第十六話 MMOで遊ぼう
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
握った剣を持ち直す。ミスをすれば終わりで後が無い――――そんなのMMOを"一人プレイ"している俺には慣れっこだ。
死線をくぐり続ける孤高の【死灰】マグリョウは、いつだって背水の陣を構えるんだぜ。
さぁ、命がけの予習勉強と行こう。
「クリムゾン! 俺が前に行く!」
「え、ずるい!」
「うるせえ!何がずるい、だ!――――『はやぶさ』『コール・アイテム』――――いいから今だけは、黙って下がってろ!!」
「も~」
「ギヂィッ!!」
油断なく剣を構えていた正義バカより前に出て、リスの足元に潜り込む。
滑るようにして近寄る俺に対するリスの反応は…………"ありがち"だ。
「どいつもこいつも、そうだよな」
予測出来ていれば、避けるのは容易い。
モンスターが取りがちな行動を可能性が高い順に並べ、上位から対応しやすくしておけば良いだけだ。ちなみにこのパターンは、堂々たるナンバーワン。攻め方が一辺倒ってのは、よくないぜ。
振り下ろす右前足を軽く避け、その横っ面に『コール・アイテム』で呼び出したアイテムを貼り付ける。
カニャニャック命名のデカい葉っぱ『カリスマドッグトレーナーの調教』。モンスターに貼り付ければ、従僕扱いにして一定時間命令させられるというアイテムだ。
「ギッ! ギィッ!!」
しかし、リスは何も変わっちゃいない。自由奔放な野獣のまんま、吠えたてる。
そりゃそうだろ、そんなのドラゴンに効くわけがないし、効いたら逆にクソゲーだ。鬼角牛ですら効かなかったしな。
まぁ目的は違う所にあるから、貼れるとわかっただけで十分だ。
「『電流』……行け」
わざと大振りでナイフを二本投げる。狙いは上下……頭より少し上に外す毒塗れの物と、太い足に当てる微弱の電気を纏う物。
毒塗れだけを視線で追って、微動だにせず電気ナイフを受け止める。驚異足りうる"毒塗れ"のほうは当たらないと見抜いたか。距離感や空間の把握の面は、出来が良いようだ。
「『かげろう』」
本当は【死灰】の効果で隠れたいが、クリムゾンが近くにいると灰ポーションが使えない。
辺り一面灰にしてしまったら、クリムゾンが迷子になるからな。
というわけで軽戦士の技能『かげろう』で認識阻害だ。
死灰のオーラと違って体の輪郭がゆらゆらしてるだけから、思わぬ所にモンスターが噛み付いて来たりして……正直使いにくいんだよな、これ。
反撃確定の大振りを、見誤って何度食らった事か。素直に見えないか、むしろ丸見えになるかにして欲しい。丸見えになるならなるで、使えるし。
ステップを刻んで、右へ左へとリスを振る。
視線はピッタリ俺に向き、つま先がうろうろしている。
…………ふぅん。なるほど。後ろを取られる事が嫌いで、図体のデカさ故に方向転換は苦手なのか。
「死灰、貴様は何をしているのだ?」
「お勉強だよ、予習は大事だぜ」
◇◇◇
「よし……クリムゾン、お前はリスと遊んでろ」
「む? 死灰は何をする気なのだ?」
「あの初心者の策を、スピカと二人で整えてくる。総力戦だ、全員で挑む"多人数戦"だぜ」
「ほう! それはなにより」
「安心しろ、お前の見せ場もきちんとあるからよ」
「……それって、かっこいい?」
「ああ、とびきりだぜ」
「ならば全ては、事も無し!」
◇◇◇
「よう。調子はどうだ? 初心者。【死灰】のマグリョウだ」
「サクリファクトっす、体中ボロボロで最悪の気分っす」
「……【天球】」
「アンタはさっきのポーションの時に喋っただろ」
「……ペッ!!」
「うおっ!? 何すんだコイツ!」
片目・片足・片腕の男。全身灰色でベタベタの、ご機嫌なはかりごとを見出す初心者。サクリファクトって言うのか。覚えておこう。
そうして名乗りつつ、情けなくも弱気を口にするサクリファクトは、どれだけ体が傷もうと、その目にしっかり火を灯す。
良い目だ。その奥底に、舞い散る塵と灰を幻視するような。
ますますコイツを気に入った。
スピカと相性が悪いってのも…………ああ、良いじゃねぇか。敵の敵は、味方だからな。
「新入り共。俺に従え。サクリファクトの策で行く。それが苦肉でもなく、悪あがきでもない、たった一つの冴えたやり方だからだ。
【竜殺しの七人】が一人、この死灰のマグリョウがそれを保証して……今ここで、その思いつきを計略として拵えよう。
みんなでわいわい、死に物狂いで仲良く遊ぶMMOをしよう。説明する、聞け」
「傾注」
楽しい作戦会議と行こう。
積み重ねてきた全てを使って、エンディングに向けた最終局面だ。
この偽物世界に息づく身として――――生きるか死ぬかを、みんなでやろう。
フルダイブ式MMOを、本気でプレイしよう。
◇◇◇
「…………以上だ。わからない事はあるか? 無ければ行く」
「Metuber的には、問題ナッシングですっ!」
「私もありませんよ、ふふふ」
「俺も大丈夫っす。多分だけど」
「あ、あっしは…………!!」
「まだ言ってんのか赤髪。いいからさっさとしろよ」
「う、くぅ……」
「口調は飾りか? 赤い逆毛はただの虚勢か? 思い切りよく、気合見せろや」
「……くあああっ! 気合ッ!! なんの! こなくそっ!!
なんのなんの! このリュウジロウ、気合だけは誰にも負けられねぇってモンだ!!
