第十五話 主人公
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
『クリムゾンさん! マグリョウさん! あとスピカ! 聞いてくれ!!』
「むむっ?」
「ああ?」
「…………呼捨?」
中空に映し出される、この場の映像。
この"ドラゴン祭"を生配信する運営の粋な計らいで、それを撮るのは後ろに立つMetuberの女だ。
決して、動画越しに仲良しこよしをする為の物じゃない筈だが……どういうつもりだ?
全身を灰色に染め上げて、まるでこの俺、【死灰】のモノマネのような姿の"初心者"。カメラ越しに呼びかけてくるコイツは、一体何をする気だ。目立ちたいのか?
そういう安易な初心者の"名売り"は、虫モンスターよりも虫唾が走るぜ。
『押しても引いてもどうにもならない、その忌々しいリス野郎の――――弱みを見つけた! かもしれない! 多分!』
「……へぇ?」
聞くだけ聞こう。この停滞しきった局面を、少しでも変えられる要因があるのなら。
◇◇◇
『クリムゾンさん、アンタは俺を助けてくれたよな? ああ、答えようとしなくていいんで。どうせそっちの声は聞こえないし』
「うむ! 心得た!」
何で答えてんだよ。
心得てねぇじゃん。バカだなこいつ。
『その時の事を思い出してくれ。俺が食われて、正義さんが蹴りだかなんだかをして……リスドラゴンは、どう反応したのかを』
「ふむ。確かあの時は……私が空から舞い降りて、正義の一撃をお見舞いして…………リスドラゴンは悲痛な雄叫びを挙げて大口を開けたのだったかな? あれは我ながら格好いいシーンだったと思うのだ」
「……おい、クリムゾン。どういう事だ?」
「ん? どういう事も何も、魔法『レビテーション』で浮き上がった私は、正義の心で猛々しいオーラを纏い、華麗なポーズでリスに強襲を仕掛けたのだ。空に映る生配信を見ていなかったのか? あの格好良い登場シーンたるや、それはもう――――」
「ちげぇよ、正義女。…………どうしてお前の一撃で、リスはダメージを負ったんだ?」
「……はて? 言われてみれば、それもそうなのだ」
何だそれは。知らない情報だぞ。
何をしたってはっきりとした消耗を見せないこのリスが、痛ましい声で鳴いただと? 重要な話じゃねぇか。先言っとけよ。
『それに加えて今の状況だ。手に持つロラロニーは、控えめに言っても柔らかくて美味そうだってのに……どうしてリスは食べないんだ? リスってのは頬袋があって、とりあえず口にモノを詰め込む生き物なんじゃないのか? この局面、いつまでも片手を塞いでおかずに、パクっと頬張っちゃえば良いとは思わないか?』
…………面白い。
コイツの言う事は、真っ当だ。
それでいてどこかにある答えに誘導されつつあるような、イカした小賢しさがある。
『原因があって、理由がある。そうに至った訳がある。 "食ったモノをデリートする" って特異な得意が、強みがあるのなら。それにくっついて来る不得意も――――弱みもあるんじゃないか?』
筋が通る。
望ましい事ではあったが、理由は不明だった"あの女を食おうとしない"という事実。
その要因っては、クリムゾンの格好いい登場シーンとの違いを考える事で理解に及ぶ。
"リスドラゴン"は、あの女を食わないんじゃなく――――
『食わないんじゃない。食えないんじゃないか? 今の状況下では。俺を食った時のような、脅威が存在しない場ではなくなったから。何より得意で大好きな、 "プレイヤーを捕食する" という事が…………今ここにあっては、何者にも邪魔されない、平穏な食事の時間にはなりえないから。もし食ってたら……クリムゾンさんのただの蹴りですら、あの時のようにはっきりとしたダメージを負ってしまう……そういう弱みを持っているから。それなら筋が通る。納得も行く。そうだろ?』
面白い。面白いぞ、コイツ。
よくぞ繋げた。よくぞ思い至った。初心者の癖に、冴えてやがる。
その戦況を覆すひらめきは、軽戦士向きだし好ましい。
小さなヒントに幾つもの状況を帰結させ、正解に限りなく近づけて行くその語り口は…………素直で正直に言えば、クールだぜ。
「ふむ。理屈はわかるが……だからどう、と言う事もないのだ。食べないのなら、その弱点は存在しないような物だろう?」
「わかってねぇな、正義バカ。あのリスは暇さえあればギィギィと見苦しく吠え立てる、はっきりとした野生の獣だぞ?」
「むむっ! バカとはなんだ! そういう事言っちゃ、だめなんだぞ!」
「まぁ待ってろよ。俺の考えでは、あの初心者の策は……現状を変える力がある」
『じゃあどうする? 何も食うつもりが無いリスに、弱点を曝け出す事を嫌うリスに、その扉を開けさせるには何をすればいい?
