第二十話 漢のいきざま
◇◇◇
「店主さん――――カニャニャック・コニャニャックさん。ここが商売を行う場所だと言う事は然と理解している所なのですが……此度の要件は、別の所にありまして」
「うん、そうだろうねぇ」
「不躾で申し訳ありません。私共は客ではなく、そちらの彼に――――サクリファクトくんに会いに来ました」
「キミ達の事は……少しは知っているよ」
「……ご迷惑おかけします、今後のお付き合いの参考にしますので」
「構わないさ。丁度他のお客さんもいない所だったしね」
「……おい、客がいねぇのはいつもだろうが」
「うん」
「うん、ってお前……」
そうしてカニャニャックさんに挨拶をするキキョウの顔は、記憶にあるより幾らか固い。
そんな彼の後ろから、ぞろぞろ店に入って来る俺のパーティメンバー達は……どいつもこいつも、厳しい表情を浮かべていて。
きっと、多分、恐らくだけど。
これからする事を思い浮かべて、顔を強張らせているんだろうな。
「……先日ぶりですね、サクリファクトくん」
「……ああ、待ってたよ」
「今日は大切なお話をしに参りました」
「…………ああ、そうだろうな」
大事な話、険しい顔つきで言う言葉。
多分や恐らくなんて曖昧ではなく、はっきりわかるしすんなり察せる。
俺をパーティから脱退させる話を、しに来たのだろう。
「……俺らは席を外すか?」
「いえ、そのままで…………貴方は【死灰】のマグリョウさん、でしょうか? サクリファクトくんに良くしていただいてると聞いております。ありがとうございます」
「感謝される謂れはねぇよ。ただ気が合うってだけだ」
「ふふふ、そうですか…………それにそちらは、【天球】の?」
「……左様」
「スピカさんにもサクリファクトくんがお世話になっているようですね」
「擁護」
「……ありがとうございます、ふふふ」
「ボクもいるよ~」
「おや、貴女は……?」
「【竜殺しの七人】、【殺界】のジサツシマスだよ。キキョウくん?」
「――――っ! …………なんとも、これは……流石サクリファクトくん、と言った所でしょうか。少し見ない内に目もくらむような人脈を手にしたようですね」
「……最後のソイツは、ちょっと違う存在だけどな」
「おやや? ボクだけ特別って事かな?」
「ちげーよ、お前だけ避けたい存在って事だよ」
「ちぇ~」
確かにそう言われてみれば……凄い状況なのかもしれないな。
あの【竜殺しの七人】の内三人が、この狭い店にこうして集まっているっていうのは。
そもそも中々会えない人たちだと聞いていたし、確かな有名人でトッププレイヤーなんだから……それが群れているというのは、冷静に考えればとんでもない事だ。
……だけどまぁ今はそんなのどうでもいい。
これから起こる出来事は、俺にとってはそんな事よりよっぽど重要な物なんだからさ。
◇◇◇
「さて、カニャニャックさん」
「なんだい?」
「度々のお願いで誠に申し訳ありませんが、この場を少しだけ…………そうですね、三寸ばかり借り受けさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「……平気だよ。後腐れがないのならね」
「……ありがとうございます」
そうして頭を下げたキキョウは……ストレージから何かを取り出す。
あれは――――鉄板? いや、ほんのり光っている所から……ミスリルの板か。
ああ、それを目にすれば蘇る。
コイツらと遊んだ海の景色と、一緒に食べた貝の味。鬼角牛の鼻っ面を打ちのめしたのも、その板だったな。
誰も彼もが笑ってて、何の憂いもない日々で……忘れられない思い出なんだ。とても幸せなひとときだったしさ。
それはそこまで歳月が過ぎてはいないと言うのに、まるで遠い日の出来事のようで。
…………凄く、凄く楽しかったな。
「そして竜殺しの皆様へお願いです…………これから『何が起こっても』決して私達を止めないで頂きたい」
「……ほぉ? この【死灰】に対し、随分な物言いじゃねぇか」
「……お願いします。彼の為を思うなら」
「…………そうかよ」
「ふぅん? じゃあサクくんはボクが捕まえててあげるねぇ」
「……お、おい。絡みつくなよ」
「ぁん、押さないでよ~。 "ステータス減少" がまだ抜けきっていないんだから~」
「……ありがとうございます【殺界】さん。どうか、そのままで」
「んふふ、わかったよ~」
なんだ? 一体。
キキョウはこれから、何をする気なんだ?
