第二話 モンスター狩りをしてみよう
『木登りモグラ』というモンスターがいる。
鋭く長い爪を持ち、ダックスフンドを思いっきり引っ張ったような長さの胴体を持つ、茶色いふさふさ体毛のモグラだ。
その生態は、基本的には現実と変わらないと言っていいだろう。
地面の下を掘り進み、滅多な事では姿を現さない引きこもりで、見ようによっては可愛くすら思えたりして。
…………だけど、ここは仮想現実。Re:behindと言うゲームの世界。
生息するのは全て『モンスター』。架空の生き物で、プレイヤーの敵なんだ。
それゆえ、実在の動物とは明白に、"モンスター性" と言う名の異質さが設定されている。
――――『木登りモグラ』が持つモンスター性は、二つ。
"単眼" であると言う事と……人を食う事だ。
◇◇◇
□■□ 首都南 森林中部 □■□
「……そろそろ奴らの生息域だ。ひっそり静かに行こう」
「応ともよ!」
「……多分だけど、サクちゃんはそういうのを止めろって言ってるんじゃないかなぁ?」
「リュウくんはいつも元気だねぇ」
「ふふふ」
話を聞かないリュウに呆れつつ、息を潜めて森を行く。
今日の獲物は『木登りモグラ』。地面も樹木も、そしてプレイヤーをも掘り進む、油断ならないモンスターだ。
「……地面の揺れ、木々のざわめきに注意しよう。キキョウ、魔法の準備は万全か?」
「ええ、いつでも行けますよ」
「さっさと出てきやがれってんだ、モグ公めぇ…………」
忍び足で歩く俺のブーツが、ぱきりと小さな枝を踏む。
遠くのほうから聞こえる小鳥の鳴き声や、葉と葉がこすれるさわさわした音。
どこまでも繊細で、こだわりつくされた環境音。これがゲームだなんて、一昔前の人間には信じられないだろうな。
「――――ッ! 来るぜぇっ!?」
「キキョウッ!」
「……『雷光』」
俺たち近くの大木が、ギシギシと歪な音をたてる。
それに目ざとく気づいたリュウが声を挙げ、キキョウの魔法が放たれる。
――――魔法。それは超常の力。願いを叶える不思議の事象。
『雷光』と小さく口にし、その手に強烈な光を生み出すキキョウが持つ職業は…………『魔法師』。魔法と呼ばれる不思議な力で、様々な事象を引き起こす "まほうつかい" だ。
「ピキィッ!?」
「ナイスっ! キキョウ!」
ばしゅ、と放たれる電撃の光。
青白いその輝きは、木から飛び出してきた『木登りモグラ』の目を焼いた。
素早い動きで俺たちに向かって飛来したソイツは、視力を失い地面に落ちる。
「ていっ!」
「おらぁっ!」
「え~い!」
地面に落ちたソイツに向かい、リュウ・まめしば・ロラロニーが攻撃を加える。
リュウが持つのは両刃の剣。まめしばが射るのはロングボウ。ロラロニーが振るったのは、黒い鞭。
『剣士』『狩人』『調教師』の職業を持つそれぞれが、手にした武器でモグラを狙う。
…………そして、俺は。
「…………」
何も言わずに、刃物を突き刺した。
剣でもナイフでも何でも良い。最悪木の棒だって石だって、とにかく痛くする事が出るなら……扱う物は何でもいいんだ。
何しろ俺の職業は、非道な行いをする悪い奴。
――――――その名も『ならず者』。
非道徳的で粗暴でひねくれた、妨害を主とする職業なんだから。
◇◇◇
「よっしゃあ!『木登りモグラ』、討ち取ったりぃ!」
「やっぱり『雷光』があると楽ちんでいいね~」
「ふふふ、お役にたてたのなら光栄です」
わいわいはしゃぐパーティメンバーを尻目に、木登りモグラだったものに目を向ける。
恐ろしいまでに鋭く、体よりも大きな爪を持つ前足は、だらんと地面に なげうたれ。
特徴的な丸くて大きい一つ目は、今はすっかりまぶたが落ちている。
そう、これはあくまでゲームだ。
一つ目のモグラなんて物はリアルに存在しないし、ああまで巨大な爪も持っていない。
ゲームに出てきたモンスターだから、姿形もとても異常だ。
そしてなおかつ、その生態。地面に潜るのは良いとして……その先だ。
地中を爪で掘り進み、そこでひっそり獲物を待って、ひとたび歩行音が聞こえたならば――――奴らは『地中に伸びた木の根を掘り進み、幹の中に潜り込む』。
そうして樹木の中をどんどん移動し、高い位置から地面へ向かって一直線に飛んでいく。
樹皮も、枝も……そしてその道中にある獲物の体も、鋭い爪で掘り抜けるんだ。
足は遅く、目も悪い。だけどモグラには爪がある。
だからその爪を最大限に活かす戦いで、プレイヤーの命を付け狙う……命がけのモグラたたきを強要してくる、とても恐ろしい奴らだ。
「中級者でも『気配探知』などの技能が無いと手痛くやられる、と聞いていましたが――――『雷光』で目を潰せると、途端に難度が下がりますね」
「それこそ我らがパーティに、おあつらえむきってやつだなァ!」
……キキョウの言う通り、『木登りモグラ』は光に弱い。奴らの襲撃を避けるのならば、松明の火を絶やすな、と言われるほどにはそれを嫌う。
まぁ、いつも地面か木の中に引きこもっているのだから、そうなるってのも十分わかる。
だけど、俺たちの目的は "避ける事" じゃない。
