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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第三章 彼のものを呼ぶ声は
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閑話 街のヒール屋さん






 "ヒール屋" という職業がある。


 職業と言っても、それは生業のような意味合いであって、『職業認定試験場』で得られる職業ではない。

 "ヒールをして、報酬を得る" という職業(稼ぎ方)だ。

 わかりやすく言い換えるなら、"治療屋さん" と言った所だろうか。


 そんな職業で、私は――プレイヤーネーム『とりねこのえだ』は、生計を立てている。



 ちなみに、名前の『とりねこ』は、誤字だ。本当はトネリコの枝だ。



     ◇◇◇



□■□ 首都中央噴水広場 □■□




「ええと……左手の小指と薬指ですか」


「おう。雑魚に油断しちまってなぁ」



 まるで野盗、そんなお客さんの手を握る。

 僅かに私の手を握り返して、指ですりすりしてくる。正直言って気持ちが悪い。


 発情をしてるのだろうけど、それは別のところで発散して欲しい。

 ヒール屋は、()()()()()()()は、やっていない。




「でしたら……8000ミツですね」


「……はぁ!? そんなに取るのかよ!?」


「それが相場ですので」


「ふ、ふざけんなよっ!」




 私の提示した金額に、馬鹿を言うなと叫ぶ男。

 仕方がないじゃない。それがこの『元・聖女の広場』のルールなんだから。




「たかが指二本失くした程度だろ!? ちょろっとヒールすりゃ治るんだろ!? そんで8000……リアルで5000円くらいだと!? 馬鹿じゃねぇのか!?」


「しかし、欠損の治癒にはそれなりの魔力が必要ですので……」


「魔力なんてちょっと待ってりゃ回復すんだろ! 舐めてんのかボルァ!」




 たまにいるんだ。こういう世間知らずなプレイヤー。

 ついでに言えば、本日のミツの取引価格は85,16円。つまりリアルでは約6800円だ。

 世間のみならず数学も知らないらしい。




「ご納得頂けないようでしたら他所へどうぞ。恐らくどちらでも同じ金額を提示されると思いますけど」


「……はっ! 馬鹿らしい! 自然治癒に任すっつーの!」


「そうですか。またのご利用をお待ちしております」


「誰が来るかよ! この場でだけは偉そうにする、性悪クソヒーラーがっ!」


「…………」




 ひどい言い様。私たちがボランティアだとでも思っていたのだろうか?

 私たちはただここで、あなたたちがモンスターを狩って稼ぐのと、同じ事をしているだけなのに。




     ◇◇◇




 ヒーラー。回復役。

 僧侶(クレリック)の職業を取るもの。

 それは明確に不人気だ。


 それもそのはず。僧侶(クレリック)という職業は、攻撃する手段も、身を護る術も持たないのだから。

 唯一回復のスペルが出来る、と言えば聞こえはいいけれど。

 言ってしまえば、回復するしか能がない者。持ちうる能力が限定的すぎる存在。


 ちなみにそんな不利をカバーするため、僧侶(クレリック)と合わせて範囲強化魔法エリア・バフ・スペルや少しの攻撃技能(スキル)を持つ "司祭(ビショップ)" を取得する人もいたりする。

 いたりもするけれど。

 殆どの人は、そこまで手が回らない。


 何故なら、私たちの最大であり唯一のメリットである『ヒール』という物は。

 他の事に一切構っていられないほどに……手間がかかる物なのだから。




 このRe:behind(リ・ビハインド)における魔法(スペル)の効果量は、スペルによって起こる出来事をイメージする力が重要になる。

 そうなってくると、回復のスペルというのは複雑だ。

 なにしろ仮想とは言え、きちんと出来た人の体を()()()()というのだから。


 壊れる前をよく知らなければ、元に戻す事も難しくなる。

 治る過程をわかっていなければ、それを想像する事すら出来ない。

 完成図を知らないジグソーパズル。

 作る手順がわからないプラモデル。

 それらは往々にして、とても難易度が高くなるのだ。



 そういう訳で、ヒールの効果を上げる為には、経験と学習が必要になる。


 人の体を理解して、傷口を観察し、治る過程を学んで。

 兎に角ひたすらヒールをかけて、治す経験を積み重ねて。

 そうして幾度も繰り返し、『こういう感じですればいい』と理解していく事が肝要だ。



     ◇◇◇




 また、そんな『結果』をどのように願うかは――どこまでも自由。

"血管から神経、筋繊維と骨や脂肪、それら一つ一つ つぶさにを作り直す" と考える人もいれば、ひたすらに "いたいのいたいの、飛んでいけ" とだけ願う人もいる。


 前者はわかるが、後者は曖昧すぎないのかな? と思う所ではあるけれど

『燃えるとは物質の酸化であり、本質的には光と熱で行われる物ではなく、猛り狂う炎は燃焼反応による副産物でありその連鎖である』と思考する人と

『とにかく熱くて激しい火の玉で、ふれる物をみな焼き尽くせ』と願う人もいたりするし、どちらが間違いと言う事でもない。


 単純に言ってしまえば

 "自分の意思によりスペルが発動し、それによってなんか良い感じになる"

