第十七話 キャラクター紹介
□■□【死灰】のマグリョウ □■□
「『来い、死灰』」
作戦を大雑把にクリムゾンに伝えてから、灰のオーラを呼び出し纏う。
ストレージから幾つかの物を取り出しながら、灰のポーションをぶちまけて。
俺が持ってるありったけだ。蓋を外す事すらもどかしいから、地面に叩きつけて割る。
…………良し。
地面に揺蕩う『灰』は、空には届かない。
心がちりちりする。
最高潮だ、燃えるぜ。
「『きょっこう』」
技能『きょっこう』を発動させながら開演だ。極光の名を冠する幻影と踊れ、クソドラゴン。
「ギッ!? ギヂヂッ!!」
左に踏み切り、右に飛ぶ。地面を蹴りつけながら体を沈ませる。
顔を横に向けつつ前進し、急加速する勢いで急停止。
軽戦士の軽業で、全力で翻弄する。これが俺の……本領だ。
「――――ギィィィッ!!!」
ちょろちょろ動く目障りな雑魚をなんとかしようと、リスが足を上げて思い切り地面を踏みつけようとする。
踏鳴。地面を揺らす術。
確かにそれは間違っちゃいないのかもしれないが……『今からぼくちゃんは、思いっきり足踏みしますよ』って宣言するとか、バカかな?
「レディファーストだ、クソリス野郎。その席は、『象のくるぶし大好き子ちゃん』が予約済みだってよ」
空を見ながら取り出しておいた黒鉄のトラバサミをポイ捨てすれば、まんまと足を食われるリス。所詮は野生の獣だぜ。この【死灰】様は、この世の全てを嘲笑って嫌うんだ。
それがこの俺、マグリョウの生き方。
「ほら、どうした? 食うつもりが、足をがっぷり食われちまったな?」
「ギィッ!!」
「おいおい、そっちは幻影だぜ? ダッセぇ~」
「ギヂヂッ!!」
「『かげろう』『れいめい』『あかつき』。灰のステージで追いかけっこだ、踊ろうぜクソネズミ」
技能をありったけ使って『鳥かごスタイル』。
本来これは、人間相手にやるものだ。いつもは"人かご"、今日は"リスかご"って所か、はは。
幻影を生むスキル、形を揺らすスキル、光るスキルに闇に沈むスキル……どれもこれもを全部使って、全てのオン・オフを連続で切り替えながらリスの周囲に纏わりつくムーブ。
見えたり見えなかったり、灰色だったり白黒だったり、狭い範囲で縦横無尽に姿を操る幻惑戦術。
どこから灰で、どこまでが俺なのか、お前のそのつぶらな瞳で見切れるかよ。
「おい、こっちだぜクソネズミ」「そっちじゃないぜ、俺はここ」
「すまん、やっぱり右だった」「ああ違う、お前から見て右だ」
「きたねぇケツだな、ここからよく見えるぜ」
「おっとコイツはケツじゃなくてツラか。きったねぇから見誤ったぜ、ははは!」
「キョロキョロくるくるバカじゃねぇの? だっさ……」「え、俺はこっちですけど……ざっこ」
「はい、鼻タッチ! はい、ほっぺたタッチ! いつでも殺れるわ~楽勝だわ~」
「ねぇどんな気持ち? 小さい雑魚に遊ばれて、ねぇどんな気持ち?」
「ギッ! ギギッ!? ギヂヂヂヂッ!!」
俺は匿名掲示板に潜む、ひねくれ者の2525ちゃんねらー。
得意分野は『罵倒』と『煽り』、そして『匿名』。
姿も見えぬ嫌なヤツに好き勝手言われて、煽り耐性の無いリスは顔真っ赤だ。
スルースキルがなっちゃない。荒らしや批判はスルーが鉄則だぜ?
わからぬ内は半年ROMってろ、ってな。ははは!