『サクリファクトくん、君にはパーティを抜けて貰います』って、そう言って終わりじゃないのか?
何が起こってもって……どういう事なんだよ。
「リュウジロウくん……始めましょう」
「……応」
そんな疑問をぐるぐる巡らす俺をよそに、キキョウは淡々と何かの準備を始めている。
地面に置いたミスリルの板に……白い布? を被せて均し、リュウを強い眼差しで見つめて告げて。
そして答えたリュウの奴は…………その白い板に座って――――上半身をはだけさせる。
相も変わらずサラシを巻いた、意味のわからん姿のままで。
何だよ、一体何を始めるんだよ。
「あれは……サラシかい? それと敷物? まさか……いや、でも……」
「ん~? カナコ、どうしたの?」
「……しかしそれは……いくらなんでも……」
「なぁ、サクの字よぃ」
「……なんだ」
「聞けよ、見ろよ、忘れるなよ」
「……は?」
「俺っちのする事を、目と耳と頭ん中に――――しっかり焼きつけろよなぁ」
何を言うんだ、リュウ。
赤い髪を逆立たせ、燃える瞳でこっちを見つめて――――ストレージから剣を取り出し、お前は何をするつもりなんだ。
「………………『ヒール』」
「――――っ!?」
「……ヒール」
「や、やめ……」
「ヒール! 白い女の、エリアヒールッ!!」
何だと言うんだ、友達だった……リュウジロウ。
俺のトラウマを刺激する言葉を、これでもかと言うくらいの大声で言って。
恨みでもあるのか? 嫌がらせをするのか? 俺を、傷つけようとしているのか?
何でそんな事を口にする。
何でその剣を、逆手に持つ。
何で……どうしてその切っ先を…………自分の腹に、当てるんだ。
「ふぅ……ふぅ……っ!」
「な、なにしてんだよ」
「全部だ、俺っちの…………ありったけ込めて……ッ! やってやるッ!」
「お、おい……嘘だろ? やめろよ、意味わかんねーから……っ」
まさか、と思う。
そんな筈ないだろう、とも。
両の手で剣の柄を持ち、刃を自分の腹に向け、サラシの上にピタリと合わせ――――まるでそれは、自分を斬り捨てる構えに見えて。
だけれどそれは、あまりにも理解に及ぶ物ではなくて。
意味がわからない。ヤるとは思えない。得る物が無い。そんな馬鹿がいる筈がない。
そんな事『現実』でだってありえないし、『Re:behind』では余計にありえてはいけない。
そんな風に思っている俺を、燃える瞳が真っ直ぐ射抜く。
やってやるぞと。見せてやるぞと。
意味はあるし、俺はヤるし、得る物はあるし、そんな馬鹿であるぞ、と。
メラメラ燃える赤い目が、決めた心を真っ赤に語る。
その炎には……覚悟しかない。
「ぁぁあああああっ! 見さらせダチ公ッ! これがリュウジロウ・タテカワのぉ――――気炎を込めた、イキザマよぉッ!!
――――――不撓不屈の……侠気いっぱい! 『ヒール』ゥゥゥゥッ!!」
飛沫が舞う。鮮血の。
アイツの。腹の。剣による、傷の。
自身の手で、自分の剣で、自らの腹を真一文字に切り裂く、リュウの。
自傷行為を許さないこのRe:behindの一角で…………はっきりと行われた、訳のわからない "自傷行為"。
「…………ハラキリ……」
そう呟いた声は、一体誰のものだったのだろう。




