第三話 リンゴとジュースを狙ってみよう
□■□ 首都南 カラフルベリーの木群生地 □■□
「ほっ、たぁっ!」
………………。
気が抜ける声だ。今のRe:behindの日和みたいな、ぽかぽか陽気のとぼけた声。そんな中で、茶色い毛色のウサギみたいな女が薄桃色の瞳を光らせ、ぴょんぴょん跳ねて果実を狙う。
「よ~し……せーのっ! たぁっ!!」
気合を入れ直して、ジャンプ――――全然高さが足りてない。
つーか今までで一番低い。
気合ってなんだよ。重りか?
「惜しいなぁ、あと一メートルくらいなのに」
それは惜しいとは言わないだろ。
上手いこといけばいつもより一メートル高く飛べるヤツなんて、絶対いねーぞ。
「ねぇねぇ、サクリファクトくん。リンゴ取るの手伝ってよ~」
すげえ堂々とルール違反を提案してきた。
とぼけた女、ロラロニー。俺と同じ新人で、同期のよしみでパーティメンバー。
「いや、ルール守れよ。それぞれが出来る事をして金を稼ぐってのが、今日のルールだろ。ってかリンゴじゃなくてカラフルベリーな」
「そうだけど、武器とかアイテムは使ってもいいって言ってたし…………」
「驚きの事実かもしれんが――――俺はお前の武器じゃねーし、アイテムでも無い」
しれっと自分の装備品扱いしやがって。今までずっと俺をアイテムかなんかだと思ってたのか?
こいつはいつもこんな調子で、ぽけーっとしてるパーティのムードメイカー。新人教官のウルヴさんも太鼓判を押した、パーティの必要な立ち位置って奴らしい。
…………この世界ってのは、難しいよな。こんなのが必要な理由が俺にはよくわからん。
「……さて、俺も自分なりに探してみるかぁ」
「え~行っちゃうの?」
「そういう日だろ。個人で金を稼いで来る日」
「う~ん、わかった! サクリファクトくんも頑張って。私も負けないぞ~」
リュウジロウの言葉から始まった今日のRe:behindにおけるパーティ活動。
なんとなくロラロニーにくっついてここまで来たけど、俺もぼちぼち稼げる何かを探しに行こう。コイツにこんな事言われちゃ、めんどくさいとも言ってられない。
『頑張って』の部分はどうでもいいけど、こんなヤツに負けるとなったら――――何の争いだとしても、情けなくて涙が出てくるからな。
「よ~し、もう一回…………あいたっ」
振り向くと、ロラロニーが頭にイガ栗? みたいな黒いトゲトゲをくっつけてる。ベリーの木からたまに落っこちてくる……『ハズレアイテム』だったかな。半泣きで木を見上げてるロラロニーの目尻で、お日様に照らされた涙の粒がキラリと光る。
ぽかぽか陽気な首都南。現実には存在し得ない見渡す限りの大自然の中、規制と束縛だらけのリアルとはどこまでも違う世界。ウサギみたいな『そこに実在するとしか思えない一人の少女』が、ぴょんぴょん跳ねてキラキラしながら、自然の恵みに手を伸ばす。
何でも出来る自由な世界。野生の果実を集めて稼ぐのも、一つのプレイスタイルって所だろうか。
フルダイブ式VRMMOという仮想の世界ならではの、平和な空間だった。
◇◇◇
□■□ 30分ほど前 □■□
□■□ 首都中央噴水広場 □■□
「よぉっしゃあ!! よくぞ集まってくれたなぁ!! 俺っち自慢のパーティメンバーたちよぃッ!!」
うるさい。赤い髪を炎みたいに逆立たせ、赤い瞳をメラメラ光らす、燃える男――――リュウジロウ・タテカワ。
招待チケットを貰ったプレイヤーが『Re:behind』に初めてログインする初回ダイブインの日。
その日にちと時間が一緒だった事から、なんだかんだでパーティメンバーになった同期の男だ。
その性格はとにかくアホで、ひたすら真っ直ぐ。通った場所にこんがり焼けた跡を残す、喧しくて暑苦しい熱血野郎だと思ってる。
「ここで別れて30分も経ってないけどね~。動画の確認してたら集合時間だったよ。装備の点検してないや」
動画投稿サイト『Metube』の動画投稿で生計をたてる女、さやえんどうまめしば。いつもカメラを回しながら、撮れ高を気にする生粋の『Metuber』だ。青くて長い髪と黒い瞳で一見大人びた色気があるが、口を開けばべらべらとやかましい。
動画投稿者ってのは、独り言を言うのに慣れすぎていかん――――これも職業病と言えるのだろうか?
