第六話 孤高のダンジョン・シーカー
□■□ Re:behind 首都南 森林深部 ダンジョン入り口前 □■□
――――――ダンジョン。それは、灰色の嫌われもの。
天井、床、柱……それら全てが灰色に染まり、色の無い感情でプレイヤーを食い殺すRe:behindで一番の『嫌われコンテンツ』。
"ダンジョンに行け" "灰に塗れてろ" "虫と遊んでろ" と、拒絶の意思を示す言葉に使われてすらいる。
――――――それは、リソースの無駄使い。
誰も彼もが夢を見て、誰も彼もが眉をひそめて出ていった、Re:behindの中で最も容量の無駄で、無意味な存在。
ダンジョンをRe:behindの世界から綺麗さっぱり消して、その分明るく楽しい要素を入れろと要望を出す者は後をたたないと聞く。
――――――それは、俺の場所。
殺意、害意、悪意しかないモノの住処で、俺にとっての理想郷。
『片っ端から殺せばいい』と云う単純明快な答えが用意された、俺の心を満たす交流場。
わかりやすい殺意の中で、相手のしたい事を考えて、自分のしたい事を剣やクロスボウで伝える。
…………真っ直ぐな気持ちで殺し合いをするのが正当な、"殺意"交換会がメイン・イベントのホームパーティ。
そんなダンジョンに、今日は初めて、知り合いを連れてきた。
◇◇◇
長方形に切り分けられたレンガのようなブロックを組み合わせて作られる、何かの祭壇のような入り口を構えるこの迷宮は、人工的な匂いを感じさせる。
そこに人間味のある優しさがあれば良かったとも思うが、それを求めてもしょうがないだろう。
きっと、恐らく、このダンジョンとその中に潜む虫モンスター共は…………俺と同じような存在なんだろうからな。
殺すか殺されるか、傷つけるか傷つけられるか。それしか上手く出来ない――コミュニケーションがとことん下手な、非社会的存在。
そんな場所だからこそ、今は良いんだ、と俺は思う。
『白羽ウサギ』のような生への渇望もなく、『歌う小鳥』のように自分を……周囲を楽しませようという意識も感じられない。
人間同士のように、複雑な感情をごちゃ混ぜにしたややこしさすらもない。
"お前を、かならず、殺してやるぞ"という、単純すぎる信念だけが渦巻く場所だから。
そうだからこそ、今のサクリファクトに具合が良い。
ダンジョンの入り口をぼけーっと見つめる"サクリファクト"は、『聖女』という訳のわからん存在に、『ヒール』という訳のわからん方法で殺された。
それに恐怖を覚えてしまって、聖女とヒール……その二つの言葉を聞くだけでガタガタ震え出す人間にされてしまった。
その根源にあるのはきっと――――"単純な死への恐怖"、って所だと思う。
経験が無いから、怖いんだ。
慣れてないから忘れられなくて、トラウマになっているんだと、俺は思う。
そして、それはかわいそう事で、なんとかしてやりたいとも思うんだ。
それならば。
ダンジョンという明確な殺意と、あからさまな殺害方法で殺しに来る奴らを見て、そこでこの世界における生死の身近さを、しっかりさっくり理解してしまえばいい。
『この世界における死は、そう遠くない所にある物だ』
『死ぬ事もまぁまぁあるし、怖がっててもしょうがない』
