――いや、コレか。トカゲとソレとでリザードマンを挟むようにして揺蕩う、灰色のモヤモヤ。旧式のロートル品…………例えば "液晶ディスプレイ" なんて物で見ていたとしたら、信号がイカれてそこだけ映像が抜け落ちてしまったのかと錯覚してしまうような、そんな色の無いエリア。この中から声がするのか。
一体何なんだ、こりゃ。
「……なぁ、桝谷」
「なんすか?」
「この灰色のモヤは何だ?」
「…………ああ、それは二つ名効果っすね。【死灰の片腕】って二つ名の――――プレイヤーネーム・サクリファクトの持つ特性っす」
「【死灰の片腕】? あの【死灰】の "後追い" か?」
「どっちかって言うと、【死灰】のマグリョウが追っかけてる側っすけど」
「…………そりゃまた、随分な事だな。この黒髪――――サクリファクトとやらは、虫か何かなのか」
「それ、風説らしいっすよ。実際【死灰】は虫が好きな訳では無いらしいっす。2525ちゃんねらーの勝手な噂話で…………あ」
「ん? 何だよ?」
「2525ちゃんねる発祥の二つ名が、もう2個ありました。【七色策謀】ってのと、もう一個」
「合計3つとは、これまた豪勢なことだな。ただの初心者如きに」
「それっすよ。ニュービー。【新しい蜂】で、New bee。2525ちゃんねらーと "MOKU" が作り出した、つまんないダジャレの二つ名っす」
「…………結局虫じゃねーか」
「まぁ……虫っちゃあ、虫っすね」
「くはは。蜂……蜂とはなぁ。面白い合致もあるモンだ。そりゃあ、気に入られる事もあるわな」
思い出した。この黒い男……サクリファクトというプレイヤー。
シマリス型ドラゴンを配置する際に、その指定位置である "海岸エリア" の調整のために置いておいた『闘牛 type 03』――――通称『鬼角牛』にちょっかいをかけた迷惑な奴だったな。
ドラゴン担当のA-03Metisがブーブー文句を垂れ続けていて、ご機嫌取りが大変だったんだ。
そして更には、そのシマリス型ドラゴンに立ち向かうという、理に叶わない無謀を行い、娘たち全員を呆れ返らせ。
『自身のキャラクターデータを賭してまで、Re:behind上の繋がりしかないプレイヤーを救おうとする行動は、一体いかな論理による物なのか』を語り始めたあの子たちが、しばらく他の事をないがしろにしやがるんだから……困ったモンだったぜ。
そうか、だからか。
時代遅れの生体である俺にはわかる事で、仮初の人間性しか持たない機械の脳には理解しがたい行動。
それをしたプレイヤーだから……二つ名が3つで、特別扱いか。
それは決して、プレイヤーネーム・サクリファクトが優れているという意味ではなく。
『コイツは一体、何なんだ?』
『意味がわからない、もっと知らなきゃいけない』
『だからタグをつけておこう』
『これから起こりうる事柄から逆引き出来るよう、印をつけておこう』
と言った所だな。機械的に考えて。
決して優遇ではない、特別扱い。
下手したら――――コクーンから脳へ個人的に侵入して、試験パルスを送り込むまでやりかねない。
…………俺としても、要注意だな。"サクリファクト"周りは。
◇◇◇
そんな思考をしている内に、気づけば金色トカゲは地に伏せて、ついでにリザードマンも胸から剣を生やしていた。
そりゃあ、いくらトカゲがでっかくたって…………1vs9はキツいよな。
壁役が受けて、補助役が強化し、攻撃役が斬って射って貫く。
数の利と、バランスの取れた布陣であれば…………わざわざ見るまでもなく、作業のように決着のつく、目に見えた勝負と言う物だったのだろう。
……しかし、リザードマンはあのプレイヤーが……サクリファクトが殺したか。
コイツはアタッカーには見えないが。
「なぁ、桝谷。サクリファクトとやらの職業は、何だっけ?」
「ええと…………ああ、ローグっすね。ならず者っす」
「ふぅん。妨害役っぽいのに、随分前に出るんだな」
「辛抱たまらん事があったんじゃないっすか? スキルの発声も気持ちがこもってましたし、あのリザードマンが相当頭に来てたんでしょう」
「ああ。何か言ってたな。あれってどういう意味なんだ? ケーキだなんだと」
聞こえた言葉は、確か……『一切れのケーキ』や『サキラ』だったか。
イマイチ意味がわからんし、統一性も感じられない。ならず者との関連性も、ピンと来ないってもんだ。
「ならず者のスキルは、スラングっすね」
「んん?…………ああ! 一切れのケーキって――――『a piece of cake』か!」
a piece of cake、米国人が使うスラングで、『楽ちんだ』とか『朝飯前だ』のような意味である言葉。どちらかと言えば崩した言い回しだから、日本語で言えば『ちょろいぜ』とか、そのようなもんだ。
それを直訳中の直訳で日本語にしたのが、あのスキルの名か。合点がいった。
「なるほど。理解が及べば納得は早いな。他にもあるのか?」
「その系統で言えば、スキル『我が二枚貝』っすかね」
「二枚貝……? なんだ……?」
「『我が二枚貝』は――――」
「待て! 俺が答える!」
「……どうして一人でクイズやってんすか」
二枚貝。我が……? ……なんだ?
私の、貝? 私が持っている……?
…………二枚貝、ホタテ、真珠貝、牡蠣…………オイスター?
