第七話 バッドアス
「ジャァ! ジジィ、ジャジァアッ!!」
「下がれ! ロラロニーッ!!」
「ひゃぁ~」
銀のトカゲの逃げた先、草の塊から飛び出るようにして身を起こした全身緑色の爬虫類人間――――リザードマン。
俺より頭ひとつ大きい背丈に、黒い革鎧を着込んだ上にローブのような物を羽織った姿は、そのトカゲ面とあんまりにもアンバランスであると言うのに……随分堂に入って見える。
着慣れているというか、しっくり来るというか。
……なんて言ったらいいだろう。
『まるで、人間のようだ』とか、そんな言葉が似合う気がする。
「な、なんでぃ!? このトカゲ人間はよぉ!?」
「いやいや! リュウ、知らないの!? 今Re:behind中で話題になってる、新モンスターだよ! それもかなり危ないタイプの!」
「……そうですね。発見報告は首都の北方向に偏っていましたし…………花畑エリアに居てもおかしくはないでしょう」
「何だか凄く怒ってるよ~……」
そうして言葉を交わす間にも、リザードマンはジャアジャアと激しく吠え立てる。
その声にはどこか『規則性』のような、一種の知的な響きすら感じられて。
……とは言う物の。
歯茎を剥き出しにして吠えじゃくり、牙をガチガチ鳴らす様は…………やっぱり考えなしのケダモノな姿でしかないな。
それにあの声、あの面構え。
何故かはわからないが、心の奥深い所からムカつきが湧き出て来るぜ。前世からの因縁でもあるのだろうか。
「で、サクの字ぃ! どうすんだぁ!?」
「狡猾で残忍って書いてあるのを見たよ! 解説動画でもそう言ってたし! サクちゃん、どうするの!?」
「さて……この状況を受けて、【七色策謀】はどうしましょうか? ふふふ」
「サクリファクトくん、どうするの~?」
…………特に、みんなで取り決めた訳ではないけど。
いつの間にか、俺がこのパーティの司令塔のようになっている。
それは俺にカリスマ性があるだとか、リーダーシップが凄いだとか、そんな大層な理由ではなくって。
一番『平凡』なのが俺だから、一番『ちょうどいい』選択をするってだけの話だ。
どいつもこいつも尖ったこのパーティ内での俺が持つ特色は――――ひたすら『普通』である事。ただただ一番、フラットなだけ。
そんな俺に判断を任せるのはどうかとも思うけど…………存外頼られるってのは悪くないし、小癪な俺に向いてる役回りとも言える。
だからやろう。ありがちをしよう。
VRMMOという舞台で、『普通』を考えた時。こんな時に一般プレイヤーが取る選択肢を、この場で俺も取る事にするんだ。
「まめしば、俺の後方に。ロラロニーはそのまま下がってタコに水を飲ませまくれ」
「……やるんですね?」
「1対5。足場も良い。俺たちは強くなった。多少の疲労はあれど、おおむね万全で勝ち目は十分だ」
「よし来た! いつも通り、俺っちが前でいいんだよなぁ!?」
「ああ。いつも通りに、肩肘張らずにな。オイタをした飼いトカゲの責任は、その飼い主に求めようぜ。餌代の請求だ」
「うぅ~、大丈夫かなぁ? Metube界隈では、結構危険視されてるんだけど…………」
「負けたら負けたでその時は、俺が罰ゲームでも受けるよ。ロラロニーのタコを頭に乗せたりとかな」
「え~? どうして火星人くんを頭に乗せるのが罰ゲームなの~?」
「シュルル……ジィャア…………ッ!!」
という訳で、戦おう。
数の有利を取れているし、噂によれば得られる物も大きいらしいからな。
富を求めて多少の無茶をする事も、VRゲームの一つの楽しみ方だしさ。
未知の強敵に挑んでみるの事もまた、仮想現実ならではという物だ。
◇◇◇
「『我が二枚貝』」
ならず者の技能、『我が二枚貝』。
職業レベルに応じた一定時間、スキルの効果を上げる物だ。
「『ヴァイヴァー』」
その効果が体を包んだ感触をふわりと感じたら、次は『ヴァイヴァー』。
『体に見えないトゲを生やし、受けたダメージの一部を3回まで反撃ダメージにして返す』という効果であるコレは、対象指定が可能な便利スキルだ。
それは何より、俺たちのパーティにとって抜群に具合が良い。
もしも俺たちのパーティに騎士などの堅牢な守備を持つ職業、いわゆる『壁役』が居れば、このスキルはそこまで使われる事はなかっただろう。
