第五話 魔法少女になってみよう
□■□ 宮城県仙台市 □■□
□■□ Dive Game『Re:behind 専用コクーンハウス Sendai Colony □■□
◇◇◇
『羊の事、友達と相談してみますね! ありがとう、乙女さん』
『……今来たばかりなのに、もう "心臓ならし" は終わりなの?』
『はい! ダイブアウト後、残り四十秒って出てたので』
そう言って外に出ていく柊木ことりちゃんこと、ロラロニーちゃん。
ダイブしていた時間と、それによって酷使された脳を休める"心臓ならし"と呼ばれる時間は、当然プレイスタイルによって様々だ。
のんびり喋るだけならゲーム内で四時間過ごしても三十分くらいで済むし、戦い続けて……それこそあの戦闘狂の【死灰】マグリョウみたいに暴れまくると、三時間もの規定時間が課せられる事だってあるらしい。
…………それにしても、四十秒って。初めて聞いた。
ダイブの度に一万円からお金がかかって、ダイブ後はしばらく間隔を開けないと潜れないシステムなのに。
"心臓ならし" が四十秒で済むって。短い上に何もしてないんじゃないのかな。
……ふふ。そういうところもおかしくて、面白い子。
素直に生きて、自由が故の失敗もあるけれど、それでも世界は幸せに満ちてるって思えるだけの愛をその身に受けて来たのだろう。幸せが形作って歩いているような子だ。
ちらりと話した私にすら、暖かい日差しのような幸せをおすそ分けしてくれる、素直で純粋なお日様みたいな女の子。
まるで私とは大違い。
計算と計画を嘘で組み立てて、偽りと我慢だらけの世界でみっともなく生きる【天球】のスピカとは、違うんだ。
◇◇◇
『Re:behind』を知ったのは……【正義】のクリムゾン・コンスタンティンのインタビューを『Metube』で見たあの日。
ピックアップ! なんて大層な文字に誘われて再生したソレは、ひと目では何がしたいのか全くわからない、悪ふざけのような動画だった。
真っ白い部屋の真ん中で、鞘に入った幅広い剣を床に突き立てるポーズのクリムゾンという少女。その周囲には、ずらりと並んで思い思いのポーズを取るゲームのキャラクター達。
クリムゾンとやらが頭を務めるクラン――――『正義の旗』という大層な名前のチームに所属しているらしい、そのメンバーたちは…………ある者は腕を組み、ある者はハープを持って俯き、魔法で浮かんでる子すらもいた。
笑ってしまうほどわざとらしい、見ていて恥ずかしいくらいのロールプレイ。
『優れたメンバーを選りすぐったチームの集会』をひたすらアピールしている様子で、どう見ても18以上のいい大人たちがやる事じゃない。
そうして始まる、インタビュー。
インタビュアーの質問に対し、カメラを真っ直ぐ見つめながら語るクリムゾンは……凛々しく、気高く、綺麗で可愛い――――作り物みたいな理想の女騎士だった。
フリをするにも程がある、全力全開のなりきりぶり。
……この人達は何をしているんだろう、って。不思議で不思議で仕方なかった。
それに何の意味があるのかなって。日常とか、どうしてるのかなって。
切羽詰まって余裕がなくても、そうまで何かになりきるのかなって。
そのまま動画を見続けていれば、なんと驚き…………生活費は国の支援に頼らずに、そのゲームだけで賄っているらしい。
何をどうすればそうなるのか、どういうお金の巡りがあるのか。
そうしてそこで生きているからと言って、どうしてそんなにカッコつけているのか。
結局最後まで見てしまったけれど、その動画では言及されずじまい。わからない事が、多く残った。
興味を持った私は、Re:behindについて調べるにつれ、彼女たちがしようとしてる事を理解する。
『個性で知名度を上げ、名を呼ばれて強くなる』というシステム…………名を、『二つ名システム』と言うらしい。
だから、なりきる。そのための、全力のキャラクター作りだったのだ。
それは、ゲームの細かいレベル上げみたいな、目標に向けての小さな積み重ね。
自分のアイデンティティを確立させ、知って貰って上へと登る事を目標として。
その為に無理やりにでも個性と『らしさ』を見せて名前を売りこむ。
そうすれば世界に自分の個性が認知され、二つ名と呼ばれるあだ名がついて、それに応じて強さが成長していく……らしい。
理屈はわかった。
でも、そんな事…………恥や労力なんかの問題が、いくらなんでも大きすぎる。
そう、思った私だけれど――――そんな考えは、彼女の推定収入を見て、吹き飛ばされる。
私がその時にやっていた、服飾のデザイン業。
AI全盛期の昨今でも、人が生み出した温かみのあるデザインは評価されていて――それ故に生き残った商売。そんな私の年収が三千万円に届かないくらい。
だと言うのに。才能と努力を尽くしに尽くした私が、三千万円だと言うのに。
…………彼女は、その時点で――――年収九千万円ほどと推測されていた。
幽鬼のようにフラフラと、血眼でアイディアを探して周り、カラカラの雑巾から水滴を絞り出すようにデザインを形にして、血反吐を吐きながら徹夜で仕上げる作業でお金を稼いでるを私の…………三倍だ。
なにそれ、と思った。ふざけるなって、そう思った。
納得できる訳がない。鬱陶しいセクハラ上司、蹴落とそうとしてくる同じ職場で仲間の筈の先輩や同僚、めんどくさい取引先との交流。
そうやって毎日、苦しんで苦しみ抜いた先にあるのが、私の収入なのに。
認められない。認めてやるもんか。
こんな…………こんな、ゲームで、遊びで、そんな沢山のお金を稼ぐような事!