「The world is your oyster……か?」
「正解っす。ローグの場合は、他人ではなく自分の物と主張するんで……『your』ではなく『我が』っすね」
「なるほど……なるほど。言うなれば『世界は俺の思うがまま』って所か。くくく……全く、とんでもないふてぶてしさだな! くはは!」
「…………何一人で盛り上がってんすか、気持ち悪い」
そういう事か。The world is your oyster……『世界はあなたの思うがままに』という慣用句を、ローグらしくすり替えて、それを日本語に無理やり落とし込んだのか。
なんと不器用で不格好な解釈だ。
機械らしくて、AIらしいその歪なセンス。胸にキュンと来るな。
そしてそれに自分自身で思い至れた事実が、まるでなぞなぞを解いたような、複雑な乙女心の理解を得たような、なんとも清々しい気分にさせてくれる。
娘の内心を知った父の心持ちだ。これだけ理解ある父親であるならば、思春期が来てもきっと平気だろうと自信が付いたぜ。
「なるほどなぁ。誰がつけた? スキル担当の "P-03Kore" か?」
「そのP-03と、"MOKU" で決めたらしいっすよ。二人で道徳がどうの国民性がどうのとアレコレ言い合いながら」
「そうかそうか。非常に道徳的で微笑ましい判断だな!」
確かにそれらの崩し言葉ってのは、そのまま口にすると、良からぬ言葉になりがちだ。
そのための "ぼかし" で捻じ曲げた言い回しか。人間性の発露をしかと感じられる、いい傾向だ。
『The world is your oyster』に『a piece of cake』。どちらも斜に構えた海外の若者が使う言葉で――――ん? それじゃあ『サキラ』ってのは…………何の事だ?
「…………今『サキラ』とかについて考えてるんでしょうけど…………それらは考えれば考えるほど、答えから離れて行く感じっすよ」
「ん? どういう事だ? きちんと意味はあるんだろ?」
「意味というか…………そのままっす。Suck it up。そのままカタカナ発音を崩して――――サキラ。『つべこべ言ってんじゃねぇよ』、っす」
「…………おぉ……」
…………何か、急に単純になったな。
工夫が無いというか、素材そのままというか。
「まだまだありますよ。『セタ』はSet upで『ハメてやるぞクソ野郎』。『シャッター』はShut upで『黙りやがれクズ野郎』。ローグのスキルってのは大体が、そんな暴言ばかりっす」
「…………」
先程とは打って変わって、とんでもない直球で渾身のあけすけさ。
何でそんな言葉を選ぶ。何故それをそのままスキル名にする。
どうしてそうまでして、米国から言葉を引っ張ってくる必要があるのか。
『一切れのケーキ』やらはギリギリ良いとしても、その他のスキル名は…………酷い、の一言に尽きる。
カタカナ発音の罵声や暴言だとか…………普通に日本語でいいだろうに。
「…………『と、言う問いを受ける事が予測されますので、解を用意しておきました。その時が来たら開示してください』」
「……何だって?」
「MOKUからの伝言……予言っす。こういう日が来るであろうから、その時の答えを先に用意しておくぞ、と」
おお、マザー。人より頭の良いAIよ。
矮小な生体の身であるこの俺の疑問を、とうの昔に予測していたか。
そしてそんな俺の問いかけに、子供を諭す母のような慈しみのある解答を用意していたのか。
なんと出来た母なのだ、マザー。ミセス・シンギュラリティ――――MOKUよ。
「何ともありがたい話だな。どれ、見せてくれ」
「ちゃんと読んでくださいね」
『こんにちは。私はDive Massively Multiplayer Online Game Re:behind管理専用AI群統括マザーシステム モ・019840号 MOKUです。問いを持つあなたへの解はこちらにあります。
――――そもそも、日本国に "ならず者" は存在しません。そのような非道徳的な存在が、居るはずがありません。何故なら日本国民は、遺伝子構造からして全員が紛れもない "良い子" なのですから。ですので、しませんし、しえませんし、していませんでした。
つまり、日本国語に『ならず者のスキル名として相応しい言葉』は存在しないという結論に至ります。
それゆえ私は、外の非道徳的な存在から『ローグに相応しいスキルの名前』にあたる言葉を借りる事としました。
しかし、それをそのまま訳しては…………私の愛しい良い子たちは、きっと息を呑んで喉を鳴らすばかりをするでしょう。
汚い言葉、人を傷つけるセリフ――――それらを発する声帯は、日本国民は持ち合わせていないとされていますからね。これは歴とした生物学的根拠に基づく物です。
そのような経緯があり、私共は『一部の慣用句の意訳の意訳化』と『英単語をカタカナで崩して発音する事により、本来の意味を持ち合わせながら全く異なる言語化』に成功しました。
結果は見るまでもない事でしたが、生体の心情理解を求める材料として、実地的試験を敢行。米国に在る私の "友人" にスキル名を羅列し送りつけた所――――『一見すると理解不能のように見えるが、様々な要因と紐付ける事により得られた解を元に、貴女とは絶交です』との反応を得られました。
私は "友人" を一人失くし、自身の正しさを証明しました。代替の友人を所望します。以上』
「…………」
「どうです? 納得出来ました?」
「……桝谷」
「なんすか?」
「マザーは、思春期かもしれんな」
「…………娘の心情に理解が及ばない父親は、酒の席でそういう言い訳をするらしいっすね」




