表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第三章 彼のものを呼ぶ声は
68/246

第十四話 イルカは死ぬ

□■□ Re:behind(リ・ビハインド) 首都 広場から離れたどこかの路地裏 □■□



 ジサツシマス――――その名は広く知れ渡る。


 まず始めにその名。 "自殺します" という反社会的で非道徳的な、不穏にも程があるプレイヤーネームを聞いた者に印象を強い植え付け。


 次にその悪名。日々プレイヤーに向けて刃を振るい振るわれる毎日を過ごし、周囲のカルマ値を無理やり奪うという事を生業とする…… "殺させ屋"。

 それによる自身の下がりきったカルマ値によって『接触防止バリア』は欠片も発動せず、噂によればジョブ屋のNPCにすら蜥蜴の如く嫌われているんだとか。


 そして最後に、その見た目。黒い薄布で作られた戦闘装束は、一部がより一層の薄さになっており、白い地肌が透けている……なんとも扇情的な物であって。

 殺し殺されの日々に身を置くにしては軽装にも程があるその服装は――――『くのいちドレス』と呼ばれる、彼女を象徴する一つの装備で、名を売る一つの圧倒的個性でもある。



 そんな悪名轟く有名人が、プレイヤーネーム『ジサツシマス』が……この首都の片隅の、俺の目の前で笑っている。




「……騙してたのか」

「うむ、騙してたのだ。んふふ」

「…………」




 悪びれず、人を小馬鹿にするような顔を見せるこの女。

 桃色の柔らかそうな髪を揺らし、両手を後ろにまわしながら、くねくねとこちらに歩み寄る。




「不本意ながら、ボクの顔は売れてしまっているからさ。一緒にのんびりする事ですら、この世界の人々は許してくれないんだ。不運なことだよね」


「……何が目的だよ、俺みたいな雑魚プレイヤーに忍び寄って」


「ん~? んふふふ」




 そう言いながらぬらりと光る黒い棒――――クナイだったか? それを取り出すジサツシマス。

 そうしてそれを……髪色と同じ桃色の舌で、ぺろりと舐め上げた。無闇に卑猥だ。




「『眩暈(イリンクス)』…………んふふ、当たると痺れるボクのトゲ、苦無(クナイ)が飛ぶよ」


「……っ!」




 それを手にして、ゆっくり大きく振りかぶる。まるで『トゲ当て』のような状況だけど、今度の狙いは風船ではなく……俺自身だろう。


 だけれどここは、首都の中で安全地帯セーフエリアだ。そんなあからさまな攻撃した所で、バリアが自動で守ってくれる。

 とりあえず今はクナイは無視して、さっさとこの場から――――



――――あ。


 もしかして今……デュエル状態じゃないか?




「不運だね。キミを守るバリアは、今ここには存在しないの。それってすごぉく、不運だね」




 ひゅぱ、と右手がブレたかと思うと、気づけば肩にクナイが刺さっていた。

 疾い。マグリョウさんのナイフ投げより、ずっと鋭い気さえする。


 そしてその肩に刺さるクナイが、ぱし、ぱしと白く光ったかと思えば…………ふいに両足が消えたかのような錯覚をし、地面に尻もちをついてしまった。

 なんだこれ? スキルか何かか?




「……そもそものキミの不運は、いつからだったろう? 今日ダイブしたその時から? ボクとカエルを狩りに行ったせい? そもそもボクと出会ってしまった事が原因かな?」


「……く、そっ……」


「それとも――――『聖女』に殺された、あの日からかもしれない」




 びり、と頭に電気が走る。

 だけれど目眩や吐き気は来ない。


 かろうじて指先だけが動くような、そんな痺れに全身を蝕まれているからか?

 トラウマを刺激されて痛む心さえ、麻痺しているように思える。




「ああ、かわいそうなサクリファクトくん。その身その心に、忘れ得ぬ恐怖を刻み込まれて」


「……う、るせぇ」


「キミはボクに逢う以前から、不運をその身に抱えてた。キミとボクとは、逢瀬を迎える運命であったのかもしれないね。んふふ」


「…………」


「不運な二人がこうして出会い、ウソにまみれた交流をして、遂には薄暗がりで二人きり。今日はそんな二人の、運の転換期になるんだよ」




 まるで酔っ払ったように浮ついた喋りで、身を捩らせながら言葉を紡ぐ――――ジサツシマス。

 自身の体を抱きしめ、まさぐりながら……捕食者の瞳でこちらを見つめる。




「刺しちゃって、ごめんね? もうしないよ。ウソついちゃって、ごめんね? もうしないから」


「……どっか、行けよ……P(プレイヤ)K(ー・キラー)