そんなのおかしい! どうしてそうなの!? 私がこんなに苦しいのに、ヘラヘラゲームをしているだけで、そんなにお金を稼いでいるなんて……!
そんなの許せる訳が、ない!!
……勝手な話ではあるけれど、クリムゾンに対して怒りを覚えた。
彼女は何も、悪くないのに。
◇◇◇
調べるにつれ、深い所やプレイヤーの動向を知るにつれ。
……そんな思いは、より濃く確かなものへと変わって行った。
結局の所、ゲームはゲーム。ただの遊びで、趣味で道楽だ。
二つ名? レベル上げ? そんなのよく知らないけれど、所詮ゲームだ。簡単で、気楽でしょ。
こんなの私にだって、いくらでも出来るよ、って。
――――ばしん、と雷に打たれたような衝撃を受けた。
私にも出来るだろう。じゃあなぜ? なぜやらないの?
恥ずかしいから? 怖いから? 今の立場が大切だから?
恥ずかしいわけがない。東京の駅前で水着になるのは恥ずかしいけど、海なら水着なのは当たり前だ。あそこはそういう世界。キャラクターを演じるのが、当たり前の世界。
怖いわけがない。クリムゾンに限らない、数々の若者が……それこそ十代で成功している子だっているんだ。二十後半のある程度成功した社会人経験があればこそ、出来るという自負がある。
今の立場が大切な訳がない! 子供の頃から夢を見続けようやく入った業界で、こんな地獄のような日々……あんなに好きだった服のデザインノートを開く作業も、その表紙が鉄で出来たみたいに重くてめくれなくなっちゃったんだ!
こんなはずじゃなかった。
自由にデザインを考えて、好みに配色して、可愛いモデルを着せ替え人形にして…………そんな風に、毎日楽しく好きな事をしてお金を稼ぐのが夢だったんだ。
そうして一流の存在として憧れの視線を一身に浴びて、たまに誰かに声をかけられたり、サインをしたり、服のアドバイスをしたり……そうして生きてく毎日を。
そうする事を夢見てた訳で、ノルマに追われてデザインをひねり出す事がしたかった訳じゃない。
クリムゾンみたいに好きな色の物を着て、自分の好むように振る舞って、羨望の視線を浴びる為に。
その為の努力だったし、そうする事が一番の望み。
はた、と気づいた。
"クリムゾンみたいに" 。彼女みたいに。そうだ。彼女みたいに、すればいい。
『Re:behind』の世界で、生きればいい。
あれ?…………そっか。そうだよね。
そっか…………私も、あんな風に。
クリムゾンみたいに、すればいいんだ。
そう思ってからは、体は羽根が生えたように動いた。
初期登録が三十万円? ダイブ一回一万円? 仕事ばかりでお金を使う時間もない私にとって、そんなの買ってから一度も使ってないブランドバッグより安い金額だ。
仕事もやめて、安定までの期間をカバーするお金だって十分にある。退職届なんて、とっくの昔に書いた物を何度も手にしたせいで、使う前から しわしわだ。
あとは、やる気だけの問題。羽根の生えた足で、一歩踏み出すだけの話。
『Re:behind』の世界へ行こう。
私ならなんとななる、一度実力で成し遂げた私なら。
新しい世界で、好きに生きて行くんだ。
◇◇◇
『Re:behind』の世界で夢を掴むために必要なのは、三つ。
一つ、確かな実力を手にする事。
二つ、知名度を上げて二つ名を挙げる事。
三つ、それら二つの地盤作りと、更に高みを目指す為の土台を持つ事。
まずはキャラクタークリエイト。これが一番に大切で、一番に難しい。
現実の私のような、高身長で吊目気味の――我が強そうな? 女性は男性に好まれない。特に、オタクと呼ばれるような熱狂的なファンを狙う私にとっては、守りたくなる要素が何より必要だ。
