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本気でプレイするダイブ式MMO ~ Dive Game『Re:behind』~  作者: 神立雷
第二章 自然に抗う彼のもの達
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第八話 プリーズ・ヘルプ・ヌーブ



□■□ Re:behind(リ・ビハインド) 首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』 □■□




「おい、もっとあるだろ。さっさと全部出せ」


「酷いね、非道。まるで追い剥ぎ、盗賊の輩だ」



「うるせえ。ドラゴンが来るんだろ? ここに腐らせておいてもドラゴンに踏み潰されるだけなんだから、さっさと全部俺によこせ」


「クレジット、ミツが欲しい。ワタシの崇高な実験にはお金がかかるんだ」




 今日も今日とて麗しのダンジョンへ潜ろうとする俺がダイブインの為にコクーンハウスに訪れると、入り口の案内AIから『ドラゴン警報発令』の説明を受けた。

 何でも、ドラゴンがこれから首都を破壊しに来るらしい。めんどくせえ。


 誰の家が壊されて、誰がバリバリ食われようとも知った事ではない。

 そんな俺だけど、この店だけは別だ。

 【ドクターママ】の二つ名を持つ女のよろず屋『カニャニャック・クリニック』は、使えるアイテムの在庫をたんまり抱えた俺の予備ストレージ。


 人付き合いが大嫌いな俺が、この世界で唯一自分から関わる人間……カニャニャック・コニャニャック。不快な喋り方と頭のおかしい探究心で、いつもどこでも滅茶苦茶をするイカれた女。

 後先考えずに科学の究明とか銘打った無茶を始めては、爆風やら毒ガスやらで店を吹き飛ばしRe:behind(リビハ)の大気を汚すマッドな女だ。



 そのせいか、この店には人が殆ど寄り付かない。

 俺が大好きなダンジョンで見つかった特殊なアイテム、その大部分をここに卸していると言うのに、誰も来たがらないってのは滅多ではない事だ。それほどまでに爆風が立ち昇る場所で、それに巻き込まれる危険を負ってまでダンジョンのアイテムは求めないって所だろう。

 よほど世間にコイツの汚名が轟いているようだし、それが俺にとっては都合が良い事でもある。

 余計な誰かと付き合いをしなくて済むこの店は、気を楽にして過ごせる――ダンジョンの次に居心地がいい場所かもしれないな。


 そんな訳で、ここは【死灰(しはい)】【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】のマグリョウ()を支える大事なアイテム倉庫。

 この女が爆発しようがドラゴン食われようが踏み潰されようが、そんな事はどうでもいい。

 だけど、ここにあるアイテムだけは大事にしたい。とりあえず爆弾系ポーションと毒薬は全部と、トラバサミやネズミ取り系の罠類は出来るだけ抑えたいな。




「置いて行ったら消えるモンに、何で金を払わなきゃいけねぇんだ」


「もしかすると、やもすれば、ドラゴンはワタシの店を避けて通るかもしれないだろう? その時に後悔したくないんだ。科学者に後悔は、似合わない」


「いつも何かを爆発させて泣いてるお前に限っては、お似合いだけどな……。3割引きで手を打てよ」


「ケチ、守銭奴、ほそっぱら! 緊急時だ、財布の紐を緩め(そうらへ)っ!」


「うるせえよ、もたもたすんなって……2割でいいから早く――――ん?」




 中へ入る時に「準備中」に変えた札を無視して、力強くドアが開く。俺が人間嫌いだから邪魔が入らないように、元々客の来ないこの店を入店禁止にしといたってのに。息を切らせて入ってきた不届き者は、どこのどいつかと振り向けば……。



「ああ?【天球】? なんだオマエ、何しにきやがった」



 【天球】のスピカ。とんがり帽子に眠たげな目つきのクソッタレ魔法師(スペルキャスター)。人間嫌いな俺が、とりあえずの今、一番に嫌ってる鬱陶しい奴だ。

 いつも飄々としてデカい光球に乗ってるくせに、何だって今日は息を切らせているんだか。肩で息する事がこうまで似合わない女も、中々いないってモンだぜ。



「…………襲撃」


「ドラゴンの話か? だからなんだよ。前の竜は流れで付き合ったけど、俺はもう戦わねぇぞ。割に合わねぇ」


「……捕獲」


「はぁ?」



「マグリョウ、灰色、知らないのかい? 先程生配信でドラゴンに捕まった初心者プレイヤーが映し出されていたのだよ。今にもムシャムシャ食べられそうな、危機的状況にあってね」


