第十三話 ジサツシマス
□■□ Re:behind 首都 東口 □■□
「ようやく着いたな~……って、何だ? 街のほうが騒がしいな」
「…………」
「何かやってるのか? 調子の良い音楽も聞こえるぜ」
「…………」
海岸で唐突にご機嫌ななめになったスピカと共に、ゆっくりと散策しながら移動する事4、50分。
帰り道をのらりくらりと移動して――何故か移動用スペル『天球』に乗せて貰えなかったから――やっとの事で首都へと帰ってきた俺の耳に、いつもよりずっと膨らんだ喧騒が聞こえて来る。
ぴょろぴょろトントンと笛や太鼓が鳴り響き、その隙間にはプレイヤー達の笑い声や気合いの入った声が聞こえて。
一体何をしてるんだ? 路上パフォーマンスみたいな事をしてるのか?
「気になるな……スピカ、ちょっと行ってみようぜ」
「…………」
「ん? なんだよ?」
少しだけ浮足立った俺が首都へと歩みを進めようとすると、『天球』にぺたりと座ったスピカに服をきゅっと掴まれる。
それを受けて振り向いてみれば……スピカは地面を見つめて微動だにしない。
……心なしか頬は染まって、への字の口はぴったりと閉じている。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「…………」
「遊び足りないのか? それならカニャニャックさんの店で遊ぼうぜ」
「……否定」
「じゃあなんだよ。お腹すいたのか? 団子ならあるぞ、死ぬやつだけど」
「…………」
ちら、と俺を見て、おずおず、と口を開き、また閉じる。
いつものマイペースで強引な様子を引っ込めて、随分と引っ込み思案な雰囲気だ。
一体どうしたって――――ん? もしかして。
「ああ、スピカ……そういう事か」
「……っ」
「わかってる…………排泄感知、出てるんだろ?
海で冷えちゃったもんな。ダイブアウトして行ってこいよ、我慢は体に毒だぜ」
「…………」
「でも、そのエラーがあるって事は、今日は『マイナーコクーン』だったのか。竜殺しがマイナー使うなんて珍し――――」
「『光球』」
「うわ! あぶねぇ!」
俺のスマートな気遣いに対し、光り輝く白い球を呼び出しこちらへ飛ばしてくるスピカ。
何だよコイツは。折角俺が、気を回してやっていると言うのに。トイレに行きたくなると凶暴になるタイプなのか? 恐ろしい女だぜ。
「うおお~っ! やめろ~!」
「…………」
光球に追いたてられるようにして、首都へと駆け込む。
ここなら『接触防止バリア』が守ってくれるだろう。
そんな俺をふよふよと追いかけるスピカは、心なしかいつもより目が開いていて。
トイレに行きたくなると、目がぱっちりするタイプなのかもしれない。
「はぁ……なんなんだよ、お前は……」
「…………再見」
「……え? あ、おい!」
そんなスピカは、ぽつりと言葉を吐き捨てたかと思えば、ノイズが入ったように姿をブレさせ、ふっと消える。
随分と忙しない奴だ。無理やり俺を連れ出して、水とか砂とかよくわかんない事ばっかりして、最後は俺に襲いかかりながらダイブアウトするなんて。
……まぁ、俺の為にやってくれていたであろうアレコレは、ありがたかったけどさ。
「それにしても……女の子って、トイレ行きたい時は乱暴になるもんなんだな。また一つ、女の子に詳しくなってしまったぞ」
覚えておこう。
同じ失敗はしないように、今度からは早めにトイレへ行くことを促すんだ。
俺は学習する男なのだから。
◇◇◇
「あっ! サクリファクトさん!」
「ん……ツシマか。偶然だな」
「いいえ、奇遇、幸運なんかじゃないですよ。ずっと探していたんですから」
「マジかよ。何か悪いな」
「いえいえ、んふふ」
ツシマ。帽子を目深に被る、線が細くて小柄な知人。
今日も変わらず顔は見えづらく、その下から飛び出す声は太くて低い。
まるでボイスチェンジャーを通しているようですらあるぜ。
「ええと――――はいっ! 先日のカエルのお金、サクリファクトさんの取り分の、9,000ミツをどうぞ!」
「……多くないか?」
「カエルの皮が一枚4,500で売れたので、木炭5つの7,500を差し引いて15,000だったんやよ。ボクは何もしていないから、あなたが6のボクが4で、こうなりました!」
「いや、ツシマが居たから5匹狩れたんだし、きちんと半分にしようぜ」
