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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第三章 彼のものを呼ぶ声は
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第二話 爪痕

「……それじゃあ、脱ぎ脱ぎしましょうね~」


「……や……やめ――――」




「よう」


「……ん? ……ありゃ」




 影に隠れた黒い路地裏。

 黒が支配(しはい)するこの場所に。




「調子良さそうだな、"初心者(Newbie)"」




 頼れる先輩、大事な友人。

 灰の【死灰(しはい)】が、現れる。




「マ、マグリョウさ……ん」


「サクリファクト……言っちゃアレだが……女の趣味が悪いんじゃないか?」


「おぇ~、ひどい。ボクだって女の子、そんな事言われたら……傷ついちゃうよ」


「そいつは何よりだ。傷つけようとしているからな」



「ああ、今日はなんて不運なんだ。お楽しみが始まるその瞬間に……人を人とも思わぬこの男によって、まんまと見つかってしまうなんて」


「【殺界】の面目躍如だろ。ついでに【死灰】の効果も味わえよ、変態クソ女」




 そうしてポーションを二つ取り出すと、地面にまとめて叩きつける。

 むせ返るような灰を舞い散らせ、黒に染まったこの場所を、自分の色で塗りつぶす。




「てめぇとは何時か決着をつけようと思ってたんだ。今日はいい日だ、大安だな」


「ボクは殺界。不運の象徴。毎日厄日で、毎日いい日さ」


「『来い、死灰』」


「んふふ、キミの運勢、教えてくれる?」




 そしてぶつかる、竜殺し。

 麻痺で痺れるこの俺……サクリファクトは、半裸で路地裏に転がされてる。


 …………。

 鼻孔をくすぐる、彼女の残り香。僅かに残った、密着していた所の体温。

 女の子って……色んな所が、柔らかいんだなぁ。




「ははっ! そっちは()()()だ! 不運が過ぎるな【殺界】よぉ!」


「ハズれる事がわかっていたから、準備もきちんと……してあるよっ」


「うぜぇよ」


「ちょれぃ」




 いやいや、俺は何を考えてんだ。

 マグリョウさんが戦ってくれてるのに、何を悶々としてるんだ。


 そもそもどうして、こんな事になっているのか。

 きっかけは一体、どこにあったのか。


 不運の始まり、事の起こりは――――


――――リス野郎と揉めてから、Re:behind(リビハ)時間で5日後の、あの日からだったような気がする。




     ◇◇◇



     ◇◇◇




□■□ リスドラゴン襲来の日から、ゲーム内時間でおよそ5日後 □■□


□■□ Re:behind(リ・ビハインド) 首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』 □■□




「……よう、サクリファクト。調子はどうだ?」


「……ぼちぼちっす」



「……墓地?」


「うるせえぞ天球。墓に入りたいのなら、今すぐ入れてやるぞボケ」


「…………」




 首都の大通り沿いにあるこの店……カニャニャック・コニャニャックさんが経営する『よろず屋 カニャニャック・クリニック』。

 そんなここには、今日も今日とてこの二人――――【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】の内、二人が訪れていた。




 一人は【死灰(しはい)】……そして【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】。

 孤高の軽戦士(フェンサー)で、自称人間嫌いのプレイヤーネーム マグリョウさん。


 そしてもう一人が【天球てんきゅう】の二つ名を持つ、プレイヤーネーム スピカ。

【マホサーの姫】という二つ名もあるらしいけど、本人が嫌うその名を口にするのは…………この無限に広がる仮想世界――――『Dive Game Re:behind(リ・ビハインド)』でも、極僅かの"親しい人間"だけだ。




「てめぇはここでは姫じゃねえ。【マホサーの姫】と呼ばれるような、甘えた声色は歓迎されてねぇ。俺の肩でも揉みやがれ」


「…………」


「『"初心者(NOOB)"を助けてくれたら、なんでもする』っつったよな? 俺は忘れてないんだぜ」


「……期間、限定」


「おいおい、そんな言葉があの場にあったか? スペルキャスターお得意の、『独自解釈』って奴なのか?

