第一話 未来の日
□■□ 東京都江戸川区 とあるアパートの一室 □■□
『リビハ界激震!』
『各地で亜人種モンスターが同時発生!』
『凶悪な力と強かな知性』
『そして多くのアイテムと魔宝石を所持するユニークモンスター!』
『危険度激高!』
『ダンジョンよりもハイリスク・ハイリターンなトカゲ狩りのすゝめ』
いつも通りの朝。
起き抜けの寝ぼけ眼で歯ブラシを咥えながらRe:behind系ニュースサイトを開くと、どこもかしこもそんな話題で持ちきりだった。
曰く―――― Re:behindに存在していなかった『人型っぽいモンスターが出た』と。
曰く―――― それは全世界のRe:behindでほぼ同時に確認された、と。
曰く―――― 独自の言語や道具を使いこなす知恵はあるものの、それを補って余りあるまでの凶暴性を持つ、と。
そして最後にこう締めくくられている。
『奴らは非常に好戦的である。プレイヤーを見かければ一目散に追い回し、容赦の欠片もなく鏖殺し、極めて残忍に死体を弄ぶ。異種族間交流の余地は一切無い。殺されたくなければ、先んじて殺すべし』
それはさりげない無告知アップデートなのか。それとも時間経過で発生するよう設定されていた、予定調和のイベントなのか。
『その世界に生きているモンスター』は居ても、明確な敵対種族が存在しなかったRe:behindに突然湧き出た、はっきりとプレイヤーを脅かす者たち。
そのモンスター達はまるでRe:behind世界の外から来たようで――――それゆえ『外来種』と呼ばれる事となった……らしい。
寝る前にチェックした時はこんな話題なんて欠片も出ていなかったのに、すでに呼び名や上手な狩り方までが記事になっているとは…………俺が寝ていた6時間で、随分と話が進む物だ。
これも『ゲーム内は体感時間が10倍に加速される』仕組みによる、世界が呼吸する速度のズレによるものなのだろうか。
俺が寝ていた6時間は、あっちの世界じゃ60時間……凡そ3日だもんな。
そんな所から『少しダイブアウトして居眠りしてたら、テーブルのステーキにカビが生えた』なんてジョークもあるくらい。
まぁ、でもそんなのは、俺たちパーティには関係ない話だろう。
なにせ俺たちは初心者の――――いや、もう『中級者』だったか。
だけど、どっちにしろ、そんな冒険はまだ早い。
まだまだこれからの俺たちだから、とりあえずの今は……近場の "超えるべきもの" に目を向けよう。
◇◇◇
□■□ 首都南入り口付近 草原エリア □■□
「こんにちは、【七色策謀】のサクリファクトくん。今日は良い日和ですね」
「……天候はエリアに紐ついた物で、気候の変化は無いって聞くけど」
「はい、その通りです。ですので、"私の心が晴れやか" という意味にしておいて下さい、ふふふ」
パーティメンバーのキキョウがそんな事を言いながら、一人で含んだ笑いを漏らす。いつも通りに糸のような細目の奥で、紫色の目を光らせながら。
【外国の越後屋】という変わった二つ名の原因となった金髪が、くるくるとしたくせ毛のままに小さく揺れて、柔らかく照らす作り物の太陽光で控えめに輝いた。
「いよいよ勝負の日が来ましたね。柄にもなく胸が高鳴ってしまいますよ」
「なんか意外だな。キキョウが目指すのは商売人としての大成なんだし、戦いはそこまで好きじゃないかと思ってたけど」
「……本来であればそうなのですけどね。しかし今、互いが互いを補い合うこの5人でもって、より強大な敵に立ち向かえる事で感じられる……はっきりと見える我々の成長が、何より嬉しく思えるんです。遂にここまで来たのか、と」
「まぁ、そうかもな。俺もお前もあいつらも、気づけばメイン職業のレベルが10を越えた『中級者』だし。鬼角牛に怯えてたあの頃から比べると……随分成長したもんだよなぁ」
このフルダイブ式MMO『Re:behind』におけるレベルという物は、経験値を積んでテレッテ~と上がるような物じゃない。
プレイヤーの集落に存在する『職業認定試験場』と呼ばれる施設で試験に合格し、力を認めてもらう事で一つずつ上がっていく……いわば、段位のような物だ。
そんな独自のレベルシステムは、『1』の価値を大きくした。
初期レベルから一つ上げるだけでも平均30時間のゲームプレイがかかるほどに『プラス1』にかかる労力は膨大で、金・力・知識の全てを揃えないといけないその仕組みは、やりがいと達成感を存分に味あわせてくれる。
また、そんな『大きい1』のおかげで、確認されている最大レベルは25~30ほどでしかなく、多くのプレイヤーがそこまでに至る事のない……10~20程度でいるのが現状だ。
