第四話 神様は聞いている
◇◇◇
「ご、ご注文……?」
"スペルとは"。
そんな所からスタートした会話は、カニャニャックさんの変な言葉で新たな展開を迎える。
突然『いらっしゃいませ、ご注文は?』と言い出した彼女に対して、俺は混乱しきりだ。
これは……あれだな。
さっき飲んだ緑色の変なやつが、元々変な錬金術師のカニャニャックさんを、ことさらにおかしくさせたのかも知れないな。やっぱり飲まなくてよかったぜ。
「ここは素敵なレストラン、どんな料理も提供出来る。それを望む意思さえあれば。
さて、そんなこの場で君は一体何を求めるだろう? つるりと啜れるタヌキうどん? ガラスボウルの瑞々しいサラダ?
今日はとびきり豪快に、ジュージュー音をたてるステーキを食べてしまおうか?」
「…………」
「よぉし、それでは折角のこの機会、ステーキを食べる事としよう。
しかしここにはメニューが無い。何故って? そういうお店だからさ。
ならばどうする? 店員であるこのワタシに、一体どのような言葉を伝える?」
「……え~と……じゃあ…………肉を下さい」
「あいわかった! と意気込むワタシは、厨房に行って途方にくれる。
あのお客様は、厚切りのステーキを食べたいのかしら?
でもでも、ローストビーフだってお肉のはずよ。
そもそも、牛肉だとも言っていないわ! 鳥? 豚? 羊に兎……もしかして、人肉を求めるお客様なのかも知れないわ!
それともまさか、もしかして……"畑のお肉"と言われた過去を持つ、大豆を求めているという事もありうるのだわ!」
熱演である。くるくるパタパタ動き回って……『混乱しているウェイトレス』を演じ上げているカニャニャックさんだ。
大人びた雰囲気のお姉さんが、無邪気になりきりプレイをしてる。
ギャップが凄いけど……ちょっと楽しいな、こういうの。美人だし。
「さぁ、もう一度……"ご注文はお決まりですか?"」
「ええと、それじゃあ……熱々の鉄板に乗ったサーロインステーキをお願いします」
「ソースは? サイズは? 焼き方は? "ご注文はお決まりですか?"」
「……醤油ベースに大根おろしのさっぱりとした和風のソース。ずっしりとした満足感のある250g、肉汁をたっぷり閉じ込めたミディアムレアで……付け合せは皮付きポテトとアスパラガスに、にんじんだけは避けて下さい」
すると彼女は満足そうな顔をして、ニコリと笑って口を開くんだ。
「はいっ、承りました! 少々お待ち下さいませ!」
◇◇◇
「とまぁ、このようにだね」
「落差が凄いっすね」
「……落差の中の下に揺れた部分が、演じている最中を指す物だと思い込みながら話を続けるよ」
「ええと……そのつもりで言ったんすよ」
「――魔力と言う対価を支払い、世界に何かを注文するのがスペルなんだ。それにはきちんとした『それだと示す事』が必要になる。
曖昧な表現でわかってくれるほど、スペルの主は融通が効く存在ではないからね」
「でも、それって途方もない話じゃないですか? どこまで言えば良いのか、とか」
「さっきはメニューが無いと言ったけど、スペルキャスターの職業試験を超えれば、基礎スペルのヒント……メニューを少しずつ見せて貰えるんだ。
『炎・赤 燃えるとは何なのか』とかね。Wikiにもあるけどさ。
それらを自分なりに解釈し、赤い炎がメラメラ燃える……なんて考えながら、それを自分に思い込ませる。
サクリファクトくんが行ったように、頭の中に思い浮かべた物を詠唱に乗せて"オーダー"すれば、"ご注文の品"が届けられるんだよ」
なるほど。
ここはあくまで仮想世界で、スペルを作るのはプログラムなのか。
きちんとどんな物かを指定しないと、システム側に伝わない、と言ったような。
……ん? でもそうすると……『光球』と言うだけでソレを喚び出すスピカとかはどうなるんだ?
「――――『でも、皆それらしいキーワードを言ってないよな?』と思っているね?」
「えっ……よくわかりましたね」
「君は考える事が出来るからね、それゆえワタシも同調出来る。
さて、では次のステップ――――次は『常連』になってみよう」
◇◇◇
「スペルを唱えて、それを発現させる……スペルキャスター達が最初に行うのは、『記憶にある現実世界で起こった事象を、具体的に表現して願う事』だ」
「……へぇ」
「思い出にある焚き火の炎、レモネードに浮かんだ丸い氷、それらを思い浮かべながら、教わったキーワードを使って……それらの発現を願う。それが最初期であり、『調理された肉』のような曖昧な言葉だけが書いてあるメニューを見ながら……一生懸命自分の要望を事細かく伝えて注文する段階」
「……ほぉ」
「だけれど次第に、もっと簡単な手順を見つけ、それを"スペルキャスターとして"実施するようになる。その手順とは、何の事だかわかるかい?」
「えぇ?…………あ~……う~ん……」
「そうだよ、そうさ、考えよう。思考が出来るという事は、何よりも幸せな事なのだから」
わかりやすい物。表現しやすい物……?
