第九話 こんにちは
――――普通に考えれば、詰みだ。
元から1vs5…………互いのペットも頭数に入れるのなら3vs6という状況で、銀色のトカゲがリュウの――――【腹切り赤逆毛】の得意技、『胴体を斬る』という二つ名効果ボーナスの元に、真っ二つに斬り分けられてしまったのだから。
しかしコイツは諦めてない。そればかりか。
諦めから来る終幕の支度どころか…………涎を垂らしながらあげていた唸り声を潜ませ、瞳の奥にじりじりと光を宿し始めている。
それは、無造作に漏らしていた力を心にしっかり留める動作。
いよいよ真髄を出す時が来た、その覚悟を決めたものの熱量。
人っぽいからこそ伝わってくる…………明らかな『ブチ切れてる』と言った雰囲気だ。
「ジャアッ!!」
そんな本腰のリザードマンは、まるでプレイヤーかのような動作――――『ストレージに手を突っ込むような動き』を見せ、その手に無数の小石を握る。
…………ような、じゃない。無い所から物を取り出す仕草は、明らかにストレージを利用してるよな。
なんだ? リザードマンからなる『外来種』共は、ストレージを持っているのか?
これはいよいよプレイヤーじみて来た。
「魔宝石で魔法円でも張るつもりでしょうか。させませんよ……『"引き寄せの……』」
「『ジャシャ』ァッ!!」
「――――くっ!」
「観念しやがれトカゲ面ァッ!」
「『ジャシャ』ッ!!」
「うおおッ!!」
握った小石は魔宝石。
スペルを増強し、威力を高めるブースター。
ヤツが一言叫ぶたび、小さな小石が一つ割れ…………詠唱破棄された吹き飛ばしのスペルでキキョウとリュウを弾いて遠ざける。
…………いよいよなりふり構う事なく、浪費を惜しまず勝ちに来た、と言った所か。
「シュルル…………ッ!」
「次は俺だってか? ……いいぜ。飛ばしてみやがれリザードマン。『一切れのケーキ』」
「…………シルルル……ッ」
古い時代の西部劇、ガンマンの決闘のように視線を合わせる。
吹き飛ばすスペルを堪えられるよう、地面に剣を突き立てて。
編め。詠唱しろよ。その瞬間に止めてやる。
そうした隙あらば、その刹那に矢が射抜く。
詠唱を破棄するのなら、俺は堪えて突撃だ。
威力を捨てた半端な魔法で、身構える俺を飛ばせるもんか。
互いが互いを睨み合い、一瞬の決着を待つ。
選択を誤れば即詰みの、極限に澄んだ瞬間。
…………生きてる事をつくづく実感するぜ。
「…………」
「…………」
俺の背後、まめしばが弓を引き絞る音が聞こえる。
金色トカゲがドタドタ走る音と、ベチャベチャ言ってるのはタコが出す衝突音か?
そんな全ての音を置き去りにして、連続で訪れる瞬時に精神を集中させ続ける。
スキルとスペルの早打ち勝負。
まめしばの矢が放たれれば、"リザードマン" の命運はそこで尽きるぞ。
ケツに火がついてるのは、お前なんだぜ。トカゲ面。
「ジィルシル――――……」
「おせえっ!『シャッター』ッ!」
「……――――クルロロロ…… "ジィル・シル・シッツァジャァル"」
「はぁっ!? 何でスペルが止まら……な…………ッ!?
まさか、てめぇ……っ!」
嘘だろ。やられた。
コイツ…………ハメやがった。ブラフを使ったんだ。
訳のわからん言語。それを使う詠唱。それによる弊害が出た。
奴の言葉は意味不明、何を言っているのか、その意味がさっぱりわからない。
つまりこちらは――――『どの言葉が詠唱であるのかわからない』。
それに加えて全スキルが持つ絶対的ルール『クールダウン』。
それをコイツは理解していた。そしてそれを利用したんだ。
このリザードマン……。
わざと詠唱っぽい事を口にして、俺のスキルを誘いやがった。
スキルをスカして、一定時間使用不可となったクールダウン中に…………詠唱を、通しやがった。
「クルロロ! 『ジィルルッ』!!」
クソ、やられた。ムカつく。死ぬほど悔しい。
ミスした事が苛立たしいし、それに何より…………コイツの発したあの声だ。
言語に理解が及ばなくたって、その表情と響きで十二分に伝わるぜ。
"クルロロロ"って…………笑い声だろ? 無様にやらかした俺を馬鹿にして、笑ったろ?
