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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第三章 彼のものを呼ぶ声は
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閑話 死灰再燃

□■□ Re:behind(リ・ビハインド) 首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』 □■□




「…………」

「…………」




 からん、と音が鳴る。俺の手にする鉄マグカップと、中の氷とがぶつかる音。

 それがひどく響き渡るほどに、静かな店内。俺とカニャニャックの、二人きり。


 それは平常の事であり……ここ最近においては珍しい空間だった。




「…………」

「……当てようか」




 透明度の低い白濁りしたフラスコをくるくる回し、その内にある液体で渦を作るカニャニャックが、ぽつ、と呟く。

 相も変わらず汚れた白衣と毒液のような髪色の女……そんなソイツが放つ視線は、俺にぴたりと合わさって。

 疑問系に見せかけながらも、この先を聞かぬという選択は許さない……そんなふてぶてしさすら感じてしまう。




「……『あいつが元気になってよかった』」

「…………」


「『トラウマを乗り越えられてよかった』」

「…………」


「『心から笑顔になれてよかったし、今後もRe:behind(リビハ)が出来るようで、何よりだ』」




 人の心を見通すその目は、今この時も曇っちゃいない。

 俺の思考をすっかり掌握し、わかりやすく言語化する。


 嫌になるくらい、正確に。




「…………『それをしたのが、自分でないのが……悔しくてたまらない』」




 ああ、本当に――――嫌になる。




     ◇◇◇




 ハラキリ。あの赤い髪の男の、滅茶苦茶な行為。


 はっきり言って、それは愚行だ。まともじゃねぇし、馬鹿すぎる。

 そんな選択肢が思い浮かぶだけで異常だし、現実にそれを実行するってのは尋常ならざるイカれとしか言えない。


 だけど、それが良かった。

 常軌を逸していたからこそ、サクリファクトの心に響いた。

 理解不能な行動による、追随を許さぬクリティカルな出来事だった。


 その衝撃と、意外さと、そして何より籠もった想いが……アイツの心を打ち鳴らした。

 強引すぎるやり方で手を引いて、無理やり立たせて背を押した。


 明らかな愚行で、絶対に真似出来ない――――そして完膚無きまでの正解。

 サクリファクトを元気づける、たったひとつの冴えたやりかた。


 それが思いつかなかった自分が、思いついたとて出来なかったであろう自分が……何より不甲斐ない。




「……正直な所、ワタシも驚いたよ」


「……ああ」


「無茶だよ、馬鹿げてる。下手すれば精神が壊れてもおかしくない程の、強烈な痛みであっただろうに」


「…………そうだな」


「今日の為に、()()()()()()()のだろうね。小さい事から始め、腕や足、首や顔――――そして遂には、お腹を裂いた。そこには確かな "経験(痛み)" の積み重ねが見える」




 ……俺がこの世界に来たばかりの頃。

 興味本位で手にナイフをぶっ刺して…………信じられないくらいの激痛を味わった。

 そこにあったのは、油断と未知。仮想現実ならそこまでではないだろうという侮りと、痛みのフィードバックという未経験の事象に対する構えの無さ。


 脳に直接送られるその "痛い感覚" は耐え難く、のたうち回って痛がった。

 皮が裂かれ、肉を押しのけられ、骨に傷が付き、神経がブチ切れ、血管が蠢く……そういう感覚を、とことん頭に刻まれた。




 …………アイツは、あの赤い男は。


 幾度、自分を傷つけた? 腹を切るに至るまで、何度痛みを乗り越えた?


 それもこれも全部が全部……友の為。サクリファクトの為。


 悔しいけれど、認めざるを得ない。俺はアイツに……嫉妬した。




「……マジな話…………すげぇよ、アイツは」


「ああ、そうだね。凄いよ。本当にね」


「……俺には、出来ねぇ」


「ワタシも無理だよ」


「出来ねぇ……出来なかった…………何も、してやれなかった」


「…………」




「俺だって……俺だって "サクリファクト(アイツ)" の為に、何かしたかった」




 悔しいんだ。

 赤い男が凄すぎて。本当の親友である証拠を、まざまざと見せつけられて。

 自分とサクリファクトの関係の()()を、思い知らされるような気がして。


 俺だって……友達を…………しっかり支えたかったんだ。




     ◇◇◇




「……で?」


「……あぁ?」


「だから、何なのかな? そうしてうじうじ悔しがってるだけなのかな?」


「お、俺は別に…………」




「サクくんの友達にみっともなく嫉妬して、俺はだめだ~だめなんだ~って泣いてるんだったら、鬱陶しいから違う所でやっておくれ」


「……んだと、てめぇ」


「だってそうだろう? 顔を伏せて雰囲気出してさ。俺は無力だぜ~なんて背中で語って…………こんなにみっともない事も、そう無いよ」


「…………チッ」


「ワタシが元気づけてくれるとでも思ったのかい?『ダイジョウブだよ、マグリョウは精一杯やったよ。キミはとても頑張り屋さんで、そこには結果が伴わなくても良いんだよ』とでも言って欲しかったのかい?」


「…………」




 冷たい顔で、俺を突き放すように言うカニャニャック。

 ふざけた事を言いやがる。俺が甘えているだって?


