第十三話 魔法少女の戦い方
◇◇◇
「ジャスティス・スラァーッシュ!!」
そんなスキルは無いから、ただの掛け声だ。超絶にダサい。
リスの振り払う右前足の爪と、クリムゾンの剣がぶつかり合って火花を散らす。
振り抜かれる爪、弾かれる剣…………つまり、力比べはリスの圧勝だ。
「掲げぇーっ! 正義の旗印ッ!! ていっ!!」
左手の戦旗を高く揚げ、そのまま槍投げのように投擲する。
鋭く尖った石突を先頭にし、リスの顔面めがけて飛んで……軽く避けられ、海に着水した。
水しぶきが上がったかと思えば、いつの間にかクリムゾンの手元には再び戦旗が握られる。
無限に投げられるスキル製の投擲武器。いつ見ても羨ましい。
投げても減らないって、ずるいぜ。旗の使い方としては、おかしいんだけどさ。
「駆除してやるぞ、ネズミ野郎」
そんなクリムゾンを視界に入れつつ、こっちはこっちで試し撃ちだ。
デカブツ用の太くて重いボルト。左腕に取り付けたクロスボウから――――狙いは足で一発撃つ。
真っすぐ飛んで、きちんと当たり、さっぱりと弾かれた。当たる前も当たった後も、まるで気にしちゃいない様子は、自身の防御力への絶対の自信か? 気に入らないネズミだ。
「ジャスティス・ダブルスラッシュ!!」
いちいち掛け声がうるせえ。ダメージではなく、やかましさで敵視を集めるソレは……壁役の仕事だろ。って言っても、都合は良いが。
クリムゾンの職業は騎士。そこそこ硬く、まぁまぁ斬れるオールラウンダー。
2525ちゃんねらーの総評を言うなら……『何でも出来そうで出来ない器用貧乏』。
一般的には、その器用さを活かしたロングソードに中盾の装備で攻守のバランスを整え、柔軟に立ち回る職業だが…………クリムゾンに関しては別だ。
幅広のブロードソードだけを持ち、堂々たる正面突破で悪を切り捨て、弱きを守る。
何故そういうスタイルなのかと問えば、『そのほうがヒーローっぽくて格好いいから』と返って来るらしい。攻守をロマンで整える、馬鹿丸出しのスタイルだ。
「技能『はやぶさ』」
では、俺が持つ職業、軽戦士とは。
そんなの語るまでもない。
『軽足で立ち回り、全てを置いてけぼりにする、一番にスタイリッシュでクールな職業』だ。
わざわざ格好つけるまでもないんだよ。
最初っから完璧に格好良いんだからな。
「『さみだれ』」
手にした剣で目にも留まらぬ斬撃を放つ。
剣を振る速度を激的に加速させる技能『さみだれ』だ。
刀身から全てを灰色に染め上げた俺の剣は、ダンジョンのカマキリが持つ物よりも上等な刃物。
…………クリムゾンに倣って名前を付けるなら、名前は『グレイ・ソード』って所か?
いいじゃん。スタイリッシュでクールな名前だ。
「――――かってぇ。クソゲーだわ」
力強く、というよりかは、体皮を滑らせ撫で斬るような俺の剣撃。しかしそれでも、リスの体に血は流れない。
怪我どころか、体毛の一本すら影響を受けていないようだ。
なんだこのクソ防御? ちゃんとテストプレイしたのか?
「だめだっ。斬っても突いてもまるで動じんっ!」
「打撃はどうだ? おおい、サポートッ!」
「……『光球』」
拳大の光の玉が、背後から無数に飛んでくる。
スピカの十八番、魔法『光球』だ。普段は忌々しいけど、今は割と好意的に見れるぜ。そういう状況だからな。
【天球】のスピカは魔法師として名を馳せているが、あいつのメイン職業はソレじゃない。
"女司教"。精霊を信仰し、敬愛の念を乗せた句を唱える事で大きな加護と助力を賜る、セイレイ様の奴隷で下僕で忠実なパシリだ。
得意系統は浄化と守護。討ち滅ぼす力ではなく、救済の力。
その内の一つが、自身に害を及ぼす物を自動で受け止める精霊の庇護――『光球』。
言ってしまえば、それは盾だ。
飛んでくる矢や、襲いかかる爪から身を護る、防御魔法。
その実体を持った防御の球を、スピカの野郎は敵にぶつけて撲殺に使うって言うんだから…………罰当たりと言うかなんというか。
それを許すセイレイ様の懐の深さったら無いぜ。ありがたくて泣けてくる。
「……収束」
飛び回る光球が、初心者を掴む左前足を集中的に打ちつける。茶色い体毛に覆われた細い前足の、肘のような関節部分に何度も何度も体当たりをする。
光の粒が広がり、また集まって――――それを繰り返す様は、まるで花火の映像を再生と逆再生でループさせているかのようだ。
「ギィッ!? ギヂヂヂィッ!!」
そこで起こった、明らかな変化。
今まで手慰みに羽虫を払う程度でいたリスが、目に見えてイライラを露わにする。
剣もクロスボウも嘲笑っていたと言うのに、光球による殴打は笑えない様子だ。
これは僥倖。つまりアイツは、無敵じゃない。
「クリムゾンッ! 多分、打撃がベターだ!」
「なるほどっ! しかし、となると私は専門外だっ!!」
「……コレ使えっ!!」
そうして取り出すのは、ダンジョン産の謎の武器。淡く発光する、先端が丸みを帯びた茶色い棒だ。
木材のように見えるが、その質感はさらりとした硬質な物。何度か使ったが、固さも申し分は無い。
斬れない剣で斬るよりは、この硬い棒でぶん殴ったほうがいいだろ。
ゲーム的に言うなら、ソレが弱点属性なんだろうから。
「むっ!?…………これは?」
「ダンジョンにあった棒だ。一応、ストレージに入れたら『武器』に振り分けられたから、武器なんだと思う」
「効果は無いのか? いかにも曰く付きと言った様子だが」
「知らん。カニャニャックに散々いじらせたが、何もわからなかった」
「ふむ……名は?」
「は?」
「名前はあるのか?」
…………どうでもよくないか? 名前とか。
この土壇場で聞く事じゃないだろ。言いたくないし。
「名が無い武器は……振れぬっ! ヒーローの武器には名があるべきだっ!!」
「めんどくせえ奴だな…………『木っぽいけど木じゃない、いやらしい形状の棒(マグリョウが持って帰って来たやつ)』だよ」
「…………え? 何? え?」
「だから、『木っぽいけど木じゃない、いやらしい形状の棒(マグリョウが持って帰って来たやつ)』だっつーの」
「……なんだその名は!? ふざけているのかっ!!」
「知らねえよ!! カニャニャックのアホに言えっ!! アイツが技能『鑑定』付けたまま言った言葉がシステムに判断されて、そういう名前に固定されちまったんだからよぉ!!」
クソシステムに、クソアルケミスト。そこに謎のクソアイテムが加われば、クソネーミングの一丁上がりだ。
勝手にオレの名前が入れられた上に、"いやらしい"って言葉に並べられてるんだぞ。なんか辱められてる感じがする。俺の名前を陵辱されてる気分だぜ。
だから言いたくなかったんだ。
「仕方ない……この正義のクリムゾンが、お前に新たな名をやろう! ――――よし、今日からお前は『ジャスティス棒』だ! さぁゆくぞっ!! ジャスティス棒!!」
「…………えぇ……?」
元の『木っぽいけど木じゃない、いやらしい形状の棒(マグリョウが持って帰ってきたやつ』も大概ヤバいが、ジャスティス棒ってのもヤバすぎないか?
正義バカのセンスはわからん。
「せいっ!! やぁっ!!」
戦旗を片手に変な棒を振り回すクリムゾン。
しかしその棒は、やっぱり正解に近いようだ。リスが明らかに嫌がるし、打ち付けた側から体毛がじわりと血に染まる。
オールラウンダーな騎士は、武器が変わろうとも力は衰えさせる事はない。
器用貧乏は、その強みを発揮している。
「……俺は別方向からアプローチだ」
とっておきの燃える液体。過去の遺物の『ガソリン』が入った小瓶を手にする。
容量大きめの魔法の瓶を、クロスボウのボルトにくくりつけ――――リスのドタマの更に上へと当てない射撃だ。
「炎ってのは、ヒトが操る叡智の結晶なんだぜ。燃えろ、害獣」
焚き火着火用に取った憎きスペルキャスターのジョブ。レベルは2だが、ボヤ騒ぎを起こすには十分な物だ。
そのナンセンスな力を借りて、基礎スペル『フレイム』を編んでぶん投げる。
臭い油を体に浴びて、濡れ鼠だったリスは燃え鼠だ。
「ギッ!? ギギギッ!?」
「ふかふか毛玉はよく燃えるなあ! ははっ!!」
大波が襲いかかるような勢いで瞬く間に火に包まれるリスは、何が起こったのか理解出来ていない様子だ。
油が燃える事、火が熱い事……矮小な存在の雑魚共が炎を操る事なんて、まるで知らなかったんだろう。無知を呪って燃えて死ね。
「ギッ!! ギヂヂィッ…………ギヂヂヂヂィッ!!」
しかし流石はひとかどのドラゴン。体を丸めるようにしたかと思えば……ぶるりと震えて、油で燃える体毛を全て"射出"した。
並のモンスターとは一味違う対応力がある。その厄介さが恨めしい。
そして空に向かって打ち上げられた"燃える茶色い毛"は、一本一本丁寧に燃え盛りながら…………上空でぴたりと止まって角度を揃える。全てがきちんと、俺達に向けられて。
――――悪寒。
柔らかなアブラムシモンスターを踏み潰したら、毒液を撒き散らして来た時のような、嫌な感覚。
酷い事をするヤツに、酷い事を仕返しする気配だ。
これは恐らく、炎から逃げたんじゃないぞ。
『忌々しく燃え盛る体毛を、憎々しい雑魚共にお返しする』パターンだ。
つまり、あの体毛は……鋼鉄のように硬く尖った針のような燃える毛は……。
「クリムゾンッ!! 防御しろっ!!」
「何だとッ!?」
「『燃える針』が、降ってくるっ!!」
まるで地獄の雨模様。
尖りきった茶色い体毛が、その身を燃やして土砂降りで襲ってくる。
藪をつついて蛇を出し、リスを燃やして針が飛ぶ。
触れてはならない物を蹴飛ばした不届き者に、死の雨による制裁が迫り来る。
そういう訳で、出番だ。"補助役"。
「――――スピカァァッ!!」
「大犬・子犬・馭者・麒麟。
星空・天象…………『冬空』」
一つ唱えて星を喚び、二つ唱えて形を作る。
無数に喚び出され続ける『光球』は、それぞれが気ままに動いて中空に浮かび上がった。
【正義】は"自己強化"、【死灰】は"迷彩"。
Re:behindでの生き様に応じて効果が作られる二つ名システム。
俺たち【竜殺しの七人】のそれぞれが持つ二つ名は、竜を殺した日から留まる事なく力を増した。今ではそれは、なくてはならない力の一つとなった。
では【天球】は。
その二つ名が齎すものは、スピカの生き様を表す物は、なんなのか。
簡単な話だ。『光球を制御しやすくなる』という、単純な力。
基礎の基礎、女司祭になって最初に貰えるスペルの練度を上げるというだけの、シンプルな物。
だから、良い。
だから、強い。
だから、使える。
シンプルであればあるほど、それは便利で、自由で、抜群なんだ。
空に浮かぶは、無数の光球。一つ一つは小さいが、ひしめきあって形を作る。
おおいぬ座・こいぬ座・ぎょしゃ座にキリン座……冬に見られる星座となって、俺たちの周囲をプラネタリウムに変えさせる。
拡大させた光球、『天球』に乗って移動するからその名で呼ばれ
天を球で埋め尽くし、救済と守護を与えるからその名を持つ女。
『絶対防御の【天球】スピカ』は、伊達じゃない。
どんな大雨が降ろうとも、あいつの星空の下は晴天だ。
それこそ、針一本の隙間も無く。
無数に降り注ぐ針の雨を、光球が縦横無尽に動き回って、その身を挺して撃ち落とす。
全てを制御し、操作して――――後に残るは、割れた光球の欠片だけが降り注ぐ、静寂と平穏の砂浜だ。
スペルキャスターはダサいし、スピカは大嫌いだけど。
この大魔法『冬空』は、マジでスタイリッシュだと思う。




