第十二話 ロール・プレイング・ゲーム
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
体中砂まみれで気持ちが悪い。
天球のアホスピカめ、リスに捕まるオトモダチを見つけた途端に限界を超えたような速度まで加速して、自分も俺も『天球』に乗っけたまんま、思いっきりリスにぶちかましやがって。
その衝撃で拘束されてた正義バカは助かったらしいが、俺の被害は甚大だ。
鎧の中や、ブーツの中にまで砂が入って……ついでに吹き飛ばされた体も少し痛い。こんなのもう、他のプレイヤーへの攻撃扱いだろ。カルマ値下げろよ、システムさんよ。
「天球……俺は今日と言う日を、絶対に忘れねぇからな」
「…………」
「【死灰】……貴様もか。私にとっても今日と言う日は――――決して忘れ得ぬ、かけがえの無い物になるだろうっ」
感極まった、と言った表情を浮かべた【正義】が、何かをほざいてる。なんか勘違いしてないか? 俺が忘れないのはスピカへの恨みつらみだぞ。まぁいいけどさ。
「……状況」
「ああ、わかっているぞスピカ。少女は依然として捕らわれていて、決定打は与えられていない。わかった事は一つだけ……『あのリスドラゴンは、とんでもないほど硬くて強い』と言う事だけだ」
「傷一つないように見えるぞ? 正義、お前は何してたんだ。遊んでたのか?」
「遊んでいたのは私ではない、あのリスだ。私は本気だったが、完全に遊ばれていた。我が『真・ジャスティスソード』をもってして、まるで刃が通らんのだ」
多分だけど。
このRe:behindに存在する全ての物の中で、一番ダサい名前だよな。
コイツの剣って。
「技能は試したか?」
「『不退』に『疾駆』を乗せた『一番槍』。薄皮一枚にわずかばかり突き刺さったのみで、流血すらさせられない。芯の通った活撃だったのだがな」
「……クソモンスターだなぁ」
剣士の技能『一番槍』。突きの威力を高めるってだけの単純な物だが、だからこそシンプルに強力だ。それに加えて『不退』と『疾駆』か。
スキル全部乗せに、コイツの細い体のどこにあるのかわからない力で一突きすれば、ぶっ刺さらない物なんて無い。実際体感した事もあるしな。
とある事情で決闘する事になったあの時の事だ。
姿勢を崩した俺の心臓めがけて真っ直ぐ突き出されたダサい名前の剣が、狙いを外して地面にずっぷり刺さる映像は、中々忘れられるもんじゃない。ハンバーグにナイフを突き立てるように、柄の所まで抵抗もなしに一息で刺さったからな。
つまり……大地より硬いのか。このリスは。
超クソモンスターだ。
「当然だけど、Wikiにもコイツは載って無かったぜ。つーかそもそも"ネズミのモンスター"の情報が無かった。中国語のページはあったけど。情報が足りねぇな」
「……尻尾」
「なんだスピカ、尻尾がどうしたと言うのだ?」
「大量」
「確かに尻尾はクソ多いけど…………だからなんだよ」
何本あるんだ、あれは。10本以上あるんじゃないか? 茶色と白のふっさふさで、陽の光を浴びてキラキラしている。このリス型ドラゴンの冗談みたいなデカさ以外で、唯一目に見える異質だ。九尾の狐ならぬ、十尾のシマリスって所だな。
「とりあえず、探るしかないか」
「ロールはどうする?」
「安定を取る訳じゃねえ。ササっと行って、ズパっとやって、あの"初心者"を奪い取ったらさっさと撤退がスマートだ。TH抜きの、DDSで行くぞ」
「……理解」
「ふふっ! DPSは久しぶりだ」
悠長に敵視を集めて、だらだら回復を重ねて――――なんてやってる状況じゃない。
壁役も回復役も抜きだ。
攻撃役を俺とクリムゾンの二枚に、補助役のスピカで短期決戦の構えで行こう。
「天球、俺の灰ポーション半分持っとけ。お前の判断で具合良く割れ」
「了承」
「信用はしてないが、信頼はするぞ。てめぇのお願いで来てるんだ、死ぬ気で俺をサポートしろ」
「……不承、不承」
「ああ? なんだその態度は。俺は何の得もなく、こんな危ない事しようとしてんだぞ? しかもこんなに砂まみれで。あ~むずがゆい」
「……」
「バカが考えなしに突っ込んだせいで、全身気持ち悪くて仕方ないわ~。魔法師ってのはスペルを編むことばっかりで、戦い方がスマートじゃねぇよな、ホント。ダッセえ職業だぜ」
「……」
「全速力の天球体当たりとか、センス無いにも程があるわ~。魔力でゴリ押しの大味戦闘しかしてないからこうなのかね? 引くわ~マジ引くわ~。戦略とか戦術って言葉はご存知でない?」
「…………」
「スペルでドカン! はい、終わり! ってばっかりだから、スペルキャスターの戦闘はナンセンスなんだよな~。軽戦士のクールで鮮やかな戦いぶりを見習うべきだぜ、スペル一辺倒のアホスペルキャスター共は――――いてっ」
顔を真っ赤にしたスピカが、ぺしぺしと叩いて来る。ダメージは無いけど、視覚的に痛い感じがする。
「おいっ! やめろコラ!」
「…………訂正」
「訂正もなにも、全部本当の事だろ! 2525ちゃんねるでも皆言ってるぞ!『スペルキャスターってのは、スペルぶっ放すだけの火力馬鹿だ』って!」
「…………」
「やめろっつーの!」
無表情にぺしぺしと叩いたり、俺の外套を引っ張ったりしてきやがる。2525ちゃんねるでも皆同意してたんだから、事実だろ。あそこには本当の事しか書かれてないんだから。
「……ふふふっ」
「あ?」
「ふふふふっ!! あはははっ!!」
「……?」
「凄い! 凄いぞ!!
