第十一話 正義宣誓
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
「クソッ、サクの字ぃ…………こんなになっちまって」
「右腕、左足が欠損……目も片方が閉じていますね……痛みはありますか? 心は無事ですか?」
「……ロラロニーは……? あいつはどうなった……?」
「まだ生きてるけど……作戦は、だめだったよ。キキョウの『雷光』でもリュウの剣でも、ロラロニーちゃんを掴む手は開かなかった」
マジか。電撃も剣撃も効かないのか。流石と言う他ないぜ。
ドラゴン、最悪のクソ仕様め。
「でも……でもっ!! 来てくれたよっ!! 正義さんが、あの人が、来てくれたからっ!!」
「……サクリファクトくんが身を犠牲にしていなければ、ロラロニーさんはすでにお腹の中だったでしょう。君は有意義な事をした。命を賭して、ロラロニーさんを生き永らえさせた。あとは…………彼女がきっと、なんとかしてくれます」
そうか、無駄じゃなかったのか。
作戦は失敗だけど、役には立てたのか。
「後は、あの赤い姉御に任すっきゃねぇ……っ!! このリュウジロウ、お天道様に祈りを捧げるぜ!!」
「ええ、ええ。私たちに出来る精一杯は、それだけです」
「大丈夫だよ! 正義さんは……本物のヒーローは、決して負けないんだからっ!」
クリムゾンさん。
【正義】【竜殺しの七人】……
……頼む。ロラロニーを……救ってくれ。
◇◇◇
対峙するは悪しきシマリス。背に守るのは善良な者たち。
囚われの少女を救う為、命を賭した誇り高き者。
力は不足、作戦は穴だらけ、リスクが大きすぎて目も当てられない。
しかし、そこに正義はあった。守る意思があった。
善き心が、尊い想いが、何物にも代えがたい正しい精神があった。
ならば、讃えよう。
ならば、それごと私が背負おう。
弱きを守ろうとする意思あらば!! 私がその意思を、護ってやる!!
「リスドラゴン……マザーが言うには、貴様は悪では無いらしいな」
「ギヂヂィ…………」
「貴様は何故プレイヤーを食べる? 何故街を破壊する? 何をする為に、何をもって生まれるのだ? …………私には、さっぱりわからないよ」
「ギィ……ギィィィッ……!!」
世界を制御する、Re:behindを調整し、ゲームとしての形を成そうとするもの。確かにそこには、善も悪も無いのかもしれない。
そうかもしれないけど。
「しかし……貴様のその行動によって、悲しむ者がいる。
その行動によって、嫌な結果が生まれる事がある。
良くないようになる場合がある。
ならば、それに抗おう。悲しませないように、嫌な結果にならないように、良くないようにならないように…………弱きを守り、尊きを庇い、悪きを拒絶しよう。
私は、貴様に……システムに、抵抗する」
「ギヂヂヂヂヂィッ!!」
「私が考える『正義』とはっ!!
『悪』を討ち滅ぼす行いではなくっ!!
『善』を護るものであるっ!!」
これは、宣誓だ。
世界へ、マザーへ、Re:behindへの、宣告だ。
私がどういう存在なのかを知らしめる、大見得である。
「貴様が何者であるかは知らんっ!
しかし、貴様が悲しみを生むものである事は知っているっ!!
だから私は、【正義】の名の下に……貴様の前に立つのだっ!!
我は正義! 正義のクリムゾン・コンスタンティン!
