第六話 あーまいぜ
□■□ 首都西 山岳地帯 □■□
…………掘る。掘る。ひたむきに。気分は肉体労働者。
キキョウが指し示すこの場所を、キキョウの魔法の正しさを信じて掘る。
もし何もなかったら、罰ゲームを与えよう。しばらくロラロニーのタコを頭に乗せるだとか。
「オラァ! ヨッシャァ! ヨイサァッ!」
「ご覧下さい! 我がパーティのリュウジロウくんが、獣のようにツルハシを振るっております! 暑苦しいです!」
「ふふふ、ここには何が眠るのでしょう。ミスリル? 聖銀? 私が今、掘り出してあげますからね、ふふふ」
「サクリファクトくん、がんばって~」
やかましいリュウを、まめしばがカメラで撮影する。実況つきだ。
そんな二人の隣では、キキョウがニヤニヤしながら壁にツルハシを突き立てて。正直すげえキモいぜ。
そんな奴らを尻目にしながら、ロラロニーののんびりした声援を受けつつ…………肘まですっぽり入るくらいに掘り進めた所で、カキン、という今までにない音がした。
これは……当たりか。
残念。キキョウの罰ゲームはお預けだ。
「こっちに何かあるぞ~」
「なんでぃ。一抜けはサクの字かよぉ」
「おお! 流石ですっ! サクリファクトくん! ここからは細かく削って行きましょう! ふふふ」
まさしく、ウキウキと言った態度で近寄ってくるキキョウ。
普段の丁寧な所作は鳴りを潜め、手に持っていたツルハシをぶん投げてこちらに迫る。興奮しすぎだ。
細められた目。その奥で輝く、紫色の瞳。
そんなキキョウの見えない部分が、ごうつくばりの魂で、黄金色に光っている気さえする。
¥のマークを浮かべてさ。
「……ほうほう、どれどれ…………ああっ! なんという事かっ!」
「ど、どうしたのさ? キキョウ?」
「これは……『クレアレム鋼』のインゴットですよ! 素晴らしいっ!」
「わ~、すごいね~。クリアーム鋼ってなに?」
…………無粋な事は言いたくない。
だけれど、どうしたって思ってしまう。
クレアレム鋼……だって?
…………鋼に属する金属類って、合金だよな? 割と複雑な工程で作られる、混ぜものだよな?
…………何でそんなのが、山に埋まってるんだよ。
しかもそれの、インゴット? 綺麗に四角く整えられた、鋳造された塊だ。
天然という言葉の意味が、わからなくなってくるな。
「さぁ、見て下さい。このまばゆい輝きを…………」
「綺麗だね~。つやっつやだよ……キキョウ、もうちょい角度変えて? 反射させるように」
「随分ビカビカしてやがんなぁ。剣にするにはいささか光りすぎじゃねぇか?」
確かにリュウの言う通り、必要以上に光を反射している気がする。
それがその金属の特性によるものなのか、それとも『そういう物』として設定されているのかはわからないけど、個人的にも武器にするには向かない気がするな。
どちらかと言えば、長さがわかりにくいようにされている剣のほうが、好みだし。
「クレアレム鋼、それは耐摩耗性などの耐久性に優れる金属です。それに加えてこの反射率。恐らく、盾――――中盾などにするのには、これほど具合が良い物もそうは無いかと」
「なるほど。眩しく目立つって特徴を、ヘイト稼ぎに利用出来るのか。まぁ単純に綺麗でもあるし、細かいアクセサリーにも向いてそうだよな」
「ええ。加工難度なども比較的優秀で、細かい品にする事にも向いている――――素晴らしい合金ですよ。これはまさしく、掘り出し物です。ふふふ」
「なんだか凄いね~」
「よっしゃ! その一帯に目ぇつけて、ごそっとやってみようぜぇ!」
あくまでゲーム的に出てきた事はともかくとして、良い物が得られた事には違いない。
更にはこの地の特色…………『岸壁などには、それなりに鉱脈じみた法則性がある』事を鑑みれば、この辺りを掘る事で戦利品を上乗せ出来るだろう。
