第二話 縄張り争い
□■□ 首都南 森林深部 □■□
「いいか? クエストの内容は『燃えるライオンの無力化』。つまりは――――"痛い目見せて懲らしめる"……それだけでいいんだ」
「倒さないの? 皮とか、良い値で売れるんでしょ?」
「殺しきれれば万々歳だが、俺たちの力量を考えればそれは欲張りすぎってもんだ。欲をかいて痛い目みるくらいなら、アレコレやってライオンの日常を十分に脅かし……プレイヤーってのは怖い存在だと思い知らせて、安全安心にクエスト報酬を貰おう」
「獣と人間の "縄張り争い" って所か。面白ぇじゃねぇの」
最後尾のまめしばと先頭のリュウが相槌を打つ。
森の中を歩む俺たちの布陣はいつも通りだ。
最もタフな剣士のリュウを先頭にし、
その後ろには過保護なタコバリアを持つ調教師ロラロニー、
中央に咄嗟の対応を取る俺……サクリファクトを置き、
魔法師のキキョウが続く。
そして最後尾には狩人のまめしば。
これが俺たちの盤石で、考え抜かれた理想の布陣。
いつどこから敵が来るかわからない所へ足を踏み入れる時、多くのプレイヤーは盗賊か冒険者を用意する。
盗賊の隠密技能で先を歩かせ、斥候をつとめて貰ったり、冒険者の気配探知技能で周囲の状況を把握しながら進んだりするためだ。
その他、あの生意気娘の【天球】スピカの場合は魔法『光球』を飛ばし巡らせ、その特性――――『自動防御』を利用した疑似レーダーなどを用いたりもするらしいけど……あいにく俺たちのパーティには、そんな器用なやつはいない。
一応キキョウが知り合いの錬金術師と一緒に、磁力魔法を活かした『動く物に反応する方位磁石』を研究しているみたいだけれど、今の所その成果は全く出ていないしな。
そういう訳で俺たちはいつも、後手後手にまわる不利なスタートからの戦闘を余儀なくされている。
つまりは、アレだ――――劣っている立場から状況を覆す、下剋上はお手の物、という訳だ。
「この先にある開けた場所……そこに俺が罠を仕掛ける。素材を惜しまず全力の、使い捨てタイプの "竹製の罠" を大盤振る舞いだ。そうしたらそこで待機して……巣へ帰る『燃えるライオン』が現れるのを待つ」
「そんな都合よく顔出すのかよ?」
「来る、必ずな。ライオン狩りの動画は『魔女の宅急便』よりも見たんだ。おかげで夢にまで出て来たぜ」
「私は一昨日、恐竜に追いかけられる夢を見たよ~」
「…………どうでもいい夢の話は置いといて、それほどまでに予習はしてきたんだ。まめしばも、それなりには調べたんだろ?」
「そだね~。私はどっちかっていうと、この辺りの地形とかだけどね。見晴らしの良いところとか、芋れるところとかさ」
「おいも……?」
「"動かずじっと伏せて待つ" のような意味のスラングですよ、ロラロニーさん」
「そうなんだ~」
「ライオンが見えたら、ロラロニーのタコにファースト・アタックを任せる。それと合わせてリュウが仕掛けてよろめかせ……罠にハメたらクエストは8割達成だ。ライオンと各々の位置指定は、状況に応じて俺が言うよ」
ロラロニーのペットのタコは、八本足の中央にある口のような器官から物凄い勢いで水を噴射する事が出来る。
それを使ったジェット推進の猛ダッシュと、直接ぶつけて水流カッターのような使い方も出来る便利な生態だ。
そんな特別な強みがあるからこそ、それ以外は何も持っていない。
水を使わなければその足はとことん遅いし、触手の力も貧弱のへろへろだ。
そしてそのタコと連携を取るリュウジロウも、持っている力は一つきり。
『真っすぐ行ってぶった斬る』という、一直線の猛進力だけだ。
こういう時は、こうしよう――なんて器用な戦い方は出来ず、がむしゃらに突っ込み "五尺" もある特注の大太刀を目一杯振り斬るだけ。
だけど、強い。そうだから強い。
ただそれだけの……『真っすぐ行ってぶった斬る』だけを信条として、それ以外に目を向けないからこそ、その斬撃は格別だ。
いつでもどこでも渾身の一撃。それが燃える男、リュウジロウ。
そんなリュウも、そしてタコも。
レベルに不相応なほどの優れた点を一つ持ち、それ以外はからきしというピーキーな二人だからこそ、それを活かす事が出来さえすれば――――俺たちが持つ実力以上の、背伸びに至れる力を発揮出来るはずだ。
長所も短所もあるのは当然の事。
だから長所だけをぶつけるのが利口なやり方で、その方法を整える事こそが策ってもんだ。
「タコの突進力、リュウの打撃力。それらで『燃えるライオン』をよろめかせ、俺のアギトでがぶりと行く。その後は俺とキキョウでクラウド・コントロールをするから、ロラロニーはタコの管理、リュウは存分に暴れてくれ」
「合点承知の助ぇッ!!」
「私は? 動画の撮影役って事でいいの?」
「んな訳ねえだろ。まめしばはライオンの姿を確認後、巣に至る道のどこかで身を隠し、機をじっくり伺ってて欲しい」