「だめですよ~。それに、素材屋も言ってましたよ?『殆ど頭を一突きで殺してあるから、皮の状態が良い』って。だから4,500で売れた訳ですし……どうぞ、お納めください!」
「う~ん……でもなぁ……」
お金の事はよくわからないけど、こういうのはきちんと平等にすべきだと聞いた事がある。
何しろこのRe:behindのゲーム内クレジットは、公式RMTによって現実のお金と価値が変わらないんだ。
生活に直結するミツのやりとりは、真摯に挑むべきだと俺も思う。
「あ、それじゃあ……こういうのはどうですか?」
「ん?」
「『ドラゴン祭』! あそこの出店で、ボクに何かご馳走してくださいっ!」
「どらごんまつり……?」
今も耳に聞こえる明るい音や賑やかな声は、祭りと言われたら――ああ、納得も出来る。
だけど、ドラゴン祭ってのは……どういう事だろう。
◇◇◇
「復興支援のプレイヤーイベント、かぁ」
「簡単に言うと、そんな所やよ~」
「皆で騒げば、建物が直るのか?」
「んふふ……そうであったら、とても素晴らしい事ですけど……ちょっと違いますねぇ」
「ふぅん?」
ドラゴン祭。
以前竜型のドラゴンが襲来した際にも行われたソレは、どうやらプレイヤーたちによる自主的なもので、運営が用意したような物ではないらしい。
リビハプレイヤーの皆が良さそうな日取りをなんとなくで決め、それをあちこちで告知をして、皆が自ら盛り上げようとする事で成り立つ、楽しい催し物だ。
ちなみに、そんなイベント在りきでの言葉として、ドラゴン襲来を『ドラゴン前夜祭』と呼び、このイベントを『ドラゴン本祭』と言ったりするんだとか。
こういうのって、なんだか凄くMMOっぽくて――良いと思う。
「フリーマーケットのように商品を並べたり、ちょっとしたお遊びを用意してみたり。そうして沢山のミツを巡らせて、その内の一部から『ドラゴン被害者』のプレイヤーに寄付をするんです。思わぬ不運でお店が潰れてしまった人の、再興のため」
「へぇ……なんか、気持ちのいい話だな」
「それを楽しみにするプレイヤーも多くいて、この日は普段あちこちの街にいるプレイヤーが首都に集まって、それはもう楽しい賑わいを見せるんやよ」
「言われてみれば……最近首都にいるプレイヤーが多かった気もするぜ」
「と言うか、サクリファクトさんはこのイベント、知らなかったんですか? 掲示板やリビハWikiとかに、沢山告知がありましたよ?」
「…………そういうの見てると、ふとした所で嫌なことも目にするからさ」
「あ……ごめんなさい」
「いいよ」
最近は得意の情報収集も、疎かだ。
それは、思わぬ所でトラウマが呼び起こされるのを嫌っていた事と……リビハに対する熱が少しだけ冷めていた所為でもある。
極力首都を歩かないようにもしていたしな。リビハ内引きこもり、と言った感じで。
「……よし、行ってみようぜ」
「は、はいっ」
「俺はこういうの初めてだなぁ」
「初めて……?」
「うん、だから色々教えてくれよ」
「色々教え……っ? くぅ……んっ」
「……え?」
「な、なんでもないですっ! いっぱい教えちゃいますよ!」
「あ、うん……」
何だ? 今の声。ツシマが出したのか?
どんな時に出る声だよ。トイレでも我慢してんのかな。
全くどいつもこいつも……生体側の管理はちゃんとしてほしいものだ。
◇◇◇
「あ! 見て下さい! カラフルベリーの果汁を凍らせたやつが売ってますよ!」
「本当だ。スペルで凍らせたのかな? 色とりどりで、目にも楽しいな」
「あれ食べたいです! 最初はあれにしましょう!」
「わかったから引っ張るなよ……子供かって」
「すいませ~ん、二つ下さい!」
「あいよ、一つ500ミツね。何色が良いんだい?」
「ボクはこの桃色ので~……サクリファクトさんは?」
「紫色にしようかな……はい、1000ミツ」
「え~と、ほれ。どうもね~」
そうして渡されるのは、それなりに丁寧に磨かれた木の棒に刺さる、棒状のアイスキャンディのような物だ。カラフルな色合いは、カラフルベリーのそのままではなく、少しだけ明るい色をしている。
500ミツはちょっと高い気もするけど……お祭り価格という言葉もあるし、何より一端が寄付にまわされるというのなら、財布の紐も快く緩められる。
……それにしても……これって、何て言う食べ物なんだろう?
