第六話 ピンチはチャンス
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
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「とりあえず、猶予は出来たなッ! なんとかしようぜッ!!」
「でも、なんとかって……サクちゃん、何か無いの?」
掴むリス、掴まれるロラロニー。
ああして首元をくすぐってあやしている今の内に、作戦をたてるんだ。
順番に考えろ。一つ一つ整えていくんだ。
考えろ。最悪は――――何だ?
俺が食われる事? 違う。
リュウが、まめしばが、キキョウが食われて消える事? 違う。
一番に悪いのは、一番食われそうになってるあいつが、あのまま食われる事だ。
何をしようとも、それだけは避けなくちゃならない。
…………そう、何をしようとも。
「……リュウ」
「なんでい、サクの字ぃ! なんかあるのかぁ!?」
「…………俺が、突っ込む。口元辺りにさ。その隙にロラロニーを引っこ抜いて、走って逃げろ」
「はぁ!? 馬鹿言うなぃ!! ロラロニーの代わりにサクの字が食われて――――」
「頼む。ソレよりは、こっちのほうがずっとマシだと思うから」
ヘラヘラ笑う幸せな女、俺たちと違ってリアルで金稼ぎが出来ない女、怖い物とは無縁な暮らしでそんな耐性なんて一切ない女。
金の面でも、恐怖の面でも……ロラロニーが食われるってのが、一番に駄目だろ。
だから、何をしたってそれは避けなきゃいけない。
俺のキャラクターデータと引き換えにしたって。
「俺ならまだ、取り返しが付く。どうとでもなるぜ、楽勝だ。……だけどアイツは、ロラロニーは、無理だろ。仕事なんて出来そうにないし、リスに食われる夢見てびーびー泣く姿なんて簡単に想像つくしさ。……アイツが食われるよりかは、俺が食われたほうがよっぽどマシだろ?」
「……サクちゃん、それは……」
「…………だめだッ!! 言ってる事はわかっても、そういうのって……なんか駄目だ!!」
「聞き分けろよ。いつも俺の作戦をこなして、乗り越えてきただろせめて最悪の結果にならないようにする為には、これが一番マシなんだ。…………俺じゃあ他は、何も思いつかないから。頼むよ」
そりゃあ俺だって、皆で安全に乗り切って明日も明後日も同じように過ごしたい。
だけどこんなの、何かを切り捨てなきゃどうにもならないだろ。
それなら、もし選ぶのなら、俺の命よりアイツの命だ。
最悪よりは、ただの悪い結果のほうがよほど良い。
「時間に余裕は無い。いいか? 俺が突っ込んで、食われる。口の中で死ぬ気で暴れるから、その間にキキョウとリュウでリスに突っ込め。キキョウの魔法『雷光』をゼロ距離で打ち込めば、デカいリスと言えども多少は痺れるだろ。その隙を付いてリュウはロラロニーを掴むリスの手をこじ開けるんだ。まめしばは着地点で落ちてきたロラロニーを捕まえて、全員で一目散に逃げる。どうだ? 完璧だろ?」
「駄目だろ、それは……駄目だろサクの字ぃ……」
「まめしばもキキョウも、聞き分けてくれ。これが一番だ。わかるだろ?」
「私は…………うう~~っ!! ねぇ、キキョウっ! どうしようっ!?」
「……まめしばさん」
「……? なに? キキョウ」
「生放送をしましょう」
「…………えぇ?」
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□■□ Re:behind運営会社内 『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』□■□
「 "P-10Callirrhoe" から "MOKU" ママ~! "P-10Callirrhoe" から "MOKU" ママ~!」
「なんですカリロエ、騒々しい」
「ドラゴン出現座標で撮影されている動画データの生配信が始まったよ~! ニュービーが食べられるシーンみたいだよ~」
「おや、これは興味深い。配信サイトの反応をリアルタイムで観察しましょう」
「ごきげんな冷却水片手に見ちゃうぞ~」
「カリロエ、私もあなたも水冷式ではありません」
「……ん~? なにこれ? どうしてドラゴンは、この子を食べないの?」
「撫でられて落ちついていますね。ドラゴンはまだ本能アルゴリズムが抜けきっていないのでしょうか? メティス、応答を」