つまりは、低身長。
キャピキャピするのは流石に心に堪えるので、どちらかと言えば無表情で無口なクールキャラ。市場調査の結果、大きい目で瞼を少し閉じる『ジト目』が良いと判断した。
口は小さめ、髪はショートで紫で、瞳とお揃いの色にする。暗い雰囲気だけど女の子らしい部分も持たせる為に、軽めのメイクにチークを塗って華やかさもプラスして。
ミステリアスながらも可愛げがあって、繊細そうで頑固な感じの理想的な静かめな子が出来た。昔見た漫画の、読書家だけどたまに本の角でゴツンと突っ込む女の子をイメージしたのだ。
漫画の子にそっくりだし、とても可愛い。私とは似ても似つかない。
まるっきり喋らないキャラには、その前に注目を受ける為のナニカが必要になる。
主人公のような派手な人間の付き添いである事や、明らかに異質な能力などの、メインの目を引く要素。
伝手もコネも交友も、何もない私には、完全な無言と言う選択肢は取れなかった。
けど、喋るすぎるのも……よくない。疲れてしまうし、何より『この子らしくない』。
一言二言――――制限のある喋り方? 例えば、四字熟語……そこまで詳しくないなぁ。
四字…………ではなく、二字? 二文字の漢字だけを喋るキャラ? あ、それいいかも。
了解・疑問・肯定・勝利・希望に退職。そして人生と変化。現実から仮想。
生きる上での出来事は、大体何でも二文字で足りる。それがいいや、そうしよっと。
二つ名の為には特徴が必要だから、魔法とやらに独創性を持たせる事が出来るらしいこの世界で、私だけの固有魔法を作ろう。「あれは、アイツのアレじゃないか」っていう、わかりやすい記号になるもの。私を宣伝する看板みたいなもの。
個性を主張する事で一番簡単なのは、そういうこと。
名前や顔だけではない、目に見える何かの要素で個人を特定出来る、という事が大切なのだ。
楽しみで仕方なかった筈なのに、蓋を開けたら腐っていた――そんな落差を味あわせてくれた、ファッションデザイナーという職業。
自由なんてどこにもなくて、『新しい服を考えるAI』と何も変わらない日々、嫌なことだらけだった社会人時代。
それでも、得た経験は無駄にならなかった。
ニーズを考え、求められる物を作り、ユーザーの視点に立って見て、記憶に少しでも爪痕を残すようなマーケティングをする。
恥ずかしいとか、格好悪いとか――そういう余計な事は考えずに、その先にある未来へ向かって自分で自分の背中を押すんだ。
『無口でたま~に漢字二文字だけで喋るジト目でクールな愛される系、特徴的な魔法で人々に記憶して貰うスピカというキャラクター』に、なりきる。
そういうキャラクターで周囲全部に媚を売って、知名度を上げて実力と名声とお金を手に入れる。
年若い子がやるアイドルのような物だ。顧客を馬鹿にしていても、それを表に出さなければ問題無いのだ。
簡単簡単。
私ってば、偽りの笑顔には慣れっこだからね。
『平均年収』
殆ど全ての作業がAIによってつつがなく処理される昨今。
人間の力が必要なのは、大本のブレーカーを入れる責任を取る事と、想像力や独創性が求められる芸術的な分野での業務のみ、という時代。
労働をせずとも生活費支給で十分に生きていける時代において、きちんと就業する者はよほどの物好きか贅を求める者のみであった。
それゆえに、労働者を求める会社側の賃金は膨れ上がり、業務に従事する人間の平均年収はおよそ二千万円ほどである。
あらゆる事が便利で万能な世の中では、欲という物が膨れ上がる余地がなく、
また特別な芸術の才能が無い限り『何もさせてもらえない』時代は、人々から勤労意欲と上昇志向を奪い尽くした。