 あぁ~やだやだ、呆れるぜ。頭でっかちのスペルキャスターは、詭弁で約束事にすらツバを吐く、正真正銘のクズなんだなぁ」




 マグリョウさんが大げさな動きで、"やれやれ"と言った感情を表現する。

 声色や表情なんかが、操作する生体の心に応じてしっかり反映される世界で、態々ここまでするって言うのは…………悪意のあるコミュニケーション、明確な挑発行為だ。




「…………『光球』」


「お? やんのか? 上等だクソ女。『来い、死灰』」


「…………君たち、貴様ら、()()()()。人のお店で何をしてるんだい」



「あ、カニャニャックさん、お邪魔してます」


「おお、サクリファクトくん…………体調は、どうだい?」


「……お陰様で」




 黄緑色の長髪で、毛先が薄紫になっている垂れ目の女性。

 着ている服は、白いロングコート…………を、限りなく現実の白衣に寄せたもの。

 まぁ白衣って言っても、緑と茶色と赤と黄色で滅茶苦茶に汚れているんだけどな。

 まるで絵の具を乗せたパレット。出来の悪すぎる迷彩服だ。




「やるなら表でやっておくれ。君たちがはしゃいでいるのを見れば、来店するプレイヤーも増えるかもしれない」


「来る訳ねーだろ、マッドアルケミスト。まずは『信頼』と『安全性』って言葉を学べ」


「仕方ないじゃないか。この地は予期せぬ事象に溢れる、新たな科学の採掘場。購入した商品が思わぬ動作を起こしたとして、それは購入者が対応すべきなんだ」



「…………今の時代に生きるとは思えない無責任さだな」


「そうして使って、何かがわかったら教えて貰うんだ。こんなに効率的な研究商売は他に無い」


「わからんものを、売るんじゃねーよ」


「わからないのではないよ、まだ知らないだけさ」


「どっちも同じだろ。俺はわからん物には、手を出さないと決めたんだぜ」




「……女体?」


「はぁ? ニョタイ? 何言ってんだお前」


「……未知」


「なんだお前? 俺を指差しニョタイが未知って、一体なにを…………あっ」


「…………童貞?」




 相も変わらず無表情。そんなスピカがマグリョウさんを指さして、酷い言葉を口にする。

『お前は女体を知らぬから、手を出す事が出来ずにいて、だから童貞なのか』と問う言葉。

 それに気付いたマグリョウさんは、灰色に染まった瞳を揺らし、体をぷるぷる震わせた。


 顔は真っ赤に染まり尽くして、口がむにゃむにゃ動いてる。マグリョウさんには悪いけど、これでもかってくらいに図星をつかれたリアクションだ。



 マグリョウ先輩……そうなのか。

 俺と一緒だ。

 より一層深みのある関係になれそうだと思ってしまうな。




「ど、ど、どどどど、ドドドドドッ、どうて……っ」


「……プッ」


「【死灰】、マグリョウ、【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】。まるで地盤を掘り進む、シールドマシンの鳴き声のようになっているよ」



「…………よし、わかった、上等だ。殺してやるぞ、クソスピカ。灰に塗れて燃えて死ね。詫びは地獄の底で聞く」


「…………プッ」


「表出ろオラァッ!!」




 そう意気込んで、よろず屋の扉を蹴って飛び出すマグリョウさん。

 そんな彼は全身灰色、髪の毛から鎧にブーツに剣まで、全てが統一された『死の灰』の色だ。

 外套で口元を隠すようにしているのは、自身の戦闘スタイルによって撒かれる『灰』が、埃っぽいかららしい。


 その色の抜けたキャンパスのような統一色で、元々確固たる個性を持つマグリョウさんだったけど…………。

 ……リスドラゴンと戦った、あの時からはもう一つ。

 普通じゃ絶対ありえない、唯一無二の個性を持つ事となった。






――――隻腕。

――――マグリョウさんのキャラクターアバターには、()()()()()()()()