我が信念を心に掲げ、良きものを護る為――――いざ参るっ!!」
踏み切り、走る。
全身に力が満ちるのがわかる。
私が持つ二つ名、【正義】。
『自身が正義を信ずる行動を取る時、自己強化が行われ、赤いオーラが立ち昇る』という効果のソレは、今までにないくらいの効果を発揮しているぞ。
正義の心に呼応するオーラは、熱さすら感じるほどまで激しくさかって。
私は今、滾っているのだ。
少女を救おうとする正しき気持ちにあてられて、私の心は燃え盛る。
「ハァッ!」
踏み込みながらリスの足を斬りつける…………手応えは、無い。滑って弾かれたようだ。
我が愛剣『真・ジャスティスソード』の斬れ味たるや、大木すらもバターのように切り裂く勢いがあるものだと言うのに、リスの足には傷一つ付かない。
鋼で出来たワイヤーのような、硬い硬い体毛に弾かれた。
流石はドラゴン。Re:behindで最も強い存在。
「ならば、これならどうだっ! 技能『斬鉄』!!」
硬いのであれば、硬い物を斬るようにするまで。次の斬撃に鉄をも切り裂く鋭さを持たせる剣士の技能を発動させれば、ジャスティスソードが光を纏う。
渾身の力で剣を振ると、いつも以上の自己強化が加わり、会心の斬撃が放たれる。
――――斬った。
1,2本の、茶色い体毛だけ。
「……ことさらに、硬いのだな」
「ギィッ!!」
『斬鉄』を発動させれば、大体のモノは両断出来る。出来ぬモノと言ったら、それこそ龍鱗くらいのモノだ。
ああ……この体毛は、龍鱗なのか。ドラゴンが纏う、身を護る術。かの竜型ドラゴンのモノと、同じなのだな。
そうして思考している内に、リスドラゴンから放たれる右手を振り下ろすようにする攻撃……余裕を持って避けたつもりが、その余波で体が揺らされる。なんという膂力、なんという重撃。
直撃すれば無事ではあるまい……少女を掴む左手による攻撃でない事が、何よりの救い。ほっとしちゃう。
「『不退』っ! 『疾駆』っ!! 『一番槍』ぃっ!!」
体をブレさせない『不退』、脚力を3秒激増させる『疾駆』、突きにダメージボーナスを乗せる『一番槍』……出し惜しみは無しだ。
出来る限り迅速に決定打を入れ、リスの左手に掴まれた少女を救い出さなければ。
まるで食べようとも殺そうともしないのは不思議だが、それがいつまでも続くとは……限らないのだから。
「くっ……!? 穿てぇっ!!」
「ギヂッ!」
両手に剣を構え、ありったけの力と体重を込めた突きは、リスのふくらはぎに僅かばかり突き刺さる。
剣を押し込み貫こうとするものの、全く効いていない様子で足を振り回したリスは、剣を弾いたそのままに足を高く上げ、その巨大な足で思い切り踏みつけて来た。
「――ッ! 『銀盾栄誉紋章』ッ!!」
幻の銀盾を生み出し、踏みつけるリスの足を受け止める。避けるか受けるか迷ったが、力を横に流して体勢を崩す有利を取ろうとしたこの選択は…………間違いだった。
草刈り鎌のように伸びた爪が盾ごと私の体を拘束し、重さと合わされば完全に動きが封じられてしまう。なんたる失態。
「くぉぉおおっ!」
まるでプレス機のように上から押し付けて来るリス。爪は盾を構える私の腕に徐々に食い込み、赤い鎧の下に血が流れている気持ち悪い感覚がする。
失敗した、浅はかだった。情報が足りない未知のモンスター……大事を取るべきだというのに、少女を救おうとする焦りから気持ちが急いてしまった。
格下の獣相手ですら、油断と慢心で逃げられてしまうマヌケなプレイヤーもいると言うのに、圧倒的格上相手のこの大一番で私は何をしているのだっ。
「ふぬぬぬぬ……っ! 重い……っ!!」
力なき正義は、ただの理想だ。
それを成す力を持って、始めて正義となるのだ。
護るべきものを護れない者は、正義ではないのだ。
「くそ……っ! うぐぅ……っ!!」
誰か来ると思ってた。私以外の、正義の味方が。
空に映された初心者の窮地。ドラゴンに掴まれ、食べられそうになっている女の子。
まるで首都を襲った竜型ドラゴンの時のように、あの時の七人のように。
理由は違えど誰かの為に皆が集まって、一丸となって退けるんだって思ってた。
「うぅ……うううっ!!」
だけど今日は誰も来ない。初心者を助けるのは私だけ。
女の子がドラゴンに食べられても、どうでもいいの?
同じリビハプレイヤーとして、同じところで生きる仲間として、助けたいって思わないの?
…………私がする事は、私が信じる正義は、おかしい事なの?
私は正しく無いの?
「ふぐ…………ひっく…………」
涙が出てくる。誰か一緒に、私と一緒に正義をしてほしい。
竜型ドラゴンのあの時みたいに、それぞれの意思で集まって、皆で良い事を成し遂げたい。
今日が、その時だって……思ってたのに。
二つ名効果が、赤いオーラが色を薄くし始める。
『自身が正義を信ずる行動を取る時、自己強化が行われ、赤いオーラが立ち昇る』という効果が、目に見えて力を失って行く。
自分の正義を疑えば、【正義】さんは、そうではなくなる。
護れないのかな? ここで終わりなのかな?