「全くしょうがねぇな……俺はここだぜ、ボケネズミ」
「ギッ!? ギヂァァァァッ!!」
"見つけたぞ!" と叫ぶリスが、怒りに任せて大口を開けて――――すぽんと何かがお口に入る。
矢、そして俺の左腕。
生産者はこのマグリョウで、発送者はMetuber。
俺とMetuberから贈られる、リスドラゴンの為の特別デリバリーサービス。灰のカーテンの中にありながら、矢で狙いやすいように誘導したこの場所は…………位置も角度もばっちりだ。
何しろ俺には……『灰の外から、全てが見えているから』な。
ああ、面白い。普通じゃないぜ。
奸計を全て組み上げたあの時、サクリファクトは言ったんだ。
『マグリョウさん、灰の中でリスを翻弄するんっすよね?』
『ああ。鋼のナイフにキキョウの雷光を纏わせて、それをリス野郎の鼻とほっぺた、そして下顎に貼り付ける。その4点の光が綺麗に四角を形どった中心地に、Metuberが俺の腕を弓でブチ込むんだ』
『こっちからは光が見えますけど、灰の中にいるマグリョウさんからは、わからなくないっすか? 俺たちがどっちにいるとか、リスをどっちに向ければ良いとか』
『まぁ……そうだな。そこは仕方ねぇさ、何度か角度を変えてみるしか――――』
積み上げた物の小さな綻び。失敗の可能性。そこに目を付けるサクリファクトに更に一目を置いていた俺に……アイツはとんでもない事を言うんだ。
『アレ、使えないっすか? 空の』
『あん? 空ぁ?』
『俺がまめしばのカメラで、こっちからの視点を撮ります。運営のサービスで、今はリアルタイム配信中っすよ』
『……っ!』
『マグリョウさんには、別視点も見る事が出来る』
信じられねぇ。たまらねぇ。
ドラゴンに挑む愚か者たちへ、せめてもの情けとして用意された"生配信"。
敵側の運営が、Re:behindの宣伝と突発イベントの盛り上げと――――俺たちの名をあげる為に用意してくれた"特別待遇"なんだぞ。
それを。それを利用するって言うのか、コイツは。
まるで群像劇作品のような、別の視点。
主観では無い、他人から客観的に見た自分の姿。
それすら利用すると言うのか、このイカれた初心者は!
最低だ。卑劣だ。陰湿で、悪辣だ。
――――そんでもって、最高にクールでイカした悪童だ。
「なぁ、リス。最高だろ? 美味いだろ?
何せ竜殺しの腕なんだから、美味くなきゃウソだ。美味くなくちゃあ、許さないぜ。
俺は軽戦士。竜殺し。
【竜殺しの七人】で【死灰】のマグリョウ。
人を嫌って嫌われて、ネットゲームでソロプレイをする2525ちゃんねらーだ。
いよいよ訪れた"ドラゴン祭"に巻き込まれ、恥をかいたり砂にまみれて、面倒くさい人付き合いもさせられた。
その上教えたつもりが教わったり、大嫌いな"大人数パーティ"を組んだりと……柄でもない事ばかりだが、俺の気分は何より爽快なんだぜ。
クールなNewbie、張り巡らす謀略、賭けた命。
誰も彼もが一つの目標に向かって必死で素直な……誠心誠意ひたむきで、顔の見えない回線越しのコミュニケーション。
ああ、全く――――ネットゲームってのは、最高だ」
指先に炎を灯し、大空へ向かってぶん投げる。
リスの敗北へのカウントダウン。それを照らし出す合図だ。
やれ。
――――【天球】。
□■□【天球】のスピカ □■□
「『琴座』」
気に入らない。
あの男、サクリファクト。すごく気に入らない。
ロラロニーちゃんが、ことりちゃんが言っていた男。
"優しくって、頭が良くて……ちょっと照れ屋さん"とか話してた、危険で忌々しい男だ。
お日様のようなことりちゃんにすり寄る、憎き【死灰】のように陰鬱で仄暗い目を持つ男なんだ。
「『射手』」
許容出来ない。
あの男、サクリファクトは、駄目だ。
ことりちゃんに相応しくない。ことりちゃんがもったいない。
あの子は、日向のように明るく和やかなことりちゃんは、もっとちゃんとした人と一緒にいるべきなんだもん。
稼ぎが良くって、包容力があって、笑顔が素敵で……夢に見た王子様みたいな人が良い。
間違っても、マグリョウに似てるサクリファクトが側にいていい子じゃないんだから。
「『白鳥』」
それにこの策だってそう。
あるものを全て、それこそ誰かの悪意も善意ですらも良いように使って、自分の望む未来を作ろうとするんだ。