 とうとう違えたな、精神科学者。俺は甘えてなんかいねぇ。


 俺が考えている事は……ただ、ただ一つきりで…………。




「……当てようか」


「…………」


「『今後、どうすればいいのか。アイツの一番であるには、何をすればいいのか』、そう考えているね?」




「……そうだよ」


「『だけど俺にはわからない。どうしたらいいか、わからない。コミュ障だから、わからない』」


「…………クソ」


「だったら、どうするんだい。【死灰】マグリョウ、【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】」







「…………頼む。カニャニャック。俺はどうすればいい。何をすべきか……教えてくれ」


「……何のために?」


「………………友達のためで、俺のためだ」


「くふふ、良いね。素直でよろしい」




 わかっていながら、態々言わせる。

 人の心を見通すその目は、いついかなる時も曇らない。


 ああ、本当に……嫌な奴だ。




     ◇◇◇




「まず始めに、一つ言おうか」


「……ぁんだよ」


「マグリョウ、【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】…………キミの【死灰】ってさ」


「……?」




使()()()()()()


「――――ッ」




 頭がカっと熱くなる。

 コイツ、よりにもよって、それを言うのか。

 俺が俺たるその二つ名を、そうして悪し様に言いやがるのか。




「てめえ、カニャニャック。俺の【死灰】を馬鹿にするか」


「うん」


「……いくらてめぇだからと言っても、それは許されざる事だぜ」


「でも、事実だよね」


「上等だ、そんなに俺を怒らせたいなら――――」




「見つめなさい、マグリョウ。キミの【死灰】は、弱い」


「…………そんな事は」


「もっと言うなら――――――()()()()


「……何?」




     ◇◇◇




「例えば【正義】、その元の名と効果を知っているかい?」


「……知らんが」


「元々あれは【勘違い正義女】という名だった。『正義を信じて何かする時、赤いオーラが湧き出る』だけだった。ステータス補正なんかは、存在しなかったんだ」


「初耳だぞ」


「Wikiにも記載されているよ。初耳なのは、キミの耳が遠かっただけさ」


「…………」


「更には【天球】…………あれは元々【高機動魔法少女光球型】という名前で始まり、効果は『光球の持続時間が微増する』だった。それはよっぽど些細なもので、今ほど使い勝手の良い物ではなかったんだよ」


「…………」


「二つ名は、一定ではない。呼ばれるほどに名が変わり、徐々に短く簡潔になるにつれ、その名に応じた効果が膨らむ…………名前も効果も、不変の物ではないんだ。移ろい続ける不定のギフト――――良きも悪きも内包するけどね」




 知らなかった。

 あいつらの二つ名が、元は違う名前と効果であった事なんて。


 ダンジョンさえあればよかった俺にとっては、そんなのどうでもいい事だったし、調べようという思いすら全くなかった。知った所で "だから何だ" としか思えなかっただろうしな。


 だけど、今知り。

 ならば、わかる。


 俺の【死灰】は……ずっと変わらぬ()()()()()()()でしかない、ちっぽけな物だと言う事実。




「キミの二つ名は……【死灰中毒変態虫フェチ野郎】から変化を経ても、ずっと変わらぬ効果の物だ。『灰のオーラを身に纏い、認識阻害を発生させる』というだけの、ずっと変わらぬ矮小な効果」


「…………」


「だから、使えないと評するのさ。ただモヤモヤするだけの、貧弱な特性だ」


「……そう、かもな」




「――――でも、ワタシは違うと思う」




「…………何?」


「キミを見ていて常々思った。【死灰】は、違う力を持つ。その名の通りの、もう一つの力を……()()()()()()()()。キミがそれに気付いていないだけでさ」




 俺の二つ名に、違う力?

 俺が知らない俺の力があると、そう言うカニャニャックは。


 いつも通りに、全てを見透かす……いけ好かない目で、俺を見た。




     ◇◇◇




「そもそも、自分で気が付かないかな?」


「何をだよ」


「キミが灰を撒いた時……その灰色なエリアの、異常さに」


「異常さ?」




「キミが軽戦士(フェンサー)の早足で、縦横無尽に動くというのに…………灰が停滞し続けるその場のおかしさに」


「……何が言いたいんだ? 迂遠なのはよせよ」




「……フゥ~」


「――――っ!? んだよ、急に息を吹きかけやがってっ」




「風さ」


「あ?」


「キミが動けば、空気も動く。煙も埃も……灰の塵さえ吹き飛ばす、風の流れが起きている筈なんだ」


「…………え?」




「だと言うのにさ。キミの周りは、まるで何事も無いようなままに灰が舞う。それは現実に限りなく近いこの世界において、とても異常な事なんだ。普通だったら、灰は散り散り消えさえって、ああまでその場を染め上げない。物理的に考えるならね」