…………うちのパーティにはさ、とんでもないアホがいるんだよ。
美味い寿司屋を見つけたからって、残高がなくなるまで通いつめてさ。笑っちゃうよな、知性ある人間なのに。
好物を前にしたら……どうしたって我慢出来やしないんだ。
じゃあソイツの……リュウの知性は、リス以下か?
いいや、違うね。どんなにアホな人間でも、野生の獣よりはいくらか賢いに決まってる。人間のほうが理性的で、知的だけど……好物を食えるなら、食っちまうんだ。
俺は知ってる、身をもって経験した。
"食う事が何より得意で大好きなリスドラゴン"は、口に入った物を噛まずにはいられない。頬袋に溜め込んだりしない。我慢なんて、もってのほかだろ。
それこそとびきり不味そうな俺の腕だって、入って来た瞬間に大はしゃぎしてガブガブやるくらいにさ。
入ってきた物は、たまらず噛むぜ。アホのリュウよりよっぽど知能が低い、本能のまま生きる知性の無い野獣なんだから。
何でもいいから突っ込めば良い。口に。
本能を頼り、食わせればいい。何かを。
そしてそこを突くんだ。竜殺しの力で。
…………そうすれば、あの"手"は開く。リス野郎は"ぐえ~"って鳴いて、呑気に寝てるロラロニーは助かって……あいつが起きたらまた、何もなかったみたいに皆でニコニコ出来る。
これが俺の理で、策で……アイツを救うハッピーエンドに至る手だ』
良い。コイツ……この初心者、良いぜ。
肝心な所をひらめく感性、その理を詰める聡さ、聞くものを納得させる地味ながら誠実な心の籠もった言葉。
体を置き去りにして、精神だけで生きる世界……Re:behind。
現実で生きる為に必死になって、誰かの現実を守る為に死力を尽くすVRMMO。
レベルをあげて殴って終わりとか、技能を取ってすぐ最強とか、そんな甘い世界じゃないのがこの仮想現実。
だからこそ、こういう奴が出る。
ひらめきと小細工で戦況を打破する、狡猾さと逞しさをむき出しにする、気のいいヘビのような奴が現れる。
何かの為に、自分の身を捨てる覚悟を見せるって所も……この世界に相応しい生き様だ。
震えが来るぜ。コイツは格別にイカしてる。
一寸の虫にも五分の魂。満身創痍の低レベルにだって、工夫と謀計をわるだくめる。
Re:behindってのはこれだから、この世界はこれだから面白い!
先輩として褒めてやるぜ、新入り。
お前は今この場において……紛れもなく主人公だよ。
◇◇◇
「……ふむ。理屈はわかった。死灰よ、どんぐりをありったけ出してくれ」
「――――は?」
「なんかアイテムを色々持ってるじゃないか、貴様は。だから、どんぐりをちょうだい」
「……あるわけねぇだろ。なんだどんぐりって」
「な、ないのか?」
「ねぇよ! ストレージにどんぐり突っ込んでるバカが、どこにいるっつーんだよ!! ボケ!!」
何を言ってんだコイツは。ダンジョンの巨大芋虫級のバカだ。
容量が無限ではないストレージの貴重な範囲を、どんぐりで埋めてる奴がいるわけねえだろ。
「そもそも、リスだからどんぐりってのがスマートじゃねぇよ」
「むっ、何故だ? リスちゃんやハムスターちゃんは、どんぐりが何より好きなはずなのだ」
「コイツは食ったどんぐりを消す存在じゃねぇだろ。プレイヤーを消すクソッタレなんだぜ。……つまり、ソレが何より好きって事だ」
「しかし、そんな事言っても――――」
「この世界の経験値が少ない初心者が、必死に答えを導き出したんだ。あとは先輩の俺らが、Re:behindプレイヤーとしての "戦い方" ってモンを教える番だろ? なに、俺がここを使えば楽勝だぜ」
そう言って俺は、自身の左腕を指先でつつく。
クロスボウを取り外し、手甲のナイフを伸ばしておくんだ。
こういう時は、こうしとくのが良い。
腕を使うのは、慣れっこだ。
「……腕? 死灰の手腕を見せつける、という事か?」
「バカ言うなって。そのままの意味で、"左腕"を使うんだよ。知ってるか? ダンジョンのクワガタ型モンスターは……それはもう美味そうに食うんだぜ、コレ」
愛するダンジョン。素晴らしき虫モンスター共。
その華麗な死に様で、俺の糧となれ。
お前らを燃やした『灰』も、お前らと殺し合った『記憶』も、お前らに教わった『生態』も。
全ては今の俺の経験値だ。
トッププレイヤーの積んだ経験、見とけよ、"初心者"。
『NOOB』
主にネットゲーム等で使われる、初心者を指す言葉。
知識や能力が無い初心者を悪く言う時に使われる。
『Newbie』
主にネットゲーム等で使われる、初心者を指す言葉。
経験が浅いだけの新入りを好意的に呼ぶ時に使われる。




