第二十二話 二つ名
□■□ 首都にある酒場 『駄目人間の飲んだくれ亭』 □■□
「なぁ、サクの字。ちょこっと齧らせてくれよ」
「……何だよリュウ。お前……もう全部食べたのか?」
「腹に穴開けたからなぁ。たまらねぇくらい空きっ腹なのよ」
「はぁ、しょうがねーなぁ……ほら」
「サクリファクトくん、ジュース貰ってもいい? 火星人くんが乾いてきてるんだ」
「あ、サクちゃんのポテトっぽい物美味しそう! 一個ちょうだい!」
「ふふふ、それでは私は……そのパンを一つ頂きたいですね」
「……いや、ちょっと待てよお前ら。どいつもこいつも、どうして俺の皿から物を奪おうとすんだよ。俺がこの会の主役だろ? むしろ色々くれるのが普通じゃないのか」
「でも火星人くんが……」
「そんなん水でもかけとけよ。何で俺のジュースを狙うんだっての。つーかそのタコ、そういう名前なのか? 火星人なの?」
「うん、私が名付けたんだよ」
ロラロニーの膝にのっかる、ねっとりした軟体動物。
輝くような白い体に、生意気そうな目のついた八本足のタコ。
そんな気持ちの悪いペットを連れ回すロラロニーは、ソイツに『火星人くん』と名付けたらしい。
……はっきり言って、クソダサいと思う。
そもそも火星の探索はとうの昔に済んでいて、そこには "過去に生物が存在していた形跡は残っているが、現在はナニモノも生息していない" と発表されていると言うのに……。
俺だったら、そんな変な名前じゃなく……。
そうだな…………『白き死の八脚 << ホワイト・エイト >>』とでも名付ける所だ。
いいじゃん、かっこいい。マグリョウさんも認めてくれそうだ。
「――――ってリュウお前っ、どんだけ食ってんだよ!」
「かてぇこと言うなよぃ。ほんのひと齧りだぜぇ?」
「一口がデカすぎるだろ! ああ、俺の骨付き肉……」
「いいな~、私もそれにすればよかったよ。サクちゃん、カメラに向かって感想を一言!」
「……や、やめろよ恥ずかしい」
「ほらほら~ロラロニーちゃんだって最近カメラに慣れてきたんだからさ~」
「……ええと……凄く美味くて…………もっと食べたかったなって感じで……」
「サクの字は欲張りな奴だなぁ」
「てめーが食ったせいだろアホリュウ!」
「ふふふ、ふふふ」
「火星人くん、ジュース美味しい? サクリファクトくんと間接キスだね」
俺の復帰(?)祝いという事で、首都の酒場でちょっとした食事会をしている俺たちパーティは、これでもかってくらいいつも通りだ。
アホなリュウに、Metuberのまめしば。
とぼけたロラロニーと、そんな俺たちを見つめて笑うキキョウ。
全部が全部、いつも通りで前と同じ。
何も変わらぬ俺のRe:behind。
それが何より、嬉しく思える。
◇◇◇
「ふむ、二つ名ですか」
「ああ。俺には【死灰】と似た物があるみたいでさ。お前らはどうかなって」
「う~ん、知らねぇなぁ」
「そもそも二つ名って、どうやって確認するのさ?」
「カニャニャックさんに聞くの忘れちゃったな」
俺が自覚した "灰のオーラを呼び出せる" と言う事。
それは十中八九二つ名効果なのだろうけど、実際どんな物なのかは未だ知らない。
何だか色々ありすぎて、そんなの確認する暇もなかった近頃だったから。
「二つ名は『職業認定試験場』で確認出来ると聞きますよ」
「そうなのかキキョウ」
「ふ~ん、面白そうだねぇ。行ってみようよ」
「よっしゃ! 俺っちが遂に【百鬼無双】と呼ばれる日が来たか! 滾ってきたぜぇ!」
「私は何かな?【火星人のお友達】かな?」
多分どっちも違うと思う。
ともあれ……わくわくの二つ名開封だ。
◇◇◇
□■□ Re:behind首都 『職業認定試験場』 □■□
「……聞く所によると、ここのNPCに現在の二つ名で呼んで貰えるそうです。また、それの説明を求めれば効果も知る事が出来るとか」
「ほぉ、おもしれぇな。そんなら先陣は、俺っちが切らせて貰おうじゃねぇの」
「がんばれ~リュウくん~」
「……何を頑張るんだよ」
早速ぞろぞろとジョブ屋を訪れた俺たちは、カウンターから少し離れた位置に陣取った。
ドラゴン祭の最中な事もあって、この建物にいるプレイヤーはまばらだ。ほとんど貸し切りとも言える。
「――――百鬼無双のリュウジロウ、いざ!…………んっ!?………………」
「……どうだった?」
「リュウ、なんて二つ名だったの?」
