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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第二章 自然に抗う彼のもの達
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第十話 ヒーローごっこ

□■□ 首都東 海岸地帯 □■□




「よ~しよし……良い子だね~……かわいいね~」


「乱暴はよして、仲良くしよう? どんぐりも集めてあげるよ?」


「クルミって知ってる? 硬い殻を割ると、柔らかくて美味しい物が入ってるんだよ。よしよし」


「…………クルル……」




 わかりにくいけど、絶賛ピンチ中である。


 ロラロニーを掴む巨大なリス――――世界を壊す『ドラゴン』であるらしいそれは、調教師のロラロニーに撫でられて上機嫌だ。くるくるとどこから出てるのかわからない音を鳴らして、砂浜に座り込んでいる。


 その調子のまま掴む手を離してくれたら良かったんだが……ロラロニーの体はガッチリ握りしめたまま。




「……見ろこれ。とっておきの爆発するポーション。あの【死灰】も愛用するっていう、信頼と実績のアイテムだ。これを口の中で破裂させてやれば、リス野郎だってきっと度肝を抜かれるぜ」


「…………サクの字……やっぱやめようぜ? 他に方法はあるだろ?」


「考えてる時間は無いんだ、思いつくのはこれしかない。ロラロニーを食べさせないようにリスの口を封じて、あの頑なに閉じた手を開かせる隙を作るには、これしか思いつかないんだ。今出せる最善は、これっきりなんだよ」


「…………」




 ポーションを左手に握りしめ、右手に安い剣を持つ。目指すはあのリスドラゴンの口内だ。

 世界のバランサー、破壊をするモノ、抗えないRe:behind(リビハ)の仕組み……信じられないくらいのクソ仕様。

『ドラゴンに食べられたら、キャラクターデータが消える』とかいう常軌を逸したシステム。それを自ら目指して、突っ込みに行くんだ。



「俺が全力で走って――タイミングは5秒に合わせる。口に入って暴れたら、喉奥に爆発ポーション突っ込んで俺ごと腹の中をふっとばしてやる。その間に、ロラロニーを頼むぜお前ら」


「……ねぇ、どうしようっ! どうするっ!? キキョウっ!!

 生放送して、だからなんだったの!?」


「もう少し、きっともう少しです……きっとその時が――――」




「ギィ……ギィィィッ…………ギヂヂヂヂィッ!!」


「――――残念ながら、その前に()()()が時間切れみたいだぜ」




 ロラロニーの撫でる手によって落ち着いていたリスドラゴンだったが、そろそろそれにも飽きたようだ。

 離れた位置でも耳が痛むような声で鳴き始め、足をジタバタして暴れだす。与えられた猶予はなくなり、いよいよロラロニーの命は消えかかる。

 …………やるしかない。行くしかない。覚悟を決めろ。俺の命を使って、ロラロニーの命を救うんだ。



 覚悟を決めろっ! 俺っ!!




「行くぞ……リュウ、頼んだぜ」


「……ぅ……ぁああっ!! 畜生っ!!」


「サ、サクちゃんっ! ロラロニーちゃんっ!! もう、どうしよう~っ!!」


「キキョウも、まめしばも……気合入れとけ。俺を無駄死にさせるなよ」




 …………。


 ……まぁ、正直言うと……。

 …………めちゃくちゃ怖い。



 VR。仮想現実。全てが偽物なのに、本物よりもリアルな世界。

 コクーンのランクでそれぞれに設定された大きさの"栄養"・"運動"・"痛み"がフィードバックされるゲーム、Dive Game『Re:behind(リ・ビハインド)』。


 今利用しているメジャーコクーンは、物を食べれば味を感じて栄養も生体に注入されるし、運動したら多少は生体の筋肉も動かされる。

 最後の"痛み"は四肢が欠損するほどでも『思いっきりしっぺされた』くらいの痛みらしいし、現実の体へのフィードバックはその部分が僅かに赤くなる程度のもので、気にするまでではないらしい。


 そう。『現実の体』は、問題無い。



 …………だけど。そうだけど。

 このRe:behind(リ・ビハインド)は、本物よりリアルな世界。

 これから俺が味わうであろう『死んだ経験』『腕が千切れる映像』『体が真っ二つになる感覚』は、本物よりもリアルに体感させられる。覚えさせられる。脳に、焼き付けられる。


