第三話 ハーレム
□■□ 首都南 森林 □■□
「……はぁ……ひぃ…………ちくしょぉ……」
「おらおらどうしたサクの字ぃ~、言い出しっぺがだらしねぇぞぉ?」
「……うるせー…………俺は、お前みたいに……馬鹿力じゃ……ないんだ、よ……っ」
首都南の森の王者『燃えるライオン』。
それを打倒せしめた俺たちは、その戦果――――燃えるライオンの綺麗な死体を首都へと運びながらの帰り道だ。
そしてそんな大きな荷物は……俺が一人で運んでいる。
なんとも無慈悲な状況だけど、いじめや嫌がらせなどではなく。
これは俺が言い出した事で、みんなが納得した勝負の結果だ。文句は言えない。
「サクちゃんって、じゃんけん弱いんだね? なんだか意外~」
「……くそぉ……リュウみたいな直情馬鹿は、グーを出しがちって聞いてたのに…………」
「かかかっ! 策に溺れたなぁ、サクの字! 俺っちはガキの頃から、じゃんけんはパー一本勝負と決めてるんでぃ!!」
「……つまりリュウジロウくんのその信念が続く限りは、もう我々に負けはないという事ですね。ふふふ」
「おっと、こいつぁヘマやらかしたな! 聞かなかった事にしてくれや!」
男三人衆で行った "ライオン運びじゃんけん" は、歌舞伎だかなんだか言う演劇のポーズみたいに突き出されたリュウの手のひらと、まるで金品を受け取るように丁寧に広げられたキキョウの手……そして俺の深読みのパーであいこを繰り返し、最後の最後は俺の握りこぶしだけが敗北を喫する結果となった。
ああ……悔しい。二人でずっとパーばっかり出しやがって。そんなの無いぜ。
ライオンの死体を運ぶの自体は別にいいんだけど……そうして負けた事が何より悔しい。重い足取りを進める一歩ごとに、負けた事実を噛み締めてしまう。
「くそ……『愚直のグー』ではなく、『頭がパー』だったとは……」
「ふふふ、私は『"頂戴します" のパー』ですよ」
「……なんでずっとパーなんだよぉ……普通変えるだろぉ……」
「俺っちはパーと一蓮托生よ。こいつが最強と信じてるからなぁ」
ちくしょう、何が最強だよ。じゃんけんに最強とかねーよ。
こんな奴に負けたのか……最後の最後に腕の振りが微妙に違ったから、勝負をかけにくると思ったのに。
ああ、悔しいぜ。
「ふふふ、そろそろもうひと勝負と行きましょうか?」
「……よし、望む所だ。やろうやろう。次は絶対負けないからな」
「……サクちゃんって結構負けず嫌いだよね。それも意外かも」
「鬼角牛の時から、サクリファクトくんはそうだったよ?」
「あ~、それもそっか。ロラロニーちゃんはよく見てるねぇ」
ライオンをひとまず地面に下ろし、三人で向かい合って構えを取る。
…………ここは、逆にパーだな。流れを踏まえればチョキが最適解に思えるが、それは正直すぎるという物だ。
まずはリュウが好むパーで様子を伺い、最悪『あいこ』で見に回る。リュウの貫く信念や、キキョウの判断を確認する。
もしまたパーの連打をしかけてくるようなら、先手を取ってチョキで行く。もしそこでキキョウが勝ち抜けたとて、リュウとの最終決戦に持ち込めればこっちの物だろう。
……よし、完璧な作戦だ。【七色策謀】は伊達じゃないんだぜ。
「サクの字ぃ……俺っちは、グーかチョキ……あるいはパーを出すぜぇ」
「……そりゃそうだろ、何言ってんだお前」
「それでは行きますよ……じゃ~んけ~ん…………『磁力』」
「――――っ!?」
「お、俺っちの手が開かねぇッ!!」
「――ぽん。おや? 二人共グーですね。これは儲けもの……パーである私の一人勝ちです、ふふふ」
そうした作戦の元に広げられつつあった手のひらは、謎の力でぴったりと閉じられ……そのまま前に出される結果となった。
その力は『押さえつけられている』というよりは『くっついている』と言ったもの。
つまりは磁力で、それはキキョウの魔法効果だ。
「キキョウ、この野郎! やりやがったなァ!?」
「魔法は禁止、というルールは聞き及んでおりませんので」
「なるほど、キキョウ……お前が "お手つき" するのなら、俺もならず者として挑んでやるぜ…………技能【一切れのケーキ】」
「おっとっと、ほんの冗談じゃないですか。鋭い闘志とスキルをしまってください。もう首都も間近ですし、無効試合という事で……3人で共に運びませんか? ふふふ」
「…………はぁ、わかったよ。勝負はお預けだからな」
「俺っちの……漢のパー最強伝説が……」
「……えへへ」
「ん? どうしたの? ロラロニーちゃん。面白い事でも思い出したの?」
「ううん、違うよ~。みんなで遊ぶのは楽しいな、って思っただけだよ」
◇◇◇
□■□ Re:behind 首都 南口 □■□