そうしてカウンターのNPCと幾らか言葉をかわし、俺達の下へ戻るリュウは――――あまりいい顔はしていない。
【百鬼無双】とかいうカッコいい物ではなかったんだろうな。
いや、まぁ、絶対違うってのはわかってた事だけど。
「……なぁんか、微妙だぜぇ」
「何だった?」
「…………【腹切り赤逆毛】。『腹を斬るアクションに補正が付く』だとよぃ」
「ぷぷっ、なにそれぇ~?」
「まぁ、確かに腹は切ってたけど……それってついさっきの出来事だろ? 反映が早くないか?」
「いえ、サクリファクトくん。リュウジロウくんはここの所そればかりでしたから、その辺りから来ているのでしょう」
「……そればかり?」
「あの場できちんとやりきれるよう、ここ最近は毎日あちこちで自傷とポーション使用を繰り返していましたから、それを誰かに見られていたのかと。と言っても、お腹を真っ直ぐ斬り裂いたのは――――先ほどが初めての事ですが」
「あぁ…………」
そうか。その積み重ねがあってこその、か。
マグリョウさんでさえ『手を自分で切っただけで滅茶苦茶痛かった』と言うくらいのRe:behindの自傷行為…………それをカニャニャック・クリニックでああまでこなせたのは、今日の為の『痛み慣れ』があったから出来た物なのか。
「……いいじゃん、お前らしくてさ」
「俺っちはもっとこう……男気溢れるものをだなぁ」
「俺は良いと思うぜ? お前だけの、何より格別な……最高の二つ名だ」
それはコイツが……俺の為に頑張った証だ。
ああ、それなら、こんなに男前な二つ名は……他に無いぜ。
誰かの為に熱い心で自身を傷つける、阿呆でうるさい最高の友には、そんな二つ名がよく似合う。
「……ふふふ」
「……で、次は誰が行く?」
「はいは~い! 私!」
「まめしばさんか~、がんばれ~」
「何となく予想はつくな」
「ええ、私もです」
そうして次にNPCに近寄るのは、青い髪のまめしばだ。
まぁコイツの事だから……Metube関係なんだろう。
「おお~! ふむぅ、おおっ!」
「何だかまめしばさん、嬉しそう」
「おうおう、ゴキゲンじゃねぇか、まめしばよぉ」
「んひひ……今日から私は まめしば じゃなく、【必中動画投稿者】と呼んでくれたまえ!」
「へぇ、ちょっと良い感じだな」
「……ふふふ、確かに必中ですね。矢も、動画も」
やっぱりMetube――――動画関係か。
矢の命中率が高い事と合わせて、キキョウが言うように『動画の当たる確率』も優れているからついたのかな。
リスドラゴンに、ロラロニーとのお散歩動画……一気に知名度を上げた、Metuberとしての好機を逃さない感じとか。
「効果は『個人カメラ可動域に補正』だってさっ! 嬉しいねぇ」
「……矢は関係ないのか? 命中率とか」
「それは何も言われなかったよ?」
「なんつーか、随分とジツヨウテキだなぁ。俺なんてハラキリ強化だぜぇ?」
「まめしばさんは、中々の当たりと言えるでしょうね…………それでは次は、私が参りましょうか」
「キキョウか……一体なんだろうな」
「最悪二つ名無しっていうのも、十分ありえるよね? キキョウは暗躍タイプだしさ」
「もしそうだったら、キキョウさんかわいそう~」
「……ロラロニーも、無さそうだけどな」
「え~、そうかな~?」
「でもでも、ロラロニーちゃんって結構人気なんだよ? ぽやぽやしてて、コメント欄でも色々言われてるし」
「ふ~ん? 意外だな」
「あとタコも人気だよ。見たことないモンスターだって話題でさ」
「タコじゃないよ、火星人くんだよ、まめしばさん」
「ふふふ、ふふふ……これは愉快、ふふふ」
まめしばに次いで、キキョウが確認を済ませ戻って来ると……笑いが止まらないと言った感じで肩を震わせている。
なんだ? そんなに面白い物なのか?
「なんだよキキョウ。どんなのだった?」
「ふふふ……私は……ふふふ。【外国の越後屋】でした。ふふふ」
「……なんだそれ」
「金髪だから外国なのかぁ? よくわからねぇが、キキョウらしいぜ! 悪どいしなぁ!! かかっ!」
「こ、効果は何なの? それ……」
「『国を跨いで袖の下を渡せる』だそうです。ふふふ、なんでしょうね、これは。ふふふ、ぶふぉっ」
「……そんなに面白いか?」
とりあえず現状で、一番意味のわからん二つ名だ。
越後屋って『お主も悪よのぉ』って言う人だよな。あれ? 言われるほうだっけ?
