第十四話 手を伸ばせ
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
「…………すっげぇ……」
リスが放った炎の体毛ミサイル。
トッププレイヤー達3人の戦いぶりを見つめる俺たち初心者パーティにすら、被害を及ぼしかねないほどの圧倒的物量。
空一面を埋め尽くすように浮かび、鋭く地面に飛んでくるソレを、スピカさんの魔法が全て受け止めた。
空に浮かんだ光球は、星座のように陣形を揃えながらも、正確で堅実に彼らを守るんだ。
これがトッププレイヤーの大魔法。頭をガツンと揺さぶられるような、ド派手で強烈な必殺技。
「おお……なんという荘厳な……っ!! 見ましたか! サクリファクトくん! これが真理に到達したスペルキャスターが成せる技ですよ! 値千金……素晴らしいっ!!」
「スペルの事はよく知らねぇけど、こいつぁとんでもねぇなぁ……」
「と、撮れ高ぁ……鉄板サムネェ……えへぇ……」
同じく魔法を嗜むキキョウは感動で打ち震え、ケガした俺を揺さぶってくる。大興奮だ。
……まぁ、目指すべき所をこの距離で見られるんだから、そうなるのも頷けるけど……ちょっと鬱陶しいから止めて欲しい。
。
ちなみにそんなキキョウと同じく身を震わせる まめしば は……あまりにも動画映えする画を撮れた事に感激しているだけのようだ。全くもって商魂たくましいMetuberだよな。
◇◇◇
それにしても、現状は……酷く厳しいと言っていいだろう。
歴戦の強者であるクリムゾンさんとマグリョウさんをもってして、中々有効な打撃は与えられず、じりじりと首を締められるような息苦しい時間が続いている。
未だロラロニーは囚われたままで、リスの動きと共にガクガク頭を揺らす――――アイツ、気絶してんのか?
まぁ、安全配慮にかける絶叫マシンにずっと乗らされているみたいな状況だし、そうなるのもしょうがないか。
良く言えば均衡。悪く言えば手詰まり。
そんな状況になったこの場で、あの大魔法を披露した【天球】のスピカさんがこちらに歩みよる。
「……ん」
ぐいっと突き出す小瓶。これは……治癒のポーションか?
「ん」
「い、いや……俺は良いっすよ。首都でヒール屋に治して貰って――――」
「ん」
スピカさんが小さい手で小瓶を持って、俺にグリグリと押し付けてくる。
いや、なんか言ってくれよ。ん、じゃなくて。
「ん!」
「……そんな高級品、貰う訳には……」
治癒のポーション。課金の物と、そうでないプレイヤー作の物があり、そのどちらもが良い値段で取引される物だ。
昨日の首都で見た限り、一本5万ミツで取引されてたし……おいそれと使えるような安物ではないぞ。
「…………」
しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、スピカさんはジト目のまんまで表情も変えずに小瓶の蓋を開けると…………ドポドポと俺の頭からふりかけた。
ああ、5万ミツが流れて行く。リアルマネーで4万円。すこぶるもったいない。
「ん、ん」
「あ、ちょっ……スピカさんっ」
ドポドポ、ぬるり。髪から体まで全身くまなくかけられれば、みるみる内に傷が癒え…………ない。
全然治らない。なんだこれ? 俺は何をかけられたんだ?
「…………回復?」
「……してないっすけど」
なんだよこれ。ただのネバネバ液? 異常なまでにぬるぬるしてる。
"なめこ"とか"めかぶ"とか、そういう感じだ。不快すぎる。
「おや? これは……ややもすると、『カマキリの粘液』ではありませんか? あの【死灰】が好んで使うという」
「…………左様」
様子を見ていたキキョウが気づきを口にして、ジト目の魔法少女が答える。
いや……『さよう』じゃねえよ。何すんだよ。
片目と片腕に、片足まで失った俺に、なんでこんなのぶっかけるんだよ。
「失敗……正答」
気を取り直して取り出した、灰色のポーション。
スピカさんが今度こそ、と言った顔で蓋を開け、俺の頭の上で逆さまにすると――――。
サーッ!