『燃えるライオン』を討伐し、その巣にあった『獣の木炭』も根こそぎ手に入れてホクホク顔の俺たちは、おそよ1時間かけてようやく首都へとたどり着いた。
そんなこんなの首都南口には今、大きな人だかりが出来ている。
「へぇ、随分綺麗な死体だなあ!」
「前足にちょこっと傷があるだけで、斬れてもいないし燃えてもない。これは素材として優秀だね」
「低レベルっぽい貧弱な装備で、よくもまぁ綺麗に狩れたもんだぜ」
「仕切りはどいつだ? 30出すぞ!」
「おいおい、これに30とは随分な目利きだな」
そんなプレイヤーたち……多くは生産系統の職人に見える彼らのお目当ては、言うまでもなくライオンの死体だ。物言わぬ赤と黒のしましまを誰も彼もが無遠慮に眺め、つっつき、撫でるプレイヤーすらいる。
……随分な騒ぎだ。
別に見せびらかそうなんて魂胆はなかったけれど、ストレージに入り切らないから担いで来た事もあって、南口付近の人々がそれを目にして……あれよあれよと人だかりとなってしまったな。
原因としては、目立ちすぎた事と力量に見合わない戦果を上げた事、そしてライオンの死体が目立った傷がない良い状態だって事と――――もう一つ。
「【七色策謀】だっけ? 流石は短い二つ名持ちのパーティだ」
「【腹切り赤逆毛】って本当に赤い逆毛なんだね……ぷぷっ」
「あれが中堅Metuberの『さやえんどうまめしば』ちゃんかぁ。隣にいるタコを抱いた子は『ロラロニー』ちゃんだよね。実物は意外とちっちゃいんだ~」
俺たちが、今をときめく期待の新人だと言う事もある。
◇◇◇
リスドラゴン戦、そしてまめしばのチャンネルの登録者数増加……それと "とある店で、竜殺し3人と初心者1人が仲良くしているという噂" によって、俺たちの名と二つ名は爆発的に広まった。
それは好意的な物と悪口とが入り乱れた物だし、目立ちたいと思っている訳でもない俺からすればなんとも言い難い状況ではあるけれど……名を売る事が正義であるこのRe:behindにおいては、誰かに話題に出されるというのは大体喜ばしいことだ。
目立ちたくないなんてのは、生意気で贅沢な悩みなんだろう。
「お、おい……何だか騒ぎになっちまってるけど、どうすんだぁ?」
「……俺もわからん。リュウ行きつけの『鍛冶屋の髭ジイ』の所に持っていくつもりだったけど、これじゃあちょっとアレだよな…………」
「ふむ、仕方ありません。この場で競売としましょうか――――――お集まりのみなさん! この場は私、【外国の越後屋】のキキョウが取り仕切らせて頂きます!」
わいわいがやがやと集まりきった群衆へ向けて、キキョウが大声を張り上げる。
……こいつ、結構声が通るんだなぁ。いつも丁寧で平坦な声だったから、意外な一面を見た気分だ。
「これにございますは、我らパーティで打倒せしめた森の王……『燃えるライオン』の新鮮な死体! さぁ、御覧ください! 裂けず崩れず毛羽立たず! まるで乱れのない流麗な毛皮、そして極々僅かな傷はどれもが些細な物で、こうまで状態の良い物は中々無いと自負しておりますよ!!」
「確かに綺麗なもんだよな~」
「どうやって殺したんだ? 毒とかか? モツは腐ってるんかな」
「種明かしをしましょう! このライオンの頭部に目を凝らせば、近づき凝視し、やっとの事でようやく見える……頭の中央に一点の傷! そう、我らがパーティの【必中動画投稿者】、さやえんどうまめしば女史による、まさしく正鵠を射る一矢によって命を奪い切ったが故の "ほぼ無傷" なのであります!」
「おおっ! 確かに小さい穴が見えるぞ!」
「まめしばちゃん、やるじゃねぇか!」
「よっ! 必中Metuber!」
「いやぁ、どうもどうも! その時の様子は後日動画でアップしますので、お楽しみにですよ~! あ! 『さやえんどうのまめしばちゃんねる』を登録しておくと、更新通知を受け取れますよっ!」
キキョウがライオンの死体の綺麗さを売り込み、それに乗っかるまめしばが自分のMetubeチャンネルを売り込む。売り込みまくりだ。
方向性は違う物の、どっちも商売人なんだなぁと感心してしまうぜ。
「このような状態の物は、中々お目にかかれるものではないでしょう! 用途に応じて毛皮を切り分けるのも、内蔵にスキル『解析』をかけて何かの材料とするのも思うがままです! さぁ、部分売りなどとケチの付く事は言わず、一頭まるごとの出品は――――10万ミツからですよ!」
「16!」「21だ!」「33出すぞ!」「35!」
そうして流れるように始まる競売。声をあげて入札する者、耳に手を当ててセーフエリア通信で誰かと連絡を取る者、急いでどこかへ走る者……そんな様々な売買の動向を受けて、一気に辺りが活気づく。