「う~ん、確かに地形はわかってるけど……それってどうしてなのさ? 普通に皆と戦ってたほうがよくない?」
「『燃えるライオン』は、弓矢をたいそう嫌うらしい。弱点なんだかただの好き嫌いなのかは知らんけど……弓を構えた奴を見ると、一目散に喰い殺しにかかるらしいぞ」
「ひえ……なるほどねぇ。つまり、私の身を案じてくれたのかな? サクちゃんってば……やっさしぃ~」
「……ちげーよ。恐らく弱点なんだろうと予想して、その上で最も効果的な戦法を選んでるだけだ」
「……ふふふ」
「……何笑ってんだよ、キキョウ」
「いいえ? 何でもありませんよ? ふふふ」
◇◇◇
「今日も頼むぜぇ? 俺っちの大太刀……"武者走り"。俺っちとお前で繰り出す必殺の剣技『伝説の漢斬り』で、虎でもライオンでも……何でも真っ二つよ」
「相変わらず美しい剣ですね。不規則な波紋が芸術的ですらあります。流石は首都一番の鍛冶師によるもの、と言った所でしょうか」
…………地面を掘る。ならず者の技能【セタ】を発動させながら掘る。
『対象物の隠蔽効果上昇 / カルマ値減少 微量』の効果を手にして、黙々と掘る。
"3メートル四方、深さ2メートルの穴を掘る" なんてスキルがあったらよかったんだけど、この世界にはそういったものは無いからな。
数多くのVRゲームが存在する昨今において、スキルと言えば『目にも留まらぬ速さの剣で10回斬る』とか『連続で渾身の蹴りを放つ』とか、そんな物を指すことが多い。
しかし、そんな感じのいわゆる『技』と呼ばれるような、型にはまった一定の動きをするシステムは、Re:behindには存在しない。
この世界における技能という物は、あくまで補助的な役割しかない。
『一定時間すばやく動ける』とか『敵視を集めやすくなる』など、その全てが何かの行動をサポートするもので、それ単体で技として使用出来る物は無いんだ。
一部の職業……例えば道化師何かはまた別枠だけど。
そうである理由は知らないけれど、とにかくRe:behindってのはそういうゲームなのだ。
だから、アホのリュウが言う『伝説の漢斬り』なんてスキルも存在しない。そもそもそんなダサい名前の物が、存在していいはずもない。あってもリュウ以外誰も使わないとも思う。
「見てみてロラロニーちゃん! 凄いキノコがあったよ!」
「わ~、綺麗なキノコだね。火星人くん、食べる? あ~んして」
「……それは食べられる物なのでしょうか? 明らかに危険な色合いですが……」
そんな事を考えながらも、あっちこっちでわいわいとピクニック気分な奴らを尻目に……一人淡々と土を掘り返す。
…………いや、仕方ない事なのは理解してるんだけどさ。
スキルの効果を十全に発揮するためには、俺の手でトラップを仕掛けなきゃいけないっていうのは……わかってるんだけど。
クソ……なんか、寂しくなってくる。
みんなで楽しそうにしやがって。ちょっとは俺に気使えよ。
こういう作業が俺の役回りとはいえ、下準備やそれに伴う労働が大好きって訳でもないんだぞ。俺もそっちに混ざりたい。
「ねぇねぇ、サクリファクトくん」
「……なんだよ、ロラロニー」
そうして八つ当たりのように穴を掘る俺に近寄る、茶色い髪。
後ろ手に手を組んで、覗き込むようにしてくる彼女は――――ああ、一人で頑張る俺をねぎらいに来たのかな。
コイツはとぼけているように見えながらも、結構そういう所があるんだ。女の子らしい優しさというか、純粋に良い子と言うか……そんな感じのあたたかみが。
だけどまぁ、気を回さなくたって良いんだぜ、ロラロニー。
これは俺の仕事で、俺がやらなきゃいけない事なんだ。
だからその気持ちだけで十分だし、そのねぎらいには素直な感謝しかない。
「あのね」
「俺の事は気にしなくて大丈夫だぞ。これこそローグの仕事で、俺にしか出来ない物だから――――」
「キノコ、食べない?」
「……は?」
「赤地に白い模様のキノコだよ。はい、あ~ん」
「…………」
「どうしたの? あ、キノコ嫌い?」
「……そんな毒々しいモン、食う訳ねーだろアホ女」
「えぇ、ひどい~」
酷いのはどっちだ。てっきり気を回して手伝いにでも来てくれたのかと思ったのに。
何なんだよそのドギツい色合いのキノコは。なんかぬるぬるもしているし。
とぼけた女に間違った期待をした俺も悪いけど、なんだかとっても裏切られた気分だ。
「……もうあっち行ってろよ。土ぶっかけるぞ」
「こういうキノコは食べたらすごく元気が出るって聞いてたから、わざわざサクリファクトくんに持ってきたのに~」
「……誰に聞いたんだよ、そんなの」
「ん~、カニャニャックさんかなぁ? 忘れちゃった」
「…………」
カニャニャック・コニャニャック。面倒見の良いお姉さんで、マッドでヤバい錬金術師
ロラロニーと直接の関わりはなかったはずだけど……いつの間にか仲良くなってたのか?