小瓶に入りきるとは思えない量の『灰』が、俺の全身を満遍なく包み込んだ。
…………もう治った治らないを確認するまでもない。
絶対治癒のポーションじゃないだろ。誰が見たってわかるわ、こんなもん。
何してくれてんだよこの人は。
「…………回復?」
「する訳ねーだろっ! …………ケホッ!」
「おや? これは……ややもすると、『死灰』ではありませんか? あの【死灰】が――――」
「"ややも"しなくてもわかるわっ!! 全身に浴びて、嫌ってほどにわからされてるっつーの!!」
あのマグリョウさんが愛用する、周囲を自分のバトルフィールドに整える為のアイテム、『灰ポーション』。
モンスターの死体を燃やして作った物らしいけど……そんな物かけられて、全身すっかり灰色だ。
踏んだり蹴ったりとはまさにこの事。
リスに食われて、ぬるぬるを浴びて、最後に灰でトッピングされた。不運全部乗せ。
…………【天球】のスピカさん。あの大魔法を発動させたこの女は、意外ととぼけた奴っぽいぞ。
「…………?」
「いや、『あれ? おかしいぞ?』みたいな顔しないでくれませんかね? 贅沢言う訳じゃないっすけど、俺にぶっかける前に確認して下さいよ。色を見たり、ひと舐めしたり」
「…………盲点」
"ああ! その手があったか!"みたいな顔で頷くスピカさん。なんなんだよコイツ。もうこんな奴、敬称もいらないだろ。スピカでいいよスピカで。
この不器用な感じも、スペルキャスターだからこその、って奴なのか?
普段はアイテムなんて魔力ポーション以外手にしない職業だからこその、アイテム利用の下手くそさ。
『魔力でゴリ押しの大味戦闘しかしていない』というマグリョウさんの台詞も、今ならわかる気がする。
「本命」
「いや、本命って……消去法で残っただけでしょ、そのポーション」
「……左様」
「まるで悪びれないな、アンタ……」
「……愛慕?」
愛慕って……好ましいとか、愛しいとかそういう意味だよな?
今のやり取りで、どこでそうなると思ったんだ、この人は。
ドジっ娘萌えとかそういう事か? 俺にはそんな趣向は無い。とぼけた女はロラロニーだけで間に合ってるしな。
トッププレイヤーって、強いし凄いし格好いいけど…………それって争いの場限定の物なんだと理解するぜ。ひとたび戦いから離れれば、どこかおかしい人たちばっかりだ。
「いやいや、どこで惚れるんすか。むしろちょっと引いてますよ。アイテム慣れしてないんすか? 緊急時危なくないっすか?」
「…………」
そんな俺に対し、やっぱり頭からドポドポかけてくるスピカ。
つーか、頭はそんなにケガしてねーよ。どんだけ頭に色々ぶっかけるんだよ。
「……あざっす」
「ん」
細かい傷は消えたけど、腕も無いままだし片目も見えない。欠損は回復のスペルか死に戻りじゃないと治らないのか?
厄介な仕様…………いや、普通は腕とか大事にするし、それを失ったら帰るよな。
今が異常で、異例なだけだ。腕を失ってでも、やらなきゃいけない事があるだけ。
そんな事を考えていると、スピカがジトっと見つめて来てる。
なんだ? 治癒のポーションはありがたかったけど、正直な所あんまり関わりたくないんだよな。
喋り方も変だし、じとっとした目で見つめられると居心地が悪いし……何より、また何かされそうで怖い。
「…………あ、俺はもう大丈夫なんで、戻っていいっすよ。治癒のポーションありがとうございました。……はぁ~ぬるぬるする。あぁ~ホコリっぽい。灰と粘液が混ざり合って、ベッタベタだぜ」
「…………」
「ん? なんすか? もう戻ってくれて大丈夫っすよ?」
「……ペッ!!」
「うわっ!! きたねぇ!!」
何だアイツ。唾を吐いて行きやがった。間違いをしたのはスピカ自身なのに。
天球のスピカは一等級のスペルキャスターだけど、人間性は最下級だ。明らかな変人で、お付き合いは控えたいタイプ。
"スピカ"に会う度こうじゃ、マグリョウさんも苦労するなぁ。
……そう考えてみると、マグリョウさんって俺と似てるな。
身軽なスタイルで剣を持って、工夫をこらして立ち回る。
背も体型も似てる上に、今は俺も灰を被って全身灰色だ。
等しく軽業を好む細身の剣士だし、共に女運が無い同士で……そっくりだ。
スピカじゃなくて、マグリョウさんと交流したい。
◇◇◇
「唸れっ! ジャスティス棒っ!!」
「『正義バカはネーミングセンス無さす斬り』ィッ!!」
「なんだその技は!? ちょっと酷いぞ!」
「お前の命名のほうがよっぽど酷いぜっ!」
マグリョウさんとクリムゾンさんが、言葉でつつき合いながらリスに攻撃を加える。
最初に比べればいくらか出血やケガが見られるリスドラゴンは、それでも動きは衰えず、ロラロニーを持つ手も緩めない。
このままではジリ貧だ。気絶中のロラロニーの体力も、締め付けるリスの手で徐々に減らされているだろう。
どうにかしないといけないが…………俺に出来る事は無い。
トッププレイヤー達の戦場に、死にかけの初心者が混ざった所で、それは邪魔にしかならないだろうから。
だけどそれでも、もどかしい。
ロラロニーは、よく耐えた。そろそろ穏やかな時間を与えてあげてもいい筈だ。
無力な自分が悔しくなるぜ。俺だってロラロニーを救いたいんだ。
唯一残った左手を、唯一残った右目で見つめる。
こんな満身創痍な状態だけど、俺も"リスドラゴン"に手を出したい。
なんとかしたい。何かを、したいんだ。
このままぼーっと見ているだけしか出来ないのだろうか?