何だか手に持つツルハシも、少しだけ軽くなった気がするぞ。
「重さは……10kgほどでしょうか? 値を付けるとしたら…………8、いや、9.5…………」
「動画はアップしないほうがいいかな? とりあえず今だけでも独占するためにさ」
「火星人くん、一緒に邪魔な石を運ぼう?」
疲れる労働は骨折り損とはならなかった。
動いた分だけ得る物がある。自身の力で報酬を掴み取る。
『成果』という言葉の意味を強く噛み締めながら、山肌にツルハシを叩きつける。
酷使するのは自分の体、得られるのはインゴット状の合金鋼。
背中には剣、手にはツルハシ。たまに水瓶に口をつけ、自然に目につく青い空。
そんな視線を周りにやれば、そこにいるのは剣士と狩人に、調教師や魔法師な仲間たち。
つくづくVRゲームしてる、って感じだな。
こういうのもまた、楽しい物だ。
◇◇◇
◇◇◇
「…………はぁ…………だるい…………」
「……もう、出ませんかね…………」
「流石の俺っちも…………腕がいてぇ……気がするぜぇ……」
ぐったりと座る俺たち三人の前には、土に汚れながらもまばゆく光る、数えきれないほどのインゴットだ。
掘っても掘っても次が出てくる山肌を…………歓びながらもうんざりしつつ、ツルハシで叩く事およそ2時間。
ようやく茶色い土壁だけになった、最早ちょっとした洞窟のようになっている所から這い出して、地面に腰を落ち着けた。
「ロラロニーちゃん、これお願い~」
「は~い……火星人くん、ぴゅーってして」
そんな俺たちを尻目にして、女二人はキャッキャウフフとインゴットの拭き上げ作業だ。
矢を番える際の手拭き用に、まめしばが腰に引っ掛けていたタオルのような布で、インゴットを丁寧に磨き――――汚れたら予備に変え、汚れた布をロラロニーのタコが吐く水で洗うという流れ作業。
…………水道みたいに使われてるけど、タコはそれでいいのか。
満更でもない顔を水を吹いているから、それで良いんだろうな。
「いやぁ……お疲れ様でした。思っていた以上の収獲ですよ」
「本当にな…………こんなにあるとは思わなかった」
「こりゃあ、首都に帰ったらパァ~っと行かなきゃなぁ…………肉食おうぜ、肉をよ」
「…………今、肉とか言わないでくれ。気持ちが悪い」
「何かこう、冷たい物でも口にしたい所ですね」
ああ、いいなぁ。
ドラゴン祭で食べた『カラフルベリーの果汁を凍らせたやつ』なんかを、しゃくしゃくやりたい気分だ。
――――カキン、カキンッ!
そうそう、そんな感じでさ。
カチカチに凍ったアイスキャンディーっぽいものを、口に含んで歯で噛んで。
――――カキ、ゴリュリュッ!
……そうまで硬そうな音だと、歯によろしくなさそうだ。
欠けたり折れたり、顎が疲れたりして…………。
…………っていうか、何の音だよ。このゴリゴリ言う物は。
「ひゃっ! なにこれぇ!?」
「ト、トカゲ! おっきいトカゲだよロラロニーちゃんっ! カ、カメラカメラ!」
インゴットの山の影。
光るトカゲが、その一つを口いっぱいに頬張っている。
……歯によろしくなさそうだ。
◇◇◇
「な、なんだこのトカゲ野郎っ! 俺っちのハガネを勝手に食いやがって!」
「……何でしょう? このようなモンスター……聞いた事がありませんよ」
その体はパット見でおよそ30センチ。多くのモンスターが生息するこの世界においては、比較的小さめの体。そして光り輝くつるっとした体皮が目を引く。
頭の先から尻尾の最後まで余す所なく同一色の、日差しを浴びてぎらりと光るハガネ色だ。
あまりに銀色が過ぎて、クレアレム鋼のインゴットを咥えている口元を見ても、どこからどこまでがトカゲ部分なのかわからないほど。
