第七話 TK
□■□ Re:behind 首都南 森林深部 ダンジョン内部 □■□
とす、とすと雪を踏むような音で忍び足。
『首なしキリン』と呼ばれるモンスターから剥ぎ取ったまだら模様の革をなめして作ったブーツに、靴底には『夕染めの花』と呼ばれる植物の茎を乾燥させた物を貼付け、草鞋のような踏み心地だ。
まぁ、リアルで草鞋を履いた事はないんだけどな。
そんな滑り止めと音消しを併せ持つ【死灰】オリジナルの足元は、殺意を運ぶVIP専用送迎車。
忍び寄り、的確に踏み込んで、一息で刺し殺すまでを抜群な安定感で送り届けてくれるから、何の憂いも躊躇いもなくナイフを突き立てられる。
見てるか? 初心者。
右足を出す時に体重を左足に乗せ、逆の足の時はまた逆にする、罠だらけのダンジョンで有効なこの歩法。
そして丁寧かつ大胆に、『刺したら死んでしまう場所を刺す』、極限までこの地に最適化させた戦い方を。
これが【迷宮探索者】のダンジョンアタックと言うものなんだぜ。
「……うわぁ……すげえいっぱい死んでるし……。
何でこのカイコ、イモムシ状態で羽生やしてんだよ……滅茶苦茶キモいんだけど」
…………あれっ? ちゃんと見てる? 初心者。
◇◇◇
「大切なのは、もたつかない事、ビビらない事だ」
「なるほど」
「手間取ってたらどんどん増えるぜ。アイツらは常にダンジョンの中を徘徊し、獲物を探し続けてる。大人しくする時なんて、何かを食ってる時か…………死んでる時くらいのモンだからな」
「精力的っすね」
「とにかく殺しがしたくてしょうがねぇのさ。俺と同じだ」
「…………はは……」
呑気に会話をしながらも、ピクピク動くムカデを引きずる。
武器にアイテム、スキルにスペル、自分の体に誰かの死体だって使わなきゃ、ここでは生き残れないんだ。
召喚士のレベルを上げればストレージ容量は増えると言っても、持ち込みに限りがある以上…………使えるモンは現地調達していくのがクールな立ち回りってもんだぜ。
「この先に、セーフポイントがある」
「……休憩所ですか? 確かに色んなゲームにありがちではありますけど」
「まぁ、そんな所だ。ただのちょっと広めなドア付きの部屋だが、罠が生まれる事もなければ虫共が入って来る事もねぇ。基本的には」
「基本的…………」
「イレギュラーってのは、どこにでもあるんだぜ」
潔く死んだムカデをずりずり引きずりながら、向かい風に逆らい奥へ奥へと突き進む。
折角来たんだ、サクリファクトを元気づけるついでに、魔宝石やらダンジョン・アイテムやらを持ち帰ろう。
最近カニャニャックにも、世話になりっぱなしだしな。
「……ん? 歩行音だ」
「よく聞こえますね、全然わかんないっす」
「愛しい相手なら些細な身じろぎすら、気になって気になって仕方ないんだ」
「…………全然わかんないっす」
「お前で言うと、あの――――ウィートリーだっけか? そんな存在って事だよ」
「いや、俺はアイツとはそんなんじゃ……っていうか、ロラロニーっすよ」
「まぁどっちだっていいだろ……来るぞ」
そうしてムカデをポイ捨てすると、次に現れたのはてんとう虫だ。
丸い体に黒い模様はリアルと同じだが、首と足が長く伸びたその姿は、地面から生える毒キノコのようだ。
幻惑を見せるって所も、毒キノコらしくて――――ああ、シャレが効いてる。クールだな。
「……4,5……やっぱり多いな。2匹ばかり殺ってくれ」
「で、でも俺、ダンジョンは初めてで……」
「単純な話だぜ。細い首を切り落とすか、足を切って動きを止めて踏み潰せばいい。ああ……黒い斑点が光りだしたら注意しろよ。目にしたマヌケに幻惑を見せつける"あやしい光"だ」
「りょ、了解っす」
…………。
あれ?
これってまさか……。
…………"パーティ狩り"って奴じゃないのか?
