第十二話 オトメ・オン・ザ・ビーチ 上
□■□ Re:behind 首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』 □■□
「――だからさ、俺は思うんだぜ。俺がRe:behindを始めて、【死灰】と呼ばれるまでになった今日までの日々は、本当の友達と…… "サクリファクト" と会う為の物だったんじゃないか? ってな」
「……まるで恋する乙女の台詞だね」
「おいおい、気持ち悪い事言うんじゃねぇよカニャニャック。俺とアイツはそんなんじゃねぇ。ただの……そう、ただの親友だぜ。はははっ!」
「…………もう親友なのかい」
気に入らない。サクリファクトと言う男。
誰とも真に寄り添う事をしない【死灰】を、こうまで惹きつけた、あの男。
私の――この【天球】スピカを歯牙にもかけないマグリョウが、アイツにだけは心からの笑顔を見せる。
なんなの。スピカのほうが、絶対可愛いのに。
「俺はてっきり "味方殺し" をしちまったかと思っていたが……実はそうじゃなかったんだぜ。俺がやったのは "友軍撃ち"――Friendに攻撃しちまってたんだ! 味方じゃねぇ、友人だぜ? 何だか知らんが灰の中で見えにくい友達をナイフでぶっ刺しちまってさ。それを心底後悔してた俺に、アイツはこう言ったんだ」
「………………それはさっき聞いたよ」
「まぁ聞けよ。その後のサクリファクトの言葉は、何度でも語られるべきクールな台詞なんだからよ」
カニャニャック・クリニックの狭い店内で、椅子に座ったり立ったり、身振り手振りで演じてみたり、とにかく落ち着きのないマグリョウが目障りだ。からっと笑っていつもより高いトーンで喋り尽くすマグリョウの声が耳に障る。
明らかに今までと違う、新しい世界を見つけたような顔をする灰色の男が――――とにかく鬱陶しい。
私じゃ、スピカじゃ……出来なかったのに。
誰にも愛されるキュートな魔法少女より、多くの好意を集めるだなんて……そんなのずるいと思う。
◇◇◇
「……ん」
そんなマグリョウのはしゃぎぶりを見ていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
涎が垂れたほっぺたをカニャニャック・クリニックの床で拭きながら頭を起こすと、そこにうるさい灰色の奴は見当たらない。
代わりにいたのはカニャニャックと――――例の男、サクリファクト。
人を惑わす痴れ者め、よくものこのこと表れて。
…………リスドラゴンと戦ったあの日、この男は初心者ながらに殊勝な活躍をした。
掲示板を見ればそれなりに話題となっていたし、ロラロニーちゃんとの関係性を噂され……そこから私との繋がりまでもが邪推をされている。
そんな身も蓋もない話は冗談でもよして欲しいのに。こんな男とリアルで知り合いな訳がない。
私が繋がりを望んで持っている知人たち、その誰も彼もが『きちんとしてる』人たちばかりだ。
ちゃんとした目的があって、そこへ向かってまっすぐ進む、計算高く仮面をかぶって自分を都合よく演じられる自制の出来る人たちなんだ。
間違ってもこんな男のような……自分のままで思いつきの行動をする、未来を計算しない考えなしな人とは仲良くするわけがない。
…………考えなし。理では語れない、勢い任せの行動。
自らを犠牲にしてロラロニーちゃんを助けて、自分勝手に消えようとしたその浅はかさ。
そんなの認められる訳がない。気に入らないにも程がある。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬も……だなんて綺麗事を言った所で、それは結局エゴなんだ。
助けた側は気分がいいかもしれないけれど、助けられた側は、残された側は…………とてもとても辛いのだから。
挺身と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、それは逃げであり浅慮な選択。勢い任せでひとりよがりだよ。
「おや、スピカ。起きたのかい?」
「……起床」