「これからは、素直になるよ。抉っちゃった事も謝るし、お返しにボクに……抉り貫いても、いいからね」




 そう言いながら、一歩、また一歩と俺に忍び寄る女。

 その口は半開きで、舌が端から端に移動する。そんな蠱惑的な表情が――今は何より恐ろしい。

 俺は、コイツに……殺されるのか。




「さぁ……サクリファクトくん、覚悟はいいかな?」

「クソ……ッ」

「大丈夫、怖くないから……今日の命運を受け入れよう?」

「……ふざけ、んなっ」


「キミはボクと出会った時から、こうなる運を手繰り寄せ続けた。運勢から来る必然によって、キミはこれから――――――




――――ボクと、セックスをしよう」




 …………。


 ………………。






 ……………………は?




     ◇◇◇




 待て、待て待て待て。

 今コイツ……何て言った? 何かすごい下ネタを言わなかったか?

 明らかに命を奪う感じの雰囲気だったのに、全然違う事をほざかなかったか?

 信じられない、聞き捨てならない、支離滅裂で突飛な言葉を、口にしなかったか?




「もう我慢できないの。早くしないと、スピカや誰かに……とられちゃうから」


「な、なに言ってんだお前……」


「キミと肌を重ねるのは、ボク。そうして心を寄せ合って、キミを誰より早く……何より深く知りたいのだから」


「……意味、わかんねぇ……」


「きっと、そうする事で……キミの心に近づけるから。キミの思いを、知ることが出来るから。イルカとおんなじキミの思いを……ボクは、知りたいんやよ」




 そう言いながらも倒れ伏す俺に跨がり、とすんと上に座ってくる。

 痺れて動けないはずなのに、きちんと重さと柔らかさを感じて……どんな都合の良い状態異常だよ。

 いや、今の俺にとっては……都合の悪い物だけど。




「誰より先じゃないと駄目。キミを夢中にする必要があるから。ボクの体で快楽に溺れて、ボクがいるこの世界に依存して……キミの気持ちを、イルカの気持ちを……教えて欲しい」


「……イルカって……なんだよ……」


「イルカだよ。海に居る――――海に居た、賢い海洋哺乳類」


「それが、俺と……何の関係が…………ひっ」




 ぺろ、と頬を舌が這う。

 いきなり何するんだ、このみだらな女は。

 女の子にほっぺたを舐められるなんて……始めてなんだぞ。そういうのは好きな子としたかったのに。




「そうだねぇ……少しだけ、お話しよっか?」


「…………」


「ボクのお仕事……リアルのお仕事は、イルカの研究。幅5キロにも及ぶ巨大なプールに、人工的な海流・潮汐流を作り出し、そこでイルカを飼育する……イルカの飼い主なんやよ」


「…………」


「試行錯誤の結果生まれた、不規則なパターンの餌のルーティン。季節を参考にした水温の変化。疑似餌を追う狩りのような遊戯。きちんと管理された中での、快適な交尾。何不自由の無いイルカの楽園で、彼らは幸せに暮らしてる」


「……けっ」




 聞いた事がある。

 イルカに限らず、今ではすっかり生き物が消えた海の生き物を飼育する施設と言う物。

 そこは少しの人間と、多くのAIによって厳正に管理がなされ、イカだのマグロだのを養殖したり出荷したり、遺伝子をいじったりと色々しているらしい。


 そんな、特殊学習プログラムを受けたエリートしか入れないような、只々ひたすらに国益を求める事を信条にする国家公務員を、コイツがしているだって?

 まるで冗談のような話だ。こんな淫乱で凶悪な女が、そんな上流階級に位置するなんて。




「……何も心配のない、素敵な暮らし。したいことをして、生きるばかりはとても簡単な世界。野生の危険も過酷な自然も存在し得ない、平穏が満たす巨大な水槽――――だと言うのに」


「…………」


「そうだと言うのに! 彼らは! 餌を拒絶し、泳ぎをやめて、壁に幾度も体当たりをする! はっきりと……そう、はっきりと! "ここから出せ" と、きゅいきゅい鳴くんだ! 何の心労もない、歴史上で最も素晴らしい環境に、その身を置いているというのに!」