おいおい、これは凄い事だぞ。今までに無い事で、待ち望んでいた事だ。
目的は別にあったとは言え、結果的にこんな事になるなんて。
ああ……今日はなんて幸運な日だ。
気の合う奴と麗しのダンジョンで"協力プレイ"が出来る、記念すべき日で素晴らしい日。
こんな日のダイブアウト後は、思い出に残るようなご馳走を食べよう。いちごのショートケーキに、唐揚げとエビフライまで、好物だらけの一人パーティだ。前から目をつけていた、ピンクな兎の形をしたアイスキャンディを買うのも良いな。
そんでもってカレンダーには『初めてのパーティ狩りをした日』と花丸を付けるんだ。
来年も再来年も今日を祝って……そのうちサクリファクトと一緒にケーキを食べたりしてさ。
……ああ、灰色の毎日が色づくような心地がする。
ははっ! 高まる。気分は最高だ。
「…………またニヤニヤしてる……そんなに殺し合いが好きなのか……」
「ん? 何か言ったか? サクリファクト」
「い、いえ……何でもないっすよ」
◇◇◇
「『はやぶさ』」
気持ちが昂ぶり、体が軽い。
技能の使用は体力を削る諸刃であるし、こんな雑魚に使う事は普段しないけど……今はとにかく、暴れたい気分だ。
背中を守るやつもいる事だしな。ははっ! 俺はクールで、ご機嫌なんだ。
「『来い、死灰』」
そんなテンションに身を任せ、二つ名スキルもついでに発動させる。
正義バカのように気分で効果が上下したりはしないが、俺の気分を更に盛り上げるパーティの飾り付けみたいなモンだ。
乗りに乗った俺の剣舞で、殺され燃やされ灰となれ、てんとう虫共。
「――――【死灰】の許可なく、光ってんじゃねえ」
赤い下地にぽつぽつ付いた、黒い斑点をちかちか光らすコイツらは、その光でプレイヤーに幻惑を見せる。
それは襲い来る影の化物だったり、こっちを指差し笑う複数の人影だったり、笑顔で手招きをする黒い女のおばけだったり様々だ。
総じて全部 "嫌なもの" 。見ないに越した事は無い。
「あと2……ん?」
ちき、と音がした。これは……ムカデか? 死んでいたはずの。
虫特有の馬鹿げた生命力で、致命の怪我を乗り越えたのか。
…………1匹増えたら、面倒だ。
「サクリファクト。ムカデを燃やすぞ。舞い散る灰に気をつけろよ」
「き、気をつけろって……何をどうしたら」
「幸いコイツらは光って居場所を知らせてくれる。どれだけ視界が灰に染まろうとも、冷静に光を探せばいい」
「りょ、了解っす…………だから先に【死灰】を呼んだんですね。灰のオーラで隠れられるように」
そんな事は全くなかったけど、とりあえず勘違いさせたままでいいだろ。
後輩の前で見栄を張るのも、初めての事だし悪くない。
「『火』」
てんとう虫にナイフを投げて牽制しつつ、予め油をかけておいたムカデを燃やす。
一瞬で広がるその炎は、端からムカデを燃やすと共に、目にもとまらぬ勢いで灰となって舞い踊るんだ。
この瞬間は、いつ見ても心が躍ってしまう。
灰色の俺と、灰色のダンジョン――――そこで生じた灰色の死は、とても綺麗で愛おしい。
「よし……待たせたな虫共。遠慮するなよ、お前らも"灰に"してやるからよ」
どこから灰で、どこまでが俺なのか、お前らの瞳で見切れるかよ。
◇◇◇
てんとう虫は、徒党を組む。
見る度3~5くらいの数でいて、1匹が死ぬ間に他の奴らがスペルを発動させようと企む、一つの命を捧げる事で一つの命を奪おうとする悪い奴らだ。
「……あと、1匹。サクリファクト! そっちはどうだ!?」
「1匹殺してあと1匹っす! でもよく見えなくて…………」
「まぁ、慌てるなよ。光がなくとも、動くものさえ見えたらそこを突くだけでいいんだ…………よっ」
ゆらり、と影が動く。条件反射でナイフを投げる。
いくら灰で見えにくかろうと、何かがいるってのはわかるから――――。
「ぐっ! い、いてぇ……なんだこれ……」
「…………えっ?」
「ナ、ナイフが……俺に……」
「サ、サクリファクト!?」
"イレギュラーってのは、どこにでもある"。
そんな自分のセリフを思い返し、ぞわりと背筋が凍り出す。
まさか、俺は。
「うう、痛い……と言うより、動きづらい…………」
パーティメンバーに、ナイフを当てた?