「ふふふ、私も殆ど移動してませんよ。この広場はあらゆる情報の坩堝。知っていますか? 今は首都全体で銅の魔宝石が不足しているらしいですよ」
怪しい笑みを浮かべる糸目のコイツは、商売大好きなプレイヤー・キキョウ。四六時中金勘定してる意識の高い商人で、金稼ぎに関しては商人連中にすでに一目置かれている。やわらかくカールした金髪に――――薄紫、だったかな? そんな瞳をしている筈だけど、目が細すぎてその色は確認しにくい。
ついでに……多分だけど、歳は結構行ってる。成熟した雰囲気は俺たちにはない凄みがあるしな。それになにより我らがパーティの一番アホなヤツを見守る暖かな視線は……人の親のソレだ。
「どうの魔宝石? あっ! もしかしてこれの事?」
「おや、それは……残念ながらロラロニーさん、それはただの綺麗めな石です。ふふふ」
「なんだ~折角拾ったのに」
首都で需要が拡大してる魔宝石をなんとなくで拾えるものかよ。一個10万ミツ――――リアルマネーで8万円くらいするんだぞ。そんじょそこらじゃ、見つかるもんじゃない。つーかその辺に落ちてた石を拾うなよ。
このとぼけた第二のアホが、ロラロニー。茶色いくるくるした髪の毛を肩辺りまで伸ばし、薄桃色の瞳をキョロキョロ動かす五人パーティのもう一人だ。
黒目黒髪の俺の色素を全体的に落としたような ほんわりした色の女で、性格もそのまま ぽやっとしてる。何らかの問題がこのパーティを襲う時、それは大体ロラロニーかリュウのせいである。
「さぁて、お前ら。ここに集まって貰ったのは他でもねぇ。今日は俺っちから、重大な発表があるッ!!」
「Re:behind辞めるのか? お疲れ」
「"サクリファクト"ィ! 辞めるわきゃねぇだろぃ!! 俺っちはこの世界で天に名を轟かす大益荒男になってだなぁ――――」
「じゃあ何だよ、重大発表って」
「――――なんでぃ、途中なのによぉ」
コイツ、最初の自己紹介から『おひけぇなすって! おひけぇなすってぇ!!』とかやったからな。声もデカいし度胸もデカけりゃ、夢も無闇にデカいんだ。
"天地に名を轟かす~" だとか、語り始めたらキリがない。
「まぁいいや。俺っちたちもここに来て、もうじき一ヶ月だろ?」
「そだねー、招待チケットが届いたあの日も、もう懐かしいよ」
「ゲーム内では体感時間が10倍に引き伸ばされますからね……もっと長い時を過ごしたように思っていましたが、一月ですか」
「時がたつのは、早いよね~」
「一ヶ月だぜ、一ヶ月。つまりは、無料期間の…………終わりが来たってことよ」
『Re:behind招待チケット』は登録から月額料金が一ヶ月無料で、ダイブ用のマイナーコクーンも使い放題っていう嬉しい特典がある。
招待無しで始めようとしたら登録料30万に毎回ダイブで1万円から取られるからな。相当に大きい特典だ。その恩恵を一ヶ月間、ありがたい事にたっぷりと受けてきた。
それが、終わるか。
――――早いもんだなぁ。
「客人扱いは終わっちまって、俺っちたちも一人前の流浪人よ。月額もコクーンもロハって訳にはいかなくなるだろ?」
「ろは?」
「無料、という意味ですよ、ロラロニーさん。元々の成り立ちは只という漢字から来ていまして――――」
「そこで、だ!! 重大発表だぜ!!」
ここ一番の大声。カメラを回す さやえんどうまめしば の手がスススっと動く。俺にはわかるぜ、音量下げたろ。うるせーもんな、リュウの声。
「俺っちは!! カネがねえ!!」
……胸を張って、何言ってんだコイツは。カネがないって……なんだそりゃ。
