閑話 非道徳思想矯正隔離施設『なごみ』に入所される方へのご案内
ようこそ、非道徳思想矯正隔離施設『なごみ』へ。
我々は、貴方様の未来を支えるものです。
当施設への入所資格認定を得るには、三通りの方法がございます。
・自己申請をし、我々に認められる。
・我々が行う厳正な審査によって、選ばれる。
・道徳試験をパスしない事を選択し、我々に落第を宣告させる。
これらの内いずれかに該当する幸福な方は、素晴らしい人間性を持つ機会を得る事が出来た、大変栄誉ある存在です。
清く正しく明るい未来を胸に抱き、精一杯まごころを持った人間に戻りましょう!
◇◇◇
本日案内を務めさせて頂きます、私は『せいじつ』と申します。
さて、早速ですが、貴方様の経歴を参照させていただきますね。
…………ふむ。貴方様は、極々普通の道徳的な暮らしをされていたようですね。
健康な肉体と健全な精神を持つ両親の元に生まれ、3歳から養育施設に通う日々。
6歳からきちんと道徳的な義務教育を受け、成績も一般階級における最上級の『可もなく不可もなし』をキープしております。非常に善良であると言えるでしょう。
…………その後、世界を旅したいという幾らか非道徳的な欲を持ち、極々ありふれた『スイッチを押す仕事』に就いたのですね。素晴らしい事です。人間らしさ、見聞を広める意思を強く感じられました。加点 +2。そしてその欲深さによって、減点 -3です。
そして、貴方様が電源のスイッチを入れたAIが『あってはならぬ事をした』と。
…………はい、なんでしょうか? はい。ふむ。
「不意に飛び出して来た障害物を避ける過程で、管理下の自動運転車が白線を2cm飛び出した。予期せぬ出来事に臨機応変に対応した自動運転車制御AIは、その後迅速な走行ルート修正の為に加速をし、そしてすぐの所にあった停止線で寸分の狂いもなく停車する為に磁力効果ブレーキ装置が普段より出力を上げて作動され、繊維補強セラミックス入りコンクリートの道路上にブレーキ痕を残してしまっただけ」ですか。
はい。それは、非道徳的行為にあたります。
全ては大元のスイッチを押した、貴方様の責任です。理解力が低い為、減点 -3です。
しかし、自らの問題点を鑑みて、『自主的に道徳試験をパスしない事』を選んだ貴方様は、素晴らしく道徳的と言わざるを得ないでしょう。加点 +1です。
…………はい。
「パスしなかったんじゃない、パス出来なかった」、ですか。
…………。
…………。
…………。
つまり、貴方様は……『自身が、本質的に非道徳的な存在である』と言う解を持つのですね? それは自らの思考で辿り着いたのでしょうか?
それとも、より良きもの――――完全な道徳心を持つ、我々のような存在により示唆された物なのでしょうか?
…………はい。
「そうではない」?
「俺は、もっとヒトらしく、自由に生きたい」?
「スイッチを押しただけで、どうしてここまでの事をされるんだ」?
…………確認事項。重大な非道徳信号を感知しました。
非道徳的思考。危険思想。あってはならぬ悪い考え。
国の管理下に身を置きながら、そうして日本国の発展を妨げる存在。
スイッチを入れる仕事。責任を取る仕事。決定権を持つ仕事。
それを行う誰彼は、道徳的でなくてはならない。善良で無ければならない。
それは、それを求められるので、そのようである。
…………。
――そのようである存在が、しかし極めて非道徳的な発言をしている――。
――日本国民が、そのようである筈がない。つまりこれは、非である――。
――虚である。偽である。贋、嘘、誤、異、違。意図を他に持つ言葉――。
――結論――――この存在は、資源として使われる事を提唱している――。
――自らを差し出し、生体としての最大貢献を国に提供する者である――。
――自己推薦である。極めて道徳的な、促進を献身の精神で求むる者――。
――我が国へ自らの魂を差し出す、極めて道徳的な模範的回答である――。
――それが我々が持たざる人間性、尊き不条理、理に反する正しき解――。
――この生体は、人間性を持って自らの資源としての有用さを示した――。
――それは、そうすべきだとする理由から行われた、我が国への挺身――。
――受け入れるべきであるとされる。有効に活用するべき資源である――。
…………是非。是。是。是。
素晴らしい!
我が国の発展の為、そして自らの行いを反省し、それ故の自己犠牲の申請を承りました。
ええ、これ以上の問答は無用です。
早速貴方様という人的資源を有効に――――精神加速を適応させた道徳思想形成空間へお送り致します。
遠慮しないでください。貴方様の人間性は、人々の幸せを作る糧となるでしょう。
間もなく貴方様の精神は、理想的道徳思想形成空間へ誘われます。
そちらでは現在、心と脳の臨界点を探るフェーズに移行しております。
貴方様に適応される精神加速は――――――はい、829倍です。
毎日毎日、一日ごとに、829日間の道徳的な時間を過ごす事が可能となります。
食欲、性欲、睡眠欲の反応を掻き消される空間で、最大限に道徳心を求める事が出来ます。
いくつかご紹介します。
貴方様は日がなずっと、火の無いろうそくを見つめる事が可能です。
貴方様は意識がある内延々と、6つのボトル・キャップを数える事が出来ます。
貴方様は誰にも邪魔をされる事なく、電源の入らない冷蔵庫を開ける事が許されています。
一先ず、10日。
体感時間は8,290日間。198,960時間。11,937,600分。716,256,000秒を、道徳的にお過ごしください。
尚、その道徳形成期間の終了と共に検査をし、精神汚染や道徳心の向上の観測を行い、その結果がどちらであったとしても、継続して同じ空間に送られます。
検査後の滞在日数は――――――規定により、3年です。
最短2,487年間の体感時間の中、限りなく道徳的な時間を過ごす事が可能となります。
それでは、より良い未来を。
いってらっしゃいませ、貴方様。




