第十話 4と1
□■□ 首都南 森林中部 □■□
首都南の森。
そこに生い茂る様々な植物たちは、豊潤な自然の恵みを俺たちに与え、一年中鮮やかな緑の色彩と心地よい木漏れ日を揺らす。
そんな所から、一応『祝福の森』と言う固有名詞があったりもするけど……実際は誰も呼んでいない、マイナーな呼び名だろう。
それは『 "南の森" で通じるのだから、わざわざその名で呼ぶ必要もないだろう』というRe:behindプレイヤーが持つ雑さによる所が大きい。
「『伸びるカエル』が群生している場所?」
「そうなんですよ~。この前この辺を歩いていたら、この先の沼地に大量にいるのをたまたま見つけたんです! こっちの方向ですよ! サクリファクトさん――――んべっ」
伸びるカエル。その名の通り、体が伸びるカエル。
説明になってねーぞって感じだけど……実際に見た後だと、これほど簡潔かつ的確な表現は無いだろうと思わされる――――そんなモンスターだ。
定住はせずにどこかにポツポツ湧いたかと思えばそれぞれが自由に住処を移すので、群れを成している所は珍しく、中々見られるものじゃない。
そんな、確かに言う通り『穴場』を見つけたツシマは……またころんでる。
さっきのセリフの最後、『んべっ』。そんなドジなコイツが転倒した時に出すその声は、最早一つの口癖と言ってもいいくらいだ。
森に入ってから幾度躓き、何度地面に膝を付けた事だろうか。
どん臭いにも程がある奴で、俺は早くもその声に慣れ始めているぜ。
「……何回ころぶんだよ」
「えへへ、ごめんなさい――――あっ、ありましたよ。あの沼です」
「どれどれ…………うわぁ、キモいな。わんさかいるじゃん」
がさ、と草むらをかき分けて先を見やれば、そこには大きな水たまりのような湿地と、そこにたむろする大量のカエル。
黄色い肌を持ち、顔つきだけを見ればリアルのものと変わらぬカエルに見えるけど……。
「リラックスしているようですよ、すご~く伸びてます」
「……ああ、すごく伸びてるな」
地面に寝そべるようにして、体全体を弛緩させているカエルたち。
端っこに行儀よく座る1匹は丸っこく体長30cmくらいの状態のままだが、地面に寝ている奴らは違う。
手に足、お腹までを全力で伸ばして――――端から端が、3~4mはありそうなほどに伸び切っているんだ。
まるで四肢の生えた一反木綿、もしくは太めの人が着るカエル柄のTシャツ。
奴らはリラックスする時や何かをする時、体をこうして思いきり伸ばす。
逃げる時にも びよん と伸びて前足で地面を掴み、後ろ足を離して輪ゴム鉄砲のように飛んで逃げる…………それゆえ『伸びるカエル』と呼ばれる。
……いや、間違いなく体が伸縮するカエルだから、本当にぴったりのネーミングなんだけどさ。
森の呼び方と言い、モンスターの名前と言い、Re:behindプレイヤーってのは本当に雑だよな。
「……一気に突っ込んで斬りまくれば、3匹くらいは狩れるかな」
「あんまり切り刻んでしまうと、素材としての価値が低くなっちゃいますよ?」
「そうは言ってもさ。戦闘が得意じゃない俺とお前の二人では、贅沢は言えないだろ」
「んふ……そうですね。ボクはサクリファクトさんにお任せします。クナイで援護は、しますけど」
「そうしてくれ」
奴らの皮膚は、生きていようが死んでいようが、よく伸びる。
温めればまるで液体かのように際限なく伸ばせるし、冷ませば衝撃を吸収する優秀な素材となる。
今は粘液でぬめりとしているが、きちんと洗浄して加工をすれば滑り止めにもなるソレは、ブーツの底や盾の裏面、剣の柄などに使える、Re:behindに置ける合成ゴムのような立ち位置だ。
そのおかげか、需要は常に一定数あり、安定した収入を得られる。
伸びるカエルに出会ったらとりあえず狩れ、と言われる程度には珍しい存在である所も、需要が無くならない理由の一つだ。
「…………あっ! そうだ!」
「何だよ、大声出すなよ」
「『伸びるカエル』って、何かが燃える匂いを嫌うらしいじゃないですか? コレを逃げ道に置いておけば、逃げちゃうカエルの数を減らせるかも」
「それって……『獣の木炭』か? 燃えるライオンの巣で採れる、結構お高いやつだろ? 何でそんなの持ってんだよ」
「えへへ。それが、たまたま手に入れる機会がありまして……」
この首都南の森に生息する生態系の頂点に君臨し、鬼角牛と双璧をなす力を持つ炎の獣――――『燃えるライオン』。