何しろこれは『10のダメージを受けた時、10を受けながら3を返すスキル』。と言っても、このリアルな世界でそんな明確な数値が出る訳ではないので、それは感覚的な物だけど。
兎にも角にも、受けるダメージが大きくなければ効果が薄い――――そんなスキルであるという話だ。
そんなタンクに不向きな物だからこそ、タンクがいない俺たちのパーティで発揮される。
何しろ俺たちパーティは――――おおよそ全員が、アタッカーなのだから。
「リュウは銀トカゲを先にやれ。まめしばは金トカゲをぶち抜け。俺は遊撃と、リザードマンの妨害をする」
「…………キミの言う通り、恐らくリザードマンが2匹のトカゲの飼い主でしょう。先に頭を叩くのがセオリーでは?」
「このパーティはヘイト・コントロールに難がある。そしてついでに『肉を斬らせてぶっ殺す男』マグリョウさんとは、違うんだ。こっちの被害を最小限に抑えるためには…………火力を火力で迎えて押しつぶし、じわりと詰めるような勝ちを目指そう」
「ふふふ。『守りの攻め』と言った所でしょうか。ロラロニーさんに視線が向いていますよ」
「……そういうパーティだからな。わかってるだろ」
「ええ、心得ておりますよ」
『こうすればパーティとして強くなれる』『こうすれば効率的に狩りを行える』。
それらを意識するのなら、メンバーとその "成長方針" までをも、きちんと選別すべきなのだろう。使える職業を調べ尽くして、役に立たないプレイヤーを排除して。
そうして理想のロールで固めたパーティで、理論値を求めきったりだとか。
だけれど、俺たちが目指すのはそんな物じゃあない。
俺たちはそんな…………強くあるだけを求めるような、謙虚で欲のない殊勝な人間じゃないんだ。
俺たちパーティの方針は、なにもかも。
楽しくそれぞれがやりたいままに過ごし、理想の自分を目指しながらも仲間と素晴らしい日々を生き、全力で上も目指す事が目標で、そこへひたむきに進む歩みが信条だ。
それぞれが思い描く理想に向かいながら、毎日楽しく生きていたい。
やりたいようにやりながら、夢を掴んで笑いたい。
隣を歩く仲間にも笑顔で居て欲しいし、望むがままに生きていて欲しい。
だから、職業は好きにする。好きにさせる。
だから思いつきで行動をするし、その思いつきに乗っかる。
その時したい事を、正直なままに大声で『やりたい』って言って、それに『いいぜ』って言ってやる。
そうやって、あれもこれもと全部を求めてばっかりの……欲張りだらけのパーティなんだ。
「ロラロニーは――――いつも通りタコに紐くくりつけて、まめしばと一緒に金色を狙え」
「わかった~!」
「それでは私も普段通りに、場当たり的に対応しましょう」
自由に生きる事が許された世界だから、それを選んで謳歌する。
ペットをリードでぶん回すやつ、磁力魔法とかいう風変わりな物を扱うやつ。
とにかく突っ込む燃えるアホに、見せ場に執着するカメラのピント中毒な動画投稿者。
やりたい放題の滅茶苦茶パーティ。ロールバランスなんてありゃしない。
とことん自由。だから、極上。
そんでもってそれをならず者が姑息に動かせば…………。
…………きっと、最強。何より、楽しいしさ。
◇◇◇
「 "ジィル・シレラル・シッツァシュル" ……『シュルッ』!!」
「――――うおおっ!? トカゲが、デケぇ!?」
「膨らんだっ!? なにあれ!? すっごいキモい!」
一見すればシュルシュル言っているだけのリザードマン。
しかし、脳を澄ませて『知能があるという前提』を踏まえれば、感じられるのは確かな規則性だ。
あれは、恐らく…………言語。
知らない言葉で、意味のある音の繋がり。
そしてその構成は――――『詠唱』と『発動キー』であったのだと思う。
何しろ金銀2匹のトカゲが、その体を何倍もの大きさに、膨らませているのだから。
「なんだぁ? 成長期かぁ?」
「……Metuberのまめしばさん的には、絶対違うと思います!」
「んまぁ、何だっていいや。斬り甲斐のある図体に育ちさらして、かえって面白ぇってモンだぜぇ!! 『闘心』全開! 行くぞオラァ!!」
「『ラビット・ラン』『ホーク・アイ』……まずは石矢で――――試し射ちっ!」
リュウとまめしばがそれぞれに技能を開放し、様子を伺うようにして打撃をくわえ始める。
それを迎え撃つトカゲ共は、体と一緒に気持ちまで大きくしたようで、さっきまでの逃げ腰が嘘のように真っ向勝負の仁王立ちだ。四本脚だけど。