俺が、知り合いに、友達になりたいと思ってるコイツに――――。
「マ、マグリョウさん……すいません、ナイフが肩に当たっちゃいました」
"味方殺し"。未熟なプレイヤーにありがちな、味方を敵と見誤っておこなってしまう同士討ち。
それで命がどうこうなろうと、ならずとも……TKと呼ばれて蔑まれてしまう、許される事のない勘違い。
それを、この俺が…………【死灰】のマグリョウが……やったのか?
友達になりたいと願って、元気付けようと連れてきたこの場所で…………やってはならない事を、この俺が?
「ちょっと、戦うのはキツそうっす……」
「……そ、んな……おれが……」
「マグリョウさん……?」
「お、おれは…………友達に……ナイフを…………?」
「……ッ!? マグリョウさんっ!! 虫が、光って!!」
サクリファクトの焦った声に、はっと気付いてそちらを見る。
ちかちか光るのはてんとう虫で、発動されるのは幻惑のスペル。
急いで目を覆いながら、顔を背けて――――。
「あ……っ!? ひ、光を見るなっ!」
「えっ……あっ…………」
ぶわ、と光の波が押し寄せ、俺たちに纏わりつくようにして通り抜けた。
……乗り切った。俺は、回避した。経験から来る反応で。
だけど、アイツは。
サクリファクトは、どうなった?
俺は、経験の足りない初心者に……回避の方法を、伝えたか?
「…………」
「無事かっ!? おいっ!」
「……うあ……」
「……お、おいっ」
「あ、あ、あああ……っ! あいつが……っ! あいつが来るっ!!」
「サクリファクト……っ」
「あいつが、聖女が! 何の感情も無しに…………俺を殺しに……っ!!」
てんとう虫の幻惑は…………"嫌なもの"を見せてくる。
…………今のコイツにとって、それは…………最悪中の最悪だ。
「やめろっ! やめろぉっ!! 嫌だ、嫌だ、嫌だっ!」
「だ、大丈夫だ! 幻惑だ!」
「ヒールが、来るっ! 無機質に笑って、子供のようなあどけない声で、何の躊躇いもなく殺すんだっ!」
「お、あ…………」
「見えてないような目で俺を見て、張り付いた笑みを少しも変えず、癒やしの力で不条理に――――俺の頭を、ふっ飛ばし……て…………」
「…………」
灰の中でも確かにわかる。
コイツの恐怖と、苦しみと、混乱。
それに蝕まれた脳はいよいよ耐えきれず、サクリファクトは気絶した。
◇◇◇
パーティ狩りなんて、初めてだった。
今までにない状況で興奮していたのもある。
良いところを見せようと張り切りすぎていたりもした。
何故かわからないけど、サクリファクトが見えづらかったのも原因だ。
だけど、それでも……どんな言い訳をした所で…………俺がした事は無くならない。
"どこから灰で、どこまでが俺なのか、お前らの瞳で見切れるかよ"、だなんて調子の良い事、よく言えたモンだ。クソッタレ。
お前が一番、間違えてるじゃねえか。偉そうに【死灰】を名乗った、底なしの間抜けが。
これは、俺の責任だ。
【死灰】のマグリョウ。
人が怖いから嫌いなフリをして。
だけれどいつも、友達を探して。
孤独の寂しさを掲示板で埋めて。
罵り合いの歪な交流に依存して。
ようやく見つけた友達予備軍に、
慣れている灰の中で刃物を刺し、
幻を見せて恐怖を呼び起こした。
味方殺しでコミュ障の…………救いようのない、クズ野郎。