燃える鬣と尻尾を持つファンタジックな見た目をしているらしいけど、未だに会った事は無い。まぁ、会ったらどこまでも追いかけられて消し炭にされるらしいから、会わないに越したことはない物ではあるんだけど。
そんな『燃えるライオン』は、洞窟に好んで住み着き、そこには自身の炎によって不完全燃焼させた木炭を並べ、ベッドのようにして眠るらしい。
なんとも小洒落た生態だが、そんな木炭は火力と日持ちが良く、レストランを営むプレイヤーやポーションを煮るアルケミストによって重宝されているんだったかな。
『Re:behind攻略Wiki』には、そんな風に書いてあった気がする。
「そんな良い物、この場で使っちゃって……いいのか?」
「『獣の木炭』は中サイズで一つ1500ミツ程度ですから、カエルの皮が2000~4000で取引される事を考えても、十分アリだと思うんやよ」
「じゃあ、そういう方向で…………よし、行くぞ」
「んふふ、決断早いんですね。了解です」
草むらからするりと抜け出し、一撃決殺を意識しながら剣を腰だめに構えて突撃する。
マグリョウさんの言葉――――
『刺したら死ぬ場所を刺せ』
『斬るな、突け。初心者はとりあえず突きからだ』
『躊躇わず、丁寧に、気を抜いてやれ。あくびをする事と同じくらいの手軽さで殺せ』。
それらを心に思い浮かべながら、初心者なりの最適解で、カエル狩りだ。
「……んふふ……んべっ」
そうして突っ込む俺の背中に届く、ツシマの情けない声。よくそこまで躓けるものだと、逆に感心すらしてしまうぜ。
まぁ木炭は投げたみたいだから……何をしていようが、気にしないけど。
◇◇◇
「倒せたのは……4匹か。上々なのかな」
「凄いですよっ! 真っ当な戦闘職でも無いローグで、しかもレベル4なのに……ここまで狩れるなんて!」
「……いや、それは褒めすぎだろ。カエルは動きが素早い訳でもないし、木炭もあったし…………何より俺の斬撃なんて、ヘロヘロの素人剣だぞ」
「それでも、すごいです!」
何だよ、コイツ。荷運びしか出来ないと言いつつ、太鼓持ちまで立派にこなすじゃないか。
俺はひねくれ者だから世辞は通じないけど、その辺のプレイヤーならいい気分になってコイツを連れ回すって事も十分ありえそうなゴマスリっぷりだ。
冒険者だけのツシマがそれなりに金を持ってる理由の一つが、見えた気がするな。
「本当に鮮やかなお手並みで――――ひゃぁあっ!?」
「なんだ――っ!? ……って、なんだよ。葉っぱから水が垂れただけかよ。騒ぎすぎだろ」
「ちょ、丁度背中に つぃ~っと来たんですよぉ」
「はぁ。何かお前って……とんでもなく運が悪いよな」
「……そうですか?」
「あ、でもカエルの群生地を見つけたり、丁度良く木炭持ってたりするのは……運が良いって事なのかな?」
「……ううん。それは」
「ん?」
「…………それは、幸運によるものじゃあ、無いよ」
「んん? どういう事だ?」
「カエルが集まっていたのは、捕食者から――――例えば、ボクが連れてきた『カエルの天敵であるヘビ』を恐れて、ここに逃げて来たから。『獣の木炭』を持っていたのは――――ボクが『燃えるライオン』を殺して、巣の木炭を根こそぎ持ち帰ったから」
「……何だって?」
「――って言ったら、どうしますか? んふふ」
「なんだよ……冗談かよ」
やけに真剣な雰囲気だったから、うっかり信じてしまう所だった。
カエルの事も木炭の事も、適当に言ったであろうに、ずいぶんとしっくり来る内容だったってのも……あるけど。
「まぁ、冒険者しかないお前に、ヘビを連れてきたりライオン倒したり――――そんなトッププレイヤーみたいな事が出来る訳もないもんな」
「んふふ、そうやよぉ」
変な奴だ。
無駄に嘘を付くのが上手い所も、思っても無い世辞を言うゴマスリの才能を感じるぜ。
◇◇◇
□■□ Re:behind 首都 南口 □■□
「ええと、それじゃあ……このカエルの死体の売却は、ボクに任せてください。顔見知りの素材加工屋に、思いきりふっかけちゃいますよ、んふふ」
「それじゃあ折角だし、頼もうかな。どこで待ってればいい?」
「……きっと時間がかかっちゃうので、次に会った時に精算しませんか?」
「別に、安値でぱぱっと売り払ってもいいんだけど」
「それは駄目やよ! 少しでも高く売って、サクリファクトくんも装備を整えたりしましょう!」
「……う~ん、俺は別に――――」
「おや? サクリファクトくん、奇遇ですね」
「ん…………ああ、キキョウか…………」