「…………どう見ても魔法、だよな」
「ええ、間違い無いでしょう。魔力が変換される気配も感じられますし」
「魔法師には、そんな能力がつくんだっけか? 知らないぞ」
「能力と言いますか、第七感と言いますか。力の入れ方や些細な表情の歪みから、魔力減少による心身への影響などを、自身の経験からぼんやり感じ取っている所もあるかもしれません」
「魔法師の独自解釈ってやつか」
「ふふふ……今までにない魔法を手にすると、新たな世界が開けるのですよ。どうです? サクリファクトくんも」
「……ちょっと危ない人のセリフに聞こえたし、俺は遠慮しとく」
「それは残念です、ふふふ」
「 "ジィル・シュリルシュ・シツァリ――――……」
そんなトカゲの後ろでは、杖を掲げたリザードマンが更なる魔法っぽい物を口にする。
きっと、恐らく、それがコイツの狩りにおける、常套手段なんだろう。
鞭を唸らせ2匹のトカゲに指示を出し、自分は後ろで『強化のスペル』や『自衛の吹き飛ばしスペル』を駆使する戦法が。
それは確かに、理に叶った物であるのかもしれないが…………野良モンスター相手なら、という前置きが付く物でもある。
そして残念な事に、今この場にいるのは野生の獣なんかじゃないんだ。
かっこよく詠唱して華麗にスペルを発現させる見栄だとか…………そんな物をならず者は待ってやらない。
「――――おっと、それは調子に乗りすぎだ。『シャッター』」
「…………――――ッ!?」
技能、『シャッター』。その名を一言。
世界にスペルを注文する声を、大声で遮りゲラゲラ笑う。この場に相席した、マナーの悪い粗暴者の声だ。
「…………初めてみましたが……呆気ないほど簡単に、あっと言う間にスペルの邪魔が出来てしまうのですね……」
「そういうスキルだからな。言ってあったろ?」
「聞くのと見るのは違うのですよ。ふふふ、これでデメリットがなかったらと思うと、ぞっとしてしまいます」
「……もしそうであれば、ぶっ壊れだろうな~」
ならず者という職業のプレイヤーは、とても少ない。
いや、実際のサーバーデータ上ではそれなりにいるかもしれないが、ならず者である事を名乗るプレイヤーが少ないのだ。
罠の強度を上げる、指定した物の視認性の操作、対象の五感を鈍らせる、音を出したり消したりする。変わり種では反撃ダメージや、指定したポーションの回復効果を下げたりも出来て…………そしてやっぱり、なんと言っても詠唱妨害。
スキル名を叫べばすぐに効果が出る七色な妨害効果のそれらは、時と場所次第――――特に "PvP" で発揮される事が多い。
どんなスペルでも一瞬の内に霧散させられるローグは『魔法師殺し』とも呼ばれる程に有利をつけられるからな。
それに、対モンスター戦でも悪くない。
罠ってのは人類の英知で、手間と金だけで致命的な状況に陥れる事が出来る素晴らしい物であるし、小賢しくちまちま妨害された野生の獣は、おおよそ混乱しきりの棒立ちだ。
対モンスターでも悪くなく、対人戦ではとことん跳ねるクラウド・コントローラー。
直接火力に繋がるスキルは無いからメイン職業には向かないけれど、サブ職業にはうってつけ。
そんな便利でイカした職業が、ローグだ。
そう、イカしているのだ。
…………だけれど決して、ローグは選ばれない。
決して無視出来る物ではない、とても大きな『避けられる理由』を知った者なら、誰もが避ける。
『全てのスキルに、"カルマ値減少" の効果がついている』。
それがとことんキツいから、とにかく誰にも選ばれない。
「――――むぅ~っ! 何だかこの金色トカゲ、弓慣れしてるっぽい! 避けすぎ! むかつくぅ!」
「こっちの銀色も上等な足運びだ! 切っ先が体に喰い込む寸前に、軸をズラして避けやがる! こいつぁ戦場帰りのモノノフトカゲに違ぇねぇや!!」
「あの緑色のリザードマンの指示かな? ペット2匹に鞭まで持って、まるでプレイヤーみたいだよね。倒しちゃったらPK判定で、カルマ値下がったり……しないよね?」
「そんときゃ『善行』積めばいいだろぃ。ゴミ拾いとか、肩たたきとかよ」
◇◇◇
このまるで現実のような仮想空間、Re:behindのキャラクターが持つ様々なステータス。
そんな膨大なマスクデータの中に、『カルマ値』という数値がある。