まるでヘビのように狡猾な子だよ、恐ろしい。
「『天秤』」
…………だけど、今はそれがいい。
彼女を、ロラロニーちゃんを、ことりちゃんを救う為なら、どんな事でもするべきなんだから。
何でも捧げるっていう私の覚悟だけでは足りないピースを、絶対助けるっていう強い意志で埋めたアイツに……釈然としないけど、渋々従うんだ。
「『矢座』」
ロラロニーちゃん。お日様みたいな女の子。
貴女に会えたこの世界に、感謝の星を浮かべよう。
「…………『勇者』」
働かない家畜人生。無理に働く奴隷の人生。したい事がない、無気力人生。
それを嫌がる人が集まるこのゲームだから、皆で精一杯して、笑顔を目指す。
ねぇ、ロラロニーちゃん。
この世界は楽しいって、必死に生きる事は素敵だって、そう言って笑ったことりちゃん。
空を見て。
あなたを救う意思が集まり、満点の星空みたいになってこの世界を彩るよ。
星空を探して。
偽物じゃない、自分のままで光り輝く、お日様みたいなあなたが見つめる――――"明るい一番星"は、このゲームの星空に必ずあるんだよ。
この世界は……ずっとずっと、本当の本当に、最高なんだよ。
私は【天球】。天球のスピカ。
現実から逃げ出し、仮想で演じ。
誰かを真似て、仮面を被る【竜殺しの七人】で…………
…………"お日様"を見守る、"おとめ座α星"。
「『英雄』」
あなたが楽しく過ごせる日々は、この大規模な世界にきっとある。
だから私は、あなたを見てるよ。幸せでいてねって、"同時接続"の片隅で、ジト目で見ててあげるから。
怖いことがあっても大丈夫。絶対防御のスピカが守るし、悪者を懲らしめる英雄は、この多人数の中にしっかり居るよ。
本当に、この"大規模多人数同時参加型オンライン"は――――最高なんだよ。
だから、お願い。クリムゾン。
その名を冠するこの極大補助魔法陣で、悪いドラゴンをやっつけて。
行って。
――――【正義】。
□■□【正義】のクリムゾン □■□
ヒーローはいつだって空からやってくる。
魔法『レビテーション』の力を借りて、青き天空の上の上まで浮かんだ私。
見下ろすリスはぬいぐるみのようで、その周りを小さな灰色鼠がちょろちょろ動き回ってる。
ここから見るには、朗らかな光景だ。
しかしアイツは、人食いリス。
データを食い荒らす悪逆非道の、非情で非常に危険なドラゴン。
哀れ、少女は捉えられ、死を待つしかないその際に。
正義が集って、協力し、ここに至って決着の道筋をしたためた。
七人。七人だ。
【死灰】に【天球】、サクリファクトにリュウジロウ、キキョウとさやえんどうまめしば――――そして【正義】のクリムゾン。
奇しくもあの竜殺しの日と同じ人数が、手を取り合ってドラゴンに挑むのだ。
こんなに気味が良い事は無い。
「……出てきたな」
スピカのスペル、光球を並べて星座を形作る陣……本来は硬質化させた中くらいの『天球』を打ち出す、大型弩砲の極大補助魔法陣だ。
しかし今日ここにあって、それは正義の発射装置。
初心者が、トッププレイヤーが、皆が目指す"ハッピーエンド"を作る舞台装置だ。
「……いざっ!! 正義を執行するっ!!」
初めは琴座。
冥王の鼓膜すら震わせたというその音色で、体は優しく包まれて。
次に射手座。
まるで弓から放たれるように、真っ直ぐ強く前に飛び。
そして白鳥座。
背中に幻の羽根が生え、より軽やかに飛行して。
今度は天秤座。
まるで均整の取れた天秤を見るかのように、体躯のバランスが整えられて。
いよいよ矢座。
その名の通り、バリスタから放たれた正義の矢のように、全てを貫く鋭さを。
最後の最後は、勇者座だ。
ヘルクレスの名を持つそれを通れば……私は真の勇者となって。
夏の星座の天の川。
一つ一つが効果を持って、全部で一つの大魔法。
その名も……『極大補助魔法陣 "英雄"』。
夏に見られる"英雄"座流星群を作る陣であり、その名の通り……英雄だ。
…………私は、おかしな子だった。
女だてらにヒーローに憧れ、幼い女友達がみんなでおままごとに勤しむ中で、一人で男の子に混ざってヒーローごっこをしていたんだ。
その熱は冷める事がなく、5歳になっても、10歳になっても……20歳になってもそのままだった。
女らしくしろ、と言われた。女らしくない、と言われた。
その都度思った。
女はヒーローが好きではいけないの?