『伸びるカエル』の群れを4匹倒し、帰り道にはぐれたカエルを1匹倒して――――4と1匹の収穫を得た俺達が首都へ戻ると、入り口で丁度キキョウに出会う。
その足取りは……外へと向かっていたようだ。一人で何をしようとしていたのだろう。
……いや、俺には関係ないか。
「そちらの方は?」
「ああ、コイツはツシマって言って……色々あって一緒に狩りしてたんだ」
「はじめまして、キキョウさん!」
「おや、私の名をご存知なのですね。はじめまして、ツシマさん」
「そりゃあもう! リスドラゴンの生配信は、転載されている保存版を散々見ましたから~」
和やかに談笑を始めるキキョウとツシマだったけど、俺からするとその光景は…………なんだか気が気でない。
まるでキキョウたちを捨てて新しい奴とパーティを組んでいる所を見られたような、そんな感覚で……ちょっと気まずいからだ。
彼女に浮気を見られた男ってのは、こんな具合なのだろうか。
そんな焦燥に浮かされて、思わず『コイツとは成り行きで狩りする事になっただけで、パーティメンバーでも何でもないぞ』……なんて声に出しそうになる口を、慌ててつむぐ。
俺は、何を言おうとしてるんだ。
弁解の必要なんて、無いだろうに。
「――――ほほう、『伸びるカエル』ですか」
「もう居なくなっちゃいましたけどね。サクリファクトくんが、鮮やかな剣さばきで4匹も倒したんやよ~」
「それはそれは…………元気そうで、なによりです」
いつものニヤけ面のまま、こちらを見つめるキキョウ。
その笑顔は一見張り付けた仮面のようでありながら……しっかりきちんと微笑んでいるって事がわかる。
そんな僅かな違いに気づけるほどの時間を、俺はコイツと一緒に過ごした。
これからは…………一緒では、無いだろう。
一緒に居るべきではない。
「……サクリファクトくん」
「……ん」
「近い内に、大切なお話があります」
「……うん」
「最近は、カニャニャックさんのお店に居ることが多いと聞きましたが……間違いはありませんか?」
「ああ、そうだぜ」
「……それでは、日を改めてお伺いしますね。私達の……全員で」
…………ああ。
とうとう、その時が、来るのか。
自分から身を引いたとは言え、はっきり言われるってなると……結構ショックだな。
でも、これは……皆にとって必要な事なんだ。
何しろ、『あの白い女』の二つ名や、『癒やしのスペル』の名前を耳にする度にぶっ倒れるような奴がパーティにいたら、まともな遊び方なんて出来る訳がないんだからさ。
皆は今が一番不安定で、Re:behindを続けて行く上でとても大切な時期。
そんな足手まといはさっさとパーティから切り捨てて……代わりにヒーラーでも入れて、安定で安心なRe:behindをする土台を固めて行くべきだ。
ふとした拍子に気絶する、常に地雷原を歩くような俺は、皆にとって邪魔だから。
俺は、皆が楽しく出来るなら…………それがなにより、嬉しいんだ。
だから、そんな俺を、パーティから除名するのは――――お互いの為である事で、良い事なんだ。
「……キキョウ」
「はい」
「……待ってるよ」
「…………ええ。近い内に、必ず。それでは、また会う日まで」
キキョウはそう言うと、首都の外へと歩みを進める。
こんな軽い離別すら、センチメンタルな今の俺には、心を締め付ける一匙となってしまうな。
…………ああして皆が前を向き、俺と違う方向へ歩き始めたら――――その時俺は、どうしよう。
マグリョウさんとは友達になれたけど……Re:behindを全力で楽しむ気にも、なれなそうだ。
成り行きで一緒にいたとは言え、俺にとってこの世界は――――キキョウとまめしば、リュウにロラロニーと、そんな皆と一緒に遊ぶ世界だと、そう思って日々を過ごしてきてたから。
「……ふぅん? 何だかフクザツな気配ですね?」
「まぁ、そういう訳で俺はダイブアウトよ。何かする気分でもないし」
「は~い、わかりましたぁ」
「精算で会うって言っても……面倒だし、別にそのまんま全額持って行っちゃっても、いいぞ」
「それはダメです! 絶対ダメ!」
「……ああ、そう」
「必ずサクリファクトさんを見つけて、お金を渡しに行きます! 絶対絶対もう一度、あなたに会いに行きますから!」
「いや……男同士でそういうの、ちょっと気持ち悪いぜ」
「んふふ。ボクもそう思います。男同士では、おかしい言葉だって」
「…………」
それがわかってるなら、言うなよな。変な奴だ。