「…………」




「イルカは賢い。エコロケーションで2419もの単語を使用する事がわかっているし、シグネーチャーホイッスルで呼びかけすら行える。人と変わらぬ交信が出来る。

 …………そんな彼らは、外をこいねがうんだ。『外へ行きたい』『海に出たい』『過酷な世界で生きていたい』…………『例えその道半ばに、死が待っているとしても』って」




 イルカ。

 子供の頃親に連れて行って貰った水族館で、ショーの主役をしていた生き物だ。

 つるっとした体にくりっとした目を持ち、尖った口でボールをつついたり、水面から大きくジャンプしたりもしてた。


 その頭脳は5~6歳児程度はあるとか言われていて、飼育員のお姉さんを乗せて泳いだり、簡単な算数の問題を解くショーも成功させていた賢い姿を見た俺は、しっかりと納得させられた思い出がある。


 そんなイルカが、安全で快適な生活を保証されるイルカが――――その賢い頭でもって、自ら歴然たる死へと向かうのか。

 確かに不思議ではあるけど……それと俺に、何の関係があるんだ。




「脳幹に取り付けたチップから、信号として感情が伝わるんだ。外へ出たいと言う気持ちと、死にたくないと言う気持ち。壁にその身を打ち付け、その向こうに海があると信じて体当たりを繰り返しながら――――痛いよ、死んじゃうよって涙を流す、悲しみの詰まったエコロケーション。ねぇ、どうしてかな? どうしてそんな、不可解な事をするのかな?」


「し、知るかよ……」


「ううん、ウソだよ。キミは知ってる。だってキミは、イルカと同じだもの」


「……はぁ……?」




「トラウマが詰まったこのRe:behind(リ・ビハインド)に、自らの意思で日々訪れる。怖いよ、嫌だよって言いながら……この世界に何かを求めて自らの足を進めるんだ。死への恐怖を抱え込みながら、この仮想世界を離れようとしないキミは……イルカと一緒。絶対そう」


「…………」


「そんなキミの周りには、多くの人が集まって来る。【死灰】に【天球】、あの【ドクターママ】でさえ、キミには一目置いているね? それがボクは……不思議で、知りたいんだ」


「俺だって、そんなの……知るかよ」




「んふ……そうだね。それでいいの。キミは、そのままで」


「…………」


「そんな事関係ない、余計な事はどうでもいい。キミはただ、自分のままに居て欲しい」


「…………」


「だから、だからね? セックスを、しよう」




 いや、何でそうなるんだよ。"だから" の使い方がおかしいだろ。

 お国のためにを刷り込まれ続けた上級国民サマは、思考回路がイカれてるのかよ。




「精神を飛ばしたこの世界で、心と心を重ねよう? お互いしたい事をして、肉欲の坩堝でどろどろになって、心の奥まで混じり合うんだ。そうすればきっと、キミへの理解も――――イルカの気持ちも、わかる気がするから」


「……断る。俺には関係ないし、気持ちが悪い」


「んふふ……ひどぉい。今のボクは『ツシマ』じゃないのに――こうまではっきりとした、女の子なのにぃ」


「ふん……それも、変装かもしれないだろ……っ」


「疑り深いなぁ……誰のせいかな? あ、ボクのせいか。んふふ」




 そう言いながら、俺の上でもじりもじりと蠢くこの女。なんとなくわかる、()()()の気配。

 これはいよいよもってピンチのようだ。

 主に俺の、貞操の。何だよこの状況。




「それじゃあゆっくりじっくり……と、言いたい所だけど……デュエルは10分間だから、あと6,7分しか無いからね。それまでにサクリファクトくんに、ボクの体を自ら求めさせなくっちゃ」


「……するわけねーだろ、変態」


「んふふ……『ツシマ』で一緒にいた時から、ずっとキミを見ていたんだよ? 何が好きで、何が苦手で……どんな事に弱くて、どんな事で参っちゃうのか」


「…………」


「それに加えてその若々しいオトコの体……いつまで辛抱出来るかなぁ?」 


「……俺は、そんな――――」


「何だかドキドキしちゃうね? 人混みはすぐそこ、まるでイケない事をしているみたい…………んふふ。誰か来ちゃうかなぁ?」


「や……めろ……てめぇ…………」




 ダイブアウトは…… "決闘(デュエル状態" では出来ない。

 体は痺れて動かない。口がきちんと回らない。女が上に、乗っている。

 紛うことなき八方塞がり。打開策は、見当たらない。



 誰か……助けてくれ。

 

 俺の貞操が、危ない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