「…………って言っても月額が15万円で、マイナーコクーンなら一回使うのに1万円だろ? 20万もありゃ少しは余裕があるだろうに」
「270」
「……なんだ? それ」
「俺っちのぉ、あ、銀行残高ぁ~っ……270円なりぃ!!」
……何て言ったっけ、歌舞伎だっけ? 歴史の授業で動画を見た気がする。古い時代にあった演劇。リュウがそれっぽい決めポーズで、クソ貧乏をさらけ出した。
このご時世、なんでそんな事になるんだよ。
「むむむ、リュウ、何でそんなにお金ないのさ? この前リビハのコロニー近くに引っ越しするお金貯めるって言ってたじゃん」
「詳しくは聞かねぇでおくんなせぃ。簡単に言えば、美味い寿司屋を見つけたってところだぜ」
「詳しくもなにも、寿司食いまくって残高爆発させた只のアホじゃねーか」
「あっ、ロハのアホって事?」
「惜しいです、今のはそのまま『只』ですよ、ロラロニーさん」
「俺っちの江戸っ子魂が、寿司を求めてやまねぇのさ」
リュウ、北海道だって言ってたろ。どさんこ魂はウニでも食ってろよ。
…………いや、ウニも寿司ネタか。
◇◇◇
『そういう訳で、金を稼ぐ手段を探そうぜ! それぞれに散らばって、色々あれこれ探すのよ。イットーに儲けたもんを皆でやって、黄金色の寿司を食いまくろうぜぇ!!』
『それじゃあ一等賞の人には、この綺麗な石をあげるよ』
そんなアホ二人の声で散らばった俺たちは、それぞれ金儲けを探してる。
まめしばは多分、聞き込みだろうな。取材って体でカメラを向けて、どんな稼ぎ方をしてるか聞くんだ。名前を売りたいプレイヤーと、情報を得たいMetuberの相性は抜群だ。聞けば大体答えてくれるらしい。
キキョウはまぁ…………転売でも何でも、上手くやるんだろう。商売系にはとことん情熱を燃やしてるし、何よりアイツだけ装備のレベルがすでに違う。
ただ、それを皆でやるってのも――――どうだかなぁ。
リュウは問題外として、ロラロニーはさっきみたいにベリーの木の下でぴょんぴょん跳ねて、頭にトゲトゲくっつけてぴーぴー言ってんだろ。カラフルベリーはそれなりの値段にはなるが、月額の15万ってなると……20万ミツは欲しいし、ちょっと厳しいよな。あの石を売っても、多分10円くらいにしかならんだろうし。
危ないからモンスター狩りや探検は禁止だって言うし、どうしたもんかな。
とりあえず首都でもぶらぶらするか。
◇◇◇
このRe:behindに、決まった目的と言うものは存在しない。世界を滅ぼす魔王もいないし、大きな謎を探ったりする事もない。
もちろんデスゲーム何かでもないから……"これをしろ" という明確な目指すべき場所は、定められていないんだ。
だから、誰もが自由に生きる。自分のしたい事をして。
ロラロニーのように木の実を集めたり、キキョウのように商売に熱を上げても良い。まめしばのように動画投稿で間接的に稼ぐのも良いだろう。
そうしてリアルの食い扶持を稼ぐというのが、このRe:behindの楽しみ方だ。
…………そんな事をぼーっと考えながら、この場所……『元・聖女の広場』のベンチに腰を下ろす。
首都の中央にあって、噴水が水を吐き出し目にも涼しい気持ちにさせてくれる、この地で最もプレイヤー密度が高い場所だ。
何で元なのかは知らないし、何が聖女なのかもわからない。今度ウルヴさんに聞いてみよう。
とりあえずここで、プレイヤー達の会話に耳を澄ませて色々情報を集めて…………。
「お、おい……っ! アレ……!」
聞き耳を立てたそばから、広場が しん と静まり返る。
なんだよ、嫌がらせみたいに静まって。一体何があったんだ?