一人では無謀だったの? 理想ばかりを夢見る子供の行いだったの?
私は後先考えない夢想家なの?
Re:behindに生きるプレイヤーは、皆が皆自分だけが良ければよくって。
誰かを救おうとするのは、おこがましい考えなの?
私が馬鹿で、間違っているの?
正しきはリスにあって、私の行いこそが悪。そうなのかもしれない。
だって、誰も来てくれないから。
「クリームチーズさんっ!!」
…………? 私の事? 私は、そんな美味しそうな名前じゃ――――。
「助けに来てくれて、ありがとう!」
…………囚われの少女。力のない初心者。
リスに食べられる寸前の、死にかけプレイヤー。
乱れた茶色いくるくる髪の毛に、桃色の瞳をうるませて、私にお礼を言う女の子。
変なの。まだ何も、助かってなんていないのに。
お礼の宛先の方向違い。助かる事ではなく、助けてくれる事への感謝。
私の行いが、正しい事だと…………『ありがとう』って言うに値する事だと、声をあげて教えてくれる、ヒーローに救われる少女。
そうだ、私はRe:behindに生きる【正義】のクリムゾン。
クリームチーズではないけれど、感謝される行いをする――――正しき者っ!!
「負ぁけぇるかぁぁぁぁーっ!!」
押し返せ、力の限り。技能ではなく、正義の心で。
誰かの命令で『破壊』をするリスなんかには、負けたりしない。
自分で信じて選び取った『正義』の為に、死力を尽くして全開だ。
「ジャスティス・プーッシュ!!」
これは技能じゃない、魔法じゃない。
……ただの『ヒーローっぽいごっこ遊び』。
みしみしと苦しそうな音を出す全身を、心で支えてリスに抗う。
私は信じる。誰かを守ろうとする気持ちは、素晴らしいのだから。
正しい自分であろうとする"役割を演じる遊び"は、最強なんだから。
リスなんかに潰されたりしないって、信じるのだ。
「信じるっ!! 私は、なんとかなるって、信じるんだ!! Re:behindは、皆で作るこの世界は、いつだって正しい事をする心で形作られるんだっ!!」
――――――ヒィィッ!
「私は、負けないっ! 私たちは、負けないぞっ!!
竜型ドラゴンの時も、負けなかったんだからっ!!
負ける"役割"は、演じないっ!!」
――――止めろぉぉっ!! 突っ込むなら一人でやれぇぇっ!!
「システムになんか、Re:behindプレイヤーは、負けないんだっ!!」
――てめぇ、ふざけんなぁぁ! 死ぬぅぅっ!!
ギシギシと押し潰しに来る音、ギチギチと軋む体の音、リスの吐息と私の叫び。
それ以外の音が、耳に聞こえる。
「てめぇ天球っ!! おぼえと――――グッハァッ!!」
「……的中」
パギャンッ!!
硬い物が粉々になりながら砕け散る音がした。
踏み切ろうとするリスの重さから突然に開放されたかと思うと、辺りにはキラキラ光る何かの破片が舞い散っている。
これは……なんだ? 何が起こったのだ? さっぱりわからない。
壊れた物は、わからない。
だけど、この声は知っている。見える顔も、その姿も……二人して全身砂まみれだけど、知っているぞ。
「スピカっ!? それに【死灰】も……来てくれたのかっ!!」
「救出」
「てめぇ天球この野郎っ! ふざけんじゃねえぞお前っ! 殺す気かっ!!」
「戦法」
数ヶ月前……首都を襲う『竜型ドラゴン』を打倒せしめたトッププレイヤー。人呼んで【竜殺しの七人】。
その内二人が、ここにいる。
どこかで少女の危険を知った二人が、今ここに来てくれたのだ。
リスクも手間も差し置いて、少女を救おうとする正しき意思でもって、今この場に……現れたのだ。
私が信じる正義は…………私だけのものでは、なかったのだ!
「歓迎するぞ! 正しき者たちよっ!!」
「はぁ~? 何だお前? ゲーム序盤に出てくる重要NPCの台詞かっつーの。あほくさ」
「暴言」
「なんで俺がこんな不機嫌になってるかわかるか? あぁ!? 誰かさんのせいで体中砂だらけだからなんだよなぁ!?」
赤いオーラがモワモワ揺れる。正義の心がメラメラ燃える。
私は今、滾っているのだ。
正義の心に、負けはない。