それはいつまで? どうなるまでだ?
彼らがロラロニーを救出して、皆でリスドラゴンから逃げおおせるまでか?
だけど、そんな事を言ったって。
アイツを救う事を最優先している二人の攻撃は、どうしたって有効には見えない。何をしたってロラロニーは離さないし、その巨大な体躯はスキを見せずにビクともしない。
こんな状況をいくら過ごしていても、ロラロニーを助ける道筋なんてどうしようも――――
――――ん? ちょっと待て。
待て待て待て。
この状況、何かがおかしくないか?
「……なんだ? どういう事だ?」
「どうしたぁ? サクの字ぃ」
「なぁ、リュウ。俺はどうしてここにいる?」
「んぁ? 何だその、ゼンモンドウみてぇな問いかけは」
「ちげーよ。なんで俺は、食われていないんだ?」
「そりゃあ、赤い正義の姉御が助けたからだろぃ」
「……どうやって?」
「そんなもん、空からパァーっと降ってきて、ドカンと蹴りを入れたら――――…… "グエ~ッ" ってなもんよ! あれは痛快だったぜぇ!」
おかしい。
それって、おかしいよな。
「なぁ。リュウにキキョウにまめしば。正義さんは、どうして俺を助けられたんだ?」
「え~? どういう事?」
「…………ふむ。言われてみれば、確かにおかしいですね」
おかしい。おかしいんだ。
俺は、リスにガッツリ呑まれた。頭の先まできっちり口にふくまれた。
だけどこうしてここにいる。正義さんに、助けられたから。
何故。
左前足で摘むだけのロラロニーは救えないのに、丸呑みされていた俺は救えるってのは、何故だ。
ちょろっと口に運べば食えるロラロニーを、いつまでも握ったまんまにするのは……何故だ。
違いは何だ? 差は何だ?
状況を並べ、精査しろ。力が無ければ、頭で補え。
彼女を救い出すピースを、ひとつずつ集め行け。
それが今の俺に出来る、手一杯だ。
「サクの字が食われた時は焦ったぜ。待ってました! と言わんばかりに、リスがサクの字を飲み込んでよぉ」
「一気にサクちゃんを飲み込んじゃったもんね。嬉しそうにほっぺを膨らませてさ」
「お腹を空かせているのでしょうか? …………いえ、ドラゴンの『食べた物を消去する』という性質上、それをする事を何より優先する、本能のような物に基づいている可能性が高いかもしれません」
「でもそれっておかしいじゃんさ? そうなって欲しい訳じゃないけど、手に掴んだロラロニーちゃんの事は食べないよ?」
「そうですね。だから、おかしいのです。サクリファクトくんをどうしても食べたかった、というのも違う気がしますね。特別に美味しそう、という風には見えませんし……」
「……美味しそうと言われても嫌だが、不味そうって言われるのもなんかアレだな」
「カカカッ! 確かにサクの字は不味そうだよなぁ! 筋張っててよぉ! それを言ったら、ロラロニーは柔らかくて抜群に美味そうだ。まるで大トロのようにふわりとして。リスが食ったら、きっとその旨さにほっぺが落ちるぜ」
「ふふふ。食べる本能に従う事を合わさって、それほどまでに美味しい物を食べたのなら……確かに、大いなる至福の一時が待っているかもしれませんね」
「…………キミたち、怖いよ。ロラロニーちゃんを食べるとか食べないとか」
――――――びりり、と体に電気が走る。
理がある。筋が通る。納得出来るし、十分にありうる。
見つけたかもしれない。状況を打破する突破口。
リュウの言葉ではないが、俺は"サクリファクト"で、"サクの字"だ。
"策"を考える事ばかりが得意の、こざかしい男なんだ。
策を弄する事には、レベルも装備も関係ない。
ひらめきを得るという事には、トップも初心者も違いがない。
俺は、無力ではあるが――――無策では無い。
「……まめしば、カメラを俺に向けてくれ」
「……? いいけど……何するの?」
「こうまで遠くちゃ、戦う三人に声が届かないだろ? 空に投映された映像越しに……あの人たちに伝えたい策があるんだ」
救う "手" はある。
『残った左手』と『その手』を伸ばして、ロラロニーの手を掴み取れ。