 その痛さを、ツラさを、恐ろしさを経験したプレイヤーは、ダイブイン自体がトラウマになる事も少なくないと聞く。




 俺は今から、リスに食われる。

 見上げるような巨躯を持つリスで、食った物を消去デリートする最悪なドラゴンだ。

 口に入って咀嚼され、骨を砕かれ肉を裂かれて、最後はゴクンと飲まれるのだろう。

 意識はいつまである? 頭が砕かれるその時まで? 食われる感覚ってどんな感じだ? 体が噛み砕かれるって、どういう物だ?


 嫌だ。怖い。震えてしまう。

 誰が好き好んでそんな事したがるんだっつーの。

 こんなの……ヴァーチャル自殺だろ。




「サクちゃん……足が……」


「武者震いってやつだ」


「もう少しのはずなんです、もう少しの」



「駄目だ、もう待てないっ! 行くぞ……行くぞっ! やってやる!! やるぞっ! やるぞっ!! 行くぞぉっ!!」



 行くんだ、ロラロニーを守る為に。無理矢理にでも震えたてさせ、気丈に突っ込み死にに行く。

 死ぬほど怖いし、すげえ嫌だけど……へらへら笑うとぼけた女を守る為に……っ!

 英雄志願と笑われたって! 無謀な大馬鹿と指を差されたって!

 あいつを、仲間を、ロラロニーを守る為なら! なんだって出来る! なんだってしてやる!!

 俺の命を! 燃やしてやるぞ!!


 地面を思い切り蹴りつけ、リスドラゴンに全力で駆け寄る――――

――――俺の"(キャラクターデータ)"をかけた、一世一代の大舞台の幕開けだッ!!




「うらぁぁーっ! クソリスゥゥゥッ! こっち見ろォォォッ!!」


「ギッ!?」


「サクリファクトくんっ!?」


「俺を食えっ! ボケネズミィーッ!!」




 1,2……4。ぴったり4秒でジャンプして、口に足から突っ込み5秒ジャスト。がぱりと開けられた口にねじり込むようにして突っ込めば、待ってましたと言わんばかりに受け入れられる。

 ねちゃりと纏わりつくリスドラゴンの涎を意識しながら、喉の奥にポーションをぶち込んで。




「畜生ッ!! サクの字ぃ、お前は馬鹿野郎だっ!!」


「――――雲、雷雲、小さな粒がぶつかりあった静電気が、大きなかたまりとなる――」




 リュウが無力な自分を憂う心を吹き飛ばすように大声を出し、キキョウは独自の理による魔法スペルの詠唱を始める。信頼出来る仲間が砂を蹴ってこちらへ駆け寄る音は――――太い木の枝が無理やり折られるような音で掻き消された。



(……っ!? やべぇ、涙が出てくる)



 ゴギリゴギリと腕が折れて行く音。リスの歯が腕に食い込み、骨を砕いて、すり潰すように噛みちぎる。痛みは薄いが、感触はばっちり伝わってくるぞ。大手術中に麻酔が切れると、こんな感じなんだろうか? 

 体の一部を失い行く恐怖で涙が溢れる。自分の腕が噛み折られる音なんて、一生忘れられないだろうな。



(そろそろ爆発――――うおっ! いてぇっ!!)



 ボズンッとくぐもった……まるで鉱山の奥地で崩落が起こったような音と共に、リスの喉奥から爆発ポーションの熱風が届く。衝撃で片足が飛んだ気がする。熱いし痛い。寒くないのに背筋が凍り、体が馬鹿みたいに震えてる。



(うぅ……マジでやべえぞこれ……頭がおかしくなる……吐きそうだ)



 食われる腕、なくなる足、締め付けられる体と……生き物の口に入っているという嫌悪感。外は今どうなってるんだ? ロラロニーはどうなった? 苦しい、痛い、熱い、怖い。

 頼むから、助かっていてくれ。成功していてくれ。じゃないと俺が、浮かばれない。そうだ、俺は浮かばれる。死ぬ……仮想だけど、死ぬ。今、段々と死んで行ってる。



(あぁ……もう死亡判定でいいだろ……もういいよ……もういやだ……)