『聖女とかヒールよりよっぽど恐ろしい死がここにはあるし、俺はまだマシ』
そういう風に思えたら、きっと聖女の事だって…………ただのイカれたPKだって鼻で笑えるはずだろ。
死が遠い物だったから、怖いんだ。
死がすぐそこにあるこの場所で、生きたり死んだりする事に、慣れてしまえば良い。
そうすればきっと、大丈夫になる。この【死灰】が言うんだ、間違いは無い。
◇◇◇
「おぉ……なまぬるい風が来る」
「ダンジョンは、奥から風が吹いて来る。何故かは知らんが、自分がどっちに向かっているのかを判断出来るし、空気の循環もされて……結構使える風だぜ」
「ダンジョンが持つひとひらの良心、って所ですかね」
「……俺の見解は、違うけどな」
ダンジョンの特徴の一つである――奥から吹く風。
それに逆らえば奥へ行けるし、その流れに乗れば外へと向かえる、ごちゃごちゃの迷宮の中で唯一頼れる、狂う事のないコンパスだ。
そんな便利な風は一般的には『そういうモン』としか思われていないが…………【迷宮探索者】としての認識は、ちょっとばかり違う所がある。
「へぇ、どういう見解っすか?」
「……この風は、呼吸だと思ってる。ダンジョンのな」
「ダンジョンの? 最奥に待ち構える主の吐息、とかではなく?」
「どちらかと言うとダンジョン自体の呼吸だと感じるぜ。まぁ主ってのを見たことないのもあるが」
「…………生き物だ、って言うんすか? だとしたら、現在進行系でまんまと食べられちゃってますよ、俺たち」
「"ダンジョン"には、何か……意思のような物を感じるんだ。
置いてあるトラップは おあつらえ向き過ぎるものだし、
虫の配置も外の好き勝手してるモンスター共とは違う、的確な配置のもの。
ここぞとばかりに適材適所を意識していて、罠と虫と曲がり角で一つのパズルのように整えようとする意思を感じられるんだぜ」
「へぇ、パズル。立体パズルか何かですかね」
「いや、ジグソーパズルだな」
「これまた原始的な……そのパズルを完成させると、どんな絵が描いてあるんです?」
「決まってんだろ。太字でデカく『死ね』ってだけだよ」
なんとなくだけど、カニャニャックと似ている気がする。このサクリファクトと言う男。
俺が思っている事を予測して言葉を紡ぐ様子が、特に。
まぁカニャニャックの場合は……俺の言葉を予測して、それを言わせないようにしてくるんだけどな。
本当に嫌な奴なんだ、アイツは。
その点、コイツは良い。
俺が望むままのやり取りが出来るよう、道筋を作ってくれている。
意識的なのかそういう性分なのかは知らんが、会話がしやすくてしょうがない。
……これが、気が合うって事なのかな。
Re:behindでも現実でも、こういう風に感じながら交流するのは初めてだから、いまいちよくわからないけど。
「……酷い奴らですね。流石嫌われコンテンツ」
「誠実で素直なんだよ。ややこしい事は抜きにして、はっきり殺意を示す正直者だ」
「そんな奴らが頑張って組み上げてるパズルなら、邪魔して壊す崩し甲斐も、ありそうっすね」
「……おう」
ああ、やっぱり。
多分だけど、こうして交わす会話の中で、ちょこちょこ感じる小気味良い気持ちを……気が合うって、そう呼ぶんだろ?