自分が求めるスペル、その姿や形に熱や色……。
それをこのRe:behindで発現するよう願う……。
…………ん? こういう事か?
「……現実で見た物じゃない、この世界で"出した事のあるスペル"を想像して……。
"スペルを発現させた事があるから、また次も出る"と思って、それを求める?」
「くふふふ、いいね。全くその通りさ。
ここは現実とは違う世界。
別世界の物を求めるよりは、この世界に"在った"物を願う事のほうが、ずっとずっと簡単なんだ。
そして"自分はスペルキャスター"。魔力を使って事象を起こす存在だ、と……そう思える経験も出来た。
初めは魔法だなんていう非科学的な事が本当に出来るか不安だった彼らは、経験を積んで自信を持つんだ。
"自分は、この世界でスペルを発現させる存在だ。何故なら過去に、何度も発現させたから"とね。
かくして"常連"になった君は――――『よう、常連の俺だ。早速いつも通りの物をくれ、ほら、俺が好きなあのメニューだぜ』と馴れ馴れしくも簡潔に言える。何度も訪れる事によってその場に来る事が自然になって、慣れ親しんだその店内で、勝手知ったる振る舞いが出来る。
――――熟れて、コツを掴み、パスを繋いで"真理を見る"事で、『いつもの』というオーダーが許される"お客様"になれるんだ」
◇◇◇
「でも、それにしたって端的すぎやしませんか? 『光球』の一言だなんて、随分偉そうに吐き捨ててますけど」
「……君はスピカが嫌いなのかい?」
「いや……そういう訳でもないっすよ、多分」
「まぁ、いいけれど…………簡単に『光球』と言うだけに見えるけど、彼女はきちんと注文はしているんだよ」
「……脳内で?」
「うん、まさしくそうさ。きちんと頭の中でそれを思い浮かべ、何がどのように発現するのか、きちんと手順を踏んで願う思考が形成されているからね。そのコツを知っていると言ってもいい。その熟れた願い方をする思考を聞いて、スペルの主は丁寧かつ迅速に、その通りの事象を起こす」
「なるほど」
「ただまぁ、勿論だけど――――口頭での詠唱があったほうが、効果は上がるよ。口に出す事で、イメージが強くなる事もあるし……そもそも『それが正しい手順』だから、スペルの主もそのほうがより良い結果を齎してくれるからね」
「スペルキャスターの熟練ってのは、スペルを発現させる事に慣れる事で……選択肢が増えるって事なんすね」
「うん、いい理解だ。
簡単にまとめるなら――――『魔法は願いを叶える魔法』で『魔法師はそれが出来る者』。
そして『それを理解し、熟す事を"真理を見る"と呼ぶ』と言った所だね」
少しわかって来た気がするぞ。
つまり詠唱と言う物は、イメージを具体的に伝える手段であり、自分に思い込ませる術で。
段々それに慣れてくると、言葉に出さずとも頭の中にイメージがきちんと出来るようになって。
最終的には、スペル名を言うだけでしっかりイメージが…………
…………ん?
あれ? いや、ちょっと待て。
カニャニャックさん、さらっと凄い事を言わなかったか?
『思考を聞いた』と、そう言わなかったか?
「ちょ、ちょっといいっすか」
「ん? 質問とは意欲的な事で、大変結構。なんだい?」
「願う思いを、想像した形を、システムが理解して発現させるって――――思考が、頭の中が、心の声が読まれているって事なんじゃ…………」
「――――え? そうだよ?」
……マジかよ。
「おや……? ……ううむ、これは君の思い違いというか、認識不足による所じゃないかな?」
「…………」
「だって、君は知っていたはずさ」
「な、なにをっすか」
「"感情によってキャラクターの表情が変わる"こと。
ボタンで"感情表現"している訳でなく、生体の内にある精神が持った喜怒哀楽の入り混じった感情に基づき、変化を付けているのだよ?
そのような事――――生体の心の声が"聞こえ"なければ、仮想空間下にあるキャラクターアバターに出力できる訳も……ないだろう?」
…………ああ、そうか。
マグリョウさんの嘲る声も、スピカの無表情な顔も、カニャニャックさんの大げさな演技も。
全ては現実にある俺たちの、"そうしよう"とした思考が反映された結果で。
つまりは、喜怒哀楽の内に収まらない……まるで現実のような表現が出来るって事は…………。
『何を考えているのか』を読み取って、それをキャラクターに貼り付けているって事なんだな。
マジかよ、ってことは……。
俺がさっき考えてた『モテちゃってるな、まいったぜ』って思考も、誰かに知られているのかよ。
死んでしまいたいほど、恥ずかしい。