そんな訳で、プレイ開始から二ヶ月ほど経過した俺たちは、遂に先日レベル10――――初心者である『一桁レベル』を卒業し、中級者の仲間入りを果たした。
名だたるトップ層からしたら、まだまだ殻を頭に乗せたひよっこも良いところだけど……積み重ねてきた確かな成長を、レベルという保証で認められた "やってやった感" を得るぜ。
「懐かしいですね。サクリファクトくんが少年のような心意気で鬼角牛に立ち向かったあの日は、今でも鮮明に思い出す事が出来ますよ」
「……そこは忘れてくれても良いんだけど」
「ふふふ……そんな事もあったからこそ、今の私たちがあるのです。何物にも代え難い、黄金色に輝く思い出ですよ」
「……あっそ」
「ふふふ」
そんな話をキキョウとしながら、首都南に広がる森に目を向ける。
所狭しと木々が立ち並び、出口などはなく無限に続くとも思えるほどの大森林……首都南の森。
首都がプレイヤーの支配下、この草原がプレイヤーの管理下とするのなら――――あそこは野生が支配・管理をするエリアだ。ウサギにカエル、牛とオオカミなどが生息する自然のエリアであり、それと同時に様々な恵みをもたらす祝福のエリアでもある。
出現するモンスターは様々で、『白羽根ウサギ』や『顔なしオオカミ』、そして旅する『伸びるカエル』が立ち寄ったりもすれば、『歌う小鳥』が ぴいちく鳴いたり…………姿形や生態がとにかく多種多様なモンスターが生息している。
そんな厳しい自然の森は…………実は意外と、危険度は低かったりする。
ぱっと見鬱陶と生い茂る深い森ではあるものの、一本一本が太すぎるほどの大木なのでその間隔は広くとられ、歩き辛さもそこまでは感じない。更には毒虫や毒蛇などの小さな生き物も生息していないので、大きなサイズの生き物にだけ警戒していれば良い気楽さがある。
その上浅い所で遭遇するモンスターのほとんどが非交戦的で、"何もしなければ何もされない" という平和な世界になりがちだ。
一応、強力なモンスターもいる事はいるが、どいつもこいつも森の奥深くで息を潜めているだけで、浅い所に入るだけなら大体無害だ。奴らはじっと獲物を待つばかりで、無闇に殺し散らしたりはしない。
そのおかげで上手い具合に『初心者は浅い所、自信があるなら深い所』というような住み分けが出来ており、新米から熟練者まで様々な進行度のプレイヤーがひっきりなしに足を踏み入れる場所となっている。
そんな、まるで古いRPGのように都合よく出来た狩場がこの森だと言われているけど…………。
何にだって、例外ってものはある。
本来深部に居るはずの――――『森の生態系の頂点』が、初心者プレイヤーの血肉を求めて、昼夜を問わず徘徊している…………そんな例外が、あったりもする。
それはよっぽど珍しい出来事で、それゆえ対処に困る人たちが多くいたりして。
そんな時は例外的に『職業認定試験場』の掲示板にクエストを張り出したりするんだ。
そしてそんな例外が――――今日の俺たちの、お目当てなのである。
◇◇◇
「お~い!! サクの字よ~い!!」
「お、来ましたよ」
「……リュウたちにしちゃ、約束通りの時間だな」
「大方、余裕を持ってダイブインして、どこかで時間を潰していたのでしょう。ロラロニーさんも一緒ですしね」
「……なるほど」
大きく開かれた首都の南口から、それに負けないくらいの大きな口を開け、ここら一帯に響かせるような声で呼びかけてくる赤髪のアホ面が見える。
その隣には青い長髪を後ろでまとめた姿の女と、茶色い髪をふわふわ揺らす とぼけ面。
俺のパーティメンバーのリュウジロウ、さやえんどうまめしば、そしてロラロニーだ。
「おうおう! 待ったか!? よっしゃ行こうぜ! いくぜいくぜ! オラオラ、出発でぃ!!」
「開口一番なんなんだよお前は……せわしなさすぎるだろ。ちょっと落ち着けよ」
「遅れてごめんね~ロラロニーちゃんのタコが行方不明になっちゃってさ」
「どこかで落としちゃったみたいで、慌てちゃったよ~」
そう言って白い軟体動物をぎゅっと抱きしめるロラロニー。心なしかタコは息苦しそうで、真っ白い体を薄っすらピンクに染めている。
実際のタコには存在しない、性格の悪いアニメキャラクターのような二つの目が、こちらに何かを訴えかけるように視線を送って…………正直な所、このタコめっちゃキモいと思う。
その異質な姿に仄かな感情を漂わせる目の表情……ロラロニーが言う『火星人くん』という名付けも納得な、地球外に棲む知的生命体っぽい不気味さなんだよなぁ。
