閑話 PKされるプレイヤーの金稼ぎ
VRMMORPG……仮想現実下での、多人数が同時にプレイするロール・プレイング・ゲーム。
十人十色なプレイヤーが存在し、個人の趣味嗜好や矜持、生き様なんかは様々さ。
同じ人間なんて、一人もいない……それこそイルカのように千差万別で、だからこそのリアルさ、なんて言われる所でもある、素敵な世界。
そんなそれぞれの個性の発露に加えて、ひたすらに雁字搦めで自由の無い現実から逃げる一つの手段として存在している事もあるから…………誰も彼もが手を取り合う優しい世界には、なりえない。なりえるはずがない。
人間の本質的な部分を曝け出す、 "自由" というよりは "縛られない" な世界。
ボクは……【竜殺しの七人】で【殺界】のジサツシマスは、そんな風に思ってる。
◇◇◇
「ん~っと……定時連絡、イレギュラー案件、こっちはリビハのニュースレターに……」
ダイブする為に訪れていた名古屋市にあるNagoya Colonyを出て、電車に乗って福井駅で自動運転タクシーを呼び出し、自宅の住所とコース指定を済ませてようやくひといき。
車内は飲食禁止だなんてケチな事言わずに、コーヒーの一つでも出してくれればいいのにな、なんて考えながら携帯端末の通信データをチェックする。
現実のお仕事の定時連絡と、その他もろもろが沢山に――――ひとつだけ色の違うアイコン。
ボクが送信した『Re:behind内でのお仕事の完了報告』に対する返信のデータみたい。
「『こちらでも首都内部における赤ネーム化、確認しました。ありがとうございます。成功報酬の50万円は明日口座に振り込みます。追伸 : 出来れば追加で、生涯忘れられないような恐怖を。死んだほうがマシだと思える体験をお願い出来ませんか。その際は、同額の50万円をお支払いします』…………かぁ。すごい恨みっぷりだね、ほんと」
依頼主への報告メールに対する返信データを見ながら、自動運転タクシーの背もたれに身を沈めて、ひとりごちる。
"殺させる" だけでは飽き足らず、殺す事も求めるなんて、随分徹底しているなぁ。
「お客様、何かございましたか?」
「ううん、独り言だってば。しばらくキミと会話をする気は無いよ」
「確認しました」
味気のない機械音声……それが年配の男性の声であるのは、人々の印象に残る生体のタクシー運転手がそうだったかららしい。
だけど、どうせなら……カートゥーンアニメに出てくる可愛い動物のようなおどけた声や、心に安らぎを与える優しい女性の声にすればいいのに、と思う。
もしくは、サクリファクトくんのような――――どこにでもいる普通の男の子の声。
それでいて、友達の事や自分の事、そんなあれやこれやで頭をいっぱいにしながら、懸命に足掻く生々しい声が良い。
ああ、別れたばかりだと言うのに、次に逢う時が待ちきれないよ。
彼が生きている時間を一秒でも多く見つめて、彼が死ぬ刹那を何度だって目に焼き付けたい。
ボクの行き詰まりは、きっとそこで解を得られる。
(んふふ……躰が熱いや……)
彼にとっての『聖女』とは、一体どんな存在なのかな。
彼にとっての『ヒール』とは、一体どんな印象なのかな。
そんな二つを内包しながら、それでも離れたくないRe:behindとは、彼にとってどれほどの存在なのかな。
純然たる死のリスクを背負いながらも、リビハを求める彼の行動が気になってしょうがない。
こわいよ、いやだよって "恐怖の思い出" に苦しみながら――――それでも自らダイブする事を選ぶ彼の心を、知りたくて知りたくてたまらない。
もっとお話したい、もっと視線を通わせたい、もっともっと深く身を寄せ合って、むき出しの心を交わし合いたいよ。
(精神を飛ばしてダイブするVR……その場所で、最もわかりやすい交流をしてみようか? 肌と肌をくっつけて、心と心を擦り合わせて、肉欲という本能を通わせて……んふふ、ふふふふ)
彼と、肌を重ね合ってみようか?