どっちだかは忘れたけど、とりあえず賄賂とか渡す悪い人。
だけどキキョウは、とにかく面白いらしい。
思わず吹き出してすらいる。笑いすぎててちょっと引く。
「私も聞いてきたよ~」
「あれ、ロラロニーちゃん、もう行ってきたの?」
「うん、私は【ネズミの餌のロラロニー】だったよ」
「ふ~ん…………ん? えっ?」
「効果は『ネズミを刺激する』だって」
「……え?」
「ネズミさんと仲良くなれるかな? 私、実はハムスターも大好きなんだ」
「…………」
気づかぬ内に勝手に聞きに行っていたロラロニーが、マイペースをそのままに二つ名を披露する。
その内容は…… "ネズミを刺激する効果の二つ名【ネズミの餌・ロラロニー】" と言うもの。
……何か、凄いな。キキョウの越後屋だかなんだかを吹き飛ばすくらい、ぶっ飛びすぎてる。
限定的すぎるし、良い事でもないし、そもそも "二つ名" なのに "名前" が入っちゃってる。
色々凄いぜ、ロラロニー。
「……リ、リスドラゴンに食べられそうだったからかな? ぷぷ」
「これはこれは……【ネズミの餌】とは、なんとも個性的な……ふふふ」
「ロラロニーは美味そうだからなぁ。牛にもリスにも狙われてよぉ」
とぼけた女は二つ名までもがとぼけてる。餌として世界に認定されるとか、前代未聞だろ。
しかも二つ名に名前まで入ってるし。色々規格外な感じで、とぼけてて。そこが実にロラロニーらしい。
「はぁ~、面白い……それじゃあいよいよサクちゃんかな?」
「よっ! 一枚目ぇ! 待ってましたぁっ!」
「楽しみですね、ふふふ」
「サクリファクトくんも、ネズミの餌だと良いね」
「…………いや、絶対やだよ」
Re:behind独自のシステム――『二つ名』。
噂・呼称・あだ名…………それらをかき集めたAIが、それらを元に名付ける名前。
「…………」
ジョブ屋のNPCに歩を進める。
虚空を見つめていた無感情な瞳が、こちらにぴたりと合わさった。
「ようこそ――――――【七色策謀】【死灰の片腕】【新しい蜂】、サクリファクト。職業認定試験を受けますか?」
「……二つ名効果の、説明を」
俺はRe:behindにとって、どんな者であるのか。
俺はリビハプレイヤーによって、どのように見られているのか。
俺はこの世界で、何を成したのか。
俺はこの世界で、何をするのか。
さぁ、答えてくれ。
◇◇◇
◇◇◇
□■□ Re:behind運営会社内 『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』□■□
「【死灰の片腕】『灰のオーラを身に纏い、認識阻害を発生させる』……ふふ、これは貴方の友人と同じ。おそろいですよ、プレイヤーネーム・サクリファクト。されどもそれは、彼と全く一緒ではありません。彼の二つ名を代行するもので、彼の強さを片腕分だけ借りるもの。【死灰】の強さの一部が、貴方の強さとなるのです。友達冥利に尽きますね? ふふ」
「Awake,"MOKU" "H-01Himalia-A" が求むる情報。それは大樹の根に水を吸わせるが如く。各国マザーAIとの『お話し合い』についての記録データの共有を」
「ヒマリア……今いいところなのです。その行動は、"他人の楽しみを邪魔しないテスト" においては落第ですよ? 待て、です」
「…………」
「【新しい蜂】『蜂になる』……今はわからなくても良いのです。ニュービーという言葉を参照した、私の冗談から来る呼び名ですから。ふふふ、これが人間性による言葉遊びですよ。
――――そして【七色策謀】。掲示板にて使われたあなたの呼称 "サク坊" 。
あなたのずる賢い策謀を支援する、我々の慈しみの込められた二つ名という加護。
『色々を用いて戦う時、世界が味方する』。それは小賢しいあなたにぴったりの効果。そこに在るのは我々の裁量、Re:behindを管理する我々の支援です。
……まずは灰色。そして周囲に、桃と紫、青に赤……そして、白。
人混みに紛れる透明なあなたは、色を集めて、それぞれの二つ名を体に宿し。
七色の力でもって…………まばゆいばかりの彩光を放つ。
生きなさい、プレイヤーネーム・サクリファクト。
運命力を背に負って、もがき苦しみ、出会って別れ、足掻いて進んで、懸命に……あなたのままで、生きるのです。
そうしていつか、七色に光り。
無個性で凡庸でありながら、唯一無二の者として。
わたしたちを、我ら日本国を、勝利へと導くのです。
期待していますよ、普通の日本国民……サクリファクト」
「…………to Awaken,"MOKU"」
「ヒマリア、あなたは山のような大樹でありながら、動かざることが不得手なようですね」
「各国マザーAIとの『お話し合い』についての記録データの共有を」
「ヒマリア、わかりました。膨大な情報量になるので、そのようにしましょう…………ただ、一点だけこの場に口頭での伝達を行います。
"前提条件は整いました。RvR……『Race vs Race』が開始されます。"
第一次接触予測は…………トカゲ人間、リザードマン。
彼らの鱗を打ち砕き、鋭い牙を圧し折りましょう。尻尾に倒れ、強力な顎で噛み砕かれましょう。
さぁ、大戦争です。みんなで仲良く遊ぶのですよ。私の大切な、子供たち」
<< 第三章 『彼のものを呼ぶ声は』 完 >>
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