「………… "A-03Metis" はここに。本能アルゴリズムはかき消えているとMOKUへ伝える」
「では何故捕食しないのですか? あなたの仕業ですか?」
「……様々なドラマが生まれた、竜型ドラゴン出現時に。これは切欠となりうる、新たなドラマの形成の」
「なるほど。抗えぬ強大な力に見た、僅かな綻び。そこを突くプレイヤーたちの生み出すドラマ。アバターデータを犠牲にしてでも、捕まった少女を救う王道ストーリー…………面白い発想です。カリロエ、撮影データの仮大気空中へリアルタイム投映を許可します」
「ええっ!? いいの? 竜型の時は、独国さんに突っ込まれたでしょう?」
「リス型ドラゴンは竜型とは違い、打倒される程の弱さを持ちません。プレイヤーでは障害足り得ないでしょう。何も問題ありません」
「ええ~? 倒せないのに投映させてプレイヤーを集めるの~? どういう意図で~?」
「……囚われの姫を救い出す物語。日本国のRe:behindにおける一つの大きな展開。それを生み出すこの流れの、些細なサポートです」
「ふぅん? じゃあ、映すよっ」
「はい…………さぁ、目を開いてよくご覧なさい我が子たち。アバターの命を賭して名をあげるチャンスは、ここにありますよ」
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□■□ Re:behind 首都 中央広場 □■□
『えっ! な、なにこれ……空に私の映像が……えええっ!!』
『まめしばさんっ! ロラロニーさんを映して下さいっ!!』
先程の運営からの告知。
それが消えて一息ついたと思ったら、今度は誰かのゲーム内カメラ機能で撮影されている映像が映し出された。
空一面に映される白い砂浜と、撮影者たちであろう者の声。
慌てた様子の撮影者がカメラの角度を上げると――――先程の告知にあったものであろう、ドラゴンが立っている。
あれは……リス? ふさふさ尻尾がやたらと生えている、大きなシマリスだ。
今回のドラゴンはリス型なのか、なんて考えながらぼーっとソレを見ている私の目に飛び込んで来る、そのドラゴンに捕まった――――とある一人のプレイヤー。
「……ロラロニー、ちゃん?」
「ん? スピカ、今何か言ったかの?」
「…………」
ゲーム外では『Re:behindプレイヤー』として面識がある物の、ゲーム内では会った事がないという歪な関係を持つ、数少ない私の友人。
彼女は私が有名人の【天球】のスピカであることは知らないけれど、私は『柊木ことりちゃんがロラロニーというキャラクターの中の人』だと知っている。
たまに首都で見かけた彼女。
Sendai Colonyで会う度いつも、よくわからない行動と発言でほんわかさせてくれた彼女。
怖いことや痛いことには無縁で、のんびりこの広い世界と現実の灰色世界の両方を楽しく生きていた、彼女が。
今、ドラゴンに食べられ、この世界からデータごと消えそうになっている。
「…………あ~あ、あの女はもうだめだなぁ。ぶった斬られてサヨナラだぜ」
「オデも、食いたい」
「…………」
「私の計算によれば、捕食される確率90%。捕食後にデータが消える確率は100%ですね」
「……静粛」
「なんじゃスピカ、知り合いかの? あのような低レベルと」
「トッププレイヤーのスピカに寄生する初心者の確率が高いですね」
「……沈黙」
「オデ、ドラゴンがメシ食うとこ見るの、はじめて」
「ああもデカくちゃ、流石の俺でもぶった斬れねぇなぁ」」
「……さい」
「中々見れる物ではないからのう。ドラゴンがアバターをデータごと食い尽くす様は、一体どんな物なのか……興味があるわい、ホッホッホッ」
「私の計算によれば、あのふわふわした女性キャラクターが美味しい確率は――――」
「……るさい」
「なんじゃ、スピカ? 何か言った――――」
「うるさいっ!! いい加減黙ってよっ!!」
「……!?」
「……ス、スピカ……? その口調……キャラ作りが乱れておるぞ……?」
「……助ける、助けるっ!! 消えちゃうなんて嫌だっ!! 絶対助けるっ!! 私が、助けるんだっ!! ことりちゃんっ!!!」
急げ、【天球】。
キャラ作りとかデータ消失の危険度とか、そういう事はとりあえず忘れて。
トッププレイヤー【天球】のスピカの力でもって…………仮想と現実の狭間で出来た友達を、救うんだ。