 という現象を、自分がどのように納得するのか……ってだけの話なのだ。



 勿論、ヒールを唱えながら "焼き尽くせ" なんて言っても、効果は無い。

 教わったスペルにしても、自分で編んだスペルにしても、詠唱と魔法名にきちんと筋が通っていなければ、スペルの発現は()()()()()()


 毒を、と言えば命を蝕み……大地を、と言えば地面が揺れる。

 きちんと整えられた思いと言葉、それを並べる事で詠唱となる。


 つまるところ、整合性が無ければ一蹴するのが……この世界のスペルのカミサマなのだ。



 絶対無いとは思うし、ありえない仮定ではあるけれど……『ヒールで頭を吹き飛ばしてやる』と願ったって、そんなの発現する訳がない。

 まぁ、そんな事しようとする人なんて、絶対いないと思うけど。




     ◇◇◇




 そしてもう一つ、普通のスペルキャスターとは違う、重要な事がある。


 僧侶(クレリック)の職業試験を受ける時、始まりに必ず言われる言葉。


『ヒールとは、身体に直接影響を及ぼすスペルである』

『力によって、身体を直接書き換えるスペルである』

『それ故、儚いスペルであるべきなのである』


 初めは意味がわからなかったけど、今なら理解出来る。

 炎のスペルは炎を生み出し、()()()()()()()()()()()もの。

 風のスペルは風を生み出し、()()()()()()()()()()もの。

 ヒールは――――()()()()()もの。


 炎や氷とは根本的に違う。

 あえて言うならヒールとは…… "消し炭になれ" と願って、ノータイムで灰にさせるようなものだ。

 炎を生み出し、それによる影響を与えるのではなく……過程を飛ばして "灰になる" という結果だけを願っているのが、ヒールという存在なのだ。


 だから、儚く弱々しい。燃費は悪いし、使い勝手も最悪だ。

 だけど、それもそのはずなんだ。


 ヒールのような圧倒的な力が誰にでもすぐ出来るのなら……直接身体に影響を及ぼす事が簡単な世界だったら。

『砕け散って死ね』と言うだけで相手がバラバラになって死ぬスペルですら、いとも簡単に発現してしまうのだろうから。




     ◇◇◇




 さて。それはともかくとして。

 それでは、人体を直す『ヒール』はどのようにしてイメージを固めればいいのか。

 怪我が治る過程をじっくり見る機会なんてないし、想像するのも難しい。

 とにかく漠然と "体調が良くなれ" なんて思うしか出来ないから、効果を高めるにはひたすら経験を積む必要がある。


 つまるところ、僧侶(クレリック)とは。

 癒やす為に必要な、人の体が傷つく事を嫌う精神と。

 熟練の為に、自分が癒せる傷をひたすら求める心が同居する。

 そんな、複雑な心持ちの職業が、ヒーラーという存在なのだ。




 自分で自分を癒やしてヒールの熟練を上げるにしても、外に出るにはまた別の職業が必要になるし。

 他の職業試験に手を出していて、ヒールの効果を明確に上げる僧侶(クレリック)のレベル上げが出来ないとなったら、それは本末転倒だ。


 だけれど回復魔法のみでは戦いが出来ないから、怪我を診るにはどうしたってパーティを組む必要があって。

 パーティを組んで冒険するにしても、そもそもそこまでの怪我をする事が少ないし、ヒールの燃費が悪い為に遠征向きでもない。

 魔力ポーションはすこぶる高いし、魔力の自然回復には静かで安らかな長時間の瞑想が必要なのだから。




 ……一応、魔法職になった時に教わる『マナ・チェンジ』という技能(スキル)もあるけれど…………。

 それを使う人は、はっきり言って一人もいない。皆無だ。


 何故ならそれは『体を代償にして、魔力に変換するスキル』であり

 自分の意志で自分を傷つける――――『自傷行為』に該当するのだから。


 このRe:behind(リ・ビハインド)における自傷行為は、それはそれは大変な物だ。

『マナ・チェンジ』を使った人は、苦悶の表情で叫び声を上げながらのたうち回って、体中をかきむしりながら地獄の苦しみを味わうらしい。

 使ってすぐにダイブアウトして、余りの痛みに嘔吐や過呼吸などを引き起こし、()()()()()()()()()…………病院に運ばれる人もいたりする。


 禁忌にふれる、最終手段にも使えないほどのスキル。

 それが『マナ・チェンジ』。




     ◇◇◇




 さて。

 そこまでではないにしても、ゲーム内キャラクターの怪我によって痛みのフィードバックがあるこの世界では、人々は怪我を嫌う。