 奥へ奥へと徐々に飲み込まれている感覚。息苦しくなってきた。

 顔を上げれば、少しだけ開いた口から差し込む光が"生"を表しているようで…………徐々に離れて行くその光が、神々しくてたまらなくて……そのかけがえのない雰囲気に、余計に涙が出てくる。

 …………ああ……仮想でもなんでも、やっぱり死亡なんてするもんじゃないな。本当にトラウマになりそうだ。



(くそっ……もういいだろ……もうやめてくれぇ……狂っちまうよぉ……)



 少しずつ少しずつ、光が遠のく。

 俺はこの世界から消える。ひたすら怖くて、脳みそがぐちゃぐちゃに壊されそうなほどおぞましい世界で。



(助けてくれぇ……俺……俺を…………ここから、救って…………

 …………違うっ! 違う違う違うっ!!

 俺じゃない! ロラロニーを……助けろっ! あいつが助かればいいんだっ!)



 だけど、絶望や苦しみはあっても、後悔はなにも無い。きっとロラロニーは助かって、みんなは楽しくRe:behind(リビハ)が出来るんだからさ。

 俺みたいな奴の命で、あいつらが笑える日がくるなら、それは何より素晴らしい事だ。自信を持って言える。このゲームを始めて良かった。あいつらに会えてよかった。幸せだ。


 次にダイブイン出来るのは……金を貯めて、初期セットを購入して……早くて一ヶ月かな。

 ……いや、その前にこの恐怖を克服出来るかどうか。正直、ネズミを見ただけで冷や汗が出るような未来が待っている気がするし。



(助かれよ、ロラロニー……助けろよ、みんな…………)



 目の前が暗くなり、音が遠ざかって、ふわりと体が浮かぶ感覚。これが仮想における『死』か。

 徐々に消えていくってのは、さくっと死ぬよりよっぽど怖い。こんな物をプレイヤーにもたらすこの世界は、罪深いなぁ。


 確実に俺の意識は薄れゆき、かんかくはなくなって……のこされるのは達成かんと、すこしのぜつぼう。ああ、いよいよおわる――――――





"出て来いっ!!"





 いよいよ死ぬ準備を初めた俺の体、無事なほうの左腕を何かが掴む。革のグローブのような感触がする。俺はまだ、生きているのか? 今はなにが、どうなってるんだ? 一体何が俺を掴む?

 死にかけの俺を、どうしようもない死の淵から引きずり出すのは、一体なんなんだ?


 そうして力強く引っ張られると、遠のいていた光が一気に強くなって…………






 見えたのは、目一杯の……赤。



「無事かっ!? 少年っ!!」



 ああ、あぁ……っ。



「全く無茶をする。しかし、命を賭して少女を救おうとするその心意気……感じ入ったっ」



 また、この人が。



「あとは私に任せろっ! 必ず全てを、良くするからねっ!!」



 偽物の世界で、馬鹿みたいな信念の元、子供みたいなごっこ遊びをする、彼女が――――来てくれた。救われた。死の淵から、引き戻してくれた。

 自ら捨てようとした命だけど……こんなに嬉しいことはない。





「まめしばちゃんねるの子っ! この少年を介抱してやってくれっ!!」


「は、はいっ!!」



「赤髪のキミ、金髪のキミも、下がるんだっ!! あとは私に任せるがいいっ!!」


「合点っ!」


「ふふふ……生放送の甲斐、ありましたね」




「よしっ! これで――――」


「……なぁ」



「む、なんだ? 少年?」


「……いってくれ」



「むむ?」


「あのセリフ、決め台詞……聞きたいんだ」



 そう言う俺に、救世主は一瞬ぽかんとした顔をして……にっこり笑い、凛と叫ぶ。




「……ふっ! ならば言おうっ!!

 正義――――参上だっ!!」




 Dive Game『Re:behind(リ・ビハインド)』。

 その世界のどこかで誰かが悲しむ時、苦しむ時、諦める時……いつもいつも現れて、きちんと助ける『ヒーローごっこ』。



竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】、【正義】、クリムゾンさん。

 こんなのずるいぜ。死ぬほどかっこいいわ。




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