そうして互いに生きる歓びの中に身を置けば、心に直接触れられるかもしれない。
人間の根源的な愉悦を共有して、二人で気持ちよくなるんだ。一番仲良しな男女がする行いをして、今よりずっと深くお互いを知り合うんだ。
そうだ、それがいい、そうしよう。
ボクの体を彼に捧げて、彼のおもちゃにして貰うんだ。
そんな彼をボクは見つめて、心の中で "被検体" にするんだ。
(んふふ……良いね、良いね、凄く良い……あぁ、サクリファクトくぅん)
その時の事を想像すれば、体はことさらに熱を帯びる。
胸の内がきゅうっとなって、お腹の辺りがモジモジしてくる。
身を捩り、ホットパンツから出たふとももを擦り合わせる、そんなボクを――タクシーの天井についたカメラがきゅいっとフォーカスして、何も言わずにピントを外した。
機械のくせに、見てはいけない物を見た時の反応は……とっても人間的だ。面白いね。
◇◇◇
(う~ん、それにしても……仕事はどうしよう)
ボクは仕事を二つ持つ。
一つは海棲哺乳類研究者として、特大のプールがある素敵でワンダーな施設で働く『洋同院 優』としての、研究員のお仕事。
そしてもう一つが、Dive Game Re:behindの世界で "依頼を受けて殺したり殺されたりするお仕事"。
道化師で盗賊、ついでにカモフラージュの冒険者。
【竜殺しの七人】で【殺界】の名を持つ、それなりのプレイヤー。
プレイヤーネームは『ジサツシマス』。
殺させ屋、なんて呼ばれたりもする、業の深いお仕事人さ。
◇◇◇
何をするにも縛られる事のないRe:behindにおいて、どうしようもない弱者というものは、確かに存在する。
騙されるもの、組み伏せられるもの、押さえつけられるもの。悪意や害意に不慣れな人間は、いざその時に対応が出来ないと言うのもあって。
そんな、良く言えば心優しい…………悪く言えば平和ボケしたプレイヤーは、巧妙に人の心を食い荒らす、潜在的な非道徳心を孕ませていた "縛られない" 者たちの振るう牙に、為す術もなくやられてしまうんだ。
それらの問題はRe:behindだけでなく、多くのVRMMOゲームで見られる。殺人・窃盗・詐欺に強姦、それらは『まるで現実のような仮想空間』において、避けては通れない大きな問題。
(ある意味素直で、ヒトとして原初に回帰している、あるべき姿と言ってもいいのかもしれないけれどね)
そんな恐ろしい者に怯える平和なプレイヤーが取れる対策は、多種多様なVRMMOゲームのそれぞれに工夫を凝らした物が用意されている。Re:behindにおける『接触防止バリア』も、そんな中の一つで、好評を得ている信頼出来るものなんだ。
安全地帯内に居るプレイヤーを、悪意や害意から守ってくれる……融通の効く、基本的に冷たく厳しいあの世界では少し浮いてる、優しさを固めた透明の殻。
それがあるからセーフエリアは安全であるし、心休まる交流拠点となるし、だからこそある程度あけすけなやり取りも出来るのさ。
乱暴なコミュニケーションを遮断し、和やかなコミュニケーションを円滑にするお手伝い役。子どもたちの遊び場を、にこにこ見つめるお母さんの目。
(それでいて、人間同士の関わりはこうあるべきだって勝手に決める、教育ママのコミュニケーション濾過装置…………なんて思っちゃうけどね)
そんな保護者の管理『接触防止バリア』。その庇護を受ける為の条件は、ただ一つ。
『善良であること』、ただそれだけ。
とは言っても、善だの悪だのはどのようにして決めるのか。
果たして何をもって善良とするのか――――なんて思ってしまうけど、実の所そんなのは単純な話さ。
誰かを殺したり、わざわざ苦しみを与えたり、強い憎しみを持たれたりしていない事。
悪い行い、人によって非道と認識される罪深き行動……所謂『業』を、積んでいない事。
ひいては『悪い行いをしすぎてない事』、『" 業 "の値がプラス側に傾いている事』。
それをもって、善良なプレイヤー……『接触防止バリア』で守るべき存在だと、認識される。
(ボクを幾度も殺したあの男のカルマ値は、マイナスも良いところだろうなぁ)
Re:behindを管理するAIにより、独断と偏見に満ち満ちた身勝手診断で決定されるカルマ値というマスクデータ。
どこぞの施設から得た道徳基準と常識を元に、社会生物として良きものにカルマ値を与え、悪きものからカルマ値を引っこ抜く、リビハを見渡す閻魔様。