 食った物を"消去(デリート)"するリスドラゴンに、きっちり食われたその腕は。


 この世界から、未来永劫、"無い物と(デリート)"されて、そのままだ。




     ◇◇◇




「残る爪痕、と言った所だねぇ」


「……リスの爪痕、なんて言ったら……普通は可愛く聞こえますけどね」


「ワタシも空の動画を見ていたけれど……てっきりあそこで、全部終わるのかと思ったものだよ」


「フェーズが全部で10もあるとか、とんでもないクソボスっすよ」




「それもあるけど、やっぱりさ。【聖女】が出たら、なんとかなると思ってしまうのが…………」


「――――ッ!!」




 聖女。その名を聞いた途端に、俺の頭がギシリと痛む。

 まるで脳を絞られるような鋭い痛みで、()()()()を幻視する。


 胸が強く鼓動を刻んで、視界がチカチカし始めて、体のバランスが崩れかけ――――。




「……おっと、危ない」


「……はぁっ……はぁっ……!」



「ニュービー、サクくん、サクリファクトくん。ごめんよ、ワタシの口が……浅はかな事をした」


「…………んぐっ……はぁっ……! い、いえ……だいじょ……ぶ……っす」




 倒れかけた俺を、カニャニャックさんが支えてくれる。

 ああ、なんだかいつも、女性に手助けされてる気がする。

 こんな無様で、情けない限りだ。


 ――――ああ、本当に情けない。

『聖女』か『ヒール』、そのどちらかを聞くだけで……ぶっ倒れるような男なんてさ。


 情けなすぎて、涙が出てくるよな。




「…………まだ、駄目なのかい?」


「……すんません」



「謝る事ではないよ。普通のプレイヤーは、そうなってしまったら……さっさと引退するものだから」


「…………」


「きちんと向き合っている分、君には勇気と努力が見える。そしてそれは、かけがえのない物なんだ」


「……あざっす」


「科学者的に、そういう根性論は……許容出来ない物なんだ。だからこれは、君の友人としての言葉だよ」




     ◇◇◇




 リス型ドラゴン。海より這い出て首都へ行き、プレイヤーと街を思うがままに破壊する、最低最悪の『突発イベントモンスター』。

 そんな不運の爆心地……アイツが現れた海岸地帯に居た俺とパーティメンバー達は、なんだかんだで大事な奴が危険になって、色々頑張り救出をして……一件落着の空気を楽しんでいた。