 勿論痛覚フィードバックは軽い物だし、必要な時はリスクを背負うけど……日常的に怪我をするような冒険には出かけない人が大半だ。


 それもそうだとはっきり思う。だってそんなの、当たり前なんだから。

 誰だって痛いのは嫌だし、誰だって自分の一部が失くなる所は見たくないに決まってる。

 だから、基本的にこの世界のプレイヤーは、決して無理をしない。




 その結果、ヒールは "できる機会があまりない" ものとなる。

 パーティを組んでも、"できる仕事がほとんどない" 場合が多い。

 ただぼーっとしているだけで、する事もないままに、周りがめきめき力をつけて置いてけぼりにされてしまう。


 そもそもそんな"パーティ内無職(ヒーラー)"を、わざわざパーティに入れる人は少ない。

 それもそのはず。無駄飯喰らいを養うくらいなら、無理をしないで程々に冒険し、ちょっと怪我をしたら即帰ればいいだけなのだから。

 どうせ現状プレイヤーによってマッピングされた範囲は、首都からどちらの方角に出ても、1時間もあれば端っこまで行けてしまう程度でしか無いし、それゆえいつでも気軽に帰れてしまうという所もある。


 しかし、それでも、たまにだけれど……どうしても怪我を治したい時だってある。

 擦り傷、切り傷、打撲症に動悸と目眩などはそこまで影響は無いだろうけど、体のどこかが駄目になってしまえばそれは戦いにおいて致命的で、治るまで何も出来なくなってしまう。




 ではその場合、どうするか。

 取れる選択肢は三つある。



 一つ目は『アイテムの使用』。

 治癒のポーションを使えば、怪我は治る。欠損は治らないけど、体は良くなる。沢山のお金がかかる事以外は、最も手軽で便利な方法。



 二つ目は『自然治癒』。

 あのデスペナルティと同じように、ゲーム内時間で1日立てば、肉体の損傷は元通りになる。

 ダイブアウトでも治癒は進むので、酷い怪我をしたらダイブアウトするプレイヤーは多く見られる。



 そして最後に『ヒール』。

 我ら僧侶(クレリック)の手によって、魔法スペルで治癒を試みる手段。


 そして、その選択肢を取る者と、それを求める我々ヒーラーによって形作られたのが――――ここ『元・聖女の広場』に存在する、ヒール屋という職業。




     ◇◇◇




 簡単な商売だ。

 ヒールをする――お金を貰う――はい、さようなら。それだけの事。

 手間や症状の酷さによって、こちらのスペルと魔力も変わってくるから、それに応じた金額を要求する仕組み。


「これを治して」

「○○ミツです」

「わかりました」

「はい、ヒール」


 それをするだけの商売で、なくてはならない存在だ。



 戦いに行くプレイヤーは、自然治癒を待たずして、仕事をしないヒーラーをパーティに加える事もなく、再度冒険に出発出来る。


 我々僧侶(クレリック)は、ヒールの練度を上げながら、日々の暮らしを支える小銭を稼げる。

 誰もが利を得る、とても優れた市場。




 そうであるからこそ、相場はきちんと決められている。

 基準となる値が定められていて、そこからミツの市場価格や情勢によって上下する物で、それはこの広場のヒール屋を取り仕切るような存在によって決定される。


 特別に安くしたり、異常にふっかけたりすれば、そのプレイヤーはここでの商売を出来なくされる。

 場を荒らす者として晒され、仕事を妨害され、客を横取りされるのだ。

 そうして明るい場所を追われたヒーラーが、どこぞで『闇ヒール屋』を営んでいるとか、いないとか。




     ◇◇◇




 そういう訳で、私はヒール屋を営んでいる。

 名前は未だ売れず、ヒールの力もまだまだ半人前だ。


 だけどいつかは、あの『元・聖女のチイカ』が【聖女】と呼ばれていた時のように、誰もが群がる――――この広場に咲いた大輪の華のような――――存在になりたいと思っている。



 だから私は、今日も『ヒール』を詠唱するのだ。



「 "私の魔力が減り、ヒールの効果が発動し、傷病は治る" 『ヒール』」







 …………詠唱がつまらない? 色気が足りない? 愛がない?

 どれもこれも仕方のない事。何しろヒーラーというのは、とても大変な職業なのだから。


 心の安寧に色気や愛情。

 それは別のところで発散して欲しい。

 ヒール屋は、()()()()()()()は、やっていない。




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