囚われの少女を救う為、正義の志を持ったいがみ合う二人が、共に強敵へ立ち向かう!
いつも通りに歪な触れ合いをしながらも、瞳は真っ直ぐ巨悪へ向かう!!」
なんだコイツ。めっちゃ元気になってる。
急にテンションを上げるクリムゾンを見つめて、俺もスピカもたじたじだ。
「凄い! まるで、コミックみたいだっ! 喧嘩ばかりの二人が、手を取り合って戦うなんて! こんな状況、こんな展開……フィクションの英雄譚みたいっ! もう最高だよっ! 夢みたい!」
「お、おう……」
「……苦笑」
「私も、頑張る! 一緒に戦う! 漫画に出てくる二人に負けず、ヒーローって役割をこなしてみせるっ!!」
俺たちのナニカが、正義バカのドコカを揺さぶったらしい。
二つ名効果の赤いオーラは爆発するみたいに膨れ上がって、赤い瞳からは炎のようなオーラが吹き出す。
自己強化も十全に発揮されていそうだ。赤い闘志の余波を受け、俺の体は勝手にちりちりと戦闘態勢を取り始める。クリムゾンに、俺の気持ちも引っ張られる。
技能でもなく、二つ名効果でも無い……コイツの人格。
クランメンバーを率いる、【正義】の勇名を響かせる、コイツのカリスマ性。
ゲームの世界で理想を追いかけ、その強い意思で周りまで引っ張る『ロールプレイ』。
ひいてはここは、R・P・Gとなる。
コイツがまるで勇者みたいだから、敵は魔王みたいに見えてきて。
共に戦う俺たちは、勇者パーティの一員みたいな気持ちになるんだ。
他のプレイヤーを、対峙する敵を、しっかりと立つその世界を。
全部まるごと『楽しいRPG』に変える、目一杯で力づくの"なりきり遊び"。
それが【正義】のクリムゾン。それがRe:behindの正義さん。
柄でもないが、そのロールプレイは……俺の心にまで火を付ける。
「"役割"割当だっ!! 私はヒーロー!!
死灰も天球も、共に正義を行う仲間っ!! 我ら義を持ち正しくあらんっ!!
戦いの時は来たっ! 正道を行き、死力を尽くすぞっ!!
技能『鳳天舞の戦旗』ッ!!
技能『銀剣突撃紋章』ッ!! 全力全開ッ!!
いざ、勇ましく!! 正義、執行ぉーッ!!」
「おいっ! 一人で突っ走るんじゃねぇよ!」
「……早漏」
「そ……早漏ってお前……っ! 女の子がそういう事言うなよ! クソ、俺も行く! スピカ、サポートしろよっ!?」
右手にブロードソード、左手に幻の戦旗を持って、背中に二振りの銀の剣を背負うクリムゾンが、テンションをぶち上げて先行する。
突撃スタイルの技能を全開にしながら、何時もの数倍赤いオーラを立ち上らせるその姿は、アイツの心の高揚そのままを表してるみたいだ。
赤く染まった旗を靡かせ、剣が交差する紋章を背負って駆ける女騎士。
燃える瞳は軌跡を残して、凛と澄み渡る喉を使って高らかな雄叫びを鳴らし、リスドラゴンへと全速力。
そのオーバーな演技と格好付けすぎた姿形は、まるで子供向けフィクションの一幕。
無理矢理に脇役に抜擢された俺は、その闘志に引っ張られながらヒーローの一座に加わる。
…………本当は嫌だけど、俺も行こう。
面倒だけど、人助けの始まりだ。
クールな軽戦士の俺は、正義のヒーローなんか御免だぜ。
だってそうだろ? そういうのって、子供が好きなモノなんだし。
大人な俺は、そんな物はとっくに卒業したんだ。
だから、クールに決めるぜ。
「いつもは害虫、今日は野ネズミ。まるで害虫駆除業者だぜ。燃えて散れ…………『来い、死灰』」
◇◇◇
「……正義」
「……厨二」
「…………両方、子供」