「……調教師のペットってさ、プレイヤーとパスが繋がってて、どこにいるのかぼんやりわかるんじゃなかったっけ?」
「うん、本当はそうみたいなんだけど……火星人くんは違うみたい。どこにいるかも全然わからないし、私がダイブアウトしてる間もどこかで何かしてるみたいで……ちょっと変わってるんだ」
「不思議ですね。ペット化したモンスターは、主の調教師のダイブアウト時にこの世界から一時的に消失し……主人のダイブインと共に現れると聞きますが」
「そんなんアレだろ。タコだからじゃねぇの?」
「……いやいやリュウ、どういう理屈さ~。動画撮ってるんだからね? あんまり変な事言うと、またコメントで『この赤いやつアホだな』って言われちゃうよ~?」
「タコじゃないよ、火星人くんだよ」
「ふふふ」
いつも通りだ。
ロラロニーが変な出来事を持ち込んで、リュウがそれにアホを言い、まめしばがそれをカメラで撮って、キキョウが気味の悪い笑いを零す。
そして俺は、そんなみんなをこうして隣で見てるんだ。
「いけ好かねぇよなぁ、コメントでねちねち言ってよぉ。直接言って来いってんだ」
「直接言われたら、リュウはどうするのさ?」
「そんなの決まってんだろ?『次からは俺も口に気をつけるから、お前も悪口は勘弁な』って言って、まるっと仲直りよ」
「ふふふ、私はてっきり殴り合いでも始めるのかと」
「馬鹿言うなぃ。俺っちの拳は、男を張る時の為だけにあるんだぜぇ」
「……今の良いね、リュウ。カメラに向かってもう一回言ってよ」
「あ、あぁ? カ、カメラに?…………しゃあねぁなぁ……お、お、お、おれっちの、こ、ここここぶしは……」
「あははは! アガりすぎ!」
たまたま招待チケットのダイブイン初日が重なっただけの五人で、何の気なしに一緒に遊んで……気づけばすっかり固定パーティとなっていた。
天地に名を轟かせたい奴、動画投稿で一旗あげたい奴、この世界で経済を回したい奴、なんかとぼけた奴。
誰も彼もが向いてる方向はバラバラなのに、自然と歩みは揃っていたんだ。
そうして今では、一緒にいるのが当然のような存在となった。
俺の中でのRe:behindというゲームは、この五人で遊ぶVRMMOだとすら思ってる。
こいつらがいなければ面白さは半減するし、そうまでやる気にもならないという物だ。
「何やってんだよお前らは……。とりあえず、ここでこうしててもしょうがないし、ぼちぼち行こうぜ」
「ふふふ、そうですね。報酬が手ぐすね引いて私たちを待っていますよ」
「よっしゃ! いよいよ俺っちの成り上がり道の、栄えある第一歩が始まりやがるのかぁ!」
「矢、よーし! 弓、よーし! カメラ、いつでもよーし!」
「パン買ってきたから、終わったらみんなで食べようね」
だらだら過ごしていた日々の中に、不意に届いた『Re:behind招待チケット』。
始めた理由は暇つぶし。何の目標もなく、ただちょこっと様子を見て飽きたらやめよう、なんて考えていた俺だけど。
今の俺にとって、この仮想現実は……無くてはならない物になっている。
だから、頑張ろうと思う。精一杯やってみようと思う。
駄目なら駄目で、それでいい。失敗したって、それはそれ。厳しい世界で生きた証だ。
一生懸命本気で遊んで……名を上げ、強さを求め、金を稼いで――――仲間と笑う。
そうやって本気を出すのが格好悪くない、真剣に情熱を持って遊ぶ事が許されるVRゲームだから……だから最高に楽しくて、燃えるんだ。
現実世界では無個性で平凡な、人混みに埋もれる極々ありふれた存在だけど……ここでは『サクリファクト』という、唯一無二のキャラクターだから。
精一杯の自分らしさで、俺なりに全力で頑張るんだ。
「名うての強者とガチンコたぁ、この【腹切り赤逆毛】のリュウジロウ、爛々と燃えたぎるぜ!」
「ふんふふ~ん♪【必中動画投稿者】的には、撮れ高の予感しかしない~♪」
「討伐後は『獣の木炭』の回収も忘れずに行いましょう。今は首都で飽和しているので、少し寝かせて、枯渇状態まで待ってから高値で売るのもいいですね。何しろ私は――――【外国の越後屋】なので。ふふふ」
「うわわ、火星人くん、絡みつかないでよ~。私は【ネズミの餌のロラロニー】で、タコの餌のロラロニーじゃないよ~」
「……さぁ、行こう。無茶で無謀な下剋上――――『燃えるライオン狩り』の、始まりだ」
例え相手が明らかな格上であろうとも、この【七色策謀】サクリファクトの小狡い策で、力量差なんて覆してやる。
そうして斜に構えたまんまの俺で、本気でゲームをプレイする。
最高の仲間と、一緒にさ。