そんな絶対管理者に悪の烙印を押された者は、世界に守って貰えない存在となる。
(通称 "赤ネーム" 。古い時代のネットゲームから来ているらしいけど、中々どうして、悪くない言い方やよ)
バリアがなければ、安息の地は無い。
本来は首都の外で……戦闘エリアでだけ警戒しているだけで済んだPKという存在を、首都内部でも気にし続けなければならない。
それに加えて、首都で一般プレイヤーに襲われた日には――――『バリアに覆われた無敵状態の人』と『無防備で四面楚歌の自分』で戦わなければならないのだから、それはもう大変なことさ。
何しろ赤ネームは、明白たる悪の象徴。赤ネームが血を流せば拍手が溢れ、地に伏せた時には喝采が起こる、まるでコミックのやられ役。
名前が赤いかどうか、バリアが貼られるかどうかは、何かをぶつけたり攻撃したりしてじゃないと、確認出来ないけどね。
◇◇◇
そんな、絶対に避けねばならない状態である『マイナスカルマ値』。
それを押し付ける仕事をするのが、このボク。殺させ屋を名乗る、ジサツシマス。
街の外で誰かを殺して自身の名前を赤く染め、所構わず自分を殺させて、相手の名前を赤くする…………罪に塗れたクナイを振るい、罪人の剣を持つ手に手を添えて、自身の心臓へと優しく誘導してあげる――――桃色な業の精算係さ。
そんなボクは、勿論カルマ値は、どマイナス。
運命の人である "サクリファクトくん"とぶつかった時は、ボクにダメージ判定が出ちゃったんだけど……彼は気付いてないみたい。そんな鈍い所も、可愛いんだ。
(それにしても……んふふ…… "殺すほう" の依頼かぁ。いっぱいいっぱい殺して貰っちゃったから……次はボクが、沢山殺してあげなきゃ)
なんて言ったかな? グヒンシュレッダー、だったかな?
カルマ値の見極めが上手な奴で、バリアを上手く維持しながら酷い事を繰り返していた小悪党。
殺しをしようが強姦をしようが、結局の所Re:behindというのは縛られない世界であるし、悪いロールプレイをする事が、システム的にもプレイヤー的にも受け入れられる世界。
加害も被害も全てが自己責任で、それらで起こるトラブルさえも、Re:behindを盛り上げる一つのドラマでイベントなんだ。
だから、それらの悪行をちょびっと犯したくらいでは、名前が赤くなりはしない。
ボクの仕事は、根気強く "殺させる" 必要があるのさ。
(街を歩んでいる時に、偶然ボクにぶつかってしまい……たまたま地面に生えていたクナイが、不運にもボクの首筋に刺さる事故)
(外へ狩りに行き、モンスターを両断しようとした瞬間……たまたま飛び出してきたボクの体を、誤って斬って殺してしまう不運な事故)
(イラついて投げた石が、たまたまボクの持っていた爆発ポーションにぶつかり、その爆炎が不運にも油にまみれていたボクに引火して、こんがり焼け死んでしまう事故)
(……彼もボクも……とことん悪い運気の流れに呑まれちゃったね。んふふ)
「んふふ……えへへ……ボクは本当に――――不運だなぁ」
ボクの二つ名、【殺界】。
悪い運気の流れを示すその二つ名が持つ効果は、至って単純さ。
『運が悪くなる』、ただそれだけ。
シンプルで、マイナスで、とっても便利なボクの生き様。
望む不運に、望まぬ不運。合わせてボクは、不幸をばら撒くクロアゲハ。
「お客様、何かございましたか?」
「ううん、何でも……あ、そうだ。ねぇ、運転手さん?」
「はい、如何がなさいましたか?」
「あなたは、今日――――どんな運勢だったかな?」
「運勢ですか」
「ほやほや」
「回答します。ワタクシの本日の運勢は、とても素晴らしいものであったと言えるでしょう」
「へぇ? それはどうして?」
「貴女のような、優しげな垂れ目とキュートなお鼻、そして男心をくすぐる甘い声の "お嬢様" を、こうして運ぶ事が出来たのですから。柔らかにカールする赤毛も、小柄でスレンダーなボディも、細部に渡り一つ一つがお美しい」
「……ふ~ん」
「ワタクシは、今日と言う日を……未来永劫、忘れる事はないでしょう。きちんとバックアップデータに "重要記憶事項" として、プロテクトしますよ!
[[ 笑います ]] ハ、ハ、ハ! ハハァ!」
ああ、やっぱりボクは、今日も不運だね。
たまたま乗った自動運転車のAIが、死んじゃいそうなほどつまらない事を言って、気持ち悪い声で笑うんだもの。