 ……身震い。

 背筋に寒気が走り、思わず自分の右手を見つめた。


 …………【死灰】。俺の名。俺の生き様。

 その名の中に、違う響きを感じた気がした。



「そのおかしさは、キミが望む物だ。 "俺を隠せ" と、キミが願っている事だ。だからワタシは結論付ける。キミは【死灰】で、灰を操る…………『灰を支配している』と」


「……そう、なのか?」


「『死灰(しかい)』ではなく『死灰(しはい)』と言うだろう? 視界(しかい)を否定し、死灰(しはい)を纏い、死灰(しはい)に塗れたその場を支配(しはい)する。日本語に拘りのある、言葉でふざけるのが大好きなRe:behind(リ・ビハインド)のAIが好みそうな物じゃないか」


「俺は……【死灰】は……」





「サクリファクトくんと出会った事で、キミは "何かと共に在る" 事を受け入れた。準備は万端、後はその意思でそれを認めて――――解き放つだけさ。


 マグリョウ、【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】…………【死灰(しはい)】。


 キミはその名で、何をする?」




     ◇◇◇




     ◇◇◇


□■□ Re:behind(リ・ビハインド) 首都南 森林深部 ダンジョン内 □■□



 灰色の壁、灰色の床、奥から風が吹きすさぶ、嫌われ者の巣窟――――ダンジョン。


 そんな愛しき我が理想郷に立つこの俺、【死灰】のマグリョウの眼前にいるのは、無数の虫共。

 誰も彼もが殺意を滾らせ、無遠慮に命を求める表情を浮かべる、いつも通りの気持ちのいい空間。


 この地にサクリファクトと訪れたあの時以来…………その日はケチがついてしまったが、相も変わらず俺の心は、この場において充実を得る。


 そして今は――――普段のそれより、ずっと高まるぞ。




「『死灰』」




 灰のオーラを呼び出しながら、灰ポーションを逆さまにする。

 さらさらと地を覆いながら、周囲を彩り舞い散る灰を手で扇ぎ……ゆらりと揺らめくそれを見て…………一つ、大きな確信を得た。




 ()()()()()

 俺の手で起きるそよ風も、ダンジョンの奥からびゅうびゅう吹き来る突風も。

 空気のように軽い灰を吹き飛ばす筈のソレらを無視して、根付いたようにしっかりその場に留まり続ける。




 一人じゃなかった。孤独じゃなかった。

 俺は常に、コイツと……灰と在ったんだ。




「…………『来い、死灰』」




 灰のオーラが渦を巻き、それと同調するかのように……ぶわ、と周囲の灰が踊る。

 俺の全身を包み込み、優しささえ感じるほどに、暖かく。

 そこからは眼の前の敵を共に滅ぼそうという、意思すら伝わってくるようで。




 俺の片腕。力の消失。

 それを失ったその上で、遂に見つけた新たな力。

 補い余って……()()()()()()


 俺に足りない物は…………ずっと共にあった。




「……はは…………ほんとうに、思うように動きやがる」




 灰が舞う。確かな質量をもって俺を抱く。

 姿を変え、重さを変え、遂には鋭く貫く殺意となって。

 俺の意思を汲み、俺のもう一本の腕として、敵を穿って殲を撒くため。

 まるで "ようやく出番か" と悪態をつくように、うねりをあげる。




 カニャニャックの言葉が脳裏に浮かぶ。


『恐らくだけど……サクリファクトくんの持つ二つ名は、キミの【死灰】の力を再現するものだ。つまるところ、キミが強くあればあるほどに、彼の力も増大していくのさ。


――――強くあれ、マグリョウ。このRe:behind(リ・ビハインド)で誰も寄せ付けない、孤高で至高の絶対強者として、彼を引っ張る圧倒的な存在であれ。強き先達として、常に頼られる存在であれ。それがキミに出来る力いっぱいで……彼とキミとを繋ぐ、強固な繋がりとなるだろう』



 わかりやすい。度しやすい。シンプルで、最高にクールだ。

 それは俺が得意な事で……こんな俺でも出来る事。


 全てに唾吐き、見下して……誰もが認める頂きへ。

 友のため、自分のために――――誰もが認める、最強へ。


 俺の心に火種が灯る。燻る胸がちりちり燃える。

 色のない熱で全てを焦がし、道を焼き開く業火の徒となろう。

 今後サクリファクトに見せるのは…………不敗のままに先を行く俺の、トップオブトップの背中だけだ。



 灰と塵とが舞い散る戦場(エリア)は――――俺と死灰(しはい)が、支配(しはい)する。




死灰再燃(しかいさいねん)。キミの言う所の "虫型モンスター(トモダチ)" は、燃えて焼かれて終わりきっても……キミに寄り添い撒い上がる。自分を殺したキミと一緒に、新たな戦いを共にする』




「ああ、全く……嫌になるほど見通しやがる。俺より俺の力を知って、心を動かす言葉を言いやがる。カニャニャック・コニャニャックって女は、そういう奴なんだ。……お前らも、そう思うだろ?」



「ジ……ジジジジィッ!」



「今日が【死灰】のデビュー戦だ。『往くぞ、死灰』」




 景気づけだ、愛しき虫共。


 灰の世界で死んで燃え尽き、俺の新たな()となれ。





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