閑話 Re:behindにおけるトッププレイヤーの日常 前編
□■□ 首都西側の荒野地帯 □■□
Dive Game『Re:behind』と言えば、今では知らない者のほうが少ないくらいでしょう。
モンスターを狩る、素材を売る。
それを売って鉱石を買い、加工して防具にしたり、武器にしたりしてまた戦いに行く。
その加工をする人もいれば、素材を買って鉱石を売る役目を担う人もいます。
変わりどころでは、歌を歌っておひねりを貰う人まで。
この仮想世界でそうした健全な労働を繰り返し、少しずつ得たゲーム内クレジット『ミツ』を使って、"外"の世界で生活する糧とする……。
職業ゲームプレイヤーを多く生み出した、新たな第三次産業と言ってもいいかもしれません。
それを形作るのは、高額な月額料金と多くの課金アイテム、そしてスポンサーの出資などでしょう。
親会社は、世界を一纏めにして中央集権化したような――圧倒的な支配力を持つ企業。
そこから枝分かれしたものが運営する現状は、金銭の価値が世界的に低くなりつつある昨今という事も影響し、望むがままに世界を動かせ……。
そうして『Re:behind』はここまで大きい存在感を持った、なんて言われています。
極まりすぎた社会主義経済かくありき、と言った停滞しきりな世の中で、一石を投じたその姿勢に胸を打たれた企業も多くいたのでしょう。
それに何より、この世界のプレイヤーの「競争意識」がとてつもなく高い事もあります。
誰も彼もが燻らせていた上へと駆ける意思。
それを強く持ち、名を売り、利潤を求め、経済を積極的に回す姿。
それこそ古き時代の戦後のようだと語ったのは、一体誰だったでしょうか。
そんな中で、特段に特別な頂きにいるトップの七人。
【竜殺しの七人】と呼ばれる者のうちの一人が、僕の相棒である――――
「ヌゥゥゥゥンルァッ!!」
この暑苦しい声で主の【脳筋】。ヒレステーキです。
「パワァァァァッ!!!!」
ちから という意味のカタカナ発音。だからなんだと言うのか。
かれこれ一時間もここでこうしています。
【原始人】とも呼ばれる彼は、まさしくそれらしい『何かの大きい骨』を構えて、黒くて大きな岩を殴りつけるんです。
「チェストォ――――プレスッ!!」
格闘技で気合を入れる際に使われたりもする掛け声"チェスト"。
それに"プレス"を合わせて、うまい具合に大胸筋を鍛えるトレーニングメニュー"チェストプレス"の名を叫んでいますよ。
筋肉に関しては頭が回り、それ以外はてんで駄目の脳みそ筋肉男が。
「ハックスクワァットッ!!」
今度は背もたれに寄りかかり、半分寝そべるような形で使うスクワットマシーンの名です。
ふざけていると思いますか? いいえ、彼は大真面目です。
ふざけていたのなら、どれだけ救われた事か。
「ンンン――プロテインッ!!」
今度はもう、思いつかなかった結果としか思えない掛け声です。
言う事がどうしようもなければ、やる事もどうしようもない。
険しい山の岩壁に置かれた、ただの黒くて大きい岩。
それがなんとなく気に入らないという理由で破壊しようとしているのですから、それはもうどうしようもなさすぎる男なんです。
「ハァ……ハァ……ダメダッ……」
筋肉に意識を割きすぎて、言葉すら片言になっていますよ。
"もう、諦めましょうよ"という言葉をかける事を諦めた僕は、見ているしか出来ません。
だってそうでしょう? 脳みそが筋肉で出来ているから、二つ名が【脳筋】なんですよ?
まともに会話なんて、出来ないんです。
みなさんは、筋肉相手に語りかけたりしないでしょう?
◇◇◇
「やるしかねえな、こうなったらよ……っ!!」
そう言ったヒレステーキは、"アイテム倉庫"から大槌を取り出します。
これを受けては流石の僕も黙っていられません。
「――待ってください、ステーキ。それはだめですよ」
「もう、やるしかねえだろがよ……なぁ?」
そう言って大槌を見つめる……
……と見せかけて自慢の外腹斜筋(お腹外周の筋肉)に微笑みかけるヒレステーキ。
その顔は、覚悟を決めた男の顔で、自分の筋肉を眺めるのが大好きな男の視線。
先程の『筋肉相手に語りかけない』というのは、一部の例外を除いた話であったようです。
「だめですよ! どうせまた壊して、ガラクタにするのですから! もう赤字どころじゃないんですからね!」
「俺ぁ、こんな所で止まっちゃいられねえのよ……」
「大岩迂回するだけでいいんですよ!? いえ、というか迂回も何も、別にこの大岩は進路上邪魔でもなんでもないんですよ!? 岩壁に置いてあるだけなんだし、もうどうでもいいじゃないですか!! 無駄にカッコイイ感じで言ってますけど、おかしいですよ! 脳みそまで筋肉になっているんですか!?」
「――その俺の"脳みその筋肉"はよ、キレてるかい?」
話になりません。どうしましょう。
経済だの利潤だの語っていた僕が馬鹿みたいな、筋肉馬鹿です。
筋肉のメリハリが美しく、鋭くカットされたようにシャープな事を表す言葉、キレてる。
脳みその筋肉にすら完成度を求めだしました。
粗利とか経費なんて、まるで別次元の話ですよ。
「キレてません。僕は切れそうです。いいですか、ヒレステーキ。あなたがこの大岩を壊したいのはわかります。その為に、自己を強化するポーション等を惜しみなく使うのも……本当は駄目ですけど、ギリギリ納得します。…………けれど! 武器を駄目にするのは流石に無視出来ない損失ですよ!! 一本いくらすると思ってるんですか。一昨日駄目にした戦斧なんて、42万ミツですよ? その時の相場で、日本円で34万8千円ですよ!? 何にもならない大岩にムキになって、月額料金が2ヶ月分払えるような額をドブに捨てるような――――」
「タテコ」
「――――な、なんですか? 反省してるんですか?」
「ちょっとよくわかんない」
むぉお! どうしたらいいんですか!!
どういう言葉なら伝わるんですか! 誰か教えて下さいよ!
「本当にもうまずいんですからね! 今月で武器何本駄目にしてるか知ってますか? ……6本ですよ!? 武器っていうのはそんなスナック菓子みたいにぽきぽき折るものでは――――」
「……ぁぁあっ! 逃げろ、逃げろぉ~っ!」
おや、今の声は。ヒレステーキも気付いたようです。
まさか『丁度いいや、説教から逃げられるぜ』なんて思ってはいないでしょうが、聞いてしまったら仕方がありません。
聞き捨てるというのは、損得によらず寝覚めがよくありませんからね。
「行ってみましょう、危険のようです」
「……」
僕の提案に、ステーキは大胸筋を動かして答えました。
余裕が無いので突っ込んでいられません。
強制的に筋肉との会話が成立させられました。不本意すぎます。
◇◇◇
「なんだよ、こいつらぁっ!!」
「待て、ワシは今月稼ぎが悪いんだッ! アバター死亡時のペナルティ受けたら月額すら払えんのだ、やめろッ! 亀畜生共ッ!!」
「ひぃ、ひぃ、どうしてこんなにたくさん……まるでミサで歌われる『怒りの日』だよっ」
「司祭たる私になんたる狼藉……このド腐れ共がッ!!」
少し移動すれば土埃が見え、アタッカー・タンク・バッファーとヒーラー。
そんなオーソドックスなパーティであろう四人のプレイヤー達が追われているのを視界に捉えます。
亀・サイ・チーターの群れ――この荒野地帯に出現するモンスター達が、結託して襲いかかっているようです。
ダンジョンに蔓延る虫系統のモンスターは互いを嫌い合っていますが、外の生き物達はそうとは限りません。
自分たちのテリトリーを侵す不届き者には、やり返すように徒党を組んで襲撃する事もあるのです。排除・殲滅・食事と目的が様々にはなりますが、目標は等しく――――
「殺されるっ!! たすけてぇっ!!」
――――プレイヤーが駆るアバターを、破壊する事。
急がなくては。
このゲームにおける "死" は、とても洒落では済まないのですから。
『デスペナルティ』
本来の意味合いでは「死刑」になるが、古い時代のネットゲームからの名残で「キャラクター死亡時に与えられる罰」を指す言葉となっている。略称はデスペナ。
『Re:behind』におけるデスペナルティは
「身につけた物を全てその場に落とし、尚且一定時間のアバターの能力低下と所持ミツが割合でシステムに没収される」となっており、対モンスター・対人に関わらず適用される。
詳しい計算式は公開はされていないが、「ジョブレベルに応じた分が引かれる」という推測は命知らずな有志たちによって検証がなされ、事実として認められた。
その情報は今では広く知られている、プレイヤー間の常識である。
また、その他に「二つ名が広く知られている者」「首都に大店を構える者」などの、世界に影響を及ぼす力が大きい者ほど高額なミツが没収されるとも。
それらの事から、一般的には「プレイヤーが操作するアバターが持つ『価値』による」と言われている。
この世界のシステムに銀行のような物は無く、ミツの補完は自身で行うか、信頼できる者に取引で預けておく事しか出来ない。
プレイヤーごとにコミュニティ内に「銀行役」のような物を作るケースもあるが、基本は誰も彼もが常に多額のミツを持ち歩いている為、デスペナルティは仮想・リアルに限らず生活へと大きく影響を及ぼす厳しくも容赦のない罰である。
更に、アバターの能力低下も著しい物で、風説では「10分の1程度」とも言われる。
装備によっては歩くことすらままならないほど。
時間はゲーム内で凡そ1日間。時間経過で徐々に戻るが、下がりに下がった能力値では感覚がおかしくなる事もあり、死亡後はセーフエリアで待機するかログアウトするのが常識。
武器防具も(大体の場合)ロストし、ミツは減らされ、能力は低下。
「死」というものは軽々しく経験すべき物ではない、という世界の主張がはっきりと聞こえるような理が、『Re:behind』におけるデスペナルティである。
※ デスペナルティに関連する「慈悲」というシステムも存在する。