それは『行為』であり『業』。
魂に基づく個としての根源に紐ついた罪の重さだとか、前世の行いの報いだとか、なんかそういう色んな難しい意味があるらしいけど…………それはよくわからないし、今はどうでもいい。
大切なのは、そんな難しい意味を持つ『カルマ』という言葉が、Re:behindにおいては果たしてどういう物なのか。
この世界における『カルマ値』とは、『善悪の数値化』だ。
0と1が何より大好きなシステムによる人間性のレッテル貼りとも言える。
悪い事をするとカルマ値が下がり、良い事をするとカルマ値が上がる。
その良し悪しの判断はシステムの独断なので不明瞭。
プレイヤーたちのとりあえずでの認識は、『道徳的かどうか』を軸に考えられている。
誰かをPKたら下がるし、窮地を救ったら上がる。
誰かのお手伝いをすれば上がるし、盗みをすれば下がる。
バレるバレないではなく、やったかやってないかで決まるそれは―――― "リビハのお天道様が、いつでも見ているぞ" とか言われたりもして。
そんなカルマ値が低まれば、それはもう不利益をこうむる。
ジョブ屋のNPCはゴミを見るような目で見てくるらしいし、試験もいくらか難しくなっているのでは、なんて予想もされてたり。
更には妙に厄介なモンスターに出くわしたり、花を摘みに行ったら好きな色の花が揃って花弁を閉じていたりするらしい。
それらはただの被害妄想で、ただの思いこみによる所かもしれないけれど…………そういう事をしてもおかしくないってのが、このRe:behindのお天道様だからな。
『何か、世界に嫌がらせされているような……?』と思ったら、それが事実であったりするのが、この世界。
莫大な数のプレイヤーを全て管理し、それぞれのカルマ値に応じた世界の表情を見せつけるなど…………あの『国際宇宙ステーション』に住む500万人からなる人類の管理を一手に任される、人より頭の良いAIの姉妹 "マザーAI MOKU" であれば、なんの事も無いだろう。
「カルマ値が下がって、『接触防止バリア』が切れたりしたら…………私のダイナマイトMetuberボディが、目を血走らせた悪漢に狙われちゃうっ!」
「なぁに、心配するこたねぇや」
「あら? リュウが守ってくれるのかな? 嬉しいな~。よっ! 男前っ!」
「いや、まめしばは男に襲われる心配はねぇだろってのよ。なにしろ色っぽさの欠片もねぇからなぁ」
「…………」
「――――おおっ!? まめしばぁ! どこ狙ってんでぃ!!」
「ミスです」
「いや、だって……俺っちの顔の横をギリギリ掠めて…………」
「ミ・ス・で・す」
「………………お、応。なら仕方ねぇや」
そう。カルマ値減少にはソレがある。
なんとなく世界が冷たい、のような曖昧な物ではなく、はっきりと目に見える最悪のペナルティがある。
この世界のプレイヤーが唯一安心出来る場所――――安全地帯。
そこでのみ働き、そこにいる限り絶対の安寧を約束する存在、『接触防止バリア』。
それが消えると言う事は、言ってしまえば『まともなゲームプレイの終わりを示す』物である。
それこそ、あの対人慣れした【殺界】ジサツシマスですら――――変装と忍び足で活動する事を余儀なくされるほどだしな。それほどまでに、大変な事なのだ。
だから、だ。
そういう理由があるから、誰も彼もがカルマ値を気にする。
カルマ値がそういう物だから、スキルの度にそれをすり減らすローグは、『数が少ない』と言われるのだ。
どれだけスキルの使い勝手がよかろうとも、カルマ値が減るとなったら誰だって願い下げ。
『俺こそローグだよ』なんて名乗ったら、カルマ値綱渡りをしている事を周りに吹聴する事と等しく、それは隙を晒すだけの愚行でしかない。
絶対数が極めて少なく、その上『自分が居るぞ』と言ったりもしない。それがローグ。
まるで存在していないように見えて、それでもどこかにしっかりいるのがローグ。
…………まぁ、結局どこまで行ってもならず者はならず者。
あんまり居ないほうがいいに決まってるし、自分で堂々と名乗るもんでもない。
『俺は格別にBadassだぜ』なんて、普通言わないし。
それでも、認知を求めずして。
この世界の片隅で、確かにひっそり目を光らせている…………日陰者。
正直な所。
凄く気に入ってる。使いにくいけど……カッコいいしさ。