女がヒーローに憧れてはいけないの?
女にヒーローは……つとまらないの?
そして誰もが頷いた。
バカを言うなとせせら笑った。
そんなある時、不意に届いた招待状。
何の気無しに覗いたこの世界。
それぞれが好きに生き、なりたい自分になって、頑張っている世界。
やってもいいよ、と。なってもいいよ、と。
思う存分、正義のヒーローを目指していいよ、と……言われた気がした。許された気がした。認められた気がしたんだ。
だから私は、正義を行った。
正しいと信じる事をして、見返りを求めず助けに現れ、礼も聞かずに去って行く……そんな理想のヒーローごっこをした。
そんな私を待っていたのは、否定でもなく罵倒でもなく……称賛だった。
"すごい!" "かっこいい!" "憧れる!"
言われる度に涙が溢れそうになった。私という人間を、受け入れて貰えた気がしたから。
そのままヒーローを好きでいていいよって、笑顔で言ってくれるんだ。こんなに嬉しい事はない。
「……だから私は……正義になる!
この世界が好きだから!! 皆でなりたい自分になって、手を取り合って望む未来を作る世界が!!
仮想だけど、思いは本気な!
偽物だけど、心はリアルな!!
本気で理想になりきる仮想現実が、大好きだから!!
刮目せよ!! 我が名は【正義】のクリムゾン・コンスタンティン!
心に決めた理想の自分と! 仮想で出会った友の力に!!
集まる想いをまるごと背負って! 正義の名の下、信ずる道を!!
全身全霊、全力でぇぇ――――
――――つらぬきとおす、ヒーローだぁっ!!
『天駆ける流星・ジャスティスキーック』!!」
マグリョウが作った隙に目掛けて、スピカの魔法と初心者の策を乗せたこの力で…………正義は空から舞い降りる。
森で少女を救う時、鬼角牛を退ける時、リスの口内から助け出す時。
…………そして、私が憧れた、テレビの中の『仮面のヒーロー』。
全部が全部、それは空からやって来たんだ。
いつだって、ヒーローは空からやってくる。
こうして、なりたい自分のまま、やりたい事を思い切り出来るのだぞ。
全くもって、仮想現実というものは――――最高だ。
そう思わないか?
――――"初心者たち" よ。
□■□ サクリファクト □■□
正義さんが空から降ってくる。
真っ赤に膨らむオーラを背負い、スピカの作った星座の中を通るたびに加速して、飛び蹴りのポーズで飛んでくる。
オートで世界一周旅行をする飛行機が、低空を飛ぶような"ヒィィ"という甲高い音。一体どれほどのスピードなんだ。
「……来る、あの姉御が……俺の番が……来る」
横にいたリュウが、空を見上げてぶつぶつ言ってる。
らしくないな。柄でもない不安を抱えてるのか?
「俺っちは……馬鹿だ。我慢は出来ねぇし、考えも足りねぇ。サクの字みてぇに思いつく事も出来ないし、まめしばやキキョウのような器用さもねぇ。この場においては、最も無力だろうなぁ……」
「……おい、リュウ――――」
「――――だからよぉ。何も無い俺っちだから、ちょこっとばかし持ってるモンを、ありったけ全部出し切るっきゃあ……ねぇよなぁ!?」
鉢巻を取り出し、頭に雑に巻く。
上半身の鎧に篭手まで脱ぎ捨て、革のズボンと……あれは、サラシか? 何故だ。
「気合、気合よ!! 俺っちにあるのは、そればっかりなんでぃ!!
鎧も手甲も、余分なモンよ!! 俺にゃぁこの剣と……熱く燃える男気だけで、それ以外は必要ねぇ!!」
紅い流星が流れ来る天に向かって、噛み付くように吠えるリュウ。
髪の毛は炎のようにメラメラ逆上がって、その瞳は強く光る。
「お控えなすってぇ、お控えなすって!
リビハは海岸、大波小波の雅な景色借り受けまして、ここでの御仁義、失礼さんにござんす!
手前、名をリュウジロウ・タテカワと申す渡世人! 生国と発しますは、雪風吹いた北国は北海道にござんす!
しばれる地からこの場に降りて、天地に名を轟かす大益荒男になりに参りやした!」
空の向こうに誰かがいるように、しっかり見つめて語るリュウ。
それは、お前の…………意思表明か。
「知もねぇ、学もねぇ、理も礼もねぇ粗暴者ではありやすが、友の窮地に立たぬとあっちゃあ……そいつはただの外道に成り下がる!
