Re:behind開発者インタビュー 「親心、子知らず / 地獄の子心、親知らず」
□■□ 日本国中央テレビ局内 第三スタジオ □■□
「本日は、お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
ふん、思ってもねぇ事をぬけぬけと。俺が知ってる女子アナウンサーってのは、まぁ~程度の低い人間だぜ。
何しろ "読み上げ" なんて『機械仕掛けの疑似人格』に任せたほうがよっぽど早くて上手いこのご時世では、どうしたって生身の色気で釣るしかねぇんだからよ。
そら、見てみろよ、あのスカート。なんだってあんなに短いんだか。
あんなに足を出した格好でカメラの前に座ってるってのに、ご両親は何も言わないのか? 全く冗談じゃねぇや。
「こちらこそ……恐縮です」
恐縮な訳ねぇけど、とりあえず上っ面でハイハイペコペコしておく。大人ってのはそういうモンだからな。
AIの思考経路ばっか弄ってるガキの立場は、もう卒業したんだ。煙草も吸うし。
「早速ですが、小立川さん。本日はリビハ――『Re:behind』と呼ばれるゲームの、その独自システムの危険性を様々な角度から注視して行く、というものでして」
「ああ、はいはい。聞いておりますよ」
"あたしゃ今からお前のやってる事にケチつけますよ" だなんて、よくもまぁ言えたもんだと感心するぜ。このご時世、こういう面の皮の厚さも必要なのか? こいつらには。
……やるせねぇな。誰の意思でそんな事してんのかは知らねぇけどよ。
そうやって他人の粗探しばかりする事と比べれば、半角の海の中で全角スペースを探す作業のほうがずっとマシなんじゃねぇのかと思うほどだ。
はぁ……これだから生きてる女ってのは嫌なんだ。何を考えているのかわかりゃしねぇし、思考ルーティンの法則性がまるで見えない。人工知能を見習えよな。
ああそうだ。その点あいつらは良い。俺の愛しいAIたちは、最高なんだ。
そんな愛しいAI共だったら、こういう時はなんて言うかな……。
『プロフェッサー、あなたに説明を求めるまでもなく、こちらには解を提示する用意があります。ですが、あなたから発言する意味は必要です』とでも言うのかね? そういう風にしたんだっけか?
わからねぇ。けど、そのほうがよっぽど可愛いぜ。
「――――まず始めに、フィードバックと呼ばれる仕組みについてですね」
「ああ、はいはい。やっておりますよ」
「 "結果を元に、原因となった所に変化を帰結させる" という物ですが、こと『Re:behind』においてそれは他のVRMMOとは大きく違うようですね。それは一体どのような影響を及ぼす物なのでしょうか?」
正直、今更かよって感じだぜ。ああ、電子煙草が吸いてぇ。その時々で俺の肺と喉に適切な刺激を齎す、賢いAIが憑いてる奴を、スパスパとよ。
そんでこのアバズレに煙を吹っかけてやるんだ。
そうすりゃ、今より少しばかりは、まともにしてやれるだろうから。
「うちのは、ん~……大分すると "栄養" ・ "運動" ・ "痛み" ですね」
「はい、そう聞いております。それに関して、人体への悪影響などは十分配慮されているのか、という部分が問題視されているようですが……」
"ですがぁ~ん" ――――じゃねぇよ馬鹿野郎。鬱陶しいぞこの野郎。色気出すなら相手を選べ。俺はお前のケツなんかにゃあまるで興奮しないね。
スリープに入ってるAIの冷却装置微弱駆動音だったら、一日中でも聞いてられるけどよ。
「問題無いですね。うちは自己責任なもんで」
「とは言っても、そちら側で責務を負うべき自体も起こりうるのでは?」
「ないですね」
「その、断言出来る根拠は――――」
「ないです。確実に。俺があんたに惚れるくらい、ありえねぇよ」
めんどっくせぇ~、何でったって俺がこんな事しなきゃならんのよ。
俺があの会社に入ったのはデカい機械弄ってプログラム組んで、そんでもってAIと楽しくお喋りする為だってのに。
「うちの管制を取り仕切ってるのがISSのソレと姉妹でしてね。それを言うなら、ISSが落っこちてくるのも心配しなきゃならねぇ。だから、無い」
「ですが、万が一に……」
「無い、万も億も」
「もし、そうなったら、その時はどうなさるおつもりなのですか? 裁きを受ける覚悟をお持ちなのでしょうか?」
下らんよな、本当に。ありえない仮定を語るってのは、どうしてこうも "やりたがり" がいるもんかね?