退けるのはそれでいいけど、狩るのであれば別なんだ。
対策として炎を用意しておくと、それを嫌がり襲って来なくて、戦うどころか会えないばかりになってしまう。
だから、直前までは光を持たず……いざ飛び出してきた瞬間に、強い光をぶつける必要があって――――それが出来るキキョウのスペルが、抜群だった。
…………と、言っても……。
「狩ったは良いが、この有様じゃなぁ……」
「……まぁ、ボロボロだよねぇ」
「素材としての価値は、酷い物でしょうね」
なまくらの剣、程度の低い矢、粗雑な作りの鞭で叩きのめされたモグラの死体は、それはもう酷いものだ。
どこまでもリアルな世界だからこそ、そこもとことんリアルに表現される。
血と泥にまみれた傷だらけのソレは、毛皮としては値がつかないだろう。
「ままならねぇなぁ。折角のパーティ活動だってのによぉ」
「初心者の内はどうしても、金策手段は限られてしまいますね」
「お金欲しいね~。動画編集ソフトを買い替えたくてさ~」
「私もリアルで、新しい洋服が欲しいんだ~」
このRe:behindは、ゲームという形でありながら、どこまでもリアリティを求めてる。求めすぎていると言ってもいいくらいだ。
『攻撃力』『防御力』なんて物は存在しないし、どんな生き物だって心臓を穿たれれば死に至る。
『職業レベル』という強さの数値がありながら、それはモンスターを倒した経験値で上がる訳ではないし、レベルを上げて物理で殴る……なんていうゲーム的成長も起こりえない。
あくまで仮想現実。数字で殴るのではなく、工夫と努力で生き抜く世界だ。
だから、『ドロップアイテム』なんていう現象も起こりえない。
モンスターから装備がドロップするなんて…………それこそ絶対ありえない。
それが仮想現実。それがRe:behind。
そういうゲームで、そういう世界だ。
◇◇◇
◇◇◇
□■□ 首都中央噴水広場 □■□
「――――ざっと計算してみましたが、『木登りモグラ』が6匹で…………およそ5000ミツが良いところでしょうか」
「って事は、一人800ミツくらい? 何だかあんまりだねぇ」
「そうなんだぁ~」
「…………」
首都へと戻った俺たちは、パーティ内の会計係なキキョウに今日の収獲を集めて渡し、いつもの噴水広場で腰をおろしていた。
そうして語る今日の稼ぎは……一人800ミツ。 "日本円" で言うと、700円くらいだろうか。寂しいもんだな。
「仕方ないです。何と言っても私たちは、まだまだ新参者なのですから」
「まぁそうなんだけどさ~」
「日進月歩で行こうじゃありませんか。新規オープンの店ならば、黒字であるだけで十分ですよ」
そう言われてしまうと、それまでなんだけどさ。
っていうか何より、そもそもの話……俺たちは、パーティ活動自体をあまりしていないしな。
各自でしたい事をして、たまに近況報告がてらに集まって……時間が合えば、一緒に何かをするような。
そんなゆるい繋がりで、パーティというより友達の輪って感じの集まりだ。
だから、よっぽどの無茶な狩りも出来ないし……それゆえ、効率的な金策と言うのも出来はしない。稼ぎが控えめなのも、仕方のない事なんだろう。
……それにしたって、日給換算で…………700円かぁ。
流石に寂しい物があるよなぁ。牛丼大盛りは食べられるけど、生卵はつけられないぞ。
「…………ところでリュウ、何だか静かだね? どうしたの?」
「リュウくん、お腹すいたの?」
「……よし! 決めたぜ!! サクの字、まめしば、キキョウにロラロニーよぃ! 俺っちから兄弟たちに、大事なお知らせだぜ!!」
「何だよ、改まって。あと声がでけぇよ」
「なになに? 面白い話?」
「今日はこれからパーティ全員で、一つやりたい事があるのよ! いい加減パーティらしい事もしないといけねぇし、何より大切な話があるからな!! って事で、今から30分後にここで集合だ! 済ませなきゃいけないアレやコレを済ませたら、もういっぺんここに集まろうぜぃ!!」
「ふふふ、わかりました。楽しみにしておりますよ」
「なんだろうね? 誰かの誕生日かな?」
「……じゃあ俺は、今のうちに装備の修理してくる」
「私は動画のチェックしないと。Metuberとして、毎日投稿はかかせないからね」
「よし、それじゃあ兄弟たちよ!! 30分後、またここで会おうぜぇぇ!!」
そう叫んで、リュウが全速力でどこかへ走り去る。
声がデカすぎてうるさいし、あんなに急いで何をするって言うんだ。
「あ、そっか。リュウくん、今日も行くんだ」
「なんだよロラロニー。何か知ってんのか?」
「うん。リュウくん、最近蜘蛛の巣を集めて回ってるんだよ」
「…………」
なんだそれ。
犬も食わない蜘蛛の巣を、地味に集めて回ってる、って言うのかよ。
それがこの自由な世界Re:behindで、『百鬼無双のリュウジロウ』が選んだ生き方なのか。
…………自由が過ぎるし、個性が凄い。
『蜘蛛の巣を集める日々を過ごしても良い』なんて、そこしれぬ自由度だよな。全く。
……その自由な事をやりたいかどうかは、また別の話だけど。