ならば、ならばと気鋭を込めて、いざ裂帛の――島津の退き口!
――――いざ、いざ! あいかけ! カチコミだぁぁっ!!」
いよいよ空のヒーローが迫るその瞬間、リュウが一心不乱に駆け出した。
鬼島津は薩摩……鹿児島だろ。北海道とはまるで逆だぜ。
――――――そして、着弾。爆発音。
実際何かが爆発した訳ではないが、まるでそのような音なんだ。
空から飛来する正義さんは、およそ人が耐えられるとは思えない速度でリスに突っ込んだ。
揺らめく灰塵を風圧で吹き飛ばして、リスに思いっきり当てる『正義のキック』。
どこかで見たようなそのポーズは、しっかりとした必殺技で……リスの白い腹に深々と突き刺さった。
そして正義さんが足を引き抜くと、リスが口から何かを吐き出す。
…………何かが『三本』。マグリョウさんと俺の腕が一本ずつに、おまけで俺の片足か。
ついでに俺たちの物だけでは無い量の血を吐き出したリス。よほど効いたか。それは良い事だ。
「――――ぁぁぁあああ!! 男一匹リュウジロウ、いざ、いざぁ!!」
そこにリュウが駆け寄って、ロラロニーを掴む左前足を狙う。
マグリョウさんの腕を食って弱ったリスに、正義さんが突っ込んで……それと合わせてリュウが左手からロラロニーを叩き落とす作戦だ。
痛がるリスと、リュウのタイミング。全てはばっちり――――
「……ギッ! ギヂヂヂヂァッ!!!」
……まずい。思った以上に回復が早い。
痛がっていたのは狙う暇さえない一瞬の事で、リスは怒りに身を任せて――左前足――ロラロニーを持つその手を、地面に叩きつけようとする。
…………まずい。
「きゃあ!!」
「あ、あぶないっ!!」
マグリョウさんの左腕を打ち出したまめしばが、二の矢を番えながら悲鳴をあげる。
その隣でスペルを詠唱しているキキョウも、珍しく大声をあげた。
俺も、虚空に右手を伸ばす。
だめか。野生のリスに、堪えることは無理だったか。
いよいよ食事より、鬱陶しい敵共を追い払う事を優先してしまうのか。
ロラロニーを餌ではなく、武器として使う時が来てしまったのか。
そうなる前に、決めようとしていたのに、ここで絶望の――――
"キュン"
異音。物体が高速で飛ぶような、聞き慣れぬ音。
その音と共に、白いナニカが弾丸のような勢いでリスに突っ込む。
あれは。
白い…………タコ。
…………そうか。そうか、そうか!
お前も、ロラロニーを助けに来たのか! 貰った恩を、返しに来たのか!!
干からびていたお前に水をかけてくれたアイツを、鬼角牛から一緒に逃げてくれた優しいあの子を…………お前も、好いているのか!!
「ギッ!? ギヂッ!?」
べチャリと張り付く白いタコ。
顔面に謎の物体が、とんでもない勢いで飛んできたのだから……リスは たまらず悲鳴をあげる。
全てがリアルなこの世界。
死ぬのは怖いし、美味い物は美味い。友達と喋るのは楽しくて、ムカつく奴もいたりする。
そういう世界に生きてる奴は、恩を受ければ返しもする。
ロラロニーの無闇矢鱈な優しさが齎した、嬉しい誤算で……策は成る。
「『伝説の漢』斬りぃぃぃっ!!」
リュウの気が籠もった一撃で、遂にその手から餌がこぼれ落ち……間髪入れずにマグリョウさんが落ちたロラロニーに『アレ』を取り付ける。
マグリョウさんのフックショット。まるでエイリアンの口の中の変な舌みたいな形状のそれは、マグリョウさんがぶら下がっても平気なほどの頑固な挟力を持つらしい。
そしてその『巻取り機』は俺の手に、あって。
マグリョウさんが、俺に向かって叫ぶんだ。
「引けっ! サクリファクトッ!!
