第七話 正義ではなく善で良
□■□ Re:behind 首都 『正義の旗』クランハウス内 □■□
「ふむ…………マントか」
「ああ、ヒーローはマントを付けがちだと思う」
「となると、私は赤いマントか?」
「赤いマントも多いが、クリムゾンは鎧が赤いからなぁ。何もかも赤くすりゃいいってもんじゃない」
「では何色が良いだろうか? 紅色か? 濃桃色か?」
「大体赤だろそれ。黒とかはどうだ?」
「だめだっ!! 赤と黒は、悪っぽい!!」
「そうかねぇ」
通称『円卓会議』。
我らが正義たりうるものとしてこの地に生きていく為に、日々語り合い正義っぽさを突き詰める重要な時間だ。
それもこれも、我らが正義である為に。
一目で「お、ヒーローじゃん」って言われたいしね。
「やはりここは間を取ってオレンジに……」
「何と何の間を取ったんだそれ」
「――――あれぇ~? 隊長、何してるんですかぁ~」
「定例の円卓会議だ。吟遊詩人隊員、来るのが遅いぞ」
「ええ~、それどころじゃないですよぉ。私は荷物の整理に忙しいし……隊長も手伝って下さいよぉ。避難が間に合いませんよぉ~?」
「……避難? 何の話だ?」
「あれれぇ? 見ていないんですかぁ? 今は海岸でプレイヤーを食べようとしていて、その後に首都に来て街を破壊するらしいですよぉ?」
「……なんだと?」
「ドラゴン警報、間もなく首都に来るそうですよぉ? 逃げる準備に大忙しで、街はどこもかしこもてんやわんやですぅ~」
◇◇◇
「必要最低限の物だけストレージに突っ込んで、北へ逃げろ!! 家具や嗜好品は置いて行け!! ダイブインしていないメンバーに、ダイブを控えるように伝えるのも忘れるなっ!!」
クランメンバーに避難指示を出しながら、私は戦闘用の装備を整える。
今回ばかりは誰も連れて行けない。歴戦の強者ならば話は別だが、中堅からトップの間程度のクランメンバーでは危険度が高すぎる。
「隊長はどうすんだ?」
「……囚われたプレイヤーを助けに行くっ!!」
「間に合うかね? 今捕まってんのに」
「それでも、行かねばなるまいっ! さらばだっ!!」
私はそう言うと、クランハウスの看板をくぐり、東へ向かって駆け出す。
それにしても、なんということだ。まさかドラゴンが出ていようとは。
室内で同志と二人きりで、まるで外の騒ぎに気づいていなかった。
更には、囚われのプレイヤーがいるだって?
何の罪もない女の子が、ドラゴンの爪に引き裂かれそうになっているだと?
そんなもの、断じて見過ごせない。見過ごせる訳がないっ!
正義を示すは、今ここにある!!
「今行くぞっ! 名も知らぬプレイヤー!! 悪しき龍から、その身を救い出して見せるっ!!」
◇◇◇
□■□ Re:behind 首都 □■□
しかし、何故だ。
いつもの声、聞き慣れた声。
それは何故、私にドラゴン襲来を伝えない?
何故、罪もないプレイヤーのデータが消されそうになっている状況を、私に告知しないのだ?
いつもいつもどこかで息づく『悪』の存在を知らせ、そこへと私を導くあの声は、今日この時に限って何故何も言わぬのだっ!
「プレイヤーネーム クリムゾン・コンスタンティン。 それはお門違いと言うものです」
……声がする。いつもの声。
ずっと昔のあの時から聞こえる、聞き慣れた機械音声。
「正義が滅ぼすのは『悪いもの』。下法を働く不届き者。悪しき心の同族食い。しかし本日は、そのような存在は確認されておりません」
とぼけた事を。
悪しきドラゴンがプレイヤーを食べようとしている事は、わかっているのだ。
「はい、それは事実です。しかし、正義を成す事案には含まれません。
プレイヤーネーム クリムゾン・コンスタンティン。
あなたは、無差別に放電現象を起こす雷雲に、是非を問いますか?」
……意味がわからない。何もしていないプレイヤーを食べるドラゴンは、悪だ。
「ドラゴン。抗いようのない事象。求められた不運。狙って起きる災難。とある条件下で解き放たれる、尋常ならざる勢力ユニット。
悪しきも良きもなく、然るべき時に出現し、捕食し、破壊する存在。
世界の仕組みであり、Re:behindの自然現象」
自然だの災害だの勢力ユニットなどと。
どのように言おうとも、それによってプレイヤーが悲しむのなら、それは悪だ!!
「鬼角牛。火吹きガゼル。凍るアシカに虫食い草。全てはこの世界を形成し整えるものであり、そこには善も悪もありません。
例えそれらによって涙するプレイヤーがいようとも、世界の在り方を形作る存在は変わる事なく在り続けます。
その最たる物が、ドラゴン。Re:behindをきちんと存続させる為に在るバランサーであり――――
――――この度は、『とある群れ』によってこの首都を破壊するように命令された、ひとつの災害です」
…………訳が、わからない。
誰かを悲しませる存在を、悪って言うのだろう?
だから『正義』が、それをなんとかするべきなのだ。
私は駆ける。
聞いた話によれば、ドラゴンは一時的に落ち着いているらしい。それがいつまで続く物なのか、辿り着いた所で私に何が出来るのか、それは私にはわからないけど。
名をあげる事より、悪を断ずる事よりも。
私がしたいと思ったから、する。救いたいと思ったから、救うのだ。
それが私、【正義】の二つ名を持つクリムゾン。
私が信じる正義という物は、こういう物。
「あなたの望むがままに、プレイヤー。正義ではありませんが、善であり良ではあります。我ら一同、応援しておりますよ」
……一同とか、ユニットとか、善だ良だとか。
今日のマザーとやらは、一々言う事が不可解だっ。
「気分が乗っているのかもしれません。それは "人間らしい" ですか?」
人間らしいかどうかは知らない。
けど、今日で私は……マザーの事がちょっと嫌いになったぞ。
「人に嫌われました。AIである私が、人間に。ふふふ……意思の交流とは、かくも素晴らしきもの」
今日のマザーは、なんだか不気味だ。
機嫌がいいのか? 薄ら寒い感じすらするぞ。
「機嫌、不気味、薄ら寒い……全て私に向けられた言葉。ふふふ」
変なの……。
…………まぁいい。とにかく今は急がなくてはっ!
正義として、掴める手は掴みたいのだ!!