コイツと話す中で初めて"言葉のキャッチボール"っていう慣用句を理解出来たし、それって良い物だなって思うぜ。
…………だから……怖い事は、忘れさせてやらないと。
先輩後輩の関係じゃない――――コイツのパーティメンバーのような――――信頼のおける仲間に、友達に、なりたいと思うから。
◇◇◇
「俺の足跡をぴったり踏みながら着いてこい。余計な所は触るなよ。床に壁、天井にまで罠は張り巡らされてるからな」
「……はい」
いつも一人で居たせいか、二人でいると妙に狭く感じる迷宮を、いつも通りに歩いて進む。
いきなりクワガタやらカブトムシのような難敵に会わない事を祈りつつ、自然体でのダンジョン・アタックだ。
念の為、投げナイフを一本右手で持っておく。
…………左腕が無いってのは、存外やりづらい所ではあるな。
「そういえば」
「あん?」
「リスドラゴン戦で『コール・アイテム』って言ってましたけど、あれってなんすか?」
「ああ。召喚士の魔法だぜ。レベル1から使えない事も無いが、色々なシステムの兼ね合いもあって……俺は召喚士は4まで上げてる」
「随分多芸なキャラっすね……火の玉を出す魔法師もあるし、クロスボウは狩人の得意武器ですよね。職業いくつあるんすか?」
Re:behindにおける職業ってのは、それに就くモンではない。
『その職業のスキルやスペルを使える』ってだけの、浮気をし放題な、いわばスキル制だ。
剣が振りたきゃ剣士を取って、スペルが欲しけりゃ魔法師を取る。
一つを極めてみてもいいし、多岐に渡るものを1ずつ取って、とにかく手数を増やしたって良いんだ。
臨時でパーティーを募集して、そこで集まったメンバーでどこかへ出かける『普通のプレイヤー』の場合、強さの指針が特にない世界での指標として、メインの職業のレベルを自己申告して熟練度をアピールしたりもするらしいが…………。
それは万年"孤高"の俺には、関わりの無い話。
そんな俺の職業は――――――。
「軽戦士、戦士、狩人、野伏、召喚士、錬金術師に魔法師だな」
「…………凄く多いっすね」
「一人で全部済ますには、こういうスタイルが一番具合が良いんだ。器用ってのは最強なんだぜ」
「メインはフェンサーですよね?」
「ああ、だけどそれでもレベル15だ。次の試験が辛くてな」
「内容を聞くことはしませんけど……15ともなればそうでしょうね」
いつだったかな。
フェンサーのレベル16試験の為に、ジョブ屋で銀のドアをくぐった先で――――NPC達の壮絶な殺し合いが行われていたのは。
スペルを飛ばし、スキルを使って滅茶苦茶にやり合うNPCの群れの中で、『白い光でマーキングされた点々と存在するNPCを全員生き残らせろ』とか指示を出されて。
殺し方は知ってるが、守り方は知らない……そんな【死灰】のマグリョウが、開始10秒で試験に失敗して弾き出されたのは、俺の汚点で嫌な記憶だ。
ジョブ屋にいた奴が2525ちゃんねる書き込んだであろう
『マグリョウが試験開始10秒で失敗して出てきてワロタ』
って言葉を見た時は、恥と悔しさで思わずダイブアウトしたもんだ。
今思い出してもムカつくぜ。
「ああ、本当に……キツかったぜ。ある程度ランダムだから、何度か挑戦すれば上げられるのかもしれんけど………………っと、止まれ、サクリファクト」
ちきり、きしりと音がする。
甲殻と節足が擦れるような音で、この場所では聞き慣れた音。虫モンスターの息づく音だ。
直角の曲がり角を覗けば、通路の真ん中で天井に向かって首を伸ばしたムカデが一匹と、周囲に死んだ蚕が3匹確認出来る。
何をやってるんだか知らんが…………最初の敵には強さも場所も状況も、抜群に丁度いい。
…………これもダンジョンが用意した"適材適所"って奴なのかな。
初めて知り合いを招いた俺に、都合が良いモンスターと、具合が良い場を用意してくれたのかと、そう思ってしまうほどの好条件だぜ。
慈しみの優しさはまるで持っちゃいないけど、殺しやすい場を整える事に関しては、得意中の得意だからな。ダンジョンってのは。
実際そんな思いやりなんて無いんだろうけど、どうしてもそんな風に考えてしまう。
俺の愛しいダンジョンへの、贔屓目って奴なのかもしれないな。
「……ここにいろ。俺が、【迷宮探索者】が…………迷宮の歩き方ってのを見せてやる」
胸に火種がぽつりと灯り。
心がちりちり音を立てる。
さぁ殺し合おうぜ虫野郎。今日は友達も来てるんだ。
俺の喜びとコイツの安らぎの為に、お前の命をゴミみたいに踏みにじらせてくれ。