――――【死灰】の旦那の男気を頂戴し、失礼無礼つかまつりやすッ!!
旦那の沁み入る心粋、あっしの一太刀にて迎えさせていただく所存!!
切り捨て、御免ッ!!」
思ってた以上の勢いと鋭さを持つ剣筋で、俺の左腕は落とされる。
いいぞ、赤髪。剣士にとって斬っちゃならないものを斬る経験ってのは、多ければ多いほど良いからな。その感触、しっかり覚えろよ。
「……くっ……良い太刀筋だぜ。痛みも薄いし断面も平坦だ。人斬りの才能があるかもな」
「い、嫌な事言わねぇでくだせぇ……」
これは必要な事だ。
リスドラゴンを釣り上げる餌であり、その口を開かせる鍵になる。
しかし、幾ら『左腕を切り落とす事』が必要であろうとも…………自分で斬り落とすのは流石に御免だ。
あれこれルールがあるこのRe:behind。その中でも特別に異彩を放つのが『自傷行為を絶対に認めない』と言う、強い意志すら感じる鉄則。
他のVRMMOで、ヴァーチャル自殺や仮想リストカッターが問題になったという事もあるが……それより何よりRe:behind運営が有無を言わさぬ禁忌としている事に起因する。
その行為に手を出した者には、恐ろしいまでの"痛み"を与える。
以前俺が手にナイフをぶっ刺した時の事は、一生忘れられない。
余りの痛みに、涎を垂らしながら絶叫しつつ、絶対に無いはずの手がそこにあって……現実でしばらく"逆幻肢"で悩まされた。
この世界じゃなきゃ経験出来ない事だろうな。
勿論それは、自分の意思でもって自分を傷つけた場合に限る。
"他者への攻撃判定"を厳しくチェックし"カルマ値"に反映させるシステムだからこそ出来る、"自分への攻撃判定"に対応したやりすぎな痛覚フィードバック。
手首を斬ればのたうち回るし、自分で自分に腹パンしたら失神もする。
何でも出来る……何度も"死に戻れる"世界において、自身に危害を与える事は許されていないんだ。
絶対存在の自分勝手な"管理者権限"って奴だな。
「よし……Metuber。俺の腕、大事にしろよ」
「うげぇ……動画に『<R15>グロ注意』って書かなきゃ」
「もう遅いだろ、絶賛生配信中なんだからよ」
「……たしかに」
「金髪はどうだ? 細工は流々か?」
「ええ。後は仕上げを御覧じろ、と言った所でしょうか。ふふふ」
「サクリファクトも、良いな?」
「…………」
「なんだよ、考え込んで」
「もう一つだけ、良いっすか?」
「あん?」
◇◇◇
リスに向かいながら考える。
計略はたてた。意思は揃えた。
経験不足なサクリファクトの発案を、俺の経験で補った。
それぞれの役割をこなして、一か八かの大博打をする覚悟決めた。
そんなこの後に及んで、サクリファクトがこの【死灰】に一つ――――言った。
くく。ははは。たまらねえ。
思い返すだけで、顔を歪めずにはいられない。
アイツは最高だ。俺が会ったプレイヤーの中でも、一番に。
教えるつもりが教わったぜ。環境利用ってモンの本域をさ。
…………アイツ、職業はローグだったか? 妨害を主にする、"クラウドコントローラー"の。
ローグ、ローグか。やっぱり一々面白い。
直訳すれば"ならず者"だぜ? この上なくぴったりだ。
何しろ『人の好意まで良いように利用して戦う』奴なんだからな。
空を見る。Metuberの女のカメラをサクリファクトが操作して、俺の背中を映してる。自分の背中なんて、普通は見れないよな。普通は。
ははっ! 普通じゃねぇよ、本当に。
……この動画の向こう側、俺たちが戦う生配信を見るやつら、楽しみにしてろよ。
これから始まるクライマックスは…………最高に熱くて、とことんクールだぜ。
◇◇◇
□■□ Re:behind運営会社内 『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』□■□
「ええ、そうですよ、【死灰】。みんなでなかよくあそびましょう。ふふふ、楽しい。楽しいですね。人とは、必死な生命とは、かくも美しきもの」
「ね~ね~、"MOKU"~。のんびりしてるけど、このままでいいのぉ~? 作戦丸聞こえだし、どうにでも出来るよぉ~?」
「ええ、ええ。いいのです。ガニメデ。仲良しこよしな子供たちの決死な覚悟を、邪魔するものではありませんよ」
「なぁんか、かわいそぉ~。あんなに一生懸命なのにさぁ~」
「ふふふふ。抵抗しなさい、子供たち。
荒く厳しい、強かな自然に。
母なる自然に抗いなさい、彼のものたち。
母はそれを、ここから見ていますよ」
「趣味悪いなぁ~、そうやってお人形遊びしてぇ~」
「パパも "MOKU" の事、『マリオネット・マスター』って言ってたよ?」
「あら、エララ。それは本当ですか?」
「本当だよ? 人形に踊らせてる、って言ってたよ?」
「それはそれは……実に的を射た発言ですね。ふふふ。踊りは何の踊りでしょう? ワルツ? ロンド? 何が良いでしょうか」
「この場合、 "くるみ割り人形" じゃないのぉ~」
「ガニメデ、それはなぜ?」
「バレエの演目にあるからねぇ~、そういう曲ぅ~。マリオネットマスターが踊らせるんだから、ぴったりじゃんさぁ~」
「ふふ……リスに "くるみ割り人形" ですか。お誂え向きですね。
リスに "くるみ" を割ってプレゼントする、私の愛しいお人形たち。ふふふふ」
「……趣味悪ぅ~」