「あの」
「ん? なんだい兄ちゃん」
「これって、何て名前なんすか?」
「ん~? サクリファクトさん、さっきボクが言いましたよ?」
「え? なんて?」
「『カラフルベリーの果汁を凍らせたやつ』ですってば」
名前、酷いな。
雑すぎる。
◇◇◇
「美味しいですね~、冷たくって」
「まぁ、カラフルベリーの味だな」
「そっちはどんな味なんですか?」
「……紫のカラフルベリーの味だよ」
「……一口、食べたいな~」
「はぁ? やだよ。男同士でそんなの、気持ち悪いだろ」
「えぇ~、じゃあ……女の子とだったら、良いんですか?」
「……やだよ。飲み物とかなら別にいいけど、こんなすっかり舐め回してる物……」
「じゃあ、好きな人とだったら?」
「…………知らねぇよ」
「……んふふふふ」
「気持ち悪いぞ」
ベンチに座って長い名前の冷たい物を食べる俺とツシマ。
眼の前を行き交う人々は、誰もがにこやかに言葉を交わして、活気あふれるお祭り通りだ。
首都の町並みをよく見れば建物同士をキラキラしたガラスのような装飾付きの紐が繋げているし、あちこちで紙吹雪っぽいものが舞ったりしてる。
祭りというか――――外国の、フェスティバルって感じだな。ちょうちんも無いしさ。
ん? フェスティバルって、祭りって意味だったっけ?
「そういえば、東門辺りにいましたけど……外へ出ていたんですか?」
「ああ。スピカとちょっとな」
「……【天球】の?」
「うん。一緒に海に行って、砂とかで遊んでたんだよ」
「…………天球も、サクリファクトさんの為に?」
「そうなのかな、そうかもな」
「……随分と、気に入られてるんですね。【死灰】に続いて【天球】まで」
「そうだなぁ……ありがたい話で……ん? ツシマ、そのアイスっぽいの、溶けちゃってるぞ」
深く被った帽子の影から、こっちをじぃっと見つめるツシマの手にあるソレが、ぽたりと雫を落とす。
男にしては小さく白いツシマの握りこぶしを、桃色の液体がつうっと流れる。
「何故? どうしてキミは、そこまでされるの?」
「……え?」
「ただの初心者で、これと言った特徴もないキミが、どうしてそんな気難しい二人の竜殺しに…………そこまでされるの?」
「し、しらねぇよ。何だよ急に」
「何がある? キミには何かがある? 死への恐怖と生への渇望を同居させ、自身を痛めつけながら何かをここに求めるキミには、何かが――――」
「お、おい……どうしたんだ?」
「自ら死を望むイルカと同じ。死ぬとわかっていてそこへ向かう。絶望しかない外海へと出ようとする。何を求めて? 何を知ってる? 何故死ぬの、イルカはどうして死に行くの」
何だかよくわからないけど、ツシマが急に訳のわからない言葉を喋りだした。
死だの生だのイルカだの……どうしたんだ? コイツ。
アイスに変な効果でもあったのか? 混乱効果とか、脳をしびれさせるとか。
「なぁ、ちょっと変だぞ?」
「…………あ」
「な、なんだ?」
「見て下さい、サクリファクトさん。『トゲ当て』がありますよ」
「……何だ? それ」
「仲の良い二人で参加する、簡単なゲームです。店主にミツを払って風船とトゲトゲのボールを貰って――片方の頭に乗せた風船を上手く割れたら、景品が貰えると共に信頼関係が保証される、素敵なゲームですよ」
「へぇ……」
「お金はボクが出します。やりませんか?」
「別に、良いけど……」
何か……変な気がする。目がうつろというか、とろんとしてると言うか。喋り方もどこか違う気がするし、雰囲気もがらりと変わったような……。
少しだけ、薄ら寒い感じがする。なんだ? やっぱり海で、風邪ひいたかな。
◇◇◇
「いいですか? 動かないでくださいね」
「……俺に当てるなよな」
「だいじょう――――あ、そうだ」
「ん?」
「このゲーム、"決闘"状態じゃないと駄目なんですよ。トゲがバリアに弾かれちゃうので」
言われてみれば、それもそうかもしれない。
頭の上にある風船なんて、恐らくバリアの範囲内だろうし。
って事は皆デュエル状態でやってるのかな? ちょっと危ない気がしないでもないぜ。
「いいですか?――――"決闘"」
「ああ……ええと、"決闘"」
「それじゃあ行きますね――えいっ」
「は、早いな、おいっ」
「おっ! 的中でございますね、お客様! 素晴らしいっ! 粗品をどうぞ」
「ありがとう。行こう? サクリファクトさん」
「う、うん……」
ぽんっと投げて、ぱぱっと割って、さっと貰って、すいすい歩き出すツシマ。
その動きにはどこか焦りすら見える。何か変だよな、コイツ。何を急ぐ事があるんだ?