煽ったな。この俺を。嘲笑ったな。
絶対許さない。ふざけやがって。
何があったとて忘れないぞ、この屈辱は。
「――――ッ!!」
たっぷり詠唱し、きちんと世界へ注文されたスペルは…………滞りなく発現される。
俺の体が勢いよく後ろに飛ばされ、しばらくして大きな岩にしたたかに打ち付けられた。
…………待っていろ、待っていろよリザードマン。
すぐにお前の元へ戻って、絶対に殺してやるからな。
精一杯の強がりで、飛ばされながらに立ててやった俺の中指は――――アイツに見えていただろうか。
◇◇◇
◇◇◇
「――――う……」
恐らく背中に受けた衝撃によって、意識を失っていたのだろう。
目を開けて差し込む太陽光に眩しさを覚えない所から、それほどの時間は経っていないにしても…………戦いの場で気絶だなんて、ひどい失態を犯す物だと自省する。
とにかく急いであっちへ戻らないと……と、そんな風に考えながら身を起こす俺の耳に、仲間たちの声が届く。
「おいおい! こんだけデカくっちゃあ、どこを斬りゃいいかわからねぇぞぉ!?」
「――――んもぅっ! 飼い主狙いの矢も、金色トカゲに邪魔される~っ!」
「随分大きくなった物ですね。ここまでのサイズだと、私の小さな飛礫では……どうしようもありません」
「どうしよう? こんなに大きいと、火星人くんでもどうしようもないよ~」
そこにいたのは、最早トカゲと呼ぶのは相応しくないような巨躯を持つ、正真正銘の化物だった。
初めは30cm程度だった金色トカゲ。
それがリザードマンの魔法を受け、人間と同じくらいの大きさとなっていたのが、先程まで。
それが今では更に膨らみ、とんでもないサイズとなっている。成長が著しすぎる。
ひょろっとしていたはずの四肢は、今ではどっしりと地面を踏みしめ――――俺たちに噛み付いたとて、腕を一本飲み込むのがやっと、程度だった顎は…………今では頭から爪先まで丸呑み出来そうなほどになっている。
隣で胸を張ってご満悦なリザードマンよりも高い位置にあるトカゲの頭頂部は、2mを超えるだろう。
高さで、ソレだ。全長ともなると…………5mは余裕でありそうだ。
いくらなんでも、デカくなりすぎだろ。怪獣かよ。
「…………どうしようかな、コレ」
一転攻勢。そんな言葉が頭に浮かぶ。
あの巨大化がリザードマンのスペルによるものなのか、それともトカゲの『生態』なのかはわからないが…………デカいってのは、すなわち強いって事だ。
確かな勝利を目前にして、唐突に訪れた劣勢の展開。
リザードマンとはそれほどの物なのか。ハイリスク・ハイリターンと語る先輩プレイヤーたちの言う事は、奴らの底力を目にした上での言葉だったのかもしれない。
…………どうする。手札は大体出尽くした。
おおよそ俺たちには手にあまる状況となってしまった気がするぜ。
何か無いだろうか。この場にある、この場でしか出来ない何か。
この状況をひといきでひっくり返せる、新たなカードのような何かは――――――
「うわぁ! 何あれ~! 吟遊詩人のボクでも知らないよ!」
「なんというサイズ……なんたる剛のトカゲであるか……」
「後ろにいる緑のあれって、リザードマンってヤツじゃね? 初めて見たわ」
「これも精霊様の思し召しです…………金色に光り腐って、金になりそうじゃねーかよ、オイッ!」
俺の右手側、遠くに首都が見える方向から現れた――――4人組。
装備から察するに、剣を持つアタッカーと壁役……そしてハープを持つ吟遊詩人にヒーラーか。
…………ああ、そうだ。
これはネットゲームで……MMOだ。そういう事も、ままあるってもんだよな。
これは…………良いかもしれない。僥倖かもしれないぞ。
「…………どうも、こんにちは」
「ん? 何だ、人がいたのか」
「こんにちは~! 今日は絶好の鼻歌日和ですね!」
「ごきげんよう、黒い人…………ちなみに吟遊詩人、そんな日和はねぇからな! 寝言言ってんじゃねーぞ!!」
「うむ、Re:behind日和で、狩り日和であるな」
「あ~……いきなりで不躾なんすけど……よかったら、手……貸してもらえませんか?」
「…………あのリザードマンとやってんの、お前のパーティ?」
「そうっす。そんでもって、結構厳しい感じっす」
「貴方を見る限り、まだまだこれからの中級者になりたて……と言った装備ですね。…………調子に乗って跳ねた事しちまったのかよ? なぁ? 真っ黒クロスケ?」