……なんか凄いな。確かにライオンの死体は珍しいって聞くけど、こうまで熱量をもって求められるほどに使える物だってのは知らなかった。
「すげぇ盛り上がってんなぁ。50って50万だろ? こりゃあ思わぬ四季施だぜぇ」
「しきせ?」
「……キキョウが忙しくしてるから俺が言うけど、サムライに与えられる臨時収入みたいなもんらしいぞ」
「そうなんだ~」
「62!」「64!」「69だぜ!」「70よ!」
そんな話をしながら蚊帳の外にいる俺たちを尻目に、70前後で刻まれだす入札金額。その辺が相場なのかもしれない。
それにしたって……70万ミツか。一人あたり15万。これ一匹で月額分と考えると……凄い成果と言う他ないな。棚からぼたもち、嬉しい誤算。やってよかった下剋上。
「73だぁ!」「……」「……」
「さぁ、他にございませんか!? 本日だけの限定品! この場限りの掘り出し物ですよ! さぁさぁさぁっ!」
そんな跳ね上がりを前にして、キキョウのテンションも上がりまくりだ。『さぁさぁ!』なんてセリフはキャラに似合わないはずなのに、この場では妙にしっくりくる。その顔も高揚から赤らんで、楽しくてしょうがないと言った表情で――――
「150だ」
そして、その顔がぴしりと固まる。
思わぬ高額入札を受けて。
「ひゃ、ひゃくごじゅうって……」「お、おい……あれ……」「うわ、出たよ……」
「ぬははは! 貧民共が10だの70だのモゾモゾと、醜く低みで争っておるわ! 余の財力の前に平伏せい!!」
「も、申し訳ありませんが……150万ミツでの入札、という事でよろしいでしょうか? 今は70程度の争いですが……」
「手間を取らせるな下民めが。余にとっては100も200も変わらん。端金を数える趣味は無いわ」
「…………」
髪は水色、瞳は黒色。
気取ったように左手で胸の辺りを抑え、こちらへ向かって悠々と歩みを進める背の高いプレイヤーアバター。
そしてその服装は――――とにもかくにも真っ金金だ。
金ピカのローブはいたる所に宝石が散りばめられていて、まるで発光しているかのようにギラギラと輝きを放ち。
首から背中に流すマントは、銀色に大きく『王』の文字。周りはこれまた多くのキラキラで縁取られ、成金を通り越してもはやファンシーですらある。
手には無数の指輪と腕輪、首には大きな金のネックレス……金色じゃない所のほうが少ないくらいの、ゴテゴテピカピカな悪趣味ファッション。
俺はコイツを知っている。Wikiや動画で見たことがあるぞ。
「ほら、どきなさいよ! 貧乏人共! アレク様の邪魔でしょ!」
「は~い、もうお開きだよぉ~。リエレラのアレク様にはどうやったって勝てないんだから、貧困層は散った散ったぁ~」
「なによ、リエレラ! アンタのアレク様ってどういう意味よっ!」
「競売で無双するアレク様はカッコいいのだ。そんなお姿に、私はきゅんきゅんしちゃうのだ~」
「余の財産たちよ。良い働きである」
「光栄でございますわ、旦那さま」
"アレク様" と呼ばれる金ピカ男、それをこれでもかと持ち上げる女たち。いつでもこうして女を4,5人侍らせて『ハーレム』を作ってるってのも、俺が見た情報通りだ。
……正直、気に入らないぜ。
「はぁ……萎えたわ」「つまんな。もう行こうぜ」「……クソがよ」
「あ……みなさん……」
そうして競売を圧倒的財力で滅茶苦茶にされた人々は、口々に悪態をつきながら散っていく。
そこには先程までの活気づいた雰囲気なんて一切感じられず、まるでお通夜の参列者のような顔つきだ。
……そうなる気持ちもよくわかる。俺だって結構イラっと来てるしな。
折角皆で盛り上がっていた所に水を差され、更には取り巻きの女どもに嫌なことを言われるんだ。空気が読めてない上に、性格だって悪過ぎる。
左手で胸の辺りを抑えたおとぎ話の貴族のようなポーズも、イラつきに拍車をかけてくれるぞ。
これがあの竜殺し。
トッププレイヤーの中でも最も『火力』に優れた魔法師であり、このRe:behind内で最も『課金額』が多いと言われる、P2Wの申し子。
話によると、一部ではあの極悪PK【殺界】よりも嫌われているらしい。
「…………落札、おめでとうございます……【金王】、アレクサンドロス・フィリシィ・ホーラさん」
その名は【金王】【竜殺しの七人】。
『アレクサンドロス・フィリシィ・ホーラ』と言う長ったらしい名前の、"廃課金" で "ハーレム" を作る――――いけ好かないチーレム野郎。
・P2W = Pay to Win
「お金を払って勝つ」のような意味です。
造語ではなく、現代でも使われます。