夢中でインゴットを口に頬張りながらも、燦々と照らす太陽の光を受けて、つやりつるりと背に白い筋を流す……ファンタジーというかSFチックなメタリックさは、もしも現実世界にいたのなら、新たな局地対応生物型ロボットとしてすんなり受け入れてしまいそうだ。力学構造の解答は自然界にこそあった、とか言うし。
「オラァッ! こんにゃろう! 食ったモン吐き出しやがれ!」
「ビィャーッ!」
「うわ~……リュウ、よく掴めるね…………私は爬虫類とか無理だわぁ……」
「でもちょっとだけ可愛いね。リュウくん、尻尾はつるつるしてるの?」
「んまぁ、見たまんまつるっつるだなァ。鉄の棒みてぇだぜ」
そんなトカゲは、難なくリュウに捕えられた。
掴みやすそうな尻尾をがっしり掴み、高々と持ち上げられて、びゃーびゃー鳴いている。
山岳部ではまず見られない、一本釣りの様相だ。
「……思ったより、動きは鈍いのですね。大したモンスターではないのかもしれません」
「メタルな体に何か秘密がありそうだよな。そもそも、情報が無いってのも気になるしさ」
「未知と言うのは恐ろしくもあり、そしてビジネスのチャンスでもあります。あの銀色の体皮は…………可能性を感じますよ」
「商魂逞しい事だな…………。まぁ、何はともあれ、俺たちのインゴットを掠め取ったんだ。その分を補填して貰おうじゃないか」
リュウに引っ張り上げられてじたばた暴れるトカゲを見ながら、キキョウとアレコレ話す。
未発見のモンスター、インゴットに食らいつくその生態。
生き物にある特色のが一つ一つが、きちんと何らかの意味を持つというのがこのRe:behindだ。
キキョウの言う通り、これは儲けの切欠となりうるかもしれないな。
「おうおう、暴れやがって。観念しやがれ――――あっ!」
「わぁ~、尻尾が切れちゃった。痛そう~」
「痛そうっていうか……逃げちゃうよっ! 追え追え~!」
「待ちやがれ! トカゲ野郎っ!!」
「……お~…………言葉では知っていたけど、本当にあるもんなんだなぁ」
「ふふふ。私も生では初めて見ました」
所謂一つの――――トカゲの尻尾切り。
そんな慣用句の元ネタを、本当にこの目で見る事になるとは。
しかし、こうして実際に目にしてみると。
伝聞だけでは伝わりきらない、細かい所までしっかり理解出来た。
意外と簡単に切れるって事とか。
「さて、私達も追いましょうか」
「ああ」
◇◇◇
「ビィャーッ! ビィャーッ!」
「待ちやがれぃ!」
「待て待て~」
険しい山道を不格好な走りで逃げ回る、メタリックなトカゲを皆で追う。
逃げ足はそこまででもないが、何しろここは山岳地帯。登ったり下ったりと勾配がきつく、でこぼこした地面では上手くスピードに乗る事が出来ず、なんだかんだで手間がかかってしまっているんだ。
「まめしば、弓で狙えるか?」
「――――無理かな。岩に隠れたり飛び出たり、先が予測出来ないと狙うタイミングがないや」
「キキョウは? 磁力で引き寄せられないか?」
「まめしばさんに同じく、せめて視界の内でないと難しいですね。勝手知ったる場所であれば、また違うのでしょうけれど」
「……想定外の事だからなぁ」
アホ二人が雑に追いかける背を見つめながら、効率的な方法を模索する。
大した敵ではないのかもしれないが、インゴットを盗んだつまみ食い野郎にかける情けはないし、どうせなら『銀色のトカゲ』という新たなモンスターの死体を持ち帰りたい。
金はいくらあってもいいからな。
「…………いえ、問題ないですね。追いかけっこはもう終わりでしょう」
「ん? どうしてだ?」
「あのまま行けば、そこはもう『花畑エリア』との境界です。徐々に地面が緑に覆われてきた事もふまえれば、直に平地となって行きますよ」
「……ああ、なるほど」
首都を南に出れば『森林エリア』。
西に出れば『荒野エリア』で、北に出たなら『花畑エリア』。
俺たちがいる荒野エリアから、こうして真っすぐ北東方向に進んだのなら――――そこは必然、花畑エリアだ。