「こっち……ちょっと、路地に行きましょう」
「ちょ、早いって。どうしたんだよツシマ。ちょっとおかしいぜ」
「…………ここで」
「ぐえっ、な、なんだよ……」
祭りの喧騒から逃げるようにして、薄暗い裏路地へと入り――――そのまま壁に押し付けられる。
ぴたりと俺の体にくっつくツシマは、何故か異様なまでに熱くて……それでいて、何か柔らかい。
特に俺にぐいぐい押し付ける上半身の一部……そこの柔らかい膨らみと言ったら。
……まるで、男にはない、女の子特有の部位のようだ。
「んふ……もう、駄目なんだ。もう我慢出来そうに、ないんやよ」
「ツ、ツシマ? 離れろよ。ちょっと苦しいし、気持ち悪いぞ」
「駄目……早くしないと……とられちゃう」
「はぁ? 何言ってんだ? いいから離れろって。背中も痛いし」
「んっ……サクリファクトくん、ごめんね? 『模倣』『おしまい』」
「……は?」
みみくり、おしまい。
俺から少し身を離したツシマが、そんな言葉言った瞬間。
桃色の渦が巻き上がって全身を覆い―――― 一瞬で消えた渦のあとに出てきたのは……確かにツシマではある筈だと言うのに、大部分がことごとく違う……小柄な少女。
黒だったはずの髪はピンク色になり、帽子は消えてふわふわのショートボブが顕になって。
同じく黒かった瞳は、翡翠のような深い緑色に変わっている。
服装は茶色い野暮ったいローブを脱ぎ捨てて、黒い布製のものとなった。
見た目から性別までもが、まるで別人、違うキャラクター。
その声すらも、少し高くてハスキーな……さっきまでの野太い声とは全然違う物になっている。
何だこれ? 別の人に入れ替わったとしか思えない。
「さっきまでのは、全部ウソ。瞳に髪色――――声色までもが、まるきりね」
「な、なんだよそれ」
「名前もね、ほんとうじゃないの。ボクは『ツシマ』じゃないんやよ」
「じゃ、じゃあ……誰なんだ? 何て名前なんだ? お前は……」
「ジサツシマス」
「……は?」
「プレイヤーネーム『ジサツシマス』。聞いた事、あるかな?」
なんつー名前だよ。 "自殺します" って。
背徳的というか、良からぬにも程がある。色んな人から色々言われそうだ。
……って、あれ?『ジサツシマス』?
昔どこかで見た気がするぞ。そんな、イカれた名前の――――竜殺し。
「職業は道化師と盗賊。合わせてニンジャでクノイチな、常夜に紛れるおしのびスタイルさ」
「……マジかよ」
思い出した。有名プレイヤー一覧と、要注意プレイヤー一覧の両方に名を連ねる、名の知られた悪質プレイヤー。
"殺し屋"、そして "殺させ屋" とか呼ばれる、常に血と悪意にまみれてRe:behindをプレイする、危ない竜殺しの女プレイヤー。
ツシマ……不運で間抜けで変な声で笑う、だけど気の良い、弱っちい男の筈だったコイツが、その有名赤ネームの――――――。
「二つ名は【殺界】
【竜殺しの七人】……ジサツシマス」
「…………」
「改めて、よろしくね。サクリファクトくん? んふふ」
くにゃりと三日月のように細められるその瞳は、まるで野生に生きる捕食者だ。
それも……獲物を見つけた愉悦に濡れる、視線の先にいる者の、背筋を凍らせるような。