「あれ……【天球】のスピカだぞっ。それに、【死灰】のマグリョウも……!?」
「すげえ!! 【竜殺しの七人】が一度に二人も居るなんて!!」
「でもなんか……様子がおかしくない?」
どうやらこのゲームの有名人がいるらしい。しかも二人。
【竜殺しの七人】とかいう、絶対存在であるドラゴンを打ち倒した伝説の七人。誰も彼もが個性的で、確かに最強なトッププレイヤーたち。
滅多に会えないらしいけど、それが一度に二人とは――――こうまで静まり返るのも、納得ってもんだ。
…………ざわつくと言うよりかは、さわさわって感じのひそひそ声が辺りを包む。
大きな光の丸い玉に、ぺたんと座った【天球】スピカ。魔女っ娘全開って感じのその服装で、とんがり帽子の先っぽをぴこぴこ揺らしてふよふよ浮いてる。【死灰】の行先を邪魔してるようだ。
それを受けた全身灰色、【死灰】のマグリョウは、右手がピクピク動いて今にも剣を抜き放ちそうで。
トップの二人が顔を突き合わせて、ばちばちと視線をぶつけ合わせる。素人目に見たって……仲良くしてないのが丸わかりだ。
「提案」
「断る、どけ。殺すぞ」
「……落胆」
"提案" "落胆" などの、短いぶつ切りの言葉を放つ天球と、それを更にぶった斬るような物言いの死灰。トップがどんなもんだか知らなかったけど、とんでもないプレッシャーだ。死灰が声を出すだけで、刃物を押し付けられたみたいに背筋が凍る。
「入会」
「断るっつってんだろ」
「……危険」
「もう慣れた」
「効率」
「雑魚が隣にいるほうが、よっぽど歩き辛ぇよ」
「…………非道」
「うるせえ。どけ」
何の話だ? 入会って……クランの勧誘か何かかな? お互い言葉が足りなくて、こっちは全然意味わからん。あんなやりとりできっちり意思を交わせるのは、仲が良いって事な気もする。少なくとも付き合いは、長いんだろうな。
「……もういい、どけよ」
「拒否」
「いい加減しつけぇんだよ。取り巻き連中とよろしくやってろ【マホサーの姫】サン」
「不屈」
「話になんねえ……推し通るぞ」
「嘲笑」
そうそう、そうだ。確か【天球】スピカは、その名以外にも【マホサーの姫】って呼ばれてるんだよな。魔法使いクランの紅一点だかららしいけど、その二つ名考えたヤツも上手いこと言うもんだ。いっつも取り巻き……『従者』って呼ばれる連中が、周りを固めてるらしいし。サークルのお姫様って感じで。
「……上等だ。『来い、死灰』」
「……『光球』」
とか言ってたら、二人が突然明らかな臨戦態勢を取った。死灰のマグリョウが灰のオーラでゆらりと揺らめいて、天球のスピカが小さい光球を5つ喚び出してくるくる回しだす。
こんな首都のど真ん中な広場で、トップ同士の殺し合いかよ。見たくないって言ったら嘘になるけど、余波で建物とかどうにかなっちゃうんじゃないか?
"決闘申請" も出てないみたいだけど、色々と大丈夫なのか、その辺。
「――――っ!」
「……あ?」
「…………都合」
「はぁ? なんだよてめえ、逃げんのか」
「再見」
唐突にスピカが動きを止めたかと思うと、その姿がノイズが入ったみたいにブレて掻き消える。即ダイブアウト出来るって事は、やっぱり決闘申請してなかったのか。
それにしても、突然どうしたんだろう。折角だから見たかったのになぁ。
「チッ……アイツ……」
灰のオーラを消したマグリョウが、一人で舌打ちを漏らす。膨らんだ殺意が霧散してるのがはっきりわかる。それほど濃密な殺気だったから。
「"再見" は二文字だけど……中国語だろ。ルール違反じゃねえのかよ」
マグリョウが、何か言ってる。よくわからんけど、やっぱり仲が良さそうに見えるぜ。
◇◇◇
「いやぁ、やっぱスピカちゃんは可愛いなぁ」
「ぴこぴこしてる帽子がたまんないよな」
「マグリョウさん、相変わらずピリピリしてるね~」
「カニャニャック・コニャニャックさん以外と喋ってるの初めて見た」
ざわめきを取り戻した『元・聖女の広場』は、さっきの出来事で大盛り上がりだ。
この世界のトッププレイヤーたちってのは、そういう存在なんだよな。アイドルとか、有名人とか、トップアスリートみたいな非実在感のある雲の上の人たち。
何でも出来る世界と言っても、やっぱりここはゲームの世界。
だから、多くのプレイヤーが選ぶ『生き方』は……どうしたって、戦いで稼ぐものになりがちだ。
剣や杖を手に取って、モンスターを倒して成り上がる。ファンタジックな世界だからこそ、誰もがまずはソレをする。
やっぱり、憧れちゃうもんな。大きなモンスターと正面からやりあって、どっちが強いか比べ合うというのは……とにかくロマンがある物だから。
……そんな事情もあるからこその、トッププレイヤーたちへの羨望の眼差しだ。
彼らは個性豊かながらに、誰もが一つの『最強』と呼ばれる。俺たち一般プレイヤーが目指す、生きる伝説。明確な目標だ。
ああまでになれば、その稼ぎだって……年収は億を余裕で超えるとか言われてる。
この厳しく辛い世界で、はっきりと "リビハドリーム" を掴んだ、栄えある成功者たちだ。
いいな、お金持ち。俺も金が好きな訳じゃないけど、そんだけあったら色々とやりたい事もあって――――あ。
そう言えば、金稼ぎ全然考えてないぞ。
まずいな、これじゃあロラロニーに負けて……ん? セーフエリア通信?