 そんな空気をぶち壊すように、AIの声と共に訪れた絶望のアップデート。心を折りに来る『心折しんせつパッチ』。

 復活するリス、終わらぬ悪夢。

 立ち上がるリスと、それを生み出した運営に、いよいよ『クソ野郎』と吐き捨てて、逃げの一手を選んだ俺たち。




 ――――そこで起こった、あの出来事。

【聖女】と呼ばれる女が変な詠唱をしたかと思うと、治癒の魔法スペルの『ヒール』を発動させる。


 体を癒やす効果を持つソレは、俺が失っていた腕や足……更には目までを、余すこと無く癒やし尽くした。




 だけど、それを嬉しいと感じる時間は、感謝の気持ちを持つ猶予は、俺には許されなかった。


 欠損した体の一部が治った瞬間、目の前にいた『聖女ではない黒い女』の()()()()……。

 それを視認した瞬間、頭が膨れ上がるような感覚がして――――涼しいような、暑いような、始めて味わう不思議な体験の中。

 …………目の前が真っ赤に染まり、パンと弾けるような音がして、空気を舐めたような味を感じて、深い暗闇に突き落とされて、自分が遠く離れて行くような喪失感を味わって。




 そして、自分が死んだ事を…………はっきりと理解させられた。




     ◇◇◇




 気付いた時には首都のゲートで、死に戻りは滞りなく行われていた。

 俺は即座にダイブアウトの操作をすると…………セーフエリアに居た事もあって、瞬時に現実世界に帰る事が出来たんだ。




 帰る事は出来た。

 現実世界に戻ったのだ。

 本物の俺は死んでいないし、頭が弾けたりもしていない。

 ただ、黒い卵型のダイブマシーンに座り、それっぽい感覚を味わいながら、それっぽい映像を見せられていただけだ。

 全ては作られた世界の出来事で、偽物の体験だった。



 だと言うのに。

 そうだと言うのにも関わらず。

 黒い球体から、外に出る事が出来なかった。



 弾けて、死んだ。

 眼の前で見た『黒い女が弾ける現象』が、そのまま自分の身に降り掛かって、死んだ。


 ヒールで、殺された。

 微笑みを浮かべた女によって、温かい癒やしの光で、作業のように殺されたんだ。


 仮想世界で、頭が弾けた。VRゲームで、キルされた。偽物の臨死を、わざとらしいまでに見せられた。

 現実としか思えない感覚の中、そこにいるとしか思えないほどリアルな人間に、何の感情も無い行動で、"サクリファクト"は、殺された。




 怖い。怖い。怖かった。

 ダイブアウトしたって、その恐怖はまるで消えないんだ。

 感じる全てがリアルなら、殺される事だって限りなくリアルなんだ。


 致命傷とは、こういう物だ、と。

 頭が弾けるとは、このように感じるのだ、と。

 死ぬ……と言う事は、かような事象であるのだ、と。


 "フルダイブ式VRMMOで死ぬと言う事"を、飛ばした精神に、刻み込まれた。

 目と耳と口と頭と心と体の全部に、死んだという事を…………()()()()()()



 

 俺は、メジャーコクーンの黒い外装に包まれながら、体を抱くようにして震え続けた。

 足が動かず、思考が定まらず、指が何本にも見え、嗚咽が止まらなかった。


 頭の中に、渦巻く言葉。

『聖女』と『ヒール』が、俺の心を噛み砕く。

 それらを耳にする度に、死が迫る気配を感じてしまう。



 いっその事、リスに食われてさっぱり消えていたほうが。

 Re:behind(リ・ビハインド)を辞める踏ん切りがついて、よほど楽だったのかもしれない、と。

 ……そう思った。




     ◇◇◇




「……君は、不幸だった。それだけさ」


「…………」


「そして、何より幸運でもある」



「……幸運?」


「外を見てごらん」




 カニャニャックさんと二人きりの店内、良くない思考が渦巻く中で、彼女に言われて外を見る。

 灰のオーラを纏う男と、大きな光球……『天球』と呼ばれるソレにぺたりと座った女が対峙して……球が飛んだり剣が舞ったり、二人でダンスでもするかのような戦いを繰り広げていた。


 光球が飛び、ナイフを防ぐ。

 いくつも飛び交う光の球が、灰色の男に襲いかかる。

 逃げ場のない全方向からの光球に、あわや男は倒れるか……と思った所で、幻影はかき消え、女の背後に灰色の殺意が現れる。


 マグリョウさんの突きがスピカの中心を狙い、それが彼女の胸を後ろから貫くその瞬間――――光のバリアが剣先を柔らかく受け止めた。

 あれは…………『接触防止バリア』?




「首都などのプレイヤーの集落…… "安全地帯(セーフエリア" と呼ばれる場所では、あのバリアによる完全な防御で、他人に害を及ぼす事は不可能だ。勿論 "決闘(デュエル" の申請と受諾があれば別だけど……彼らはそれを、していない」


「…………」


「遊び、じゃれ合い、戦いごっこさ。不器用な彼らの、精一杯の気遣いなんだ」


「……はい」


「いくら彼と彼女の仲が良くないと言っても……普段はああまで言葉をぶつけあったりしてないよ。わざとらしい口喧嘩、三文芝居のじゃれ合いで、()()を元気付けようとしてるんだ。 "辛い事なんか忘れて、馬鹿やってる俺たちを見ろよ、笑えるだろ?" ってさ。不器用ながらにピエロを演じているんだよ」


「…………はい」



「【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】の二人があそこまでするなんて……中々どうして、ある事じゃない。君は、不幸に遭ったけど……今この場では、Re:behind(リビハ)の誰より、幸運さ」





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