こちらに気付いたカニャニャックが声をかけてくると、意外そうな顔で私を見るサクリファクトだ。
まるで『いたのかよ』とでも言いたげな、ムカつく表情。
ロラロニーちゃんはこの顔を『愛嬌があるしかめ顔』と評していたけれど……こんなのただの平凡でフツメンの無愛想だ。愛嬌だったら私のほうがよっぽどあるし、ことりちゃんにあっては世界一の愛らしさと言っても良いほどだよ。
ことりちゃん。ロラロニーちゃん。
リスドラゴンが去った後、またまたコクーンハウスで会った彼女。
サクリファクトが助けてくれた顛末を、嬉しさいっぱいの顔で弾むように語って。
その後の彼のトラウマを、悲しさにまみれた顔でしんみり語って。
『何かしてあげたいんです。私に出来る事なら、何だって』って、潤んだ瞳でこちらを見つめて来る顔には……心をぎゅっと掴まれた。
ことりちゃんの優しさに感じ入って、彼女を大切に思う気持ちがより一層膨らんで。
そしてその後に押し寄せる――――彼女にそこまでの想いを注いで貰っている、サクリファクトへの……もやっとした黒い感情。
羨望やら嫉妬やら、そんな良くない気持ちが私の心をいっぱいにした。
気に入らない。サクリファクトという男。
ことりちゃんにああまで想われ、マグリョウにこうまで慕われ、だけれどスピカにまるで好意を抱かない。私にとってのイレギュラーな存在。
…………やるしかない。決着をつけるのだ。
この男をここで、外へと連れ出し…………今日を勝負の日としよう。
私は【竜殺しの七人】で【天球】のスピカ。 紛れもない有名人で、トッププレイヤーで皆のアイドル。
そんな私の力で、この男を――――――
――――なんか、どうにかこうにかするしかないよ。
◇◇◇
「……騎乗」
「いや、俺はいいよ。歩くから」
「……早急」
「えぇ……? 俺もコレに乗るのか?」
そういう訳で、そうなった。
スピカの可愛さを存分に発揮したおねだりによって、この男を天球に乗せて小旅行に行く事となったのだ。
カニャニャックに貰ったアイテムがストレージに入り切らず、『カニャ☆クリ』と書かれた風呂敷のような物を背負うサクリファクトを無理やり乗せて、行き先未定のピクニックへと出発だ。
「いいかい、サクリファクトくん。ワタシの渡したアイテムは、様々な事象を引き起こせる。モンスターを退ける、雨風を凌ぐ……そして、プレイヤーの自由を奪ったりも出来る」
「……そっすか。恐らく使いませんけどね」
「その力でもって、【天球】スピカの体の自由を奪い、彼女のあどけない体を自由に弄ぶ事すらも出来るんだ。くれぐれもそんな事はしないように」
「…………するわけないでしょう」
「くれぐれも! しないように!」
「……しつけぇ」
サクリファクトの反応もカニャニャックの言葉も、まるでマグリョウを乗せた時のよう。
彼女はいつも私の周りの男にこうして私を性的に見るような事を言い、異性として意識するように誘導する。
それは彼女が下ネタ好きとかそういう事ではなくって。
まるで生足をちらりと見せるような、女の武器を不意に覗かせるような――――作為的に胸を高鳴らせ私に対する意識を膨らませる、一つの精神誘導なのだ。
カニャニャックは知っている、私が自ら男に好まれるキャラクターを演じている事を。
その上でそれをより一層やりやすくする為に……環境を整え、迂遠なお膳立てをするのだ。
それは『皆が恋する魔法少女スピカ』を作るための些細なサポートで、巧妙な場作り。逐一二つ名を呼ぶのも、彼女なりの『二つ名の浸透』の為の細かな気遣い。
本人が楽しんでいる節が無い訳でもないけれど、それでも中々出来る事じゃない、ロールプレイを補佐する役目。
ママと呼ばれるカニャニャックはこういう遠回しな援助が得意で、それは大体の場合ありがたいのだ。
…………マグリョウは照れるばかりで、あんまり効果はなかったけれど。
「……出発」
「――うおっ! い、いきなり早すぎだろっ!」
「気をつけて行っておいで~。くれぐれも健全に~」
勢いをつけて天球を飛ばす。
とりあえずの目的地は――――東かな。海岸にしよう。