『サクリファクトく~ん』
『……なんだよ、ロラロニー。手伝わないぞ』
『違うよ~、私ちょっとダイブアウトしないといけないから、皆に言っておいてくれる?』
『どうした? なんかあったのか?』
『ビービーエラー音が出てるんだよ~、トイレだって』
マイナーコクーンだと、排泄の処理は行われない。上のメジャーや最上級のクィーンなら『どうにかしてくれる』らしいけど、安モンは自分で処理しろって事だな。
……ただ、その排泄感知の警告を避ける為に、普通はダイブ前には処理しとくもんだけど。
『まだ現実時間で1時間もダイブしてないだろ。何で排泄感知だよ』
『ダイブ前にトイレ行ったんだけど、その後ジュースいっぱい飲んじゃったから』
おねしょする子供か。つーか、そういう事は同じ女のまめしばに言えよ。何で俺だよ。
『すごくビービーなってるから、落ちるね~。リンゴは一個も取れないからおすすめしないよ、ばいばーい』
『あっ、おい!』
切れた。マイペースだよな、ほんと。
つーか今日の俺たちって、ダイブして集合して一旦解散してから集まって――それから金稼ぎ探しに出たんだよな。
…………今日のあいつ、モグラを鞭でぺろりと撫でて、ぴょんぴょん跳ねてトゲを食らって……落ちてる石拾っただけじゃねーか。
ヤバいな。700円くらいしか稼いでないし、それ以外は何も得てないぞ。無料だからまだいいけど、本来それでも1ダイブだから1万円だし。
…………金稼ぎ、真面目に探すか。少しは貯金しとかなきゃ、ロラロニーがダイブイン出来なくなるかもしれないしな。
……ウルヴさんが言う『必要なメンバー』だから、ダイブインして貰わなきゃ――――困る。ああ、そうなんだよ。あいつにログインして貰わないといけない理由なんて、それだけだ。
『ダイブ用コクーン』
『Re:behind専用コクーンハウス』には3種のコクーンと呼ばれる専用の装置があり、利用形態とかかる料金が違う。
【マイナー】 外部から守る以外には家庭用と等しいコクーン。連続ダイブ時間が最も短く(初プレイ時に2時間、最大4時間)アバター操作の違和感も強い。
【メジャー】 内部が液体で満たされ、ゲーム内で得た栄養素をプレイヤーの本体に与える事も出来る。専用の使い捨てオムツをつける。「痛みやケガも本体にフィードバックされる」という売り文句がある(四肢の欠損級のダメージで、赤くなるレベルの軽度なもの)。連続ダイブは最大10時間。
【クィーン】 内部が液体で満たされ、下腹部と頭部を覆う機械、咥内に挿入される複数の極小サイズの機器とで構築される最上級コクーン。連続ダイブ時間は無限。痛みやケガがメジャーより多くフィードバックされる事と、もっともアバターを動かしやすいのが特徴。高級。
どれだけプレイヤーのアバターが優れた能力を持っていても、それを操作するプレイヤーの生体から送られる信号を素速く的確に発信する事が出来ないと、その能力をきちんと発揮する事が難しい。よって、多くのプレイヤーが考えている「クィーンならパワーアップする」という思考は間違いであり「クィーンでないと100%を引き出せない」が正しい。
メジャーとクィーンの差は僅かであるが、マイナーと比較すれば両者には明確な差がある。
クィーンでダイブした後にマイナーでダイブしたプレイヤーが、口を揃えて「度数の合わない弱いメガネをかけて、水の中で動いているみたいだ」と言うほど。
そのため、一般的には「街を出るならメジャー以上、命のやり取りをするならクィーン」と言われている。
マイナーコクーンはダイブ後に存在する『心臓ならし』と呼ばれる強制休憩時間も短く済むので気軽に利用が出来るが、排泄の処理が行われない為に『排泄感知』というマイナーコクーン独自のシステムがある。
生体側の排泄信号をキャッチしたシステムがダイブ中のプレイヤーに伝えるもので、無視も出来ない事はないが、ダイブアウト後に大変な事になっているのは明らかだろう。
シャワールームも併設されているが、18歳以上でないと利用できない事を踏まえると、それは避けねばならぬものである。