「知らねぇな。どうでもいい」




 ドラゴンに捕まった? 食われそう? そんなの知るか。俺はダンジョンに潜れればいい。他人がどうなろうと、知った事じゃない。




「…………救助」


「行くか、ボケ」


「……懇願」


「なんだお前、知り合いなのか? ざまあねぇな。マヌケな"初心者(NOOB)"と腹ペコなドラゴンを恨め」



「……切実」


「知らねぇって。ダンジョンだってどこだって、全てが自己責任の世界だろ。…………もういいわ、うざってぇ。カニャニャック、俺は行くぞ」




 スピカ(コイツ)はこうなるとしつこいんだ。クランに勧誘する時も、ダンジョンの案内を依頼してくる時も、いつもいつもねちっこくだらだら絡んで来やがるし。

 そのくせキャラ作りを押し付けて、端的に漢字二文字だけ言って理解をこちらに任せきりだから手に負えん。こういう面倒な所が、俺が人付き合いを嫌う理由の一つだ。




「いいのかい? まだまだアイテムはあるけど」


「もういい、ここに居たらめんどくせぇし。じゃあな、カニャニャック。生きてたら新しいダンジョンアイテムを見せてやる」


「ええっ!? なんだよ、人が悪いよ! 悪い人だ! そんな物があるなら先に言っておくれよ! そして今見せておくれよぉ!!」


「ドラゴン騒ぎが収まったらな。今お前に渡したら、確実にドラゴンに踏み潰されるまで熱中して――――」




「…………お願い、します……」


「あ?」




 誰の声だ? 鈴を転がすような、聞き覚えが()()()()()()声。

 こいつか? 【天球】……いつも漢字二文字で喋る、頑固なキャラ作りを決して揺らがせる事のないコイツが、『お願いします』と――――そう言ったのか?




「大切な、友人なんです……どうか、どうか……お願いです……。ちからを……貸して下さい……助けて下さい…………マグリョウ……っ」




 コイツの口から初めて聞く、長台詞。後半は涙に濡れて、VRってモンの無駄な器用さを伝えてくる。




「お願いします、お願いします……。何でもします、何でもあげますから……! あの子を……ロラロニーちゃんを、助けて……っ!!」




 遂には顔を手で覆いながら、低い位置にあった頭を更に下げて頼みだす。

 これが【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】のする事か? 金も名誉も自由自在なトップを走るプレイヤーが、こうまでする事がどれほどある?


 二つ名の為のキャラ作り、自身の価値を高める立ち振舞。それらを全部かなぐり捨ててでも助けたい存在ってのは、どれほどのモノなんだ。




「……ソイツはオマエの何なわけ?」


「……友達」


「初心者とオマエが友達かよ。寄生か何かだろ」


「ゲーム内では、他人同士だよ」




「はぁ? リアルの知り合いか?」


「……違う、コクーンハウスだけの友達」


「…………意味わからん」




 リアルの知り合いでも、ゲームの知り合いでもない……コクーンハウスっていう、本来交流も何もあったものじゃない狭っちい場所での友人? 聞いた事ないぞ、そんなの。

 仮想と現実の狭間でだけの、限定的な立ち位置の友達。攻略を有利にするわけでもなく、現実で知名度を上げたり経済を支援するような立場でもなく、ダイブインとダイブアウトの時だけ利用する施設――その中だけでの知り合いを、こうまでして助けたいのか?

 ……その為にコイツは、キャラを崩して頭を下げてまで、俺に協力を頼むのか?