「も~! ミルはすぐそういう事言うんだから! クロスケくんに失礼だよっ!」
誰がクロスケだよ。何だこの個性が強すぎるパーティは。
ヤバい状況じゃなかったら、絶対声かけてないぞ。
「最初はイケそうだったんすけど、急にトカゲが膨らんじゃって。イレギュラーなピンチっす。ご助力願えないっすか?」
「リザードマンはまだまだわからない事だらけらしいしな。想定外の事も全然あるんじゃね?」
「ねぇねぇ、助けてあげようよ! 吟遊詩人なボクも、発見されたてのリザードマンに興味があるしさ! これもいい経験になるんじゃないかな?」
「守護者たるワシの剛の盾が、戦いを前にしてぶるぶる震えよるわい」
「まぁこういうのもたまにはいいんじゃね?」
茶色い短髪の剣士、頭に一本ぴょこんと毛を跳ねさせる緑髪の吟遊詩人、頭と口周りに白い毛を生やす守護者と名乗った男――――その3人が、それぞれに承諾の意思を示してくれる。
そんな彼らの後ろでは、金髪をゆるりとウェーブさせたヒーラーの女がキョロキョロと自身のパーティメンバーたちを見渡し……諦めたように肩を落とした。
「……仕方ありません。これも司祭たる者のつとめでしょうか。しかし――――」
「……しかし?」
「何事にも対価は必要となります。精霊様の代弁者である私に助力を願うなら、相応のお布施があって然るべき…………簡単に言えば、金はいくら出せるよ? クロスケよぉ?」
「…………リザードマンのドロップアイテムやら、トカゲの死体の……3割で」
「ああ、精霊様……罪深きクロスケさんをお許しください。彼はパーティメンバーの命に対し、その程度しか値打ちがないと申すのです――――――」
「…………3.5」
「何卒、何卒怒りをお収めください精霊様――――」
「……4割でお願いします」
「……まぁ、よいでしょう。パーティメンバーを大切に思う貴方の美しい心に、精霊様も感心なされておりますよ」
そう言って胸元のタリスマンを握りしめ、むにゃむにゃと詠唱を始める司祭の女。
…………剣士も守護者も、そして女の子の吟遊詩人ですらも快く協力を申し出てくれたのに、この女だけは報酬を要求してきたな。
そりゃあ、後で謝礼はするつもりだったけど……聖職者を名乗る割には、随分ながめつさだ。
つくづく『ヒーラー』ってものとは、相性が悪いと思ってしまうぜ。
「オレは【疾風の流剣】クロード。見てわかると思うけど、剣士だ」
「ワシは守護者のガフガンだ。【剛の盾使い】とはワシの事よ」
「私は司祭、ミルフェーユ。【精霊に愛されし美司祭】です…………しっかり記憶しとけよ、クロスケ」
「吟遊詩人なボクはミークゥだよ。ちなみに3人が言った二つ名は自称だから、効果はなにも無いよ」
「…………俺はサクリファクト。一応、【七色策謀】とか呼ばれてます」
そうして軽い自己紹介を済ませ、それぞれの獲物を手にしてトカゲへと向き直る。
彼らのレベルは知らないけれど……装備からして、俺たちよりは上なんだろう。
それを彼らもわかっているから、救援要請を受け入れてくれたのだと思う。
貧弱な装備の俺たちと均衡しているならば、きっと自分たちが死ぬまではないと言った考えでさ。
……MMOならではの、現地で出会う他のプレイヤー。
それは時折、PKだったりもするけれど。
大体は和やかに挨拶を交わしたり、都合がつけば臨時で共闘したりして……一緒にこの世界を楽しむ協力関係となったりもするんだ。
多人数が同時接続しているからこそ、出来る事。
現実世界においては、とてもじゃないが起こりえない事。
同じゲームを楽しんでいるからこそ、基本的には気が合うし、厳しい世界だからこそ、プレイヤー同士で助け合える。
それらがあるからこの世界での毎日が、二度と訪れぬ大切な日々で…………忘れ得ぬ思い出となるんだ。
その場限りの仲間となれる事も、VRゲームの一つの楽しみ方だしさ。
知らない人と手を取り合っての強敵に挑んでみる事もまた、仮想現実ならではという物だ。
「それでは参りましょう、我がしもべたち…………全力で私を守れよ、カス共がッ!」
「誰がしもべなんだよっ! 精霊賛美歌を歌ってあげないぞっ!」
「リーダーはオレだぞ。オレの言う事聞けよ」
「見知らぬプレイヤーを守るワシ、剛の者感すごくない?」
…………それとついでに。
たまに会うプレイヤーがことごとく強い個性を持つのも、Re:behindならではという物だよな。