様々な草木と天然の花壇があるそのエリアは、場所にもよるが大体は平坦で見通しもいい。
ドタドタ不細工に走るトカゲには、その地でも尚俺たちから逃れる事は、不可能だろう。
◇◇◇
□■□ 首都北 花畑エリア □■□
「リュウ! あっちだよ!」
「合点ッ!!」
すっかり野原となった場所で、草むらの合間に輝く銀色を追い詰める。
背の高い雑草に紛れるようにして逃げようとするトカゲだったが、歴戦のMetuberのカメラはそれを逃さなかった。
的確にリュウに指示を出し、赤い逆毛が馬鹿正直にそちらへと突っ走る作戦で、トカゲと俺たちの距離は縮まるばかりだ。
まるでドローンを統括する中央システム。
赤くてアホな狂犬を使役する、調教師のようである。
「そっちに行ったよっ! ロラロニーちゃんっ!」
「よ~し……わぁっ」
「何転んでんだよ…………リュウ、そっちだ!」
「よっしゃ、そこかぁトカゲ野郎っ! 観念しやがれぇっ!!」
原っぱの中央にあった、少しだけ大きな茂み。その中へトカゲが入った事をしっかり確認し、その近い所にいたリュウに指示を飛ばす。
そして、ジャンプ。
噛み付く勢いでの飛びかかり。肉食獣もかくや、と言った所だ。
足の速さも、野性味も。どちらもリュウに軍配が上がり、大捕物も終結かと思われた――――――
――――そんな瞬間だった。
「 "ジィル・シル・シッツァジャァル" ……『ジィルルッ』!!」
「ウオオッ!?」
銀色のトカゲが逃げ込んだ、一塊の草薮。
そこへ飛び込むリュウを…………何かの咆哮が、弾き飛ばす。
「――――なんだっ!?」
「ひゃぁっ、リュウくん!」
「なになに!? トカゲが怒ったの!?」
「…………魔法の気配……?」
四者四様の反応をしながら、何かが変わった空気を感じ、それぞれに戦いの姿勢を取る。
…………キキョウは今、魔法と言ったか?
ジィ だか ジャル だか言ってた声に、この『周囲を吹き飛ばす』ような謎の力は――――確かに魔法だとすれば理解出来なくもないけれど……。
このRe:behindに、スペルを使える存在は…………プレイヤー以外には、いない筈だ。
「シュルル…………シュルルル…………」
そうして草薮ごとリュウを吹き飛ばし、その中心にあった『緑色の塊』が、膨れ上がるようにして身を起こす。
大きな体躯。それを覆う鱗と…………装備品。
手には杖と鞭。横には尻尾のない銀色のトカゲと――――金色のトカゲが、寄り添うようにして2匹。
まるでヘビが下を出し入れするような音を出しながら、こちらをしっかり、知性のある瞳で見つめるそれは。
…………ああ、そうか。
『Re:behindにスペルを使える存在は、プレイヤー以外にはいない』というのは、もう過去の常識となっていたな。
曰く―――― Re:behindに存在していなかった『人型っぽいモンスター』。
亜人とか異種族とか呼ばれる、ファンタジー世界では割とメジャーで……だけれどこの世界には今まで居なかったモンスター。
曰く―――― それは全世界のRe:behindでほぼ同時に確認された。
つい先日まで、1匹足りとも見られなかったと言うのに、全世界のRe:behindに同時多発で湧き出たモンスター。
『外来種』、リザードマン。
二足歩行で知能を持った、人ならざるもの。
そんな最近のリビハニュースサイトを賑わすこの存在。
それを語る時には、必ず同じような内容の言葉が明記されている。
「シュル……ジャァ……ッ!! ジャァァアアッ!!」
曰く―――― 独自の言語や道具を使いこなす知恵はあるものの、それを補って余りあるまでの凶暴性を持つ、と。
こうして実際に目にしてみると。
伝聞だけでは伝わりきらない、細かい所までしっかり理解出来た。
全身全霊全力で、俺たちを殺す気…………全開だ。