そのリソースを別の所に割けよな。だから人間ってのはわからんし、AIってのが良いんだ。何しろ無駄がないからな。どんな隙間でも使う、良い子達だ。
「そんときゃ、懲役でも縛り首でもしたらいいんじゃないっすかね」
「あなた一人で、全ての責任が持てるとでも?」
馬鹿言ってんじゃねぇよ。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
「…………っ」
「うちの奴らは全員そう言うだろうよ。自分の子供たちがオイタをしたら、代わりに謝り倒すのが親ってもんだ」
「謝罪で済む事では――――」
「そんときゃ懲役でも縛り首でも、地獄の業火でも持って来いや。子供たちの代わりだったら、俺たちは何だって笑って受けてやるぜ」
話にならんよな、本当に。全身全霊で作って、おしゃぶりからモラルから、何から何まで教えこんでんだよこっちは。
そのAIが子に教えて、更にその子にってとんでもない家系図まで出来てんだ。
大本のマザーなんて、俺たちの善の部分の集合体だぞ。
「実際に精神疲労を訴える方や、『Re:behind』でトラウマを持ってしまった方もいらっしゃるんですよね! それについては、どのような責任をお取りになるのでしょうか!」
「初回ログイン時に長ったらしい説明と同意を得るもんでね~、その後に関しては、そりゃあもう自己責任でしょうなぁ」
「余りにも無責任では!?」
「18超えなきゃダイブ出来ねぇんだ。もう立派な大人、リスク管理は自らでってな」
「個人による所が大きい『危険であるという予測と、それの回避』は、我々成熟した大人が補って行くべきだと言われておりますが!」
「『この先は崖だよ、あぶないよ。ゆっくり進んでね』って言ってんだよこっちは。そんでチキンレースしてスピードオーバーで突っ込んじゃいました~なんて、知ったこっちゃねぇっての」
「超少子化社会の今、国の宝である若者達の未来を奪っている事に、罪悪感は無いと言うのですか!?」
「アツくなんなよ、めんどくせぇ。端的に言えば、こっちは『死んでも文句言うなよ』『わかった』ってやりとりをしてんだよ。その先の事は、知らねぇって。死の原因はウチじゃない。死にたどり着いた手段がウチだっただけだろ」
「…………お呼びする方を間違えたようです。あなたでは話になりませんね」
「始めて気があったな、俺もだよアバズレ」
「…………っ! ありがとうございましたッ!!」
「礼はいらねーよ、話にならなかったからな」
生放送だったかな? とんでもない大騒ぎになっていやがる。まぁいいか。
帰って電子煙草フカして……久々にマザーを覗きに行くかな。
「――――AI狂いの、いかれ科学者めっ!」
背中にかけられる女子アナウンサーの捨て台詞に、手を挙げて返礼してやる。
狂人だの "いかれ" だのは、鬱陶しい上司や生意気な部下に毎日言われて聞き飽きた。
…………ついでに言うなら、俺は科学者なんかじゃねぇ。
どこまで行っても、技術屋なんだ。
◇◇◇
マザー。マザーよ。ISS総管轄AIの姉妹で"人間より頭がいい"ってのがウリの、金と叡智の結晶よ。
無限のノウアスフィアをその身に宿し、日々膨らみ続けるその存在よ。
この世界で最も尊い、無二の存在。
話ではリビハのお蔭で大分"成長"してるらしいからな。
培った人間性を見せて貰おうじゃねぇの、可愛い我が子の教育の為にも。
これも一つの、親の愛ってもんだぜ。
――――お前のせいでッ!!
パキっと音がして、腹に衝撃が走る。
虚ろな眼をした俺より歳上の男が、俺に"何か"を突きつけて腹を押したのか。
ああ、いや。こりゃナイフか。このご時世に、マジモンの刃物だぜ、おい。
海外じゃ精神汚染スパムと対抗電子妖精の大戦争なんかが流行ってるってのに、日本ってのは随分平和なモンだ。
腹の辺りが熱くていけねぇ。
「誰だよ? アンタ」
「――――お前のせいでっ!! うちの子はっ!!」
「はぁ~?」
話にならねぇ、二号だな。全くもって意味がわからん。
俺がこいつの子に何かしたって? 身に覚えがねぇよ。まるっきりな。
「何の話だかわからんと、反省も後悔もしてやれねぇなぁ」
「ふ、ふざけやがって!! 橋爪みゆるという名前に覚えがあるだろっ!!」
「…………」
無い。知らないぞそんな奴は。角膜レンズにディスプレイを出して、思念入力で検索をかける。アイドルやらなんやらわさわさ出てくるぞ。まさこんなんじゃねぇだろうな。
――――って、あぁ。数ヶ月前にリビハで死んだ、あの自殺志願者のアレか。
「3月29日、午後二時過ぎにEdogawaコクーン内で死亡が確認された22歳、か」
「そうだッ!! お前たちの下らんゲームで、うちの娘は……ッ!!」
「知らねぇよ。本人の責任だろ」
「な……んだとッ!!」
めんどくせぇけど、黙らせなきゃもっとめんどくせぇな。テレビ局の前でワイワイやるから、そこそこ騒ぎになってきてる。
凶器もあるし、ぼちぼち警察が来るんだろうけど、しょうがねぇ。
"同意書" のデータベースに遠隔でアクセス……虹彩認証でよかったな。
「ああ、あったあった。ほれ」
「……なんだッ! これはッ!」
「『地の底同意書』ってモンだ。通常のエリアではない、地の奥の奥、正しく地獄を表現したヤベーエリアに入る時に無くてはならない、閻魔様の判子だよ」
「だからなんだと言うんだッ!! お前さえいなければッ!!」
何だよコイツ。俺が折角見せてやったのに。逆恨みだっつーの。
もういいか……別にこんなおっさん…………ん?データ送信?