まぁ、どこかで会って気が合ったりしたのだろう。女の子同士だし、男の俺にはわからない何かがあるのかもしれない。
……ともあれ、うちのやつに変な知識を植え付けるのは……よしてほしいな。赤地に白い水玉模様のキノコって、そんなもん食べて元気になったりする訳がないだろ。
◇◇◇
◇◇◇
「……来たかな」
「ええ、心なしか周囲の気温も上がったように感じます」
「俺っちの闘志がいよいよ吹き出して、空気もサカって来てるんだぜ」
「いや、それはねーよ…………っていうかさ」
「ん~?」
「リュウ、さっきの説明でよく理解出来たな。メジャーじゃない単語も言ったのに」
「いや、あんまりわかんなかったぜ?」
「……マジかよ」
「なに、結局の所俺っちがするのは、いつも通りの一つっきりだろ? 行って構えてぶった斬る。それさえわかれば、考えるのはもうおしめぇよ」
思った以上のアホな答えだったけど、実のところで真理ではある。ついでに言えば、リュウがそういう男ってのも策の内だ。
躊躇も怖じ気もない真っすぐ堂々な立ち合いで、とにかく推してくれればいい。
小狡い策や "妨害行為" は性悪二人――――『ならず者』な俺と『越後屋』のキキョウに任せて、ひたすら太刀を振るえばいいんだ。
そうやって足りない所を補い合えるってのが、MMOにおけるパーティプレイの醍醐味ってやつだよな。
「……まぁお前はそれでいいか――――っと、来たぞ。戦闘開始だ」
「やってやるぜぇ!」
「ふふふ、サポートはお任せ下さい」
「私たちもがんばろうね、火星人くん」
◇◇◇
木々の向こうの曲がり角から、のそりと現れた四つ足の獣。
一本一本が鋭く何でも噛み裂いてしまいそうな牙と、それを閉じる万力のような顎。
どっしりとした四肢が支える赤と黒の縞々模様の体は、しなやかさを感じさせながらも力強く。
「ゴルルルゥ……」
「やっぱデケぇな……」
「ああ……デカくて太い。王者である証だ」
厳しい弱肉強食の世界の中で生き抜いて来た証か、その体躯には傷が治った後に残るミミズ腫れのようなものすら伺える――――――
言うまでもない感じがしますが、この話の後に「プロローグその三 少し未来の彼らの日常」へと続く感じです。
話が進んでない感もありますが、次話からはおさらい感のある話ではなくなりますので、なにとぞご容赦感をお願いします。
・スキルについての補足
これまでに登場したほとんどのスキルが、サクリファクトが言ったように『能力の底上げ』のような物か、もしくは『スキルの力で何かを生み出す』物です。
それは今後も変わりなく、あくまでも補助効果の枠内に収まる物しかありません。
例として既出の技能のデータをのせておきます。
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・軽戦士
『はやぶさ』 キャラクターの動きを加速させる。隼。
『さみだれ』 片手剣の振る速度にボーナスが付く。五月雨。
『かげろう』 キャラクターの輪郭をブレさせる。陽炎。
『きょっこう』キャラクターの残像が影になって少しの間残る。極光。
・剣士
『斬鉄』 手にする剣に力を与える。
『不退』 力強くふんばり、外部からの衝撃を緩和する。
『疾駆』 脚力増強、効果時間がとても短い。
『一番槍』突き攻撃にボーナス。
・騎士
『銀盾栄誉紋章』銀色の盾を模した紋章を掲げる。喚び出すと背後に浮かび、周辺範囲内に防御効果。手に持って盾としても使える。
(あくまで紋章なので、デザインは盾の輪郭だけ。スカスカなので普段使いには向かない)
『鳳天舞の戦旗』赤い戦旗を喚び出す。周辺に自分のバフを分け与える。また、その範囲内において騎士道精神を持って行動したプレイヤーにはさらなる強化(正々堂々、名乗りを上げる等)。
(投げても手元に再び湧き出るが、本来は地面に刺すものであり、決して投げるものではない)
『銀剣突撃紋章』銀色の剣が交差する紋章を掲げる。喚び出すと背後に浮かび、周辺範囲内に筋力増強効果。手に持って剣としても使える。
(儀礼用の剣をモデルにしているため、刃が潰されている。物を斬る事は出来ない)
※全て効果時間があり、職業レベルが上がるにつれて長くなる(自らの意思でオン・オフが可能)。
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また、いわゆる「武技」「アーツ」「必殺技」と呼ばれるような物は存在しませんが、技名を叫びながら戦うプレイヤーは多くいます。
理由は二つ。「キャラクター性のため」と「味方に何をするのか伝えるため」です。
それについての詳しい話は、そのうち。