 なんだそりゃ。

 人間って本当、意味わからんよな。だから嫌いなんだ、理解出来ないから。




「何でそこまでするんだよ」


「……大切だから。彼女を、死なせない事が」


「はぁ? もっとわかりやすく言え」



「……よく、わからない」


「……いや、そんな事言われても、俺は余計にわからんぞ」




「私にもよくわからないけど……絶対駄目なの。彼女を泣かせるのは、絶対に駄目。

 朗らかに笑って、悩んで、頑張って……一生懸命に自分のままでこの世界を楽しむ彼女を泣かせるのは……絶対に、絶対に嫌だ。私が嫌だ。


 (スピカ)と違う、Re:behind(リビハ)プレイヤーとも違う、偽らない自分でこの世界を純粋に楽しんで、一生懸命必死で生きてるロラロニーちゃんは……私がやりたかったそのままをする、私のなりたかった理想そのままの女の子は!

 絶対に悲しませたくない! ここが嫌な世界だって、思わせたくないっ!!


 私が夢見た女の子には、日向のように暖かなままで、この世界を歩んで欲しいから!

 お金でも、キャラクターの作り直しでも解決出来ない……取り返しのつかない事にしたくないからっ!


 だから…………私の勝手で、自己満足だけど……彼女を助けたい。不幸にしたくない。

 …………どうか、マグリョウ……お願いだよ…………」




 ……まとまらない言葉で、飾らない顔。人付き合いが嫌いで苦手な俺には、まるで理解が出来ない台詞。

 だけど、コイツが本気だってのはわかる。キャラも立場もかなぐり捨てて、どうしたって譲れないモンだって所は伝わってくる。


 俺は、嘘や上辺だけのモノが嫌いだ。人間なんていつだって嘘つきで、本心はどこにあるかわからない。

 だから正直なダンジョンが好きで、あけすけな殺意のモンスターが好きなんだ。


 …………素直ってのは、どうしたって俺の心を強く揺さぶる。飾り立てない言葉だらけの匿名掲示板が好きなのも、そういう理由。

 心を丸出しにする正直な言葉は、どうでもいいとは思いづらい。

 嘘が嫌いな分、嘘じゃないってはっきりしてるモンには――――弱いんだ。チクショウ。






「……はぁ~~~~っ!! めんどくさ!! …………で、どこだよ? ドラゴンがいるのはよぉ!」


「……助けてくれるの?」



「しょうがねぇだろ、いい加減うるせぇし。何でも言う事聞くって言葉、忘れんなよ」


「けだもの、野獣……ワタシにはわかる。マグリョウ、キミはスピカちゃんに、えっちな事をさせる気だね?」


「『させる気だね?』じゃねぇよ、殺すぞマッドアルケミスト。いいからお前はアイテムを根こそぎ出せ。特にドラゴンに効きそうな奴」


「理由があるなら、断らないさ。ワタシは良き科学者なのだから」


「よく言うぜ、イカれた実験狂がよ」





「……【死灰(しはい)】」


「あぁ?」


「…………ありがとう」




 俺は、人付き合いが嫌いだ。

『こんにちは』とか『こんばんわ』みたいな挨拶は、寒気がするほど大嫌いだ。

『ごめんね』とか『ドンマイ』なんて、反吐が出そうになるほどだ。


 だってそんなの、本心に関わらずにいくらでも言えるから。誰だって息をするように、嘘の言葉でそれらを言うから。

 何度も何度も騙された。上っ面だけの言葉を本気にして、沢山裏切られてきた。表じゃ『いいよ』なんて笑って言いながら、裏では『アイツ最悪』だとか言うのが人間で、だからこそそういうモンが大嫌いだ。




 頬を染めて上目遣い、積み上げたキャラ作りも矜持もかなぐり捨てて、涙声で『ありがとう』とか……本気も本気だろ。めんどくせぇ。

 ドラゴンの危なさもメリットの薄さも知った事かと蹴りつけて、一方的に好いてる友達を助けたいが為にここまで頭を下げるとか……そこぬけに馬鹿で、笑えるくらい自分勝手に素直で無様だよな。


 その無様さに免じて、少しの間だけ付き合ってやる。嘘も仮面も脱ぎ捨てて、友達の為に正直な自分を晒したコイツは…………嫌いじゃない。

 

 本当に面倒だ、人付き合いって。




「【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】、【死灰(しはい)】、マグリョウ」


「なんだよ、早くしろカニャニャック」


「顔が少し赤らんでいるよ? それはどうしてだい?」


「…………てめぇ、黙って用意しろ。殺すぞ」


「おおこわい」





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