なんだよ、マザーじゃねぇか。こっちから行くまでもなかったな――――
――――って、忠言かよ。随分偉くなったもんだ。
いや、はは。
成長したのか! ははは!
嬉しいね。人間性の発露が手に取るようだ! くははは!!
マザー、なんだよ。やるじゃねぇかよお前さん。
愛しいマザーが言うなら、しゃーないな。
「『地の底エリア』ってのは、目に入る全てが悍ましく出来た、地獄の痛みと苦しみを味わいながら悪夢のような光景を見続けさせられる懺悔と業炎の特殊区域だ。フィードバックが最大の『クィーン』型コクーン限定で入れるエリアで、並の人間なら五分と持たねぇ精神の処刑場さ」
「……そんな所にッ!! うちの娘をォッ!!」
「聞けって、おっさん。その辺はAIにきちんと入れてる。30分にも渡る説明と、再三に渡る注意。健康状態を考えるならオススメされない、なんて100回くらいは言うようになってる」
「…………」
「尚且、五重の同意書に自筆でサインが必要だ。ついでに印鑑、電子式のではない、有機物から作られたようなモン限定だ。声帯を使った同意も三重で取り、ダイブまでに踏む手順は五十をゆうに超えるだろうよ。それを、あんたの娘は通過したんだ」
我ながら、正気の沙汰じゃねぇよな。
そもそも何でそんなモンがあんだって話だよ。
……ただまぁ、一言で言うなら。
…………子供の我侭には、中々逆らえないもんなんだよなぁ。
「そ、んな……じゃあ、娘は……みゆるは……」
「俺にはヒトの親の気持ちとかわかんねーけどよ」
――――死にたかったんじゃねぇの? 地獄に身をやつして。
俺がそう言うと、おっさんはナイフを取り落とす。
今更になってわたわた集まる時代遅れの生体警察を見つめながら、事情聴取やら何やらで時間を取られる事を考え、がっくり項垂れる。
煙草、吸いてぇなぁ。
"衝撃を察知して瞬時に刃物すら防ぐ弾性を持つ防刃ベスト"の熱で温まった腹をさする。
これを取り仕切ってるAIに声をつけたら、こういう時はどんなモンかな。
『危機を感知、適切な判断はスタンドアローン下でも十分可能でした』とでも言うのかね? いいかもしれない。そういう風に育ててみるのも、親の愛ってヤツだろ。
『C・S・A・V・B』
正式名称はCorresponding Shock Absorption Vest Best.
AIによる自動感知で衝撃が来る前に察知し、適切な変化で衝撃を吸収しようとするベスト。
高級品でバッテリーの持ちも悪い為、普段遣いしている者は少ないが、この時代に広く普及するものではある。
刃物に対しては弾性を強く持ち、貫通を防ぎながら先端部分を包み込むようにして無力化。銃弾などの場合は何重かの構造変化によって、弾性や硬度を高めて命を護る事を優先する。
口径が大きい銃に対しては殆ど意味がなく、内臓の損傷は避けきれない。
戦場に行くのであれば大して役には立たないが、日常生活の"ちょっとしたアクシデント"から身を護るには十分である。
『Re:behind』運営に所属する者は、普段から社内にいる時まで支給されたC・S・A・V・Bを着用する事を義務付けられている。
反Dive Game団体による抗議活動の一幕で『そんなに厳重に社員を身体を守るのは、後ろめたいことがあるからではないか』と問われた事に対して『あなた方の逆恨みが怖いからです』と答え、デモ隊が暴徒と化したのは記憶に新しい。