"囚われの少女"を救うのは、いつだって主人公の役目だぜっ!!」
思いを込めて全力で、フックショットの巻取り機構を起動する。
砂浜の上を滑り来るロラロニーは、気絶のせいか頭をガクガクさせて、だけどそれでも着実に、少しずつだけど確実にこちらへ寄って――――
ぽすん、と抱きとめた。
温かい。柔らかい。意外と重いし、涎が垂れてそこに砂がついてる。
間抜けでとぼけた女、ロラロニー。
ああ……。
ようやく、この手で。
やっと…………救えた。
「ふふふ。私はキキョウ。将来は首都に大店を構えるのが夢でして。
先程から随分とスペルを唱えさせられたお蔭で、スピカさんに頂いた魔力ポーションもすっからかんです。
このままでは大赤字…………せめて、何か得をしたいのですよ、リスドラゴンさん。
……これは相談なのですが…………『竜殺し』という称号、いただいてもよろしいでしょうか?」
キキョウがべらべらと喋りやがる。
金髪に、細くて見えないけど紫の目。
いつも笑っている感じの不気味な奴で、金に関して小狡い奴で……色々知ってる、頼れる奴だ。
そしてその横、弓を構えた青い髪の女はうずうずしている。
……ああ、そうか。そうだよな。
お前は、動画配信者。Metuberだもんな。
カメラをコイツに向けてやれば、喜々として喋りだすんだ。
「ハローハロー! みなさん!
あなたのおめめとおみみの恋人
『さやえんどうのまめしばチャンネル』へ、ようこそ!!
今日もここ『Re:behind』から、あなたに届けるリビハ情報!
と言う事で。
早速本題、行っちゃいます!
今日のテーマは…………『リスドラゴンの口の中に、爆弾とビリビリの矢を入れてみた』ですよ!!」
「……ギヂヂィィァァアアアッ!!」
タコを振り払ったリスドラゴンが、より一層怒りを濃くして吠え盛る。
片目が潰れているのは……タコがやったのか? どうやったんだか知らんが、中々やる。
その口めがけてまめしばが弓を構え、バシュっと放った。
俺とマグリョウさんのありったけの爆発ポーションと、キキョウの10発分の『雷光』を纏わせた極上のごちそうの矢だ。
食べたいだろう? リスドラゴン。
安心しろよ。何が何でも絶対に、お前の口に入るからさ。
何しろこのさやえんどうまめしばは、生粋のMetuberだぜ。
カメラが回ればお喋りするし、ネタになるならハバネロミートも食っちまう。
撮れ高を逃さないMetuberは…………カメラの前では、外さない。
「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よっ!!
どっちも無理なら、後でMetubeで見てねっ!
それではっ! 大爆発と共に、お別れですっ!!
さやえんどうのまめしばチャンネルは『さやえんどうまめしば』がお送りしました!
シ~ユ~っ! ばいばーい!!
チャンネル登録、よっろしくぅ!!」
電刃を纏う大爆発。聞こえる音は、今度こそ本物の爆発音だ。
口から煙を上げるリスは、今度こそしっかりと地に伏せる。
ざまあみやがれ。
俺たちの、勝ちだ。
◇◇◇
ヴァーチャル・リアリティ。仮想現実。
その言葉を聞いた時、多くの人間が初めに想像するもの。
『まるで現実のような偽物の世界』
実際俺も、そう考えてた。
――――だけど、今は違う。
そうじゃないんだぜってはっきり言える。
公式RMT、リアルすぎるVR、誰かと歩むMMO、作られた現実。
それらで形作られるここは、本気を出す事が……真剣になる事が、許された世界なんだ。
『まるで現実のような偽物の世界』だって? 馬鹿を言うなよ。
非現実だろうと仮想だろうと、人工的に作られたデータの集合体であろうとも。
こうやって本気で遊んで感じる気持ちは、現実の俺の心に違いないんだぜ。
だから、それなら、この仮想だってさ――――。
現実の内の一つってやつだよな。
俺はRe:behindプレイヤーのサクリファクト。
Re:behindで金を稼いで、それで食っていく男。
やりたい事は……この世界で会った皆と遊んで、一生懸命生ききる事かな。
だってさ、ここはそういう世界。
必死になるのが恥ずかしいとか、本気を出すのはダサいとか、そんな事言ってられない厳しい世界で。
本気になる事が普通の世界で……それをする事で、ちゃんと報われる世界。
『一生懸命頑張っていい』ってのは、凄く良い。
やれやれ、全くもって…………本当に。
"本気でプレイするダイブ式MMO"は――――
"Dive Game『Re:behind』"は――――――
――